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女を騙すためだけにスーツ選んでんじゃねえよ、このバーカ!!!
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約束の時間に5分ほど遅れてその男はやって来た。
会うのは最初は愚図ったものの渡良瀬繭の件で警察沙汰にすると言ったら
「昼飯の前に3分だけ」と言ってしぶしぶ了承した。
「じゃあ、借用書あったら見せてよ」
ピンストライプの濃紺のスーツがやけに良く似合っていた。爽やかな笑顔とは裏腹に言葉の語尾がやたらとつよいのが鼻につく。
「いい男だね」
サリコが莢の耳もとにそっと口を寄せる。
ふかふかのソファーに大理石の床、寒い程のクーラーの冷気に満たされた丸の内ビルヂングのロビーは7月とは思えないほどの快適さに包まれていた。
「こんなところが日本にもあるんだね」
「って、何見とれてんねん。ブルジョアジーはみんな、あんたらの敵やろが」
その少女のような目の輝きに莢は少しいらつきを覚えて口を尖らせた。
「そうでもないのよ、莢。
要は考え方ひとつ。誰も資本主義を駆逐できるなんて本気で思ってやしない。
こんなやつらの世界で私らがどう共存できるか、どうその隙間に入り込んでいけるのか、
そんなことを毎日考えてる。まぁ、周りには真剣に国家転覆まで考えてる奴もいるにはいるけどね。
人が人らしく生きれる世の中、それだったら、何でもいいのよ、沙原は。
ねぇ、あんたもそう思うでしょ、ピンストライプのお兄さん」
そんなサリコの言葉をもてあましたように鼻で笑う男。
よれよれのプリントシャツにはき古されたジーンズ、その今の彼女の在りようは紛れもないプロレタリアの代弁者。資本主義を絵に描いたようなこんな男にサリコのそんな言葉が説得力があろうはずはない。
「あのー、もういいんだったら、俺飯行くけど、いいかな?」
男が辺りを気にする様子で腰を上げると莢はその行く道を遮るように片手を上げた。
「飯行こうと帰ろうと何しようとあんたの勝ってやけど、お金だけは置いていって貰うで。35万、ビタ一文まけられへんから」
そして目の前のテーブルに片手をつき乗り出すようにして男を睨む莢。
「だから、それだったら借用書出せって言ってるじゃん」
「あほか、あんた。男と女の間の金のやりとりにそんなもんある訳ないやろ」
「男と女のやりとり?それを認めてるんなら尚更だろ、 貰ったもん、なんで返さなきゃあいけないんだよ。繭はくれたんだよ、それもにっこり笑ってな」
「まぁ、ええ、そんなこともあったんかわからへん。けど繭さんが部屋に置いてた現金35万、それを黙って持っていったん、それもあんたやな。」
「そんなわけないだろ、だいいち、あんな新潟の百姓娘がなんで、そんな大金もってんだよ、おかしいだろ」
「なんやて」
「あ~~あ!めんどくさい男だね、あんた!!」
メガホンがなしでも数百メートルは届くと言われている沙原莉子の声が大理石の壁面を揺らす程に響き渡る。時間はお昼の12時過ぎ、ランチタイムに出てきたビジネスマンたちの足がひととき止まる。出口のところで警備員のおじさんがこちら睨みながら首を横に振っていた。もうそれ以上はゆるさない、そういう意味だろう。
「だったらくれてやるよ、その金は。あの子にもそれなりの責任がある。こんなどうしようもないあんたを見抜けなかった責任がね。」
スイッチが入ってしまった砂原莉子。気が付けば男の数センチにまで鼻面を近づけていた。
「だから私たちは慰謝料をもらう。真っ当なあの子に対する慰謝料をね。
100万。と言いたいとこだけど、あんたみたいなチンケな男に出せるわけはないだろうし。
まぁいいわ、50万にまけといたげる。
どう?優しいでしょ、私たち」
「慰謝料?何の慰謝料だよ、別れたのは合意の上だろ、そんなもん発生するわけないだろうが」
にじり寄る人の数が増えていた。明らかに異端者扱いの目が注がれる。大声一つで周りの状況は一変するだろう。それを踏まえたうえでのサリコの押し殺した声がロビーに低く静かに響く。
「なんの慰謝料?言っていいの?そんなことを私に言わせる気?」
