【メモリーバンク】記憶ゼロの俺が、量子の魔法で世界を変える ~封じられた過去が今、再構築をはじめる~

カイワレ大根

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第2章

第27話 ゴブリンの巣深部!(前編)異形の影、チーフ覚醒

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 リュークたちは、血の気配が立ち込めるゴブリンの巣の奥へと足を踏み入れた。

「……何か嫌な感じがするな」

 ガルドが周囲を見渡しながら低く呟く。リーナは警戒を強め、指先に魔力を溜め始めた。
 ザックは無言のまま、影に溶け込むように身を滑らせていく。

 リュークは、懐から以前にスキル開放へ使用したスキルクリスタルの欠片をそっと握りしめた。
 触れた瞬間、クリスタルが心臓に呼応するように脈打つ――ドクン、ドクン。

 その波動が、彼の中に眠る“何か”を呼び覚まそうとしているかのようだった。

(……何が待っていようと、進むしかない)

 足音が徐々に重くなっていく。奥へ進むごとに、壁に張りついた苔は黒ずみ、空気がひやりと冷たく変質していく。湿った気配と、鈍く響く低い呻き声が、洞窟の奥から漏れていた。

「リューク、あれを見ろ!」

 ガルドの声が鋭く響く。
 彼の指差す先、ほの暗い空間の中心には――

 崩れた石の祭壇。
 その前に立っていたのは、一本の禍々しい杖を掲げた異形のゴブリン。

 その体はひときわ大きく、肩の周囲には骨のような装飾が突き出ている。
 黒いローブに包まれた上位ゴブリン・シャーマン。その足元では、ほかのゴブリンた

 ちがうずくまり、震えながらひれ伏していた。

「……上位種……あれが、指揮官……?」

 リーナがかすれた声で言う。

「まさか、進化してる……?」

 シャーマンは低く呪詛を唱え、手にした器から漆黒の液体を一体のゴブリン・チーフの口元へと注ぎ込む。

 その瞬間――

 ドクンッ……ドクン……!

 チーフの全身が激しく痙攣し、皮膚が波打つように盛り上がっていく。

 ゴリ……バキッ……!

 内部から筋肉が異様に膨張し、骨がきしむ音が空間に広がった。
 その体から、じわりと影のような何かが滲み出し、地面へと染みていく。

「……これは、まずいぞ……!」

 ガルドが思わず剣を引き抜いた。柄を握る手が微かに震え、冷や汗が剣の鍔に滴り落ちる。
 リュークの目は、ふと足元へと移った。

 そこに広がる“影”。
 いや、それは影ではなかった。

 ジリ……ジリ……。

 黒い粘液のようなものが、じわじわと這い寄るようにして岩肌を侵食していく。触れた箇所は、音もなく黒く染まり、腐敗するように崩れていく。

(……ただの影じゃない……あれに触れたら――)

 直感が危機を告げる。皮膚の下を、冷たい恐怖が這い上がる。

「みんな、気をつけろ!」

 リュークは叫んだ。

「――影は毒だ! 触れた瞬間、体が侵される!」

 リーナが咄嗟に跳び退き、襲いかかる影をギリギリで回避した。

 影が空振りの軌跡を残しながら地面に沈み込む。
 その動きは、ただの闇ではあり得ないと誰の目にも明らかだった。

「影そのものが攻撃手段だと……!」

 ガルドが低く唸り、背筋を走る寒気に思わず肩を震わせる。

 リュークの視線は冷静だった。

(こいつ、ただの筋力強化じゃない。影を媒介にして、魔素を自在に操っている……
 しかも、足元から仕留めにくるつもりか。不用意に踏み込めば――喰われる!)

