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第二章 死竜の砦

第四話「学院長室での再会」

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 ウルズ剣術学院、学院長室の前。
 俺はブランドン先生と向かい合っていた。

「さて、アルバート。学院長がお待ちだよ」
「学院長が待っているのはブランドン先生だろ? 何で俺まで……」
「いやあ、説明が二度手間になると面倒くさいからね」
「あっ……やっぱり俺を面倒ごとに巻き込もうとしてたな。帰る」

 俺が踵を返すと、肩をがっと掴まれる。

「待ちたまえ。いいのかい、中には剣聖がいる。剣聖にお目にかかれるチャンスなんて滅多にないよ」
「剣聖……!?」

 その言葉に惹かれて足を止める。
 親父が言ってたのは今日のことだったのか。
 剣聖に興味はあるが、絶対面倒な話を押しつけられそうだ。
 そう考えていた俺だが、躊躇する暇もなくブランドン先生に学院長室へ押しやられた。

「ブランドン先生、遅いぞ。早く入りなさい」
「あ、すみません学院長。急にお腹の調子が……」

 肩越しに見やると、俺の背後にいるブランドン先生は左手で腹をさするようにして顔を伏せていた。

「すぐ戻りますので、ひとまずアルバート・サビアくんを置いていきます。では――」

 そう言ってブランドン先生は背中を向けて廊下を走っていった。
 もしかして、逃げた……のか?
 早速、面倒な展開になった。
 部屋の奥の席に腰かけているのは、このウルズ剣術学院の学院長だ。
 挨拶程度しか言葉を交したことはないが、五十歳前後の太った男。
 体型から、もう何年も剣を振るっていないことは想像できる。
 その学院長からは、何でここにおまえがいるんだという視線。

(……気まずいな)

 部屋の中には学院長以外に男女二人の客がいた。
 多分、男のほうが剣聖だろう。
 俺の目の前でソファに座っている剣聖は、親父と同じく海の向こうの大陸出身で、親父の友でもあるという。
 背の高さや体格は俺とほとんど変わらない。
 年齢は母さんと同じだそうだから四十二歳か。

 その剣聖の背後。腕を組んで壁に背を預けているのは、長い銀髪のメイド服を着た女性だ。
 剣聖の従者か何かだろうか。
 それにしては、メイドに似つかわしくない不遜な態度だ。

「きみ、五年風竜クラスのアルバートくんだったね。どうしてここにいるんだね? 私はブランドン先生を呼んだのだけど」
「いやあ、俺もよくわかりません。一緒に来いと言われただけなので」

 学院長の疑問はもっともだけど、俺は嘘は言っていない。
 授業が終わり帰ろうとしていたところ、ブランドン先生に声をかけられたのだ。
 話が長くなりそうだったので、セシリアたちは先に帰してある。

「ううむ、あまり生徒に聞かせる話じゃないのだが……。ブランドン先生には後で言っておくから、きみはもう帰りなさい」
「本当ですか? 俺もそのほうが助かります。帰って勉強したかったので」

 勉強する予定はなかったが、咄嗟に口実をこじつけた。
 俺が立ち上がろうとすると、「待て」と女性の声がした。
 この中に女性は、あの従者だけだ。
 従者が壁から離れて歩いてきて、学院長の机の上に尻を乗せた。
 そして両手を机の上に置き、足を組んだ。
 学院長は目の前に置かれた尻に対して、目のやり場に困っていた。

「あるじ様よ、気付かぬか? あの時の赤ん坊じゃよ」
「………………何の話だ?」
「アルバート・サビア。サビアというのはミディールが結婚したおなごの家名ではなかったかのう」
「……ああ、そうか。ミディールさんに訊いた名前とも一致するし、同じ名前の生徒が二人いる可能性も少ないだろう。なんだ、ミディールさんも黙っているなんて人が悪い」

 剣聖が肩をすくめた。

「それに、あの時の特徴はそのままじゃ」

 従者が薄く笑いながら、自らの右目に触れた。
 この従者……!?
 それを見た剣聖がこくこくと頷いた。

「なるほど。それなら間違いないな」
「学院長、このボウズは知り合いじゃ。話を聞かせてやってもいいではないか」
「ほ、本当ですか!? 剣聖殿の知り合いですと!? しかし、生徒にこの話を聞かせるのは……」
「本来は彼の担任教師を同席させるつもりだったんでしょう? その担任教師が連れてきたのなら何か意味があったのではと思うんですが」
「それは……私はブランドン先生一人を呼んだのですが、どうしてアルバートくんを連れてきたのか見当もつきません」
「ボウズ……目の調子はどうじゃ?」
「――!?」

 この従者、俺の魔眼を知っている?
 いや、親父の知り合いなら魔眼の存在を知っていてもおかしくないか。
 空気を読んだのか、話題を変えてくれたのは剣聖だった。

「しかし驚いた。大きくなったな……というか十七年も経てば当然か。言われてみればミディールさんの面影があるな。ミディールさんは赤髪だったが、その髪はお母さん似かな」
「は、はあ。親父も言ってましたが十七年も前だと、俺は何にも覚えてないですよ?」
「そうだろうな。十七歳というと、俺の一番下の子と同じ歳だな」
「お子さんがいるんですか?」
「ああ、三人いる。俺の妻とは別にそこの彼女を含めて二人も育ての母がいるから、剣に魔法に学問と三人とも違う道を進んでいるよ。俺は好きなことをさせてやりたかったんだけど、母親が三人とも融通が利かなくて困っている」

 剣聖は肩をすくめて、従者を視線で示した。
 従者は腕を組んで胸を張った。
 あの従者は剣聖の子どもの世話もしているのか。

「まだまだ、妾の魔法には及ばぬがのう」
「そりゃそうだろう。魔力総量が違いすぎる」

 何が面白いのか、剣聖と従者が笑いながら言葉を交す。
 しばらくしてもブランドン先生が戻って来ない――恐らく、面倒な話を俺に押しつけたのだろう――ので、学院長は剣聖に語り始めた。
 その内容は確かに普通の生徒に聞かせられる話じゃなかった。
 当然、俺も学院長から他言無用だと念押しされた。

「剣聖殿、ここは一つ協力お願いできませんか?」
「それなんですが、俺はこの仕事を断るつもりで来たんですよ。あくまで礼儀として顔を出したにすぎない。俺は学院内の問題なら学院内で解決されるほうが良いと思います」
「そ、それはそうなんですが……」

 学院長が顔を伏せる。

「生徒の問題なら、生徒に解決させてみるというのはどうですか? たとえば、彼なんかどうです?」

 そう言って剣聖が俺に視線を向けた。

「えっ……俺ですか?」

 ブランドン先生は最後まで姿を見せなかった。
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