AKB48⌜翼はいらない⌟オマージュ作品 『翼を捨てた天使たち(早春編~立夏編』学連闘争員サハラリコ〜ある夏の日、私たちは一つになった

リトルマナ

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大東京とサムサラの香り~大東京

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「さやかさ~ん!上がってきて~はやく~!!」


あれから一週間、軽音の部室には足を一度も踏み入れていなかった。

今日も、もし、真島眞子の声がなければ莢の脚はここには向かなかった。




─── 山音莢の夢をあなた達は知ってる?

   莢が何処へ向かって誰の為に歌っているのか知ってるの?

   そういう私もよく知らない

   ただ、歌を夢の為の道具にしている、そんな莢でないこと        
           
           は私もそしてあなた達もわかっているはず・・だよね

   山音莢はけっして近道を選んではいない

   友を置き去りにしてまで夢を選ぶ子ではない

   莢の歌声はみんなのなかから、あんた達のなかからしか聞こ 
          えて来ない     

   それだけはわかっているつもりだよ

   あんた達もそんなことはきっとわかってるはずなんだ




これが昨日の朝、部室の壁に張ってあったそうだ。

書いたのは大澤静香。みんなからは愛と敬意を込めて、
しーちゃん先輩と呼ばれている。年が明ければ卒業する莢の二年先輩。

彼女をヤマハのポピュラーソングコンテストの最終メンバーの2人の中に入れたのは、いわば莢のゴリ押し。


そんな莢の偏った気持ちに気付きながらも

「なんでもいいよ、莢が私のことを思ってやってくれてるんなら

それに乗っかる、甘んじて受ける。それでいいんでしょ」


そう彼女は笑い飛ばした。
莢はみんなの気持ちを代弁しただけなのに。
別に、四年間の苦労が報われてほしいだとか上級生への義理立てだとか、パイセンを気遣ういっぱしの優等生を気取って莢は言ってるんじゃない。

しーちゃん先輩は莢たちの全てを知っている。
笑いの輪のなかにはいつも彼女がいて悲しみの渦のなかには
知らず知らずのうちに気がつけば寄り添ってくれている。

リーダシップとかアーティストとしてのアビリティだとか、そんなものには縁のないしーちゃん先輩だけどそんなものを越えたところに彼女はいる。

そんなしーちゃん先輩を送り出すこと、それがみんなの未来へ繋がると莢はそう信じていた。





「あんたさぁ、さっきからなんでみんなを睨んでんの?」

大澤静香が莢に始めて口を開いたのは去年の入部まもない新歓コンパの宴の最中だった。

「別に・・・ 」 それだけ言って莢はまた前を向いた。

睨んでたわけではない、東京言葉に入っていけない自分がなにか情けなく思えて必死になってそれを莢は隠そうとしていただけ。

窓から見える東京タワーは通天閣と違いおしゃれで綺麗で莢にはどうしようもなく眩しかったし、飛び交う言葉は洗練されていてまるでテレビドラマのように莢の耳を撫でていく。けれどその言葉はとても仲間同士とは思えない上っ面だけで全く感情のないものに莢には思えていた。

酔ってはいなかった。でも少しいらついていたのかも知れない。
そんな東京に。そんな東京を認めたくない自分に。

「何してんの、あんたの番だよ」

大澤静香が耳元で囁く。知らない間に自己紹介の順番が回ってきていたらしかった。自己紹介といっても、この大学ではそれはちょっとした入部テストを兼ねていて、軽く歌を口ずさみ、自分をアピールして終わる、それが入部への一連の慣わしだった。

    
まだ半分以上残っているジョッキのビールを一気に飲み干すとその適度のアルコール分が莢のなかの浪花女のどストレートな思考回路を研ぎ澄ましていく。

─── 言うべき時にはちゃんと言うてあげる、それが仲間というもんや。ひとつの事をなおざりにしたら、それがどんどん変な方向に絡まっていく。
間違いはその都度正していく。正義に東京も大阪もあらへん。
迷ったら声を上げる、それでええんやで、莢・・・。


おばぁちゃんの言葉はいつでも莢のバイブルだった。ピンチの時もチャンスの時もその心の引き出しを開ける。そこに詰まっている言葉がそのシーンに応じてまるで映画のテロップの様に頭の中を流れていく。

別に取り立てて尖ったことを言うつもりはなかった。莢なりのこれまでのその生き様とここ東京に出てきた経緯、そしてこのサークルで自分の目指す音楽。
そんなものをさらっと言っておくのは必要だと思った。
なにか歌えと言うなら歌ってやる。その方がたらたらと自己紹介するよりは莢にとっては話がはやい。その為に自身の分身であるギターは今日も傍らにあった。

ただ莢が立ち上がっても隣の大澤静香以外、気づくものは誰一人いない。
二回ほど深呼吸をしながらあたりを見回す。二十人ほどが座した楕円形の円卓、居酒屋の人熱れのなか様々な香水の匂いが混ざり合い辺りを漂う。

