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じっちゃんと御百度参りとあの人形
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土間から中庭へと涼やかな風が通り抜けていく。
その度にチルリンチルリンと風鈴が小気味よい音を奏でて小刻みに揺れる。外に出れば夏を思わせるような暑さだけどウナギの寝床と言われる京都の町家は通る風も心なしかひんやりしている。
「風鈴、出すの少し早かったかな」
ゴールデンウィークも半ば、5月の始めだというのに京都はもう5日間連続で夏日を更新中。あと二日続けば5月としては史上初の快挙らしい。
( 梅雨に入ってむしむしと暑うなったら昼間は蔵の戸も窓も開けおくこと。あとはネズミやイタチが入らんように革堂さんで猫を二匹ばかり借りてきたらええさかい )
じっちゃんからのラインは相変わらず長ったらしい。スタンプも目いっぱい使ってるけど何か物が多くて意味がいまいち伝わってこない。
「サラダのレクチャーは全然役に立ってないよね」とママが覗きながらふふっと小さく鼻で笑う。
「まぁあの歳でライン出来るだけでも凄いことやし」
「そやね、スマホの画面と格闘するのもボケ防止にもなるし」
近頃はじっちゃんは「まだまだ元気でおらんとサラダの為にな」が口癖になってるみたいで、そのせいか以前よりも気力が勝ってきて持病の心臓病の方もかなり持ち直してきたらしい。
「先生の話によると薬も変えてないし治療方法も所謂対処療法でなんでようなってきてんのかよう分からんと言うてはって」
「ママのお百度参りが効いてきたんかもわからんえ」
ママは最近は近所の 革堂さん(行願寺)に早朝、御百度参りするのが日課で今朝はその流れでをウオーキングがてらに買った志津屋のカスクードハムサンド を手土産に音羽屋に寄ってくれた次第。
「夏になったらたまにはサラダにも代わってもらわんとな」
「へっ?それはちょっと…」
予期せぬ事を言われて機嫌よう食べていたカスクードハムサンドが喉に詰まりそうになる。
「何をびっくりしてるんえ?音羽屋を継ぐ言うてる跡取りが先代の為にお百度のひとつも踏まれへんなんて罰当たりもええとこえ」
確かに全国的にはおそらく死語になりつつあるであろうお百度参りもここ京都ではまだ根強く日常のシーンでも普通によく見かける。
けどさすがに私のような十七八の小娘が石畳に地べたを裸足ですりすりしながら参ってはる姿は見たことがない。
「じっちゃん泣いて喜ぶと思うえ、サラダがお百度踏んでくれたなんて聞いたら」
「喜ぶんかなぁ?じっちゃんは根っからの無信仰無宗教の人やし」
「分かってるけど、サラダは別口え」
(神様仏様に頼るようなもんは所詮は二流の仕事しかでけへん)そう言うて初詣とかえべっさんとか神事的なものには一切足を運ばないじっちゃんやから、御百度参りなんてそんな時間の無駄なことと切り捨てられるに決まってると思った。
「絶対言えへんて約束する?」
二人しかいない音羽屋のお店の土間でママが声を潜めた。
「え、何を?誰に?」
「じっちゃんに絶対内緒。約束できる?」
「うん…どうやろ?けど努力はする」
「もぉ、相変わらず正直にバカがつく子やな」
「ほっといて」
ママが言うには私が生まれる時は早産も危惧されて最悪帝王切開までもあったらしい。そんな状況でじっちゃんは5歳の姉沙那夢をだしに使って遊ばせる散歩を装って革堂さんまで出向きお百度を毎日踏んだという。正確にはお百度には足りず三十度ぐらいだったらしいけど。
「あのじっちゃんがねぇ」
「何事もなくサラダも安産で生まれてきてくれて、あの日からじっちゃんは心の中では無信仰は捨ててるはずやわ。それに。。」
とママは言いかけて思い出したように肩をぷるぷるっと小さく震わせた。
「それに、なに?」
「あの人形やろ。命を助けられてんからなぁじっちゃんは。あの人形のメールに」
やっぱりそこに繋がるのかって、そう思った。
私らが話す話題の端々に顔を覗かせようとするあの人形。ただじっちゃんだけはもう私に丸投げなのか彼については全く触れなくなったけれど。
