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手毬屋の鶴さんと旬兄さん
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じっちゃんの居ない音羽屋は近頃は開店休業状態だ。
クラスター明けのインバウンドでアホみたいに増えた外人さんも何故か寺町通りの骨董屋街には足は運んでくれず、その上今までは安定した客足だった日本人さえも京都の外人観光客のあまりの多さに嫌気が差したのか人出はさっぱりで 、閑古鳥ならぬ閑古猫が歩道の真ん中で日向ぼっこをする姿が日常の風景になる始末。
そんな初夏の昼下がりの午後、時折車の影は通り過ぎていくもののだーれも通らない玄関のガラス戸越しの暖簾の下に拡がる景色をぼーっと眺めながら「ジョギングがてらにお昼でも食べに行ってこうかな。毎日、鶴さんとこのお惣菜も飽きたし」と誰に言うでもなく呟いて腰をあげようとしたら「よっこいしょういち」とじっちゃんの口癖が思わず口をついて漏れて、午後の陽だまりの中でひとり苦笑した。
小さい頃からその謎な掛け声を面白がってただ真似ていた私は中学生になってそれが人の名前をもじっているものだと初めて知った。
(みんなはおのだひろおの方が立派でしゃんとしていて好きや言うんやけど
じっちゃんはな、よこいしょういちの方が好きやと言うか、あのちょっとだらしないタレ目の顔が心に滲みるんや。ようこんなおっちゃんが何十年も の間、グアム島のジャングルの中を生き抜いたもんや思てな)
ググって調べた私は後にそのふたりが何者かは知った訳やけどふたりの写真を見比べると私はやっぱりおのだひろお派やわとちいさく呟いたのだった。
ただ、プロの軍人やったおのだひろおと民間から招集された兵隊さんの普通のおっちゃん、よこいしょういちではその間にはおのずと大きなスキルとキャリアの差がある訳で、人として何かしらの物語を感じるとするならよこいしょういちの方かなとじっちゃんの考えにもある意味共感できた私もそこに居た。
近頃はこうやって私の記憶の端々にあるじっちゃんの言葉やその思いが何気に私の日常のシーンに重なることが多くなったように思う。
じっちゃんの長引く入院生活、何か私の中でザワつくものがあってそんなこんなが無意識のうちに表に出てきているんやろか。
「ちょっと、サラちゃん!?サラちゃんって!!何ボーッとしてはんのん!!」
知らず知らずに物思いにふけっていたのか、気がつけばガラス戸の向こうでてまりやの鶴さんがそのふくよかな二の腕を大きく振っていた。
慌てて顔を上げて「はーい!!」と一オクターブあげた声で叫びながら玄関口へと駆けて行って鍵を開けると鶴さんのとなりには自転車に跨る笑顔の旬兄さんが居て
「よっ」と呑んだくれのおっちゃんみたいな謎の敬礼を投げかけてきた。
「京都花月の前でばったり会うて、サラちゃんのこと話しながら後ろに乗せてもうて一緒に帰ってきたんえ」と嬉しそうにここまでのくだりを簡潔に説明する鶴さん。
「乗ってって?二人乗りで?」
「そうえ。もう中学生の頃に帰った気分で新京極をスイスイと」
手のひらで魚が泳ぐようなジェスチャーをして見せる鶴さん、その悪戯っぽい笑顔にちょっと苛つく私。
「えっ、ちょっと待って。新京極をスイスイとって自転車で?二人で?」
目を丸くして徐々に眉間に皺がよっていく。
「そうそう。お昼で意外と空いててスイスーイと」
この真昼間に自転車通行禁止のそれも二人乗りでって、それって○○○人移民かC国K国人の愚行もええところ。創業400年の音羽屋侘助堂は過去には中京区の一日警察署長も務めた事のある家柄。法遵守はもとより日常の些細なことも市民の規範となる様な行動を心がけてきたのが音羽屋の歴史。
新京極なら知ってる人も多いし、旬兄さんはもうここら辺では馴染みの顔で音羽屋の家のもんというのは周知されてるはず。
「旬兄さん!?何してくれてんのん!?事もあろうに音羽屋の婿が…」
