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第1章「海援隊編(黎明)」
第1話 奴隷剣士リュオム
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砂の匂いと鉄の錆びついた臭気が鼻を刺す。
リュオムは目を開け、木で組まれた檻の中で身を起こした。手首には鎖、足にも重り。
周囲には、獣耳や角を持つ異形の者たちが押し込められていた。皆、痩せ、目に光がない。
だが、その中でひとりだけ、じっとこちらを見ている少女がいた。
獣耳をぴんと立てた少女――ミラ。まだ十代ほどの年齢で、泥にまみれながらも瞳は鋭かった。
「……人間なのに、笑ってる」
彼女の小さな声に、リュオムは気づいて口角を上げた。
「笑わんと、呼吸が苦しゅうなるき」
「怖くないの? あんた、今日の闘技に出されるんだよ」
「怖いもんは怖いぜよ。けんど、怖いからといって俯いてちゃ、鎖は外れんろう?」
ミラは目を丸くし、そして小さく笑った。
リュオムは胸元に手を当てる。そこには亀甲状の竜魔紋がじり、と熱を放っていた。
その熱は「ここが異界」であることを否応なく教えてくる。
やがて鎖が引かれた。
「出ろ、ワーム抜け」
見張りの兵に腕を掴まれ、リュオムは檻から連れ出された。
石造りの通路を抜けると、砂塵と歓声が押し寄せてきた。
闘技場――円形の石壁の中央に砂が広がり、観客席には無数の目が光っている。
「人間だ!」「どうせすぐ死ぬ!」
「賭けるなら一合で終わりだ!」
嘲笑と罵声。だがリュオムは怯えず、木剣を受け取ると軽く振って重さを確かめた。
武器は粗末。盾も小さい。だが、握った瞬間に懐かしい感覚が指先を走った。
(刀も銃も手にした。なら木の棒でも、使いようはある)
角笛が鳴る。
対面の鉄扉が開き、獣人の剣闘士が姿を現した。
背丈は二メートルを超え、両手に短剣を逆手に握り、牙を剥いて低く唸る。
「ガルゥゥ……」
観客が沸く。
リュオムは深く息を吐き、微笑んだ。
「笑われるは慣れちゅう……けんど、負ける気はせんぜよ
獣人が砂を蹴った。速い。
左右の短剣が閃き、リュオムの喉と腹を狙う。
木剣と盾で必死に受けるが、衝撃で腕が痺れる。観客が笑う。
追い詰められた瞬間、胸の竜魔紋が熱を帯びた。
視界が一気に冴え渡る。
獣人の動きの癖、重心の傾き、次に狙う角度――すべてが見える。
「ほいっ!」
木剣で短剣の軌道を逸らし、盾で脇腹を打つ。
獣人が呻いて体勢を崩す。次の一撃を狙って跳び込むと、観客席から驚きの声が上がった。
「人間が……押してるぞ!」
リュオムはそのまま木剣を獣人の喉元に突きつけた。
観客が一斉にどよめく。
「人間が勝った!」
「信じられん……」
リュオムは荒い息を吐き、木剣を引いた。
瞳に、竜の光が揺らめいていた。
その時――背筋がぞくりと冷えた。
観客席の上段。黒い外套を纏い、仮面を被った影がじっとこちらを見下ろしていた。
竜魔紋が反応する。敵意とも呼べる冷たい気配。
次の瞬間、砂の上に光が走った。
淡い結界が闘技場を覆い、祈りの声が降り注ぐ。
「拙僧の名は、シン=トナリ。無益な血は、好かぬ」
僧衣を纏った男が立っていた。
数珠を垂らし、光をまとう。
リュオムは目を見開き、笑った。
「……おまん、生きちょったか、慎太郎……いや、シン」
星海で見た同志。再会の瞬間だった。
闘技が終わり、再び牢に戻されたリュオムを待っていたのは、獣耳の少女だった。
「ねぇ、あんた……あたしの親分になってよ」
ミラが笑った。
リュオムは苦笑し、鎖を揺らしながら答えた。
「おもろいこと言うやないか。けんど……隊を作るぜよ。誰ひとり、鎖に縛られん隊をな」
ミラの瞳が輝く。
リュオムは星海で見た影を思い出しながら、心の中で呟いた。
