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第二章 死竜の砦
第七話「子を想う母」
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母さんの提案で、ウルズの町に滞在している間は俺の仲間に剣の稽古をつけてくれることになった。
Sランク冒険者が稽古をつけてくれるとあって、セシリアたちは喜んでいた。
親父は日が暮れる前から酒場に繰り出し、爺さんは次の冒険へとすでに旅立っている。
「おらああああああああっ!」
ロイドが豪快に剣を振り下ろす。
ここは親父たちのパーティーが宿泊している宿の中庭だ。
高い宿らしく安い宿ならすっぽり収ってしまうくらいの広さがあった。
なので母さんが許可を取って俺の仲間に剣を教えてくれている。
「ロイドくん、力が入りすぎだよ~。それを避けられたら反撃をまともに喰らっちゃうから、次の動きを意識してね」
言いながら母さんは、ロイドの腕や体の向き、そして踏み込む際の足の位置などを事細かに指摘し手本を見せている。
「アルのお母様って教えるの上手ね。比べるのは悪いけれど、ブランドン先生よりわかりやすいわ」
ブレンダが汗を拭いながら言った。
隣で立っていた俺もそう思っていた。
「そうか。俺が褒められてるみたいで嬉しいよ」
「それに見た目も綺麗だし……お肌のお手入れとかどうしているのか気になるわ。あとで訊いてみようかしら」
ブレンダも俺の母さんに興味津々だった。
母さんの指導を受けて三日目。
明日の朝には旅立つらしいので、今日が最後の稽古となる。
たった三日間だったけど、みんな見違えるように上達しているように感じた。
あのハロルドでさえ、家での稽古よりこっちを優先するのだから驚いた。
しばらくして、一通り指導を終えた母さんが俺のところへやってきた。
「ねえ、アル。セシリアちゃんへの誕生日プレゼントうまくいったみたいね」
「まあな」
母さんの視線先にはセシリアがいた。
そのセシリアの左手人差し指には指輪がはめられている。
二日前のセシリアの誕生日に俺が贈ったものだ。
決して高いものではなく、俺がもらったベルトの半分以下の値段だろう。
侯爵令嬢のセシリアならあれより何倍も高いものを買えるはずだ。
それでも、セシリアは満面の笑みで喜んでくれたのだ。
「母さんのおかげだよ。ありがとな」
「ううん。きっとセシリアちゃんはアルからのプレゼントなら何でも喜んでくれたはずだよ」
「そうかな?」
「そうよ」
「ところで母さん、俺の仲間はどうだい?」
「うん、すごくいい子たちで安心したわ。アルに何かと構ってくれるセシリアちゃんに、大人っぽい魅力持つしっかり者のブレンダちゃん、それと守ってあげたくなるような愛らしさのあるミリアムちゃん。アルの本命はどの子なのかしらぁ? あっ、待って! いま当てるから、ちょっとだけ考えさせて~」
母さんはそう言うと、人差し指を顎にあてがいながら考える素振りを見せた。
「い、いや……そうじゃなくて。剣術のほうだって!」
「…………な~んだ、つまらない」
母さんは拗ねたように唇を尖らせた。
「そうねぇ、ロイドくんは……」
それから母さんはロイドから順番に現状の問題点を指摘していった。
中には俺も気付かなかったことも含まれていて、母さんの見る目に改めて驚かされる。
「あとアルはねぇ……」
「俺もか。何ですか大先生。俺に足りないものをご教授お願いできますかね?」
「剣術に関してはわたしが教えられることはないわ。わたしが勝手に口を出すと、お父さんが怒るんだもの」
確かにな。
俺は母さんはおろか親父にさえ剣を習ったことはない。
まあ、親父の場合は武器が大斧ってのもあるが。
あくまで俺の師匠は爺さんなのだ。
そして爺さんも親父や母さんが口出しするのを良しとはしないだろう。
アレクサンドリート流剣術。
それはサビア家の直系男子にのみ継承される秘伝だ。
