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第38話『冷房のきいた部屋』

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■ 冷房のきいた部屋

 地球一家6人は、暑さでふらふらになりながらバス通りを歩いた。まさに真夏である。バス停に着くと、ちょうどホストハウスに向かうバスが来た。
 バスに乗ると、冷房がよくきいていて快適だった。ホストハウスも当然冷房がきいているだろう。もしも冷房がなかったら、とてもではないが耐えられない。

 6人がバスを降りると、HM(ホストマザー)が立っていた。
「ようこそ、お越しくださいました。今日は暑いですね」
「わざわざ出迎えていただいて、ありがとうございます」
 父がお礼を言うと、HMは手を振って否定した。
「いいえ、私は午前中出かけていて、今ちょうどその帰りなんですよ」

 家に到着すると、HMは玄関のドアを開けて6人を迎えた。
「どうぞ、上がってください。夫ももうすぐ戻るはずですから」
 6人はリビングに案内された。心の中で、部屋の中が暑い! と叫んだ。
「ずっと出かけていて、家に誰もいなかったので、暑いわね。ごめんなさい」
 HMがそう言った時、カチャッと音がした。
「今、冷房が入りましたからね」

 部屋はすぐに涼しくなり始めた。父が感心して冷房の機械を眺めた。
「これはすごい。自動的にスイッチが入るんですね」
「冷房は、全てこんな仕組みになっているんですよ。人が部屋に入ると冷房がついて、出ると自動的に消えます」
「それは便利ですね。人の気配を感知するセンサーがついているんですね」
 ジュンがそう言うと、HMは否定した。
「いや、そうじゃないんです。人が暑いと感じたことに反応するんです。人の脳の働きを機械的に読み取っているんでしょう」
 ということは、人が部屋に入っても、もし暑い日でなければ暑いと感じないから、冷房はつかないわけだな。それはますます便利だ。進んでいる。

 6人は二階の客間に案内された。
「皆さんのお部屋がこちらです。この部屋も、もちろん冷房つきですよ」
 ドアが閉め切ってあったこともあり、部屋の中が暑い。
 その時、天井の近くからカチッと冷房の音がした。
「わ、すごい。また冷房がついたわ」
 ミサが思わず叫んだ。部屋はすぐに快適な温度になった。

 部屋にはベッド6個が横に並んでいた。HMは、ベッドのさらに奥に置いてある機械を指して言った。
「あっちの機械は暖房です。あれも、寒いと感じたことに反応してスイッチが入るので、冬の間は役に立つんですよ」
 なるほど、すばらしい。

 そして夜になり、HFが帰宅すると、全員がリビングに集まった。テーブルの上にビールとジュースが並ぶ。
「いやー、暑い夏の夜は、ビールに限りますな。どんどん飲んでください」
 HFは、父にビールをついだ。
「ありがとうございます」
「でも、夜になって、だいぶ涼しくなってきた気がするな」とジュン。
「そうね。ちょっと冷房がききすぎているかも」とミサ。
「あら、ごめんなさい。私たち夫婦二人とも暑がりだから、この部屋の冷房はずっとつきっぱなしになると思うわ」
 HMがそう言って笑うと、HFも笑った。
「そうだな。僕なんか、まだこれでも暑くて暑くて。ハハハハ」

 ジュンが不思議そうにHFに尋ねた。
「これだけ大勢の人がいる場合は、誰の感覚に反応して冷房がついているんですか?」
「部屋にいる誰か一人でも暑いと感じれば、それに反応してスイッチが入るんですよ」
「スイッチが消える場合も同じですか? 誰か一人が冷房を止めたいと思うと止まるんですか?」
「いや、そうじゃないですよ。それだと、ついたり消えたり忙しくなっちゃうじゃないですか。冷房が止まるのは、もう暑くないと全員が感じた時です」
「暑がりの私たちがいる限り、この部屋の冷房は消えないわ。よろしければ、皆さんはもうお部屋に戻ってお休みになりますか」
 HMがそう言い、父が答えた。
「そうですね。我々はいい感じに体も冷えてきたことだし、そうします」
 地球一家6人は立ち上がった。

 客間で子供4人が寝る準備を始めた。冷房はついていない。
 父が客間に入ってきた。
「夜はさすがに、冷房なしで十分涼しいな」
「そうだね。寝る時は、冷房はないほうがいいよね」
 ジュンがそう言うと、父は寝る支度をしながら答えた。
「うん。寝苦しいほど暑いわけでもないのに一晩中冷房をつけっぱなしにするのは、体に良くないと思うんだ。冷房が原因で、夏に風邪を引く人が多いからね」

