【メモリーバンク】記憶ゼロの俺が、量子の魔法で世界を変える ~封じられた過去が今、再構築をはじめる~

カイワレ大根

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第5章

第98話 塔の静寂、導く夢――欠けた印章の呼び声

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 塔の振動がようやく静まった頃、淡く発光していた通路の先から、微かに声が届いた。
 
「リューク! ルミエル! おい、無事か!」
 
 その声にルミエルがはっと振り返る。
 通路の奥、ほこりまみれの石床を踏みしめながら、ガルド、ザック、リーナの三人が駆け寄ってきた。
 
「……合流できた……良かった……!」
 
 ルミエルが安堵の吐息を漏らし、胸を撫で下ろす。
 塔の内部では、連絡手段すら断たれていた。
 その緊張が、再会の瞬間にふっと解けていく。
 
「こっちは……なんとか無事だった。そっちも怪我はないな?」
 
 ガルドの問いかけに、リュークは軽く首を振った。
 
「大丈夫だ。けど……あまり長居はできそうにない」
 
「……この塔、やっぱり普通じゃねえな。入った時と、空気が違う」
 
 ザックが不穏な気配に眉をひそめ、辺りを見回す。
 確かに、塔の内部には、どこか“沈んでいくような”重さが漂っていた。
 
「うん……閉じかけてるというか、呼吸を止めたみたいな、そんな感じ」
 
 ルミエルが静かに応えると、その感覚に、誰もが曖昧に頷く。
 
「戻ろう。ここで立ち止まってる意味はない」
 
 リュークの言葉を合図に、一行は塔の外へと向かって歩き出した。
 塔の天井に刻まれた模様が、最後に一度だけ淡く脈動した。
 まるで、彼らの存在を認識したかのように、ひとつの波を送り出す――

 そして、その光も静かに消えていく。
 塔は再び沈黙に包まれ、ただの石造りの構造物へと戻っていた。
 だが、その奥深くに残された“記憶”だけは、確かに動き始めていた。

 塔の外へでると、夜の風が頬を撫でた。
 地上へと戻った空気は澄んでいて、妙に静かだった。
 
「……なんだか、息がしやすい」

 ルミエルがぽつりと漏らす。
 塔の中で感じた“無言の圧力”が、ようやく身体から抜け落ちていくようだった。
 ガルドは腰に手を当て、大きく肩を回しながら言った。

「さて……とりあえず今回は引き上げだな。ギルドで報告まとめておかねぇと」
 
 リュークはその言葉に、小さく頷いた。
 けれどその目は、なお塔の天を見上げていた。
 石造りの天頂が、月光に照らされ、わずかに揺らめいているように見える。
 
「……まだ、奥がある。だけど今は、それを見せない気分みたいだ」
 
 誰にも聞こえないような、ひとりごとのような声だった。
 ルミエルがリュークの隣に並び、小さく微笑む。

「塔も、きっと休んでるのよ。今はまだ、静かにしていたいのかも」
 
 その言葉に、リュークはほんの少しだけ口元を緩めた。
 シャドウファングが足元に寄り添い、低く一度だけ喉を鳴らす。
 それは、まるで「無事でよかった」とでも言いたげだった。