たとえば子が二人いたなら、長男にしか継承されない。
したがって、母さん自身も爺さんからは何一つ教わっていないのだ。
その母さんの剣術はアレクサンドリート流剣術に似ているが、あくまで我流。
教えてくれない爺さんの技を盗み見て稽古に励んだらしい。
「わたしが言いたいのは、アルの進む道についてよ」
「俺の……進む道?」
「アルはいずれアレクサンドリート流を継承するつもり?」
「まあな。俺が継がなきゃ爺さんがいつまで経っても冒険者を引退できないし、絶対に負けられないという重圧を年寄りにずっと背負わせるというのも酷な話だ」
「それはそうなんだけど、わたしが訊きたいのはアル自身の気持ちよ」
「俺の気持ちか……正直な話、継がなくていいのならそのほうが気が楽だよ。生涯を剣に捧げる覚悟なんてまだないし、これから先そんな気持ちが芽生えるかもわからない」
本当にそう思う。
剣聖へ挑戦する約束は取り付けたが、彼を倒して世界最強を目指そうなんてこれっぽっちも考えちゃいない。
俺は平穏に暮らしたい。いい感じに歳を取って、穏やかな生活を送りたいと、このごろ特にそう思う。
「わたしはアルの好きにしたらいいと思うの。アレクサンドリート流を継がなくてもいいし、もし継いでも無敗に拘らなくてもいいと思ってる」
「それはどちらに転んでも爺さんが怒るだろ」
「うん、間違いなくね。お父さんは七百年の伝統に縛られすぎているから」
「……だよな」
「でもね、アルが決めたことならわたしも、あなたのお父さんも絶対に応援するわよ。そして、いまここにいるあの子たちもきっと力になってくれるわ」
母さんは嬉しそうにセシリアたちを眺める。
「もしそうなったら心強いな」
「うん。……さてと、あんまりアルに構ってばかりだとミディールが拗ねるから、わたしもお酒飲みに行こっかな~」
そう言って母さんは立ち上がった。
「あんまり飲み過ぎるなよ。明日からまた冒険に出るんだろ?」
「そうよ、だからしっかりと英気を養わないよねっ」
母さんは笑いながら酒を飲む仕草を見せた。
こうして俺は、久し振りの母との会話に少し癒やされた。
Sランク冒険者が稽古をつけてくれるとあって、セシリアたちは喜んでいた。
親父は日が暮れる前から酒場に繰り出し、爺さんは次の冒険へとすでに旅立っている。
「おらああああああああっ!」
ロイドが豪快に剣を振り下ろす。
ここは親父たちのパーティーが宿泊している宿の中庭だ。
高い宿らしく安い宿ならすっぽり収ってしまうくらいの広さがあった。
なので母さんが許可を取って俺の仲間に剣を教えてくれている。
「ロイドくん、力が入りすぎだよ~。それを避けられたら反撃をまともに喰らっちゃうから、次の動きを意識してね」
言いながら母さんは、ロイドの腕や体の向き、そして踏み込む際の足の位置などを事細かに指摘し手本を見せている。
「アルのお母様って教えるの上手ね。比べるのは悪いけれど、ブランドン先生よりわかりやすいわ」
ブレンダが汗を拭いながら言った。
隣で立っていた俺もそう思っていた。
「そうか。俺が褒められてるみたいで嬉しいよ」
「それに見た目も綺麗だし……お肌のお手入れとかどうしているのか気になるわ。あとで訊いてみようかしら」
ブレンダも俺の母さんに興味津々だった。
母さんの指導を受けて三日目。
明日の朝には旅立つらしいので、今日が最後の稽古となる。
たった三日間だったけど、みんな見違えるように上達しているように感じた。
あのハロルドでさえ、家での稽古よりこっちを優先するのだから驚いた。
しばらくして、一通り指導を終えた母さんが俺のところへやってきた。
「ねえ、アル。セシリアちゃんへの誕生日プレゼントうまくいったみたいね」
「まあな」
母さんの視線先にはセシリアがいた。
そのセシリアの左手人差し指には指輪がはめられている。
二日前のセシリアの誕生日に俺が贈ったものだ。
決して高いものではなく、俺がもらったベルトの半分以下の値段だろう。