「影に絶対に触れるな! あれも、奴の体の一部だ!」
 鋭い警告に、全員の緊張がさらに跳ね上がる。

 次の瞬間――

「グオォォォォォッ!!」

 洞窟全体が地鳴りのように軋む。
 天井の岩がミシリと音を立て、魔素の圧が空間全体を押しつぶす。

 チーフの肉体は、完全に異形と化していた。
 肩幅は一回り以上膨れ上がり、背筋は皮膚を突き破るほど盛り上がり、背中に黒い瘤のような瘴気を纏っている。

 その爪はゴリッと音を立てて伸び、まるで漆黒の大剣のように鈍く光を反射していた。
 呼吸のたびに、ブシュゥ……と黒い瘴気が吐き出され、腐った鉄のような匂いが鼻を刺す。
 ただ立っているだけで、洞窟の空気すべてが殺気に染まっていく。

「来るぞ!」

 ガルドが叫び、剣を抜く音がビィンと空気を裂く。
 リーナは無言で魔力を練り、手元の光球が淡く脈打つ。

 全員が悟った。
 これは、ただの強化個体ではない。
 ――理性を捨て、戦うためだけに変質した、完全なる怪物。

 次の瞬間――

「避けろ!!」

 ズドォォン!!

 シャーマンの咆哮と同時に、チーフが地面を砕きながら突進する。

 ズズズッ……ズガンッ!!

 土煙と魔素を巻き上げ、影と一体となったようなその姿は、まるで死神そのもの。
 前触れすら感じさせない異様な速さで、リュークの目前まで迫る。

「ッ……!」

 リュークはとっさに身体をひねり、ギリギリで回避した――
 が、

 シュバッ! ビシュゥゥッ!!

 次の瞬間、頬を裂くような痛みとともに、鮮血が鋭く空を切って舞い上がる。

「くっ……速い!」

 焼けつくような痛みが顔を貫き、だが倒れる暇などなかった。

 リュークは転がるようにして体勢を立て直す。
 直後、ガルドが真正面からチーフの突進を受け止めた。

「おおおおおっ!!」

 ガギィィィィィン――!!

 剣と爪がぶつかり合い、火花と衝撃が空間を切り裂く。
 盾ごと吹き飛ばされそうになる衝撃が、ガルドの体に圧し掛かった。
 足元の石がガギッと砕け、地面がたわむ。

「……ぐっ、これが直撃だったら……!」

 必死に踏みとどまるガルドの表情には、歯を食いしばる苦痛と、それ以上の覚悟が刻まれていた。

 直後、空間が震えるような唸りと共に、シャーマンの詠唱が完成する。
 深紅の魔法陣が足元から浮かび上がり、ギィィン……と耳に粘りつくような音を立てながら回転を始める。

 次の瞬間、天井から炎の束が炸裂するように降り注いだ。

「任せろッ!」

 ザックが即座に短剣を投げ放ち、詠唱の妨害を試みる。
 だが――

 パアン! パパァンッ!

 鋭い金属音と共に、短剣は結界に弾かれ、火花を散らして地に落ちた。

 その刹那、ザックの姿が影から滑り出す。
 素早く地を這うように動き、チーフの背後へと肉薄する。

(今しかない――!)

 鋭く閃いた短剣が、勢いよく脇腹を斬り裂こうと振り抜かれる――

 キィィィン!!

 だが刃は、チーフの身体を包む黒いオーラに阻まれ、金属を滑るような重い音を残してはじかれた。

「くっ……!」

 逆流する衝撃が腕ごとザックを跳ね返し、ズザァッと地面を滑るように後退する。
 拳が痺れ、感覚が一瞬抜け落ちるような鈍さが腕に残る。

「硬すぎる! 普通の攻撃じゃ通らない!」

 ザックの叫びと入れ替わるように、リーナの詠唱が完成する。
 上空に雷光が走り、雷槍がチーフを直撃した。

 バキバキバキィィンッ!!

 雷撃が皮膚を焼き焦がし、焦げた肉の匂いと共に煙が立ち上る。

「……効いた……?」

 リーナが息を詰めて見守るが――

 チーフは膝もつかず、その場に立ち続けていた。

「……くっ……!」

 リーナが思わず一歩後退する。
 空気がぴんと張りつめた、その刹那――

(……影が、動いた!)

