ホラー短編集【恐あつめ】

ゆめの

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ゆらり金魚

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金魚が欲しい。
友達のまあちゃんの家の水槽を見ながら思う。
水槽の中には、数ひきの赤い金魚が自由に泳いでいる。

うろこが艶々としていて、その小さな一枚一枚がきらきらとしている。
触れてみたいな。
触れて、撫でて、ぷっくりとふくれたお腹の部分を押してみたい。
一体、どんな感触がするんだろう。

まあちゃんがわたしを呼ぶ。
本当はもっと金魚を眺めていたかったけれど、仕方がない。
最後にもう一度だけ金魚たちを見てから、まあちゃんと一緒に彼女の部屋にはいった。


まあちゃんとゲームをしている間もずっと、金魚のことが頭から離れなかった。
あのこたちが欲しい。
欲しいけれど、お母さんは生き物を飼うことを許してくれない。
わたしが面倒を見られないと思っているみたい。
だから、お母さんにお願いしても無駄だ。

まあちゃんを見る。
彼女はゲームに夢中だ。
トイレを貸して、と言ったら画面から目を離さずに、彼女はうなずいた。


わたしは部屋からでると、まっすぐに水槽に向かった。
金魚たちがゆらり、ゆらりと泳いでいる。
なんとなく数をかぞえてみる。
一ぴき、二ひき……全部で八ひきいる。

泳ぎまわる金魚たちを眺める。
そのうちにむくむくと、触りたい、という気持ちが大きくなっていった。
わたしは周囲を見渡す。
だれもいない。
軽く二、三度息を吸って吐いてから、右手を水槽に浸した。

逃げる金魚たちを端にゆっくりと追いこむ。
動きが鈍い一ぴきをつかんだ。
わたしの心臓の音が、とてもうるさい。
それは内緒の行為ーーつまり悪いことをしているからなのか、それともテンションがあがっているからなのか。
わからなかった。


握りしめていた手をひらく。
金魚が口をぱくぱくとさせ、わたしの手のひらの上でじっとしている。

人差し指で金魚のお腹を押してみる。
軽く押しかえされる感触がする。
楽しくて何度も繰りかえす。
繰りかえすうちに、金魚が動かなくなった。

あわてて水槽に戻す。
それでも動かない。
水面に体をかたむけて浮かぶ金魚を見て、急に怖くなってきた。
わたしは水槽を見ないように背を向けると、逃げるようにまあちゃんの部屋へと戻った。

緊張したまま、まあちゃんのとなりに座る。
ばれたらどうしよう。
友達をやめるって言われちゃうかな。
でもそれ以上に、金魚たちに会えなくなることのほうが嫌だ。
だからわたしは、金魚を勝手に触ってしまったことを言わなかった。

彼女は、ゲームに夢中なままだ。
大丈夫。ばれない。
これからも、金魚たちに会える。
そう心の中で何度もつぶやいた。




まあちゃんの家からの帰り道、わたしは神社の前で足をとめた。
学校の裏にある神社ーーだれが管理しているのかも、どんな神さまが祀られているのかもわからない神社だ。

晴れた日ですら薄暗いそこは、虫の声も鳥の鳴き声すらもきこえてこない。
あまりにも不気味だから、いつもならば早歩きで通りすぎる。
……今日は中にはいってみよう。
まあちゃんに金魚のことがばれないように、神さまにお願いしなくちゃ。


歩いてすぐに、中にはいったことを後悔した。
やっぱり怖い。
肌がぴりぴりとするような空気が、わたしを全力で拒絶している。
人間のことが嫌いな神さまなんじゃないかな。
そう感じるぐらいに、居心地が悪い。

もう帰ろう。
そう思ったとき、木々の向こうから水音がきこえてきた。
足が自然に音のほうへと向かう。
ひらけた場所にでたとき、わあ、と思わず声がもれた。
そこには小さな池があった。
近づいて池をのぞきこむ。


