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第一章 闇夜の死竜

第十一話「旧ギルド捜索」

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「おっと、きみの仲間が来たようだ。じゃあ俺は中に入ったやつを捕まえにいくよ」

 そう言うと相棒――もといブランドン先生は、仮面を装着すると建物の中に入っていった。
 少し遅れて、背後から足音が聞こえた。

「……アル? どうしてここにいるんです!?」

 息を切らしたハロルドだった。
 その後ろから走ってきたのはブレンダだ。どうやら途中でロイドを追い抜いたらしい。

「嘘でしょ、どうしてアルが先に着いているのよ?」
「偶然だよ。おまえたちとはぐれた後、闇雲に走ってたらここに着いたんだ」

 途中、路地裏を突き抜けるときに風の翼を使ったので、俺の魔力は空っぽだ。
 今夜はもう魔眼は使えないし、黒ずくめはブランドン先生に何とかしてもらうしかない。
 ブランドン先生なら敵に遅れを取ることはないだろう。
 俺は旧冒険者ギルドを見上げて思った。
 そこで肩で息をしながらロイドとセシリア、ミリアムがやって来る。
 セシリアとミリアムも俺がここにいたことに驚いた様子だった。

「ハロルド、闇夜の死竜はここに入っていったのかよ?」
「僕は見てませんが、アルはどうです?」
「ああ、入っていくのを見たけど、怪しい黒ずくめの男を追っていたみたいだから、俺たちは邪魔にならないようにここらで引き上げたほうがいいんじゃないか?」

 今夜の活動をお開きにしようと提案してみたが、ロイドが納得いかないように食い下がった。

「でもよ、闇夜の死竜が追いかけてたってことは、あの黒ずくめの男は悪党ってことだろ? 俺たちもウルズの町に住んでる者として手伝えねぇかな」
「逆に足を引っ張って迷惑になりそうだけれど?」

 ブレンダが至極真っ当な突っ込みを入れる。
 ロイドが言い返すと思いきや、口を開いたのはハロルドだった。

「ロイドにしてはいい考えですね。僕も同感です」
「ハロルド、本気なの?」
「はい。微力ですが闇夜の死竜のお役に立てればと思ったんです。ないとは思いますが万が一闇夜の死竜が敵を取り逃がした場合、極端な話、治安の悪化ひいては剣術学院にも悪影響が出るとも限りませんからね」
「だろ? わかってんじゃん、ハロルド」

 ロイドがハロルドに肩に腕を回す。
 ハロルドは嫌そうな顔をしつつも、ロイドに同意のようだ。
 ブレンダは呆れて眉間を押さえ、セシリアとミリアムは不安そうに見守っている。

 俺はここで今夜の着地地点を考える。
 理想としては、ブランドン先生が黒ずくめを見つけて拘束することが好ましい。
 次点でロイドとハロルドを説得して今夜は帰る。
 だがこの様子だと説得の難度は高そうだ。
 特にハロルド。
 ノリで言っていそうなロイドと違い、ハロルドは何か考えているふうに見える。

 俺たちの中で唯一中級試験に合格しているハロルドは、過信はしていないが剣術に確かな自信を持っている。
 闇夜の死竜にある種の憧れのような気持ちがあるのを薄々感じるし、本当に共闘したいのだろう。

 俺が考えている間も、セシリアが冒険者区は思っている以上に危険が多いと説得している。
 もちろん酒場での出来事を話した上でだ。

「話してる時間が惜しい。俺は行くぜ!」
「僕も中に入ります」

 ロイドとハロルドはセシリアたちの制止を聞かずに、旧冒険者ギルドの中へと入っていった。
 セシリアが不安そうに俺を振り返る。
 中の状況がわからない以上、全員で入るのは危険だと俺は判断した。
 外も安全だとは言いがたいが、中よりははるかにマシだろう。

「セシリアたちはここで待っていてくれ。俺が二人を連れ戻してくる」
「アルまで!? 危ないわよ。それでなくても怪我をしているのに」
「でも二人をこのままにしておけない。大丈夫だ、俺に任せてくれ」

 そう言うと、セシリアたちは渋々納得する。
 ミリアムがポーチから何かを取り出して渡してきた。

「これは……」
「魔鉱石だよ。何かの役に立つかもしれないと思って持ってきてたの。魔力を込めてあるから砕くと明かりが灯るよ」

 俺が以前あげた魔鉱石だった。
 どうやら明かりの魔法が付与されているらしい。
 ミリアムはいくつかの初歩的な魔法を扱える。
 といっても魔術学院の生徒なら一年生でも使えるようなものだ。
 ただ、こと剣術学院に至ってはなかなか珍しい存在で、ミリアムは魔術の素質があるのに剣術学院に入学した希有な例だ。
 本人が言いたがらないので定かではないが、複雑な理由があるのだと察していた。

「使っていいのか?」
「うん。これでみんなが無事に帰って来られるなら……」
「ありがとな、ミリアム」

 俺はミリアムから受け取った魔鉱石をポケットに突っ込んだ。
 ミリアムが照れたように笑う。
 そしてロイドたちの後を追うように半壊した扉を避けて、旧冒険者ギルドの中へ足踏み入れた。
 中は薄暗かった。
 窓から月の光が差し込んでいて完全な暗闇ではないのが救いだ。
 しかし窓のない部屋があった場合、そこは本当の闇となるだろう。