 リュークの脳裏に警鐘が鳴り響く。

 チーフの足元から、不自然に伸び広がる影が、ギギギ……と金属を擦るような音を立てて、まるで生き物のように槍状に変形し――

「リーナ、下がれッ!」

 リュークの怒声が飛ぶと同時に、リーナが身体をひねって影を避ける。

 ズバァァッ!!

 影の槍が空を裂きながらリーナの横を通過し、洞窟の地面に突き刺さる。
 ジュゥ……と音を立てて腐食しながら霧散するその先端――

 その一部が、リュークの腕をかすめた。

「……っ!」

 ビリッ!!

 焼け焦げるような激痛が腕に走る。

 リュークは反射的に腕を押さえた。
 布越しでもはっきりわかる。皮膚がじわじわと赤黒く変色し、

 まるで酸にでも触れたかのように腐食した痕が滲み広がっている。

(……やはり、ただの影じゃない。魔素の侵蝕……!)

 ほんの一瞬触れただけでこの有様。長く包まれれば、確実に侵食され、動きすら奪われるだろう。

 リュークは奥歯を噛み締め、即座に声を張った。

「影に当たるな! 一瞬なら持つが、まともに飲まれたら終わるぞ!」

 警告が届くより早く、チーフの周囲では残ったゴブリンたちが一斉に押し寄せる。
 その数、五体以上。影の後方から、恐れもなく迫ってくる。

「数が……多いっ!」

 リーナが詠唱の最中に息を詰め、声を上げた。
 だがその瞬間――

「グルルルッ!」

 唸り声と共に、シャドウファングが地を蹴って跳び出した。
 ズンッ!! 重低音のような踏み込み音とともに、黒狼の巨体が一直線に駆け抜ける。

 その勢いのまま、先頭のゴブリンの首元に食らいついた。
 鋭く突き立った牙が、骨ごと砕く鈍い音を響かせる。

 ゴギッ、バキバキッ……!

「ギャ、ガ……ッ!」

 断末魔すら絞り出せず、ゴブリンはびくびくと痙攣しながら地に崩れ落ちた。
 口から泡を吐き、目を見開いたまま動かない。

(……速い。無駄がない……)

 その隙を逃さず、リーナの詠唱が終わる。

「エア・カッター!」

 空を裂く鋭利な風刃が、ゴブリンの足元を切り裂く。

「ギギィッ!!」

 皮膚が裂け、筋を断たれたゴブリンがもんどり打って倒れ込んだ。

 その動きにかぶせるように、ザックが踏み込む。

「逃がすかよ!」

 シュッ! グサッ!!

 放たれた短剣がゴブリンの胸元を深く突き刺し、内臓を抉るようにねじ込まれる。
 ブシュッと血が噴き出し、ゴブリンはガクガクと震えた後、崩れ落ちた。

「ギ……ギィ……」

 最後に漏れた息のような声が、洞窟にかすかに残る。
 だがその間にも、シャドウファングの猛攻は止まらない。

 ズバッ! ガリッ! ドシュゥッ!

 喉元に牙を叩き込み、爪で横腹を引き裂き、体当たりで叩き伏せる。
 血と肉片が飛び、数体のゴブリンが反撃すらできず倒れていく。

「ギャアアッ!」「ギィィィ……!」

 叫ぶ間もなく、彼らは無防備な喉を喰い破られ、次々と地に沈む。
(シャドウファング……まるで、群れを支配する番犬みたいだ)

 その荒々しくも統率された動きに、リュークはわずかに目を見見張った。
 だが、すぐに感嘆を振り払う。

(――今だ。今なら、チーフに集中できる!)

 次回: ゴブリンの巣深部!(後編)破壊の連携――鍾乳石を砕け!
 予告:罠が決まり、爆風が吠える。倒すべきは、死を纏う巨影。
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