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第二章 死竜の砦
第二十四話「戦闘開始」
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「先輩、単刀直入に訊きます。校舎を破壊しようなんて馬鹿げてる。いったいどういうつもりなんですか?」
期待はしていないが、俺はジェラルドの反応を窺うように尋ねた。
ジェラルドは立ち上がろうともせず、前傾姿勢のまま口を開く。
「オレが校庭で言ったことを覚えていないのか? オレはこのウルズ剣術学院を変える。そのための第一歩だ」
「学院を変える? こんなことをして、何が変わるというんですか。これ以上大事になれば先輩だけじゃなく、加担した死竜クラスの生徒もみんな退学は免れませんよ」
特大バリスタを発射する前のいまならまだ引き返せる。
死竜クラスの生徒たちには何らかのペナルティが与えられるだろうが、最悪退学は避けられるはずだ。
しかし、ジェラルドはあざ笑うかのように首を横に振った。
「退学? 退学が怖くてこんな真似ができると思っているのか? おまえはいまならまだ後戻りできると考えているんだろうが、もう始まってるんだよ。オレは予定どおり日没と共にバリスタを発射する」
そう言ってジェラルドは窓のほうへ顔を向けた。
窓からは夕暮れの空が見渡せた。
俺が死竜の砦へ入ってから、思ったより時間が進んでいるようだ。
ジェラルドが説得に応じなければ、こちらも実力行使にでる必要がある。
時間は迫っていた。
「何だ、早く戦いたいって顔だな。もう少し話をしようぜ」
「実のある話ならしますが、ただの時間稼ぎを考えているなら俺は先輩を倒してでも先へ進みますよ。バリスタだけは必ず止めてみせます」
ジェラルドは肩をすくめる。
「そうか。悪いがおまえが聞きたがっている話を語る気はない。どうしてもというなら、オレを倒して吐かせるんだな。だが、おまえにできるのか?」
「やりますよ。先輩こそ、俺を舐めないほうがいい」
俺は木剣を強く握った。
ジェラルドが話をする気がない以上すぐにでも戦闘を始めたいが、この狭い部屋じゃまともに木剣を振るうことすらできない。
木剣を思い切り振るなら部屋の中央に立ってやり合うしかない。
移動しながらの攻撃なんて、とてもじゃないができない。
しかし俺の懸念を余所にジェラルドは唐突に立ち上がった。
「なっ――!?」
いや、立ち上がった瞬間には俺に向かって体当たりを敢行していた。
ジェラルドの左肩が俺の胸に叩きつけられる。
俺は咄嗟に衝撃を逸らすが、壁に背中を打ちつけられた。
「オレを倒してバリスタを止めてみせろよ、後輩!」
間髪入れずに放たれたジェラルドの右拳が、俺の左頬を掠めた。
続けて膝蹴りが俺の腹に命中する。
「くっ……はっ……!」
「おまえの望みどおり戦闘開始だ」
まさかこんな狭い部屋でいきなり始まるとは、予想できるはずがない。
壁際に追い詰められた俺は、このままだとジェラルドのいいように殴られるだけだ。
いまの攻撃からしても単純な殴り合いでは、ジェラルドに分があるようだ。
ジェラルドが左拳を強く握ったのが見えた。
(魔眼、――開眼ッ!)
俺はたまらず魔眼を発動し、ジェラルドの脇をすり抜けて背後を取った。
しかし、ジェラルドもすぐに反応している。
壁を背にして拳を構えた。
さっきとは俺とジェラルドの位置が入れ替わった形だ。
「何だ、その右目は? 本当ならオレのパンチでおまえはいまごろ失神していたはずだ。だが、急に動きが速くなって躱した。最初のおまえの反応なら躱せるはずがない。手を抜いていたのか……あるいはその目が何か関係しているのか?」
俺の右目はいま魔眼の発動によって深紅に染まっている。
無闇に晒したくはなかったが、ジェラルドの動きを上回るにはこれしかなかった。
ここまで十分魔力を温存できている。
ずっと魔眼を発動させたままでも、魔力切れにはならないはずだ。
「知りたいですか? それならこうしましょう。先輩の目的を教えてくれたら、俺の秘密を話すことを考えてもいいですよ」
「ふん、なら交渉決裂だ。オレの考えを知りたかったら、無理やり口を割らせてみろ」
ジェラルドが蹴りを放つが、俺はわずかに身を引いて躱す。
「こんな場所じゃ、ろくに剣も振るうことすらできないだろう」
確かにジェラルドの言うとおりだ。
本来ならジェラルドの攻撃を躱すと同時に、蹴り足を木剣で叩きつけることは可能だった。
しかし、ここでは木剣を振るうだけのスペースはない。
ジェラルドもそれを計算した上での攻撃に違いなかった。
(場所を変えるしかないか……)
見たところ、この部屋には階段らしきものは見当たらない。
この上の階には特大バリスタがあるはずだが、もしかしたら別の部屋に階段があるのかもしれない。
となると怪しいのはこの部屋の前にあった階段だ。
俺が上ってきた階段の正面に下りの階段があった。
そこから上へと繋がっているのかもしれない。
どちらにせよ、一旦この部屋から出ないといけないな。
「何を考えてる。余計なことを考えずにオレの攻撃に集中するんだな」
ジェラルドは再び蹴りを放った。
俺は容易く躱す。
続けて三度同じような攻撃が繰り返されるが、俺は問題なく躱した。
(何が狙いだ? こんな蹴りじゃ俺を倒すことはできないと、ジェラルドもわかりきっているはずだ。いや……待てよ?)