「さてと、地上三階地下一階か。気配からしてこの階には誰もいなさそうだ」

 小さくつぶやいて、ポケットの上から魔鉱石に触れる。
 せっかく預かった魔鉱石だが、この薄闇の中明かりを灯してしまうと敵に発見される恐れがある。
 今回は使いどころはなさそうだと思った。

 月の光を頼りに階段を探す。
 いくつかの通路を折れると、上階へと繋がる階段を見つけた。
 できるだけ足音を立てずに階段を上りきる。
 目の前には通路があり、左の壁には開け放たれた扉が確認できた。

 その時、部屋の中から物々しい音が立て続けに聞こえた。
 派手に物が倒れるような音と、激しい金属音。
 剣と剣がぶつかり合う音だ。

「交戦している!?」

 俺は急いで扉脇まで駆け寄って、壁に背をつけながら部屋の中の様子をうかがった。
 しかしそこは真っ暗で何も見えない。
 依然として剣戟の音は断続的に続いている。

「うらああああぁっ! おい、ハロルド! 大丈夫かっ!?」

 ロイドの声だった。
 迂闊に声を発したロイドの顔を浮かべて、俺は苦い顔をした。
 剣を振り回しているのはロイドか。
 この状況で声を出すなんて、敵に居場所を教えるようなものだ。
 おそらく近くにいるであろうハロルドは、それをわかっているのか返事をしない。

「ハロルド! 返事をしてくれ! 本当に大丈夫なんだろ……うわっ!」

 ハロルドからの返事がなかったので、心配したのかロイドが再度声をあげた。
 その直後、何かがぶつかる音が聞こえ周囲に砂埃が舞った。
 俺は手で顔の前の砂埃を払う。
 このままでは二人が危険だと思った俺は、咄嗟に部屋の扉の前に立った。

「ロイド、喋るな! 相手に位置がバレるぞ!」

 俺はわざと大きな声で言って、耳を澄ました。
 これでロイドは口を塞ぐし、敵に俺の存在を認識させられたはずだ。
 三対一、数的不利を悟って引いてくれればいいが……。
 少し待つと、身を低くしながらハロルドが出てきた。

「アルも来てくれたんですね。助かりました」
「ハロルド、無事か?」
「ええ、これが実戦なんですね……しかも目が慣れない暗闇での戦いです。正直、胆が冷えました」

 そりゃそうだろう。
 初めての実戦で、しかも相手はプロだ。普通のやつなら萎縮する。
 いつもは冷静沈着なハロルドも一種の興奮状態になっているように見えた。
 ハロルドの肩を見ると、服が少し破れていた。
 幸いにも露出した肌に傷はない。

「斬られたのか?」
「心配しなくても服だけです。それより、ロイドが相手を追いかけてさらに奥の部屋へ行ったみたいです」
「あのバカ。相手は俺たちより格上だぞ……何考えてんだ」

 そこで通路の先に何者かの気配を感じた。
 俺が慌てて振り返ると、黒ずくめの男が立っていた。
 右手には剣を持っている。

「ハロルド、敵だ!」

 俺が叫ぶと同時に黒ずくめは剣を振り上げて襲いかかってきた。

「どうしてここに!? まさか、二人いたんですか!?」
(ロイドが追いかけたやつとは別のやつか! まずいな、もう魔眼は使えない。昨日の連中と同程度の腕だとしたら、かなり厳しいぞ!)

 俺は剣を抜いて黒ずくめの攻撃を受けた。
 だが、バランスを崩して壁にぶつかってしまう。
 すぐに体勢を立て直して剣を突き出すと、黒ずくめは一旦下がって距離をとった。

「……なんだ、誰かと思えば子どもか。闇夜の死竜かと思ったぞ。こんなところで何をしている?」
「あなたを倒しに来ました。ウルズの町を守るのは、何も闇夜の死竜だけじゃありませんよ」

 ハロルドが毅然とした態度で対応する。
 黒ずくめはそれが気に入らなかったようで、舌打ちをして言った。

「子どもだと思ったが、帯剣していることからして冒険者だったか。まさか、ここにいた連中の仲間か?」
「ここにいた連中とは何の話かわかりませんが、あなたの言うように僕たちは冒険者です」

 ここにいた連中とは今朝殺されていたゴロツキのことなのだろう。
 黒ずくめは訝しむように俺たちを交互に見比べた。

「とぼけているのか、本当に知らないのか判断がつかんな。しかし、おまえらも運がない。俺の姿を見たからには生かしておくことはできん。俺も他にやることがあるので、手短に済まさせてもらうぞ」

 そう言って黒ずくめは剣を構えた。
 奇襲に特化したヤーデ流剣術だった。
 構えから流派を確認した俺は、ハロルドに小声で話しかける。

「ハロルド、あれは奇襲戦法のヤーデ流だ。路上ならともかく、構造のわからない屋内でしかもこの暗さだ、あっちが有利だぞ?」
「そのようですね。かといって見逃してはくれなさそうです。僕たちも覚悟を決めるしかありません。自分の身は自分で守ってくださいよ?」
「おい、ハロルド!?」

 ハロルドが剣を抜いて構えた。
 それは攻守にバランスの取れたグラナート流剣術の基本の型だ。
 そして力強い声で言った。

「アル、お互い最善を尽くしましょう」
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