音羽屋二代目としてはいよいよ向き合わなければいけない「Xday」がきたってことなのか。
その度にチルリンチルリンと風鈴が小気味よい音を奏でて小刻みに揺れる。外に出れば夏を思わせるような暑さだけどウナギの寝床と言われる京都の町家は通る風も心なしかひんやりしている。
「風鈴、出すの少し早かったかな」
ゴールデンウィークも半ば、5月の始めだというのに京都はもう5日間連続で夏日を更新中。あと二日続けば5月としては史上初の快挙らしい。
( 梅雨に入ってむしむしと暑うなったら昼間は蔵の戸も窓も開けおくこと。あとはネズミやイタチが入らんように革堂さんで猫を二匹ばかり借りてきたらええさかい )
じっちゃんからのラインは相変わらず長ったらしい。スタンプも目いっぱい使ってるけど何か物が多くて意味がいまいち伝わってこない。
「サラダのレクチャーは全然役に立ってないよね」とママが覗きながらふふっと小さく鼻で笑う。
「まぁあの歳でライン出来るだけでも凄いことやし」
「そやね、スマホの画面と格闘するのもボケ防止にもなるし」
近頃はじっちゃんは「まだまだ元気でおらんとサラダの為にな」が口癖になってるみたいで、そのせいか以前よりも気力が勝ってきて持病の心臓病の方もかなり持ち直してきたらしい。
「先生の話によると薬も変えてないし治療方法も所謂対処療法でなんでようなってきてんのかよう分からんと言うてはって」
「ママのお百度参りが効いてきたんかもわからんえ」
ママは最近は近所の 革堂さん(行願寺)に早朝、御百度参りするのが日課で今朝はその流れでをウオーキングがてらに買った志津屋のカスクードハムサンド を手土産に音羽屋に寄ってくれた次第。
「夏になったらたまにはサラダにも代わってもらわんとな」
「へっ?それはちょっと…」
予期せぬ事を言われて機嫌よう食べていたカスクードハムサンドが喉に詰まりそうになる。
「何をびっくりしてるんえ?音羽屋を継ぐ言うてる跡取りが先代の為にお百度のひとつも踏まれへんなんて罰当たりもええとこえ」
確かに全国的にはおそらく死語になりつつあるであろうお百度参りもここ京都ではまだ根強く日常のシーンでも普通によく見かける。
けどさすがに私のような十七八の小娘が石畳に地べたを裸足ですりすりしながら参ってはる姿は見たことがない。
「じっちゃん泣いて喜ぶと思うえ、サラダがお百度踏んでくれたなんて聞いたら」
「喜ぶんかなぁ?じっちゃんは根っからの無信仰無宗教の人やし」
「分かってるけど、サラダは別口え」
(神様仏様に頼るようなもんは所詮は二流の仕事しかでけへん)そう言うて初詣とかえべっさんとか神事的なものには一切足を運ばないじっちゃんやから、御百度参りなんてそんな時間の無駄なことと切り捨てられるに決まってると思った。
「絶対言えへんて約束する?」
二人しかいない音羽屋のお店の土間でママが声を潜めた。
「え、何を?誰に?」
「じっちゃんに絶対内緒。約束できる?」
「うん…どうやろ?けど努力はする」
「もぉ、相変わらず正直にバカがつく子やな」
「ほっといて」
ママが言うには私が生まれる時は早産も危惧されて最悪帝王切開までもあったらしい。そんな状況でじっちゃんは5歳の姉沙那夢をだしに使って遊ばせる散歩を装って革堂さんまで出向きお百度を毎日踏んだという。正確にはお百度には足りず三十度ぐらいだったらしいけど。
「あのじっちゃんがねぇ」
「何事もなくサラダも安産で生まれてきてくれて、あの日からじっちゃんは心の中では無信仰は捨ててるはずやわ。それに。。」
とママは言いかけて思い出したように肩をぷるぷるっと小さく震わせた。
「それに、なに?」
「あの人形やろ。命を助けられてんからなぁじっちゃんは。あの人形のメールに」
やっぱりそこに繋がるのかって、そう思った。
私らが話す話題の端々に顔を覗かせようとするあの人形。ただじっちゃんだけはもう私に丸投げなのか彼については全く触れなくなったけれど。
音羽屋二代目としてはいよいよ向き合わなければいけない「Xday」がきたってことなのか。
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