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第二章 死竜の砦

第十八話「エドガーの戦い」

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 セシリアたち七人が死竜の砦に到着すると、信じられない光景が広がっていた。
 ざっと数えるだけでも五十人ほどの死竜クラスの生徒がそこにいたからだ。
 しかし、どの生徒も腕や脚を押さえて怪我をしているように見える。

「アラベスク侯爵家、五年樹竜クラスのエドガー・アラベスクだ。学院の代表としてここへ来た。おまえたち、そこをどけ。オレはこの死竜の砦に用がある」

 エドガーは木剣を抜いて、目の前の死竜クラスの生徒に向けた。
 死竜クラスの生徒たちは、エドガーを一瞥しただけで興味なさそうにセシリアたちに目を向けた。

「おい、これって……アルがやったのかよ!?」

 ロイドは周りを見回して言った。
 セシリアは迷うことなく頷いた。
 しかし、納得がいかないエドガーはセシリアに振り返った。

「セシリア、どういうことだい? どうしてアルバートの名が出てくる?」
「わたしたちがここに向かうより先に、アルが向かったのよ。だから、きっとアルが戦ったんだと思うわ」
「……ば、馬鹿な!? この人数だぞ? この人数相手に一人で戦ったというのか!?」

 エドガーは驚いていた。
 アルバートの強さを知らないからだ。
 ザフィーア流剣術中級の自分でも荷が重いのに、それをアルバートが成し遂げたのか……そう思った。
 しかしセシリアはもちろん五年風竜クラスの仲間は、アルバートならそれが可能だろうと考えただろう。

 死竜クラスに、エドガーの見知った顔はない。
 というか落ちこぼれの死竜クラスに興味がないからだ。
 だが、セシリアは知り合いがいたのか声を上げた。

「スカーレット、あなたまでここにいたのね」

 そういえば、セシリアたちはかつて死竜クラスに在籍していたなとエドガーは思い出す。
 スカーレットと呼ばれた女子生徒が立ち上がった。
 エドガーは彼女だけは知っていた。

「セシリア、それはどういう意味だい? 私は裏切ったあんたたちと違って死竜クラスだからね」
「裏切ったって……そんな」
「そうだよ、私たちはちゃんと勉強して昇格したんだよ。ねっ、ロイドくん」
「おう、そうだ。俺たちはちゃんと勉強したから風竜クラスにまで這い上がったんだぜ」
「あなたは勉強はしていないでしょ」
「てめ、ブレンダ~」
「それはともかく、裏切ったとは心外ね。あたしたちは上を目指して努力した。あなたたちは諦めた。違うかしら?」

 ブレンダの言葉が気に入らなかったのか、スカーレットが剣を構えて戦闘態勢に入った。
 周りの生徒も立ち上がり剣を構える。

「諦めた? 何を諦めたって? 私はあんたたちが他のクラスに行ってから、一人で死竜クラスをまとめ上げた。そのことを何も知らないくせに」

 だが、そこで前に出たのはエドガーだった。

「おまえたち、ここはオレに任せて先へ行け」
「はあ!? 何言ってんだ! 五十人はいるんだぜ!?」
「それがどうした! 死竜クラスが五十人集まったところで、オレの敵ではない! アルバートにできて、オレができない道理はないッ!」

 アルバートがやったのなら、ここは自分もやってのけなくてはアラベスク家の名がすたると思ったのだ。
 自信満々に言い放つエドガーに、セシリアは決意じみた気迫のようなものを感じただろう。

「本当に……いいんだな? 格好つけすぎて、死ぬんじゃねぇぞ。そんなことになったら寝覚めが悪すぎる」
「ふっ、誰に言っている。ザフィーア流の神髄、こいつらに叩き込んでやる! いくぞ、ローラ!」
「ええ! いきますわよ!」

 エドガーの覚悟は本気だった。
 そして、エドガーも馬鹿ではない。
 ここで時間を浪費するよりも、誰かが残り引き受けたほうがいいと判断したのだ。
 それができる者は、この場に自分しかいないと信じている。
 沈黙のあと、セシリアは頷いた。
 先に進むことを決めたようだ。

「……わかりました。ローラ先輩、お気をつけて。エドガーも決して無茶はしないでね。上で待っているわ」
「後で必ず追いつく」
「それまでに、終わらせるわ」
「ふっ、ブレンダ。主役がいないと物語は締まらないのだ。無理をせず、オレがいくまで何とか持ちこたえろ」
「…………」
「おい、行こうぜブレンダ。あいつ完全に自分の世界に入っちまってる」

 ロイドは苦笑しながらブレンダに言った。
 セシリアは心配そうにエドガーとローラを眺めていたが、すぐにロイドたちを追いかけていった。

「エドガー、どうしますの?」
「案ずるな、ローラ。おまえは俺が守ってやる」
「エドガー!」

 ローラは嬉しそうに顔を綻ばせた。

「おい、死竜クラスの不良どもよ。おまえたちに貴族の剣、ザフィーア流の剣技を見せてやる」

 エドガーは木剣を構えた。
 ローラも同じく構え、エドガーの横に並んで立った。

「行くぞ!」

 エドガーとローラ二人対死竜クラス五十人の戦いが始まった。
 スカーレットの号令で、死竜クラスの生徒たちは襲いかかってくる。
 エドガーは木剣を振るった。
 中級まで取得しているエドガーの動きは、三ヶ月に渡るダリアとの稽古でさらに上達していた。
 イアンが亡くなってからも、稽古だけは欠かしていない。