ーー金魚が一ぴき、池の中から飛びはねた。
ほんの少し、宙に浮いたあとまた、ゆらり、と他の数ひきと泳ぎはじめた。
金魚たちは、どれも白かった。
真っ白な体は薄暗い中にいても、きらめいて見えた。

まあちゃんの家の金魚とは、全然ちがう。
大きさも神社の金魚たちのほうが大きい。
それに、白だなんて珍しい。
少なくとも、わたしは見たことがなかった。

欲しい。
触りたい。
わたしのものにしたい。


池の周りを囲う石に腰をかけ、金魚たちを驚かせないように眺める。
それなのに、ゆらり、と金魚たちがわたしから逃げるように遠ざかる。
口の端がへの字に曲がるのが、自分でもわかった。

これだけいるのに、どれもわたしのものにはならない。
なんだか、いらいらしてきて、勢いをつけて水中に手を突っこんだ。
逃げる。逃げる白い金魚たち。

生暖かい風が頬にあたる。
それは、段々と強さを増していく。
水面が揺れはじめる。
わたしは靴下ごと靴を脱ぎ捨てて、池の中へとはいった。

一ぴきくらい、わたしにくれてもいいじゃないか。
どうせ、無人の神社ーーだれも見ていない。
まあちゃんの家のときと同じだ。
だから、大丈夫。

わたしが金魚を持って帰ったとしても、ばれない。
怒られない。
怒るとしたら、お母さんだけ。
見つからないように飼うためには、どうすればいいんだろう。

欲しい。
飼いたい。
反対される。
怒られたくない。
たくさんの感情が一度に浮かんで、頭の中がぐちゃぐちゃになる。


いまでもなぜ、そうしたのかわからない。


一ぴきの金魚をつかむと、右目にいれようと顔をかたむけた。
顔に直撃し、金魚は地面に落ちるだけだろう。
そう思った。でもーー。

目の中に、ぱしゃん、とはいってきたのだ。
大きさも目にあわせて、小さくなっている。
ゆらり、と目の表面が揺れる。
白い金魚は池の中とかわることなく、目の中で泳いでいた。

わたしは右目を軽くつついた。
金魚が目の端に泳いでいく。
これって!これで飼うことができるんじゃない?!
それにこんな飼いかた、まあちゃんだって……ううん、他の人にだってできない。


風が強くなってきた。
そのせいで体がよろける。
空を見ると、雲も黒くなっている。
雨が降るのかもしれない。
早く金魚と一緒に帰ろう。
池からでると、裸足のまま神社からもでていく。
怖さなんてものは、なくなっていた。

雨に濡れることなく、無事に家につくことができた。
お母さんになにも言わずに、自分の部屋にはいる。
わたしはベッドにダイブすると、ごろんと天井を見あげた。
ひらひら、ゆらゆら。
白い金魚の尾ひれは、花びらみたいできれい。
金魚が揺れる。
揺れながら目の端までいくと、くるりと回転してまた反対のほうへと泳いでいく。

わたしだけの金魚。
嬉しくて、楽しくて、その日はずっと金魚を眺めていた。



次の日、学校に行くとまあちゃんが落ち込んだ顔をしていた。
理由をきくと、飼っていた金魚が死んだと教えてくれた。
どきっ、とした。
でも、なんとなくの様子でばれていないとわかる。

まあちゃんにも、神社の白い金魚のことを教えてあげようか。
金魚が目の中で横切る。
もし、まあちゃんも目で飼うことができたら?
わたしだけの特別じゃなくなるかもしれない。
そんなのつまらない。
わたしは、唇をかみしめた。
まあちゃんの目を見ながら、可哀想だね、とだけ返した。

授業中も金魚を眺めていた。
ノートの文字を囲うように、ゆらりと泳いでいる。
まぶたをとじる。
暗くなった視界の中でも、金魚が泳ぐのが見える。
これで触れて、撫でることもできたら最高なのに、それができないことだけが残念だ。