「・・・」
「ひとりで行ったんだよ、あの子は。ほんとはみんなで祝福されていくはずのところへたった一人で行ったんだよ」
「・・・」
「まだわかんないの?ひとつの命が消えたんだよ、あんたのせいで」
「サリコ・・なんでそんなことを」
「知ってるのって?有希から聞いた、ずっと聞いてた、あんたたちの事は」
「樫脇さんから? じゃあ部室に来たのもそのことで・・・」
そう、サリコは知っていた。渡良瀬繭が男に騙され、大切なお金を取られ、初めて授かった命までも、うばわれたことを。
そして周りのみんながもう一度彼女が東京に戻って来ることを願って止まないことも。
「往生際が悪いね、カッコだけなの、あんた、なんのためのぴかぴかのスーツだよ、それ。
女を騙すためだけにスーツ選んでんじゃねえよ、このバーカ!!」
「・・・」
「いいんだよ、私はここで叫んでも、見ての通り、失うもんなんて何もないから」
「・・・」
「どうなのよ!?」
「サリコ・・」
「じゃあここで叫んでやろうか、あんたのしたことを!!!」
サリコが男の胸ぐらを掴むと同時に彼女と莢の二人は数人の警備員に取り押さえられていた。5~6人はいただろうか。 尻もちをつきながら青ざめた表情で後ずさりする男の顔もはっきりと見てとれた。
莢はといえば大理石の上に顔を押さえつけられながらも泣いていた、けれどサリコによるとそれはどう見てもうれし泣きで、その顔を涙でくしゃくしゃにしながらへらへらと笑っていたらしい。
莢にとってもうお金なんてどうでもよかったのかもしれない。仲間がいる。繭さんのことをこんなに思ってくれる仲間が私にはいる。それを繭さんに伝えるだけでよかったのかもしれない。。
そのあとのことといえば、莢は大理石の床の冷たさが変に気持ちが良かったことと、
「逃げんじゃないよ、このバーカ!!」そんなサリコの叫び声が頭に残っているだけ。それ以外はなにも覚えていない。 ただサリコの微かな記憶のなかで、外にほうり出された後、二人で大声で雄叫びを上げていたことを後に彼女から莢は聞いた。
ずーっと数か月もの間、思いつめていたことが劇的に昇華され、一時的に極度の興奮状態に陥った為、いわゆる一過性の健忘症になったのだろうか。
会うのは最初は愚図ったものの渡良瀬繭の件で警察沙汰にすると言ったら
「昼飯の前に3分だけ」と言ってしぶしぶ了承した。
「じゃあ、借用書あったら見せてよ」
ピンストライプの濃紺のスーツがやけに良く似合っていた。爽やかな笑顔とは裏腹に言葉の語尾がやたらとつよいのが鼻につく。
「いい男だね」
サリコが莢の耳もとにそっと口を寄せる。
ふかふかのソファーに大理石の床、寒い程のクーラーの冷気に満たされた丸の内ビルヂングのロビーは7月とは思えないほどの快適さに包まれていた。
「こんなところが日本にもあるんだね」
「って、何見とれてんねん。ブルジョアジーはみんな、あんたらの敵やろが」
その少女のような目の輝きに莢は少しいらつきを覚えて口を尖らせた。
「そうでもないのよ、莢。
要は考え方ひとつ。誰も資本主義を駆逐できるなんて本気で思ってやしない。
こんなやつらの世界で私らがどう共存できるか、どうその隙間に入り込んでいけるのか、
そんなことを毎日考えてる。まぁ、周りには真剣に国家転覆まで考えてる奴もいるにはいるけどね。
人が人らしく生きれる世の中、それだったら、何でもいいのよ、沙原は。
ねぇ、あんたもそう思うでしょ、ピンストライプのお兄さん」
そんなサリコの言葉をもてあましたように鼻で笑う男。
よれよれのプリントシャツにはき古されたジーンズ、その今の彼女の在りようは紛れもないプロレタリアの代弁者。資本主義を絵に描いたようなこんな男にサリコのそんな言葉が説得力があろうはずはない。
「あのー、もういいんだったら、俺飯行くけど、いいかな?」
男が辺りを気にする様子で腰を上げると莢はその行く道を遮るように片手を上げた。
「飯行こうと帰ろうと何しようとあんたの勝ってやけど、お金だけは置いていって貰うで。35万、ビタ一文まけられへんから」
そして目の前のテーブルに片手をつき乗り出すようにして男を睨む莢。
「だから、それだったら借用書出せって言ってるじゃん」