 手負いの死竜クラスには、かなり荷が重かった。
 ローラのほうも中級には届いていないが、洗練された動きで相手を翻弄していた。
 時間が進むにつれ、死竜クラスの生徒たちの数は減っていく。

「ザフィーア流とは貴族の剣! 流れるように動き、そして敵を討つ!」
「いちいちうるさいやつだね! 私だってザフィーア流なんだよ! 舐めるなッ!」

 スカーレットがエドガーの剣を弾き返した。
 エドガーは一瞬、木剣に目をやった。
 木剣の先が斬り落とされていたのだ。
 それを目の当たりにしたローラが、悲鳴に似た声を上げる。

「エドガー!」
「狼狽えるな! まだ舞える!」

 エドガーは力強く言うと、一旦スカーレットから距離を取った。
 いたって落ち着いている。
 熱くなって突っ込んだりはしない。
 エドガーは状況を冷静に判断していた。
 少し前のエドガーなら焦って取り乱したかもしれない。
 最悪、腰を抜かすこともあっただろう。

 しかし、イアンの死で何かが変わった。
 直後はひどく落ち込んで無気力になりかけたが、それでは死んだイアンも浮かばれないと思ったのだ。

「そんな木剣で挑むからだよ。腕は互角か。なら武器の差で私が勝つ!」

 確かにスカーレットの言うとおり、剣の腕はほぼ互角だ。
 そして、武器は木剣であるエドガーが不利だろう。
 だが、スカーレットはアルバートとの戦いで左肩を負傷している。
 無理して剣を振るっているのが、エドガーにはわかっていた。
 それらを加味すれば、勝負はどちらに転ぶかわからない。
 そこでエドガーは挑発を仕掛けた。

「ダリア先生との稽古が結果に繋がっている。オレはまだやれるぞ!」
「何がダリア先生だっ! ふざけるなっ!」

 スカーレットは苛立ったように舌打ちした。
 エドガーの予想どおりの反応だ。

(やはり、気にしているようだな)

 エドガーはちらりとローラの様子を確認する。
 いまも死竜クラスの生徒と戦っている。
 倒れている生徒たちは、負傷した痛みから戦意を無くしているのでもう立つことはないだろう。
 立っているのはもう十人にも満たない。

(ローラのほうは大丈夫か)

 エドガーはスカーレットとの戦いに集中できそうだ。
 深く息を吐く。
 次の瞬間、動いたのはスカーレットだった。

「はああああっ!」

 声を荒げて剣を振るうスカーレットの動きには焦りがあった。
 エドガーは素早く防御姿勢を取った。
 剣を防がれたスカーレットの蹴りが飛んでくるが、エドガーは落ち着いて木剣を叩きつける。

「ううっ!」
「その足ではもう無理だ。諦めろ――うわっ!」
「うるさいッ!」

 エドガーの胸ぐらを掴んでスカーレットが頭突きをした。
 予想外の攻撃にエドガーは思わず後退した。

「うぐ……! まさか、蹴りだけでなく頭をぶつけてくるとは……! ザフィーア流にあるまじき行為だ! 我が流派を愚弄する気かっ!」
「これが私のザフィーア流だよ! 剣だけだと思ったか間抜け!」

 エドガーの額からは血が滲んでいた。
 それを手の甲で拭うと、エドガーはザフィーア流の構えを取った。

「ふっ、イアンがオレの背中を押してくれている。オレは負けない」

 いままでの自分なら間違いなく戦意を喪失するほどの一撃。
 けれども、エドガーは不思議と力が漲ってくるように感じた。
 スカーレットが剣を振り上げた。
 だが、踏み込みが甘い。
 エドガーの攻撃で足を負傷していたからだ。

 そのわずかな隙を、エドガーは見事に捉えた。

「ザフィーア流剣技! ――〈アラベスク〉!」

 剣技の名を叫ぶと、エドガーは木剣で斬り上げるように攻撃した。
 宙に一本の剣が舞う。
 落ちてきたのはスカーレットの剣だった。

「くそおおおおっ!」

 スカーレットは膝をつき、悔しそうに地面を叩いた。
 同じくして、戦いを終えたローラがエドガーに駆け寄った。
 エドガーは大きく頷いた。

「おまえも知っているだろう。この技はオレのアラベスク家が考案した剣技だ。そして、オレが最も得意とする剣技でもある。これ以上の争いは望まない。負けを認めるんだ」

 スカーレットは返事をしなかったが、立ち上がることもなかった。
 それを見て、エドガーは張り詰めていた緊張から解放された。

「エ、エドガー!?」

 ローラが慌ててエドガーを支えた。

「すまないローラ。……少し疲れた」
「エドガー……」

 ローラは座ると、膝の上にエドガーの頭を乗せた。
 エドガーが目を瞑る。
 少しだけ許嫁の膝枕に身を委ねようと、エドガーは思った。
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