 タクが電気を消そうとするのをミサが止めた。
「待って。お母さんがまだ来ていないわ」
 その時、母が遅れて部屋に入ってきた。
「お待たせ。歯を磨いていて遅くなっちゃった」
 その時、カチッと音がして冷房のスイッチが入った。
「ちょっと、誰? こんなに涼しいのに冷房入れるのは」とミサ。
「あ、たぶん私だわ。今でもまだ暑いのよ」と母。
「お母さんって、そこまで暑がりだったの?」とジュン。
「本当? いつも一緒に寝てるけど、冷房はつけてないじゃないか」と父。
「お父さんのことを思って、少し我慢していたのよ」と母。
「そうだったのか」と父。
「お父さんとお母さん、20年近くも一緒に暮らしていて、気が付かなかったの?」とジュン。
 父と母は答えなかった。冷房が止まる気配は一向にない。
「でも、涼しすぎても寝られないや。お母さん、薄着になれば?」とタク。
「いや、これでもシャツ一枚しか着てないから」と母。
「じゃあ、お母さん、覚悟を決めて裸になるしかないわね」とミサ。
 この会話を聞いて、父が慌てた。
「ちょ、ちょっと待てよ。ほかのみんなが一枚ずつ余計に着ればいいんだ。さあ」
 父はバッグから着る物を取り出そうとした。ほかの4人もバッグを探す。
 その時、カチッ、ブワーンと音がした。タクがその先を見ると、暖房機があった。
「あ、暖房がついたよ」
 暖房機から熱気が出始めると、ミサが怒り出した。
「ちょっと、勘弁して! 誰だか知らないけど、いくら涼しいとはいっても暖房をつけるほどじゃないでしょ!」
「暖房をつけたのは、たぶん僕だ」と父。
「え、お父さん? まさか、お母さんにけんかを売る気なの?」とタク。
「馬鹿言いなさい。お父さんは寒がりなんだよ」と父。
「本当? 冬に寝る時、暖房つけてないじゃない」と母。
「お母さんに気を使って、少し我慢してたんだよ」と父。
「そうだったんだ」と母。
「20年近くも一緒に暮らしていて、気が付かなかったの?」とミサ。
「夫婦が互いに譲り合う気持ちか。美しいな」とジュン。
「でも、どうする? この状態で、どうやって寝るの?」とタク。
 父が提案した。
「とりあえず、冷房に一番近い端のベッドに、お母さんが寝ればいい。そっちの端のベッドは暖房に近いから、お父さんが行くよ。子供たち4人は、暑がりの順にこっちから並びなさい」
「リコ、少し暑がりだよ」とリコ。
「僕もちょっとだけ暑がりかな」とタク。
「僕はまあまあ暑がりだな」とジュン。
「暑がりの順なんて言われても、比べられるわけがないじゃん」
 ミサはあきれた表情だ。

 翌朝、地球一家が起きてリビングに入ると。ホスト夫妻が中にいた。ミサが挨拶する。
「おはようございます。この部屋は冷房がよくきいてるわ。朝から快適ね」
「おはようございます。よくお休みになれましたか?」
 HFが尋ねると、ジュンが答えた。
「ちょっとバタバタして、なかなか眠れませんでしたけど、思いがけず両親の夫婦愛がわかって、とてもよかったです」
 ホスト夫妻が不思議そうな顔をすると、ミサも言った。
「うん、私も、結婚したらお父さんとお母さんのような夫婦になりたいな」
「まあ。私たちにかなうかしら」
 母がそう言い、ジュンが茶化した。
「お母さんも、言うねえ。暑い、暑い。この部屋、もっと冷房きかせてよ」
 みんなの笑い声が響いた。父がいないことにミサが気付く。
「あれ、お父さんはどこ?」
 その時、リビングのドアが開き、赤い顔をした父が入ってきた。
「ハックション! 風邪を引いたみたいだ。寒気がする」
 その時、カチッ、ブワーンという音がした。リビングの暖房のスイッチが入ったのだ。
「まあ、大変! 暖房がついたわ。こんなに暑いのに。よほどの寒気なのね」
 HMが驚いてそう言うと、HFも心配そうに言った。
「早く、隣町の医者に行ってください」

 父は大きなくしゃみを連発しながら玄関を出た。HMが申し訳なさそうに付け加えた。
「バスには乗らずに、歩いて行ってください。バスに乗ると、バスの暖房がついてしまって迷惑がかかってしまうので」
 父が歩き始めるのを見て、ミサが母に言った。
「お母さん、ついて行ってあげなくていいの? 夫婦愛はどうしたの?」
 母は心の中で、付き添いたいのはやまやまだが、行く先々で暖房に当たらなければいけないのはつらいと考えていた。
「ほら、お母さん、早く、早く」
 ジュンにも背中を押され、母は父の後を追いかけた。

 父と母が病院に着くと、看護師に案内されて待合室に入った。父と母の二人きりの部屋で、冷房がききすぎるくらいにきいていた。その横では、暖房がフル稼働する音が大きく響いていた。
 父は寒いと感じていたが、母に帰ってほしいとは言えなかった。一方、母は暑いと感じていたが、ここで帰るのは冷たいように思い、腰を上げられなかった。

 しばらく二人で黙って座っていたが、やがて母が立ち上がった。
「やっぱり私、帰るわ。私が帰れば、この部屋はすぐに暖かくなるわ」
「うん、ありがとう」
 母は父に手を振って、待合室を出ていった。
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