いつもならば放課後の教室で、まあちゃんと一緒におしゃべりをする。
でも今日は、行きたい場所がある。神社だ。
まあちゃんがなにか言っているけれど、わたしはランドセルを背負ってかけ足で教室からでた。

別に神社は逃げるわけじゃない。
それでも心は急ぐ。早く早く、って。
鳥居をくぐるときも、神社の中を走っているときも、最初に感じた怖さというものはなくなっていた。
今日も風が強いな、って思うくらい。


池まで行くと、のぞきこむ。
昨日から考えていた。
右目の金魚だけじゃ可哀想だから、仲間を作ってあげたいと。
わたしは水面に手を浸すと、一ぴきの金魚に狙いを定めた。
 
水面が昨日以上に揺れている。
それでも、なんとかつかまえることに成功した。
今度は、どっちの目にしようか。
迷ったけれど、左目にいれることにした。
両方の目で金魚を眺めることができるなんて!
なんて素敵なことだろう!

右目のときと同じように、金魚は大きさを合わせて目にはいる。
満足して、わたしは神社から家へと帰った。



朝、目覚めたときに、不思議なことがおこった。
金魚が四ひきに増えていたのだ。
両方の目に、二ひきずつ泳いでいる。
びっくりしたけれど、わたしは嬉しくなった。

四ひきもいるんだったら、もうまあちゃんの家にも、神社にだって行く必要もない。
ずっと、金魚たちを眺めていられる。

わたしは、まばたきをした。
え?
さらにまた、金魚が増えている。
視界がぼんやりと、白い金魚の体で見えづらくなる。
また、まばたきをすると、金魚は八ひきに増えた。
まばたきをすると、増えていく金魚。
おかしい。さすがにこれは、喜べない。

どっどっどっ、と心臓がなる。
最初に神社にはいったときに、感じた怖さがよみがえる。
もしかしたら、バチが当たったの?
神さまに、なにも言わずに金魚をとったから?

わたしの疑問に答えるように、ゆらり、と金魚たちが泳ぐ。
思わず、まばたきをしそうになるのを、なんとか我慢する。


とにかく、このままじゃいけない。
わたしは適当な服に着替えると、神社へと急いだ。
池につくと、身を乗りだして金魚たちを戻そうとした。
それなのに……。なんで?
あんなに簡単に目にはいったのに、どんなに目を大きく見ひらいても池に戻ってくれない。
金魚に直接触れようと、指をつっこむ。
痛いだけで、金魚に触ることができない。


池から離れて、賽銭箱がある場所まで走った。
お金はもっていないけれど、鈴を鳴らして神さまにあやまる。

勝手に金魚たちを、もって帰ってごめんなさい。
もう、金魚はいりません。
だから、許してください。
同じような言葉を、何度も口にだして言う。
それでも、金魚たちは消えてくれない。
それどころか、その間もわたしの目の中で増えていく。
だって、まばたきをしないなんてできない。

だれか助けて、だれか。……お母さん。
そうだ!お母さんに話そう。
お母さんは大人だから、助けてくれるかもしれない。

今度は、家へと走る。
もつれて転びそうになりながら、ようやく家につく。
靴を脱ぐと、お母さんを探した。
台所に立つお母さんを見つけると、駆け寄ってスカートのすそをひっぱった。

金魚が泳いでるの。
なんの説明もしないで、そう言った。
お母さんは朝ごはんを作っていた手をとめて、わたしの言葉にこたえてくれた。
わたしは自分の目を指しながら、ほら、見て、中で泳いでるの、と泣きながらうったえた。

わたしには金魚は見えないよ、と困ったように言われる。

わたしは、まぶたをとじる。
それから、お母さんを見た。
見たつもりだった。
金魚、白、白、金魚、金魚、金魚。
お母さんの姿を隠すように、白い金魚がぎっしりと。


ーー助けて……もう、金魚しか見えない。


【完】
    
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