「あほか、あんた。男と女の間の金のやりとりにそんなもんある訳ないやろ」
「男と女のやりとり?それを認めてるんなら尚更だろ、 貰ったもん、なんで返さなきゃあいけないんだよ。繭はくれたんだよ、それもにっこり笑ってな」
「まぁ、ええ、そんなこともあったんかわからへん。けど繭さんが部屋に置いてた現金35万、それを黙って持っていったん、それもあんたやな。」
「そんなわけないだろ、だいいち、あんな新潟の百姓娘がなんで、そんな大金もってんだよ、おかしいだろ」
「なんやて」
「あ~~あ!めんどくさい男だね、あんた!!」
メガホンがなしでも数百メートルは届くと言われている沙原莉子の声が大理石の壁面を揺らす程に響き渡る。時間はお昼の12時過ぎ、ランチタイムに出てきたビジネスマンたちの足がひととき止まる。出口のところで警備員のおじさんがこちら睨みながら首を横に振っていた。もうそれ以上はゆるさない、そういう意味だろう。
「だったらくれてやるよ、その金は。あの子にもそれなりの責任がある。こんなどうしようもないあんたを見抜けなかった責任がね。」
スイッチが入ってしまった砂原莉子。気が付けば男の数センチにまで鼻面を近づけていた。
「だから私たちは慰謝料をもらう。真っ当なあの子に対する慰謝料をね。
100万。と言いたいとこだけど、あんたみたいなチンケな男に出せるわけはないだろうし。
まぁいいわ、50万にまけといたげる。
どう?優しいでしょ、私たち」
「慰謝料?何の慰謝料だよ、別れたのは合意の上だろ、そんなもん発生するわけないだろうが」
にじり寄る人の数が増えていた。明らかに異端者扱いの目が注がれる。大声一つで周りの状況は一変するだろう。それを踏まえたうえでのサリコの押し殺した声がロビーに低く静かに響く。
「なんの慰謝料?言っていいの?そんなことを私に言わせる気?」
「・・・」
「ひとりで行ったんだよ、あの子は。ほんとはみんなで祝福されていくはずのところへたった一人で行ったんだよ」
「・・・」
「まだわかんないの?ひとつの命が消えたんだよ、あんたのせいで」
「サリコ・・なんでそんなことを」
「知ってるのって?有希から聞いた、ずっと聞いてた、あんたたちの事は」
「樫脇さんから? じゃあ部室に来たのもそのことで・・・」
そう、サリコは知っていた。渡良瀬繭が男に騙され、大切なお金を取られ、初めて授かった命までも、うばわれたことを。
そして周りのみんながもう一度彼女が東京に戻って来ることを願って止まないことも。
「往生際が悪いね、カッコだけなの、あんた、なんのためのぴかぴかのスーツだよ、それ。
女を騙すためだけにスーツ選んでんじゃねえよ、このバーカ!!」
「・・・」
「いいんだよ、私はここで叫んでも、見ての通り、失うもんなんて何もないから」
「・・・」
「どうなのよ!?」
「サリコ・・」
「じゃあここで叫んでやろうか、あんたのしたことを!!!」
サリコが男の胸ぐらを掴むと同時に彼女と莢の二人は数人の警備員に取り押さえられていた。5~6人はいただろうか。 尻もちをつきながら青ざめた表情で後ずさりする男の顔もはっきりと見てとれた。
莢はといえば大理石の上に顔を押さえつけられながらも泣いていた、けれどサリコによるとそれはどう見てもうれし泣きで、その顔を涙でくしゃくしゃにしながらへらへらと笑っていたらしい。
莢にとってもうお金なんてどうでもよかったのかもしれない。仲間がいる。繭さんのことをこんなに思ってくれる仲間が私にはいる。それを繭さんに伝えるだけでよかったのかもしれない。。
そのあとのことといえば、莢は大理石の床の冷たさが変に気持ちが良かったことと、
「逃げんじゃないよ、このバーカ!!」そんなサリコの叫び声が頭に残っているだけ。それ以外はなにも覚えていない。 ただサリコの微かな記憶のなかで、外にほうり出された後、二人で大声で雄叫びを上げていたことを後に彼女から莢は聞いた。
ずーっと数か月もの間、思いつめていたことが劇的に昇華され、一時的に極度の興奮状態に陥った為、いわゆる一過性の健忘症になったのだろうか。
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