 夜風が、仲間たちの間を優しく通り抜けていく。
 激しい戦いの終わりに残された静けさは、どこか懐かしく、そして心地よかった。


 ◆あの日と、同じ背中を見たから
 塔からの帰還道、ギルドの街灯がかすかに見え始めた頃──

 リュークは、寄りたいところがあるとだけ告げて、ふいに別の路地へと足を向けた。
 
「……あいつ、また黙って消えるな」

 ザックがぼりぼりと頭を掻きながらつぶやく。
 リーナは苦笑を浮かべる。

「でも……なんとなく分かる気がする。たぶん、まだ気持ちの整理がついてないんだよ」
 
 三人はそのまま、ゆるやかな街道を歩き続けた。
 傾きかけた陽が背中を照らし、長く伸びた影が草のざわめきに揺れている。
 
「リューク、もう宿に着いたかな」

 リーナがぽつりと呟いた。誰に聞かせるでもなく、空に問いかけるような声音だった。
 ザックは両手を頭の後ろで組んだまま、やや気怠げに言う。

「ま、あいつのことだから、また何か面倒ごとに首突っ込んでんじゃねぇの」
 
 リーナが小さく笑った。

「……否定できないね。そういうところ、ある」
 
 前を歩くガルドは何も言わず、ただわずかに顔を上げ、遠くの空を見つめていた。
 
「でもさ、気づいてたんだよね、私たち」
 
 リーナの呟きに、ザックがちらりと視線を送る。

「ん?」
 
「リュークって……最初から、誰かを頼る気なんてなかった。ギルドで初めて会ったときから、ずっと」
 
 ザックが少し眉をひそめた。

「あー……分かるわ。あの背中、“誰も信じてない奴”の歩き方だったよな。……それでも、自分の足で突っ込んでくる。無理してでもさ」
 
「私たちも……昔、そうだったよね」

 風がふっと吹いた。木々がざわめき、どこか懐かしい空気が流れる。思い出の引き金のように、それは三人の歩みを一瞬止めさせた。

 ガルドが立ち止まり、ぽつりと呟いた。
 
「辺境任務の掲示板……なあ、覚えてるか。 誰も手を出さない危険な仕事ばかりで、報酬も雀の涙。……あのときの俺たちなんて、名前すら誰の口にも上らなかった。 ただ、掲示板の隅っこで――黙って立ってただけだったよな」
 
 ザックが肩をすくめ、地面を小石で軽く蹴った。
 
「で、そこにふらっと来たのが、妙な剣士だった。 死にてぇなら、ついてこい、ってな。酒臭くて、言ってることは滅茶苦茶だったのに……なぜか説得力があった」
 
 リーナがふっと笑みをこぼす。
 
「戦場に立とうとする奴に、格なんていらない。 あの人の言葉……今でもずっと、胸に残ってる」
 
 ザックがうなずいた。
 
「あいつがいなきゃ、今ごろ俺たち三人、バラバラで野垂れ死にしてたかもな」
 
「……そうだな」
 
 ガルドが静かに言葉を継ぐ。
 
「だから……リュークのあの背中を見たとき、考えるより先に動いてた。“そこに立ってた”って、それだけで十分だった」
 
 リーナがやわらかくうなずいた。
 
「誰にも拾われなかった背中。でも、自分で立ってた。 ……だから、放っておけなかったんだよ」
 
 ガルドが一言、低く呟いた。
 
「別に、借りを返してるわけじゃねぇ。 ただ、今度は……俺たちの番だった。それだけだ」
 
 誰も言葉を継がなかった。

 三人はまた歩き出す。足元には同じ影が揺れていたが、かつてとは違う足並みが、今の彼らにはあった。
 拾われた記憶。その灯火が、今は別の誰かに向けられている。
 それだけで、十分だった。


 ◆夢の中の遺跡
 夜。
 ルミエルは静かに横になり、気づかぬうちに深い眠りへと落ちていった。

 ――そこは、白い霧に包まれた、不思議な世界だった。
 すべてが淡く、遠くの建物や石の柱は輪郭がぼやけて見えた。
 それらはまるで空中に浮かんでいるかのように、静かに並んでいる。

 ルミエルはひとり、その中を歩いていた。
 なぜか、不安はなかった。
 むしろ、胸の奥がじんわりと温かくなるような、どこか懐かしい感覚に包まれていた。

 そのとき――
 どこからか、声が聞こえた。
 男とも女ともつかない、静かで澄んだ声。
 けれど確かに、彼女を“導こう”とする響きだった。
 
「目を閉じよ。記憶は風よりも軽く、石よりも深い」

「刻まれし知、封じられし力……すべては“残響”として、ここに眠る」
 
 言葉と同時に、足元の石畳がわずかに震える――

 バキッ

 と乾いた音が鳴り、青白い光が石の隙間から滲み出る。
 気づけば、彼女の足元に光る紋様が浮かび上がっていた。

 それは螺旋を描きながら、静かに石畳の道となって伸びていく。
 その先には、巨大な門があった。

 漆黒の石でできたその門は、空間そのものを遮るような存在感を放っていた。
 門は固く閉ざされていたが、彼女がそっと手を伸ばすと、表面に“鍵穴”のような模様がじわりと浮かび上がる。

 それと同時に、ズズッ、と地面の一部が音を立てて開き、小さな「欠けた印章」が現れた。

(……これ、前にも見た……?)

 そう思った瞬間、空気がピリッと震えた。

 遺跡の奥――
 そこから、眠っていた“何か”が目を覚ましかけているような気配が立ち上がる。

 それは人ではなかった。
 けれど、明確な“意志”と“知性”が感じられた。

 ズン……

 と地の奥から低く響くような重圧。
 ただの気配ではない。
 存在そのものが、空間に干渉しているような力だった。

 次の瞬間、ルミエルの胸元が微かに光る。
 それは、いつも身につけている魔石のペンダントだった。

(……呼ばれてる……?)

