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第一章 闇夜の死竜

第十八話「嫌な予感」

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 技巧に優れたザフィーア流剣術。
 その使い手ブレンダが流れるような動作でゴブリンの懐に入り込む。
 あれではゴブリンも武器を振えない。
 ブレンダが剣を引き抜くと同時にバックステップを決める。
 ゴブリンは腹を裂かれて絶命し、ブレンダはその返り血すら浴びていなかった。

「やるじゃねぇか!」
「ロイド、ブレンダのほうが倒した数が多いぞ。無駄振りを控えて、敵の動きをよく見るんだ」
「おう、わかってるって!」

 俺は戦況を確認しながら立ち回る。
 セシリアはどうだろうと、俺はそちらに目を向けた。
 グラナート流剣術は攻守バランスの取れた流派だ。
 セシリアは基本に忠実に動いてゴブリンの攻撃を凌ぎ、反撃の機会をうかがう。
 実力的には片手の俺とそう変わらない腕の持ち主だから問題ないだろう。

「せやぁっ!」

 手を伸ばすように突き出したセシリアの剣がゴブリンの胸に刺さる。
 ゴブリンはもがくように斧で剣を叩くが、次第にその力も弱まっていった。
 セシリアは意識朦朧のゴブリンが斧を手放したのを見て、剣を引き抜いた。

「はあっ、はあっ……」

 俺は肩で息をしているセシリアに駆け寄った。
 セシリアは額の汗を手で拭うと、俺に振り返る。

「何度戦っても慣れないわ。気を張り詰めていないと保たないわ」
「お疲れさん。少し踏み込みが甘かったな、思い切って踏み込んだほうが反撃を食らう恐れもなくなるぞ」
「必死でそれどころじゃなかったわ。アルこそ自分で戦いながらよく周りを見てるのね」
「まあ、な」
「あっ……血が出てるじゃない。ほら、よそ見しているからよ。みんなの様子を確認してくれるのは良いけれど、自分の心配もちゃんとしてね」

 セシリアが俺の腕を掴んで言う。
 かすった程度だが、少し血が滲んでいた。
 セシリアはポーチから傷薬を取り出して傷口に塗ってくれた。

「はい、もう大丈夫よ」
「ああ、助かったよ。ありがとう」

 最初の戦闘を終えた後、俺たちは数度の戦いをこなしていた。
 ちなみに最初の戦闘後、ロイドが背負っていた筒状の包みを俺に渡してきた。
 荷物を背負っていると動きにくいからだそうだ。
 ここに置いていくわけにはいかず、仕方ないので俺が背負うはめになった。

 ひとまず、これで一通り全員が戦闘を経験したことになる。
 正直、みんなに足りないのは経験だけだと思っている。
 このまま経験を積めば、卒業時には俺なんて抜かされているだろうと思わなくもない。

「しっかし、数が多いな。今日だけで俺たち剣術学院の生徒が八十人も森に入ってるんだぜ? それでも次から次へと湧いて出てきやがるし」
「ゴブリンは繁殖力が凄いらしいですからね」
「ふぇぇっ!」
「ハロルド、ミリアムを怖がらせないの」
「僕は教科書に載っていることを説明したでけですよ」

 怯えたミリアムがブレンダの胸に顔を押しつけている。
 臆病な面もあるミリアムだが、決して戦闘ができないわけではない。
 初級試験にこそ合格していないが、俺たちにない魔法を使った奇襲が使える。

 初級にも満たない未熟な魔法だが、火花を散らしたり眩しいくらいの光を発したりと魔物を怯ませるには十分な効果があった。
 ミリアムの流派は守り主体のディアマント流剣術なので、彼女の技量では魔物に致命傷を与えることはできなかったが、それでも戦意を喪失させるくらいの成果があったのだ。

「怖がらなくても大丈夫よ。ミリアムだってゴブリンをやっつけたでしょ?」
「……う、うん。ブレンダちゃんとセシリアちゃんに手伝ってもらったけど」
「上出来よ。何も一人で戦うことはないわ。あたしたちは六人いるんですもの」

 ブレンダはミリアムの髪を撫でながら言った。
 それを見て安心したセシリアが俺に視線を向けて言った。

「アル、そろそろ戻ったほうがいいんじゃないかしら?」
「そうだな。帰りも魔物が出ることを考慮すると、もう引き返したほうがいいだろうな」

 さっきから、引き返してくる生徒ともすれ違っている。
 俺たちは来た道を戻っていく。
 帰り道で他のグループと共闘するという場面もあった。
 俺たちと同じ北西への道を選択していた氷竜クラスは、さすが樹竜クラスに次ぐ二番目のクラスだけあって慣れた感じで戦闘を進めていた。