侯爵令嬢のセシリアならあれより何倍も高いものを買えるはずだ。
それでも、セシリアは満面の笑みで喜んでくれたのだ。
「母さんのおかげだよ。ありがとな」
「ううん。きっとセシリアちゃんはアルからのプレゼントなら何でも喜んでくれたはずだよ」
「そうかな?」
「そうよ」
「ところで母さん、俺の仲間はどうだい?」
「うん、すごくいい子たちで安心したわ。アルに何かと構ってくれるセシリアちゃんに、大人っぽい魅力持つしっかり者のブレンダちゃん、それと守ってあげたくなるような愛らしさのあるミリアムちゃん。アルの本命はどの子なのかしらぁ? あっ、待って! いま当てるから、ちょっとだけ考えさせて~」
母さんはそう言うと、人差し指を顎にあてがいながら考える素振りを見せた。
「い、いや……そうじゃなくて。剣術のほうだって!」
「…………な~んだ、つまらない」
母さんは拗ねたように唇を尖らせた。
「そうねぇ、ロイドくんは……」
それから母さんはロイドから順番に現状の問題点を指摘していった。
中には俺も気付かなかったことも含まれていて、母さんの見る目に改めて驚かされる。
「あとアルはねぇ……」
「俺もか。何ですか大先生。俺に足りないものをご教授お願いできますかね?」
「剣術に関してはわたしが教えられることはないわ。わたしが勝手に口を出すと、お父さんが怒るんだもの」
確かにな。
俺は母さんはおろか親父にさえ剣を習ったことはない。
まあ、親父の場合は武器が大斧ってのもあるが。
あくまで俺の師匠は爺さんなのだ。
そして爺さんも親父や母さんが口出しするのを良しとはしないだろう。
アレクサンドリート流剣術。
それはサビア家の直系男子にのみ継承される秘伝だ。
たとえば子が二人いたなら、長男にしか継承されない。
したがって、母さん自身も爺さんからは何一つ教わっていないのだ。
その母さんの剣術はアレクサンドリート流剣術に似ているが、あくまで我流。
教えてくれない爺さんの技を盗み見て稽古に励んだらしい。
「わたしが言いたいのは、アルの進む道についてよ」
「俺の……進む道?」
「アルはいずれアレクサンドリート流を継承するつもり?」
「まあな。俺が継がなきゃ爺さんがいつまで経っても冒険者を引退できないし、絶対に負けられないという重圧を年寄りにずっと背負わせるというのも酷な話だ」
「それはそうなんだけど、わたしが訊きたいのはアル自身の気持ちよ」
「俺の気持ちか……正直な話、継がなくていいのならそのほうが気が楽だよ。生涯を剣に捧げる覚悟なんてまだないし、これから先そんな気持ちが芽生えるかもわからない」
本当にそう思う。
剣聖へ挑戦する約束は取り付けたが、彼を倒して世界最強を目指そうなんてこれっぽっちも考えちゃいない。
俺は平穏に暮らしたい。いい感じに歳を取って、穏やかな生活を送りたいと、このごろ特にそう思う。
「わたしはアルの好きにしたらいいと思うの。アレクサンドリート流を継がなくてもいいし、もし継いでも無敗に拘らなくてもいいと思ってる」
「それはどちらに転んでも爺さんが怒るだろ」
「うん、間違いなくね。お父さんは七百年の伝統に縛られすぎているから」
「……だよな」
「でもね、アルが決めたことならわたしも、あなたのお父さんも絶対に応援するわよ。そして、いまここにいるあの子たちもきっと力になってくれるわ」
母さんは嬉しそうにセシリアたちを眺める。
「もしそうなったら心強いな」
「うん。……さてと、あんまりアルに構ってばかりだとミディールが拗ねるから、わたしもお酒飲みに行こっかな~」
そう言って母さんは立ち上がった。
「あんまり飲み過ぎるなよ。明日からまた冒険に出るんだろ?」
「そうよ、だからしっかりと英気を養わないよねっ」
母さんは笑いながら酒を飲む仕草を見せた。
こうして俺は、久し振りの母との会話に少し癒やされた。
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