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翼を捨てた天使①
しおりを挟む「なにやってんの、樫脇!そんなボールも取れないの、あんた!何年バレーやってんのよ!」
いつものように体育館に響く先輩たちの怒号を有希は聞いていた。
(取れんとこばっかりに打って、そぎゃんこつばして何になっとや)
誰にも聞こえることのない故郷、鹿児島の言葉。心のなかで何度叫んだか分からない。
こんなはずじゃなかったのに。
この二年間、そんな言葉を呟かない日はなかった。
東京は怖いところ、だからしっかりとした仲間を作らないとダメ。
――― いいね、有希。毎日体を動かしちょっ人には悪りい人はいねえ。
じゃっで、芸術とか音楽とかそげなことに現を抜かしちょっ人はろくなもんじゃね。
汗を流せばいいとよ、みんなで。そうすりゃあ良かことも悪かこともみんなで共有出来(でく)っ。喜びや悲しみを分かち合えばあんたの学生生活は上手くいくはずじゃっで。
そんな薩摩の母の理想論はこの大学に来て1ヶ月もしないうちに打ち砕かれた。
体育会系=好い人、そんな図式をここ東京では誰も見ていない。
スポーツをやっていること自体、彼女たちの一種のファッション。
服や宝石で身を飾るのと同じように彼女たちはボールに興じ汗を流す。
喜びは自分だけのもの。他人の悲しみは遠くからしか見ない。
鹿児島では道端で泣いている子がいるとその回りに人垣ができる。
けれどここでは雑踏で泣き濡れた子がいるとそこだけぽっかりとした空間が出来上がる。
人と人との距離があまりにも遠いこの街。それが都会で生きること。
それが東京流というのなら、それに染まってしまうのも一つの方法だったのかもしれない。
でも人が好きで、泣いている顔を見れば自分のことのように悲しくなりどんな小さな喜びにも笑顔で返さずにはいられない。そんな有希のなかに脈々と流れる薩摩おごじょの血はいかんともしがたく。
素直になれない自分がいた。もっと自然体が良かったのかもしれない。
変な意地の塊が東京への憧れと嫉妬がごちゃ混ぜになっためんどくさい彼女のプライドが邪魔をしたのかもしれない。
気がつけばもう有希の周りには誰もいなかった。
「やめればいいのに」 「なんでいるのあの子」
そんな声とずっと戦った二年間だった。
でも、そんな2年も続いた有希と彼女達との根競べも今日で終わりを迎える。そう、彼女たちから見たら有希は逃げ出すのかもしれない。
──笑いたければずっと笑ってればいい。でも私はあなたたちのことは絶対認めない。私の少しばかりの夢と希望を毎日毎日、潰していった貴女達のことを。
それは驚くほどあっけないものだった。
「今日でやめます、部長」
有希の言葉にメンバーたちは誰も振り返りもしなかった。
「結局、やめるのよね」勝ち誇った声が飛び交う。
薄笑いと嘲笑が有希の無防備の背中を襲う。
狭い部室に髪の毛をブラシですく音だけが静かに響いた。
「やっぱり気持ちはかわらないの? そう・・残念ね。 まぁ、大学生活まだ先長いし、頑張って」
鏡を見ながら、目も合わせずに彼女はその一言で片づけた、有希の2年間を。
──思い返せば、コイツが入学式の時に声をかけてきたのがそもそものボタンの掛け違い。可愛い子を自分の側女みたいに傍らに置く、そんな女子の体育会系ではありがちな光景には反吐がでた。
「私達がしたいのはバレーボール、身の回りの世話ならマネージャーがいる」
そう有希は部長に直訴した。しかし、どうも、それは創部以来誰もすることがなかった”快挙”だったらしい
あくる日から、待っていたのは、お約束の追い出し。
来る日も来る日もボールを拾っては磨く日が続く。2年になっても試合に出してもらえない毎日。
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