「ちょっ、ちょっと待ち、サラダ。鶴さん、酷いなそれは」
「何が酷いのん、旬兄さん!?乗せた責任は運転手にあるって昔から相場は決まってる!!」
私の鬼の形相に後ずさりしながら鶴さんに助けを求める旬兄さん。
「もう言い訳はええから付いてきて 、謝りに行くから」
「ど、何処へ?」
「四条大橋の交番に決まってるやん。謝って、始末書書いてそれから…」
そんな二人を見てお腹を抱えて笑いが止まらない鶴さん。
「もう…鶴さん、何なん?」
「ごめんごめん、サラちゃん、乗ってないって。自転車は押して、ちゃんと押して歩いたから」
「押して歩いたぁ?」
それでもまだ鼻息が収まらない私に鶴さんは抱きすくめる様にして言葉を続ける。
「ごめんやてサラちゃん。ちょっとサラちゃんにはてんごが過ぎたわな」
よしよしと私の頭を撫でる鶴さんに「もぉ、なにそれ!?」と膨れた頬っぺたがみるみるピンク色に染まった。
「サラちゃんは色が白いから。頭に血が上っても頬っぺたは桜色に染まんねんな」
今度は手のひらで私の頬をすりすりして弄ぶ鶴さんに堪らず「鶴さん!!?」と頭のてっぺんから変な雄叫びが出た。
「おー怖っ。退散退散」鶴さんは首を竦めてそ言うと、
「ほんならまたね旬さん」と後ろ手に手を振って大きなおしりふりふり駆けていった。そんな鶴さんの背中を私と旬兄さんは言葉もなく口をぽかんと開けたまま見送った。
「自分の言いたいことだけ言うて消えていかはったな」
「ほんまに…いつものことやけど」
後で旬兄さんから聞いた事やけど一緒に歩きながら(もう20年若かったらこの後ろに乗してもうて通りの真ん中スイスーイと行く世界線もあったんかもえ)と嬉しそうに誰とはなしに呟いてたという。
大好きな推しの旬兄さんと二人で新京極ブラブラできて鶴さんはいっとき青春時代にタイムスリップしてたのかもしれない。
「ほんまに小娘がおばちゃんのぬいぐるみ来たような人やわ」と私がポツリと零すと「そやな」と旬兄さんは少し口角を上げて小さく頷いた。
しばし佇むふたりの足元で馴染みのあるの黒猫がニャァとひと鳴きした。
気がつけばもうお昼はとっくに回っていた。
クラスター明けのインバウンドでアホみたいに増えた外人さんも何故か寺町通りの骨董屋街には足は運んでくれず、その上今までは安定した客足だった日本人さえも京都の外人観光客のあまりの多さに嫌気が差したのか人出はさっぱりで 、閑古鳥ならぬ閑古猫が歩道の真ん中で日向ぼっこをする姿が日常の風景になる始末。
そんな初夏の昼下がりの午後、時折車の影は通り過ぎていくもののだーれも通らない玄関のガラス戸越しの暖簾の下に拡がる景色をぼーっと眺めながら「ジョギングがてらにお昼でも食べに行ってこうかな。毎日、鶴さんとこのお惣菜も飽きたし」と誰に言うでもなく呟いて腰をあげようとしたら「よっこいしょういち」とじっちゃんの口癖が思わず口をついて漏れて、午後の陽だまりの中でひとり苦笑した。
小さい頃からその謎な掛け声を面白がってただ真似ていた私は中学生になってそれが人の名前をもじっているものだと初めて知った。
(みんなはおのだひろおの方が立派でしゃんとしていて好きや言うんやけど
じっちゃんはな、よこいしょういちの方が好きやと言うか、あのちょっとだらしないタレ目の顔が心に滲みるんや。ようこんなおっちゃんが何十年も の間、グアム島のジャングルの中を生き抜いたもんや思てな)
ググって調べた私は後にそのふたりが何者かは知った訳やけどふたりの写真を見比べると私はやっぱりおのだひろお派やわとちいさく呟いたのだった。
ただ、プロの軍人やったおのだひろおと民間から招集された兵隊さんの普通のおっちゃん、よこいしょういちではその間にはおのずと大きなスキルとキャリアの差がある訳で、人として何かしらの物語を感じるとするならよこいしょういちの方かなとじっちゃんの考えにもある意味共感できた私もそこに居た。
近頃はこうやって私の記憶の端々にあるじっちゃんの言葉やその思いが何気に私の日常のシーンに重なることが多くなったように思う。