 だが、誰に、何のために呼ばれているのかは分からない。
 音が遠のいていく。
 霧が濃くなり、景色が輪郭を失い始める。
 まるで、現実そのものが溶けていくように――

 そして――
 彼女は、朝の光の中で目を覚ました。
 手のひらには何もなかった。
 けれど、夢の中で触れた“印章”の冷たく硬い感触だけは、はっきりと指先に残っていた。

 ◆夢の名残と朝の気配
 
「……ん……」
 
 まぶたの裏に残っていた淡い青白い光が、ゆっくりと消えていく。
 ルミエルは軽く伸びをしながら、クッションの上で身体を丸めていた。
 彼女の寝床は、リュークの部屋の一角に置かれた小さなクッション。
 ぬいぐるみほどのサイズのスペースに、ふわりと羽を休めるように眠っていた。

 朝の光が、カーテンの隙間から差し込み、ルミエルの金色の髪をやわらかく照らす。
 遠くで鳥が鳴き、かすかに市場の仕込みらしい鍋をかき混ぜる音や、木箱を運ぶ

 ゴトリ……

 という低い衝撃音が響いていた。

 肌寒さに、小さな身体を包むように両腕を抱いた。
 ふわり、と衣擦れの音。

 ――夢だった。
 けれど、ただの夢には思えなかった。

(……あの印章……何かの鍵みたいだった……)

 記憶はぼんやりしている。
 思い出そうとしても、霧がかかったように、指の間からすり抜けていく。

 でも胸の奥には、じんわりとした熱のような感覚が残っていた。
 指先にわずかに残る、あの“石の質感”。
 隣の寝台では、リュークが寝返りを打ち、うっすらと目を開ける。

 その瞳はまだ夢の端をさまよっているようだったが、ふと、視線がルミエルに向いた。
 足元では、シャドウファングが静かに丸まり、鼻先をわずかに動かす。

 その金色の瞳は、誰もいない空間の一点をじっと見つめていた。
 まるで、夢の続きを探しているかのように。
 
「……おはよう」

 ルミエルはふわりと空中に浮かび、ベッド脇までゆっくりと舞い降りる。

 リュークが視線を向けると、ルミエルは小さく微笑んだ。
 けれど、リュークの顔はどこか曇っていた。
 
「……寝起きにしては、なんか静かだな。夢でも見たか?」
 
 ルミエルは頷き、小さな胸元にそっと手を当てる。
 そこには、かつて拾った魔石のペンダントが鈴のように揺れていた。
 淡い光を帯びながら、かすかにチリ……と音を立てる。
 
「うん。でも……あんまり覚えてないの。場所も、人も、何も。
 でも……誰かに呼ばれた気がしたの。すごく、遠くから」
 
「……呼ばれた、か」
 
 リュークがぼそりとつぶやく。
 そのまま、視線を窓の外へと向ける。朝の光が、カーテンの隙間から差し込み、床に淡い影を落としていた。

 足元で丸まっていたシャドウファングが、わずかに尾を動かした。
 まるで、ルミエルの言葉に応えたかのように。
 
「偶然かもな。……俺も今朝、よく覚えてないけど……
 なんとなく、誰かが向こうからこっちを見てた気がする。静かに、じっと」
 
 言葉はそれっきりだった。
 それ以上、どちらも口を開かなかった。
 語らないことが、今は自然で正しい――
 そんな感覚が、二人の間に静かに流れていた。
 
「……まあ、何かあるなら、そのうち分かるさ」
 
 そう言って、リュークはベッドを降り、軽く肩を回す。
 その骨がコキリと小さく鳴る。

 シャドウファングもゆっくりと立ち上がり、静かに鼻を鳴らしてから、リュークの足元に寄り添う。

 ルミエルはその背中を追うように、羽ばたきながらふわふわと宙に浮かんだ。
 床に足をつけず、空気に乗るように軽やかに。
 けれど、その動きには確かな“意志”が感じられた。

 ――夢の中で確かに視た何か。
 まだ形にはなっていないけれど、きっとそれは“導き”だった。
 そんな気がする朝だった。

 そして今日もまた、物語は静かに、次の扉を開こうとしていた。


 次回:祠への帰還を誓う朝――解析眼と記憶の扉
 予告:塔で得た報酬はわずか。だが、その奥に残された“祠への導き”が、再び彼らを動かす。
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