 少し余裕の出てきたハロルドは自身も戦いつつも、彼らの立ち回りを観察していた。
 交流戦の学院内予選を見据えてのことだろう。
 代表の座を勝ち取るためには、彼らに勝つ必要があるからだ。

 何とか予定時間の前に森を出た俺たちは、集まっていた風竜クラスに合流する。
 クラスの他の二グループの面々も、興奮したり感傷に浸ったりと様々な様相を呈していた。
 点呼をとっていたブランドン先生が、樹竜クラスのほうに視線を向けた。
 俺も気になりそちらに振り返る。
 ダリア先生に何かを訴えるように数人の生徒が詰め寄っている。
 何かあったのだろうか。

「エドガーがいないわ」
「どうなってんだ? イアンの野郎もいないぞ」

 一緒に見ていたセシリアが言うと、ロイドも割り込んできた。

「まさか、まだ帰ってきていないのかしら?」
「ええっ、ホントだ! 同じグループの誰もいないよ!?」

 ブレンダもやってきて異変に気づく。
 ミリアムが言ったとおり、エドガーを含めた七人がいない。
 まさか、森の奥で何かあったのか。
 森の主と遭遇した?

 いや、あそこは奥に近づくほど地形が複雑で高低差も出てくる。
 どう考えてもエドガーの足では辿り着けるわけがないし、あいつ自身も禁止区域には立ち入らないと言っていた。
 だから俺は安心しきっていた。
 でも今は、嫌な予感がする。

「ブランドン先生、森の中でエドガーたちが奥に入っていくのを見たんだ。イアンもいたし、魔物も強くはないから俺もこうなると思わなかった」

 俺は樹竜クラスを気にしているブランドン先生に告げた。
 するとブランドン先生は厳しい表情で俺を睨んだ。

「どうして止めなかったんだ。きみなら彼らを説得して引き留めることもできただろう」
「ちょっと待ってくれよ先生! アルやセシリアの忠告も聞かずに森の奥に入って行ったのはエドガーのほうなんだぜ! アルは悪くねぇよ、それにイアンもいるから力ずくでなんとかしようにも無理があるって!」

 ロイドが庇ってくれるが、俺なら止めれたはずだとブランドン先生の目が物語っていた。
 セシリアたちは不安そうに状況を見守っている。
 ブランドン先生は俺から視線を外し、ダリア先生の元へ向かう。
 俺は苦い顔をしてそれを目で追うしかなかった。

「アル、おまえは悪くないぜ」

 ロイドが俺の肩を叩く。
 俺は教師が四人集まって相談しているのを黙って眺めていた。
 それから戻ってきたブランドン先生は、いつもの表情で風竜クラスに言う。

「俺は今から戻ってこない生徒たちを探しに行く。きみたちは雷竜クラスと一緒に町へ帰るんだ。町へ着いたらそこで解散とする。ちゃんと先生の指示に従うんだよ、いいね?」

 どうやらブランドン先生はダリア先生と一緒に森へ入るようだ。
 クラスメイトは困惑しつつも納得したていた。
 ブランドン先生に向かい合う形で前に出るダリア先生。
 互いの視線が交錯し、ブランドン先生が大きく頷いた。

 ブランドン先生は残った二人の教師にウルズの町までの生徒の引率を頼むと、ダリア先生と共にサイーダ森林に足を向ける。
 俺たちは神妙な面持ちでそれを目で追っていた。

「くっ……」

 俺は歯を噛みしめてから地面を蹴って走り出す。

「アル!?」

 セシリアの声が聞こえるが無視してブランドン先生の元まで駆けつけた。
 ブランドン先生は一瞬俺に目をやったが立ち止まらない。
 隣を足早に歩くダリア先生は目を細めて俺を見た。

「アルバート、きみはみんなと一緒に帰りなさい」
「ちょっと待ってくれ、ブランドン先生」

 ブランドン先生は足を止めない。
 ダリア先生がいるので俺は直接的な表現ができない。
 だけどブランドン先生なら気づくはずだ。
 俺はブランドン先生の腕を掴んで言った。

「エドガーに俺の傷薬を渡したんだ。俺の持ち物だったやつだ」

 つまり俺の魔眼を使えばエドガーの足跡を辿ることが可能だと訴える。
 俺のほうに顔を向けたブランドン先生はしばしの沈黙の後、口を開いた。

「日が暮れるまでが勝負だよ。速やかに行方不明になった樹竜クラスの七人を確保し、ここへ戻ってくる。いいね?」
「――了解だ」

 俺は大きく頷いた。
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