じっちゃんの長引く入院生活、何か私の中でザワつくものがあってそんなこんなが無意識のうちに表に出てきているんやろか。
「ちょっと、サラちゃん!?サラちゃんって!!何ボーッとしてはんのん!!」
知らず知らずに物思いにふけっていたのか、気がつけばガラス戸の向こうでてまりやの鶴さんがそのふくよかな二の腕を大きく振っていた。
慌てて顔を上げて「はーい!!」と一オクターブあげた声で叫びながら玄関口へと駆けて行って鍵を開けると鶴さんのとなりには自転車に跨る笑顔の旬兄さんが居て
「よっ」と呑んだくれのおっちゃんみたいな謎の敬礼を投げかけてきた。
「京都花月の前でばったり会うて、サラちゃんのこと話しながら後ろに乗せてもうて一緒に帰ってきたんえ」と嬉しそうにここまでのくだりを簡潔に説明する鶴さん。
「乗ってって?二人乗りで?」
「そうえ。もう中学生の頃に帰った気分で新京極をスイスイと」
手のひらで魚が泳ぐようなジェスチャーをして見せる鶴さん、その悪戯っぽい笑顔にちょっと苛つく私。
「えっ、ちょっと待って。新京極をスイスイとって自転車で?二人で?」
目を丸くして徐々に眉間に皺がよっていく。
「そうそう。お昼で意外と空いててスイスーイと」
この真昼間に自転車通行禁止のそれも二人乗りでって、それって○○○人移民かC国K国人の愚行もええところ。創業400年の音羽屋侘助堂は過去には中京区の一日警察署長も務めた事のある家柄。法遵守はもとより日常の些細なことも市民の規範となる様な行動を心がけてきたのが音羽屋の歴史。
新京極なら知ってる人も多いし、旬兄さんはもうここら辺では馴染みの顔で音羽屋の家のもんというのは周知されてるはず。
「旬兄さん!?何してくれてんのん!?事もあろうに音羽屋の婿が…」
「ちょっ、ちょっと待ち、サラダ。鶴さん、酷いなそれは」
「何が酷いのん、旬兄さん!?乗せた責任は運転手にあるって昔から相場は決まってる!!」
私の鬼の形相に後ずさりしながら鶴さんに助けを求める旬兄さん。
「もう言い訳はええから付いてきて 、謝りに行くから」
「ど、何処へ?」
「四条大橋の交番に決まってるやん。謝って、始末書書いてそれから…」
そんな二人を見てお腹を抱えて笑いが止まらない鶴さん。
「もう…鶴さん、何なん?」
「ごめんごめん、サラちゃん、乗ってないって。自転車は押して、ちゃんと押して歩いたから」
「押して歩いたぁ?」
それでもまだ鼻息が収まらない私に鶴さんは抱きすくめる様にして言葉を続ける。
「ごめんやてサラちゃん。ちょっとサラちゃんにはてんごが過ぎたわな」
よしよしと私の頭を撫でる鶴さんに「もぉ、なにそれ!?」と膨れた頬っぺたがみるみるピンク色に染まった。
「サラちゃんは色が白いから。頭に血が上っても頬っぺたは桜色に染まんねんな」
今度は手のひらで私の頬をすりすりして弄ぶ鶴さんに堪らず「鶴さん!!?」と頭のてっぺんから変な雄叫びが出た。
「おー怖っ。退散退散」鶴さんは首を竦めてそ言うと、
「ほんならまたね旬さん」と後ろ手に手を振って大きなおしりふりふり駆けていった。そんな鶴さんの背中を私と旬兄さんは言葉もなく口をぽかんと開けたまま見送った。
「自分の言いたいことだけ言うて消えていかはったな」
「ほんまに…いつものことやけど」
後で旬兄さんから聞いた事やけど一緒に歩きながら(もう20年若かったらこの後ろに乗してもうて通りの真ん中スイスーイと行く世界線もあったんかもえ)と嬉しそうに誰とはなしに呟いてたという。
大好きな推しの旬兄さんと二人で新京極ブラブラできて鶴さんはいっとき青春時代にタイムスリップしてたのかもしれない。
「ほんまに小娘がおばちゃんのぬいぐるみ来たような人やわ」と私がポツリと零すと「そやな」と旬兄さんは少し口角を上げて小さく頷いた。
しばし佇むふたりの足元で馴染みのあるの黒猫がニャァとひと鳴きした。
気がつけばもうお昼はとっくに回っていた。
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