彼女らにとってはもう宴もたけなわなのか、3分たってもまだ莢の方を見ようともしない。
5分6分、東京に来て抑えていたはずの莢のなかの浪速娘の闘魂がむくむくと頭をもたげカウントダウンを始めようとしていた。

(こいつら・・・)

これが東京の礼儀なのか?心の底で本当にそう思いはじめていた。
気の短い方ではない、切れるときにはそれ相応の理由を自分のなかで作ってから・・・それがいつもの山音爽だった。


でも何故かその日は違った、鼻をつくようなシャネルのローズの香りがそうさせたのかも知れない。

「いつまで喋っとんねん!!」

大阪弁はよく響く、だから腹八分で出したらええ、これもおばぁちゃんの言葉。
ジョッキを持つ手の動きが一斉に止まる。十メートル先の料理を運ぶ仲居さんの動きをも止めた莢の叫び。


「なんなの、あんた?」

真正面に座っていたひと際チャラい女がほろ酔い加減の、瞬きも忘れたような目を私に向けた。

「美柳美帆、次期部長だよ」
大澤静香に言われなくても大よその見当はついていた。
しゃべり方、目線、彼女への周りの気遣い、それに、なにより彼女だけが時折莢を見ていた。
莢は合った目線は必ず返す、敵でも見方でもそれは変わらない。

「あんたがずっと立ったまま、なんもしゃべんないからさぁ、待ってただけだよ。
それとも、なに? 私たちがさぁ、よろしくお願いしますとでも言わなきゃなんないの?」


一応筋が通っているようにも見えた。怒っているのは私のわがまま、
楽しいはずの宴をぶち壊してしまった一年生、そんな流れはどう見てもできてしまっていた。


「謝りな。変な正義感はこの人たちには通用しないから」


今度は大澤静香は明らかにみんなに聞こえるようにそう言った。
どうもこの人だけ、見ているものが違う。そう莢は感じ始めていた。
この場にふさわしくないという言い方があっているかどうかは分からないけど彼女からは私と同じ匂いがすると莢は思った。

 
「あらあら大澤先輩いらしたんですよね。全然わからなかったわ」

「先輩って?」

「私は3年、彼女は2年、それだけのことよ」

現三年生には部長の資質に当てはまるべき人材はいない。だから次期部長に二年生を指名した。
それが早々と退部していった前部長の考え方だったらしい。

「最後までいるわよ。あと二年。まぁ、あんたらには風通しがわるいとは思うけどね」


思わず莢は彼女の顔を見た。下を出しながら、ウインクを返すその笑顔はやけに眩しく感じた。

東京にはこんな人もいる、そう思うと今まで高ぶっていたお腹の虫が嘘のように静かになった。
自分が子供に見えたといった方がいいのかもしれない。
つい勢いで荒ぶってしまった自分を莢は恥じた。
場を弁えず未だJK気分が抜けない自分、これはおばぁちゃんの言うところの正義なんかじゃない。


「そんなことより、大家先輩、この人どうしましょう?
なんか私達のことよっぽど気に入らないみたいだし、
なんなら、やめてもらいます?」


それは大澤静香の答なんてこれっぽっちも求めていないのは明らかだった。
この人はみんなに言っている。やめさせれるのは私、あんたじゃないと。


「勝手にしたら・・・。

とそう言いたいとこだけどね。

でも、この子は間違ってないよ。

初めての挨拶、立ち上がっても誰も自分を見ない、じっと待つ

それでも見ない。

さぁ、そこで、あんたなら、どうする、新人の時のあんたなら、どうしたよ?」


「・・・」


「黙って、この空気に飲み込まれるように何事なかった様に座るか

それとも全てを無視して喋り出すか・・・」


「・・・」


「試したんだろ、あんた?この子を」


「静香先輩!」


誰かが声をあげた。


「いいから」

手を挙げて其の声を制した美柳美帆はそれでもまだ笑っていた。

円卓のこちらと向こう側、宴はもうすっかり冷え切っていた。

窓から吹き込む神田川の川風が何故か道頓堀のそれと同じ匂いがした。


「言い方は悪かったかもしれない、けど、この子は私達とちゃんと向き合うつもりでここにいる。それを分からない、あんたじゃない」


「・・・」


「それと、あともう一つ。

誰も言えないようだから、私が言ってあげる。

今のあんたさぁ、かっこよくないよ。

あんたが入って来たときはこの子とおんなじ目をしてた。

世界の正義を全部背負ってるような目をしてた。

みっともなかったけど、 私は・・・・」

それだけ言って大澤静香は天井を仰いで小さく「ふぅー」とため息をついた。


「あとはもういいわ、どうぞ、お好きに。決めるのは私じゃない。

あんたなんでしょ 」


    
    
その時、大澤静香の目には涙が溢れている様に莢には見えた。
傍らにいた莢だけが見えた涙かもしれない。それはおそらく今にも首を切られそうになっている莢を思って流れた涙じゃないのは明らかだった。

けれど、その時莢は思った。わたしはこの人の事を忘れない。少なくともこの大学にいる間はこの人をずっと見ている、そう決めたのだ。



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