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立夏編序章~ハルルの告白①
しおりを挟むいったいこの子はさっきからずっと何を見ているんだろう。投げかける視線の向こうには暮れゆく夏の夕暮れとそれと行き違うように昇ってくる仄かに光る十六夜の月しか見えないはずなのに。
「聞いてみたら?」
小田香ナーナの声に誘われるように山音爽の足が自然に前へと動く。お盆休みの大学のキャンパスは人影もまばらで学生の姿はなく、犬を散歩させる近所の住民がちらほらと通り横切るぐらいだった。
大学に入ってから3回目の終戦記念日、いつもは大阪の実家に帰っていた爽だけど、今年は訳あって帰れていない。目の前で空を見上げて佇むこの子も、きっと空の向こうの故郷に想いを馳せている、そんな想いが爽にあったのかも知れない。
「その子が白咲遥だよ」
後ろから、ナーナが小さく叫ぶ声が聞こえた。
聞こえたのだろうか、空を見上げていた、彼女の視線がわずかに爽のほうに振れる。
ドキッとした。吸い込まれそうな大きな黒い瞳が爽の足を止める。
もうそれ以上は来ないでと言われてるみたいで、その無言のオーラに爽が息をのむ。
小さな水玉模様がプリントされた真っ白なノースリーブのワンピースに真っ白なスニーカー。肩まで伸びた黒髪が夕陽を浴びて栗色に輝いていた。
まるで映画のワンシーンを見るように。
「この子が・・・」白咲遥。。
── なんかすごい子が演劇部に入ったみたいだから行ってみない?
爽がそうナーナから言われたのはつい先ほどの事。
大学ではその手の話は良く聞く。たいていが身内の自作自演、話題集めの為にわたし達も一年生の頃によくやらされた思い出がある。誰かをスターに仕立てて噂を煽り部を盛り上げる、子供だましのようだけど、それもまたサークルの生き残りを賭けた私達の戦い。
「でも、今回は違うみたいよ。だってその子のお姉さん、女優らしいから」
「女優?白咲?」
「うん、まぁ、どうせ聞いても知らない名前なんでしょうけどね」
「ちょっと待ってナーナ。白咲って、それって、もしかして白咲百合?」
「うん、なんかそんな名前・・。って、誰それ?」
白咲百合。今や彼女の顔や名前をテレビをはじめとするマスメディアで見ない日はないだろう。 歳の離れた妹が、どうも彼女の娘らしいと憶測が憶測を呼び、各社各局のスクープ合戦が連日続いていた。どちらにしても、おそらく昭和の日本人なら彼女を知らないものはいない、押しも押されもせぬ唯一無二の日本を代表する国民的女優に違いない。
爽が手短にそう説明すると「ふーんなるほどね、色々ある子なんだ。けど大変だよねそんな有名な子受け入れて」とやっぱり初めて聞く風だった。
「そやけど、ナーナ。あんた、ほんまに日本人なん?」
「どういう意味よ、さや姉」
気が付けば、先ほどまで青空が残っていた西の空は、もう綺麗な薄紅色を帯びて、夜の帳が奥多摩の山々を覆い始めていた。暮れなずむキャンパス、夕日に染まる楡の木の下で一人たたずむ白咲遥がいた。
爽の方ににひと時投げかけられていた視線も、もう彼女は前を向いていた。
黄昏ている風でもない、焦点が定まらない様子もない、彼女は明らかに何かをしっかりと見ていた。
「階段がね、見える時があるの」
誰に話すともなく、風に囁くように、遥はそう口を開いた。
彼女が仰ぎ見る空に爽もふたたび視線を移す。
折り重なるように続く黒い稜線に縁どられた夕焼け空は先ほどと何も変わらない。ただ階段らしきものは爽には見えなかった。
「ふふっ、大丈夫ですよ、あぶない子じゃないから」
距離を詰めないで固まったままでいる爽の心を見透かすように遥の言葉が飛ぶ。
なんだろう、このすべてを持っていかれるような不思議な吸引力は。
少しかすれたような声は意外だったけれど、逆にそれが彼女の魅力を特別なものにしているように思えた。
「山音爽さん・・?ですよね?」
「・・・?」
「なんで知ってるのって、思ってます? 有名ですよ、もう学内では
あの騒動の一件を莉音も学内新聞に載せるって言ってたし」
「紫莉音ちゃんだよね、言ってた、言ってた!警察沙汰にならない程度にやるって!ね!」
気がつけばいつの間にか後ろにナーナが張り付いていた。爽の肩越しに頭を乗っける様にしていつもの人なつっこい笑顔を覗かせている。
「中文専攻の小田香ナーナです。軽音でさやかさんの舎弟やってます」
「敬礼はいらんやろ、ナーナ」
「だって・・」
二人のやりとりに思わず笑みがこぼれる白咲遥。
「ふふっ、仏文の二年、遥です」
「同級なんだ、てっきり年上だと思ってた」
「年は上だよ、ひとつだけ」
「えっ、ダブってるの、遥さんは?」
「ナーナ!?」
思わずその口を掌で抑える爽。
「いいんですよ、さやかさん」
彼女の指先が爽の肩に優しく触れる。仄かなバラの香りが鼻をかすめる。
シャネルのサムサラの匂い。それは私達にとっては特別な匂い。
繭さんがいつも纏っていたサムサラのバラの匂いだ
「サムサラ?」
「えっ、ああ、母のがついちゃったのかな」
「えっ、お姉さんのじゃないの?」
「母なんです」
語尾が少し強く感じた。か弱そうでいて、自分の意思を強調したいときは突然、目力が強くなる。
「姉ではなく、母」 初対面の私たちに彼女は確かにそう言った。
いつもは一言多いはずのナーナはもうそれ以上は聞かなかった。何も知らないはずなのに、そういうところはいつもこの子はあきれるほどに勘が鋭い。
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