(異界でも……海援隊を立ち上げるきに)
牢の天井に、遠い星の光が瞬いていた。
リュオムは目を開け、木で組まれた檻の中で身を起こした。手首には鎖、足にも重り。
周囲には、獣耳や角を持つ異形の者たちが押し込められていた。皆、痩せ、目に光がない。
だが、その中でひとりだけ、じっとこちらを見ている少女がいた。
獣耳をぴんと立てた少女――ミラ。まだ十代ほどの年齢で、泥にまみれながらも瞳は鋭かった。
「……人間なのに、笑ってる」
彼女の小さな声に、リュオムは気づいて口角を上げた。
「笑わんと、呼吸が苦しゅうなるき」
「怖くないの? あんた、今日の闘技に出されるんだよ」
「怖いもんは怖いぜよ。けんど、怖いからといって俯いてちゃ、鎖は外れんろう?」
ミラは目を丸くし、そして小さく笑った。
リュオムは胸元に手を当てる。そこには亀甲状の竜魔紋がじり、と熱を放っていた。
その熱は「ここが異界」であることを否応なく教えてくる。
やがて鎖が引かれた。
「出ろ、ワーム抜け」
見張りの兵に腕を掴まれ、リュオムは檻から連れ出された。
石造りの通路を抜けると、砂塵と歓声が押し寄せてきた。
闘技場――円形の石壁の中央に砂が広がり、観客席には無数の目が光っている。
「人間だ!」「どうせすぐ死ぬ!」
「賭けるなら一合で終わりだ!」
嘲笑と罵声。だがリュオムは怯えず、木剣を受け取ると軽く振って重さを確かめた。
武器は粗末。盾も小さい。だが、握った瞬間に懐かしい感覚が指先を走った。
(刀も銃も手にした。なら木の棒でも、使いようはある)
角笛が鳴る。
対面の鉄扉が開き、獣人の剣闘士が姿を現した。
背丈は二メートルを超え、両手に短剣を逆手に握り、牙を剥いて低く唸る。
「ガルゥゥ……」
観客が沸く。
リュオムは深く息を吐き、微笑んだ。
「笑われるは慣れちゅう……けんど、負ける気はせんぜよ
獣人が砂を蹴った。速い。
左右の短剣が閃き、リュオムの喉と腹を狙う。
木剣と盾で必死に受けるが、衝撃で腕が痺れる。観客が笑う。
追い詰められた瞬間、胸の竜魔紋が熱を帯びた。
視界が一気に冴え渡る。
獣人の動きの癖、重心の傾き、次に狙う角度――すべてが見える。
「ほいっ!」
木剣で短剣の軌道を逸らし、盾で脇腹を打つ。
獣人が呻いて体勢を崩す。次の一撃を狙って跳び込むと、観客席から驚きの声が上がった。
「人間が……押してるぞ!」
リュオムはそのまま木剣を獣人の喉元に突きつけた。
観客が一斉にどよめく。
「人間が勝った!」
「信じられん……」
リュオムは荒い息を吐き、木剣を引いた。
瞳に、竜の光が揺らめいていた。
その時――背筋がぞくりと冷えた。
観客席の上段。黒い外套を纏い、仮面を被った影がじっとこちらを見下ろしていた。
竜魔紋が反応する。敵意とも呼べる冷たい気配。
次の瞬間、砂の上に光が走った。
淡い結界が闘技場を覆い、祈りの声が降り注ぐ。
「拙僧の名は、シン=トナリ。無益な血は、好かぬ」
僧衣を纏った男が立っていた。
数珠を垂らし、光をまとう。
リュオムは目を見開き、笑った。
「……おまん、生きちょったか、慎太郎……いや、シン」
星海で見た同志。再会の瞬間だった。
闘技が終わり、再び牢に戻されたリュオムを待っていたのは、獣耳の少女だった。
「ねぇ、あんた……あたしの親分になってよ」
ミラが笑った。
リュオムは苦笑し、鎖を揺らしながら答えた。
「おもろいこと言うやないか。けんど……隊を作るぜよ。誰ひとり、鎖に縛られん隊をな」
ミラの瞳が輝く。
リュオムは星海で見た影を思い出しながら、心の中で呟いた。
(異界でも……海援隊を立ち上げるきに)
牢の天井に、遠い星の光が瞬いていた。
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