ジェラルドが蹴りを放つ度にわずかに前進している。
そして、同じ距離を俺は後退していた。
もしかして、俺をあちら側の壁に近づけたくないのか?
やはり、あの下りの階段の先にバリスタが設置されている屋上へと続く階段があるのか?
(そうと、わかれば――)
俺は床を蹴ってジェラルドに迫った。
またもや蹴りが飛んでくる。
ジェラルドの蹴りを左の木剣で受ける。
木剣は根元から折れた。
しかし気にせず、俺はジェラルドに俺自身の体をぶつけた。
「うおおおおおおおおおっ!」
ジェラルドの体を壁際に押しやり、開きっぱなしだった扉の向こうへとなだれ込む。
その頃には俺は右手の木剣も捨てて両手で組み付いていた。
左右には下りの階段がある。
左は俺が上ってきた階段だ。
下の階にはトラヴィスが倒れている。
そして右の階段は、俺が怪しいと睨んだ場所だ。
「剣術だけかと思ったが、思った以上に腕力もあるんだな」
俺の狙いを知ってか知らずか、ジェラルドは体を捻るようにして俺から見て左の階段に体を傾けた。
二人して揉みくちゃになりながら、階段を転がっていく。
俺は近くにあったテーブルの脚に背中を打ちつけた。
ジェラルドも別のテーブルに派手にぶつかる。
そして同時にすばやく立ち上がった。
ジェラルドは気絶しているトラヴィスに一瞥をみまい、俺に向き直った。
木剣を失った俺は両腰の双剣に手をかける。
「ここなら思う存分剣を振える。肉弾戦はもう終わりです。時間が迫っているので、本気でいきますよ」
「……本気か。いままで本気を出してなかったような言い草だな」
「いや、十分本気でしたよ。でも剣を使ってでの本気とは差があるんですよ」
「なるほどな、じゃあ見せてもらおうか。おまえの本気ってやつを!」
しかし、叫んだジェラルドは剣を抜かない。
直後、床を蹴って俺に迫ってきた。
目の前のテーブルを跳び越えて、右拳を振りかぶった。
剣を抜いて構えてから来ると思っていた俺は油断した。
「なっ……!?」
直前で着地し方向転換したジェラルドは、素早く俺の左側面に回り込む。
そして、俺の左手を取り背中の方へ捻り上げた。
瞬間、俺の背中に衝撃が走る。
恐らく背中を蹴られたのだろう。
俺は前方につんのめる。
「油断しすぎだろう。まさか正々堂々剣で戦いましょうなんて言うんじゃないだろうな。これは戦闘なんだぜ?」
俺は即座に振り返ると、後ろへ跳んで距離を取る。
ジェラルドはまだ剣を抜かずに、準備運動のように右腕をぐるぐる回していた。
「……まさか、格闘術でくるとは予想しませんでしたよ」
「そうかい。俺は剣でも拳でもどちらでもいける。後輩、おまえは剣だけのようだな」
「ええ、そうです。俺にはこの剣しかない」
俺は腰の双剣を抜いて回転させてから強く握った
期待はしていないが、俺はジェラルドの反応を窺うように尋ねた。
ジェラルドは立ち上がろうともせず、前傾姿勢のまま口を開く。
「オレが校庭で言ったことを覚えていないのか? オレはこのウルズ剣術学院を変える。そのための第一歩だ」
「学院を変える? こんなことをして、何が変わるというんですか。これ以上大事になれば先輩だけじゃなく、加担した死竜クラスの生徒もみんな退学は免れませんよ」
特大バリスタを発射する前のいまならまだ引き返せる。
死竜クラスの生徒たちには何らかのペナルティが与えられるだろうが、最悪退学は避けられるはずだ。
しかし、ジェラルドはあざ笑うかのように首を横に振った。
「退学? 退学が怖くてこんな真似ができると思っているのか? おまえはいまならまだ後戻りできると考えているんだろうが、もう始まってるんだよ。オレは予定どおり日没と共にバリスタを発射する」
そう言ってジェラルドは窓のほうへ顔を向けた。
窓からは夕暮れの空が見渡せた。
俺が死竜の砦へ入ってから、思ったより時間が進んでいるようだ。
ジェラルドが説得に応じなければ、こちらも実力行使にでる必要がある。
時間は迫っていた。
「何だ、早く戦いたいって顔だな。もう少し話をしようぜ」
「実のある話ならしますが、ただの時間稼ぎを考えているなら俺は先輩を倒してでも先へ進みますよ。バリスタだけは必ず止めてみせます」
ジェラルドは肩をすくめる。
「そうか。悪いがおまえが聞きたがっている話を語る気はない。どうしてもというなら、オレを倒して吐かせるんだな。だが、おまえにできるのか?」
「やりますよ。先輩こそ、俺を舐めないほうがいい」
俺は木剣を強く握った。
ジェラルドが話をする気がない以上すぐにでも戦闘を始めたいが、この狭い部屋じゃまともに木剣を振るうことすらできない。
木剣を思い切り振るなら部屋の中央に立ってやり合うしかない。
移動しながらの攻撃なんて、とてもじゃないができない。
しかし俺の懸念を余所にジェラルドは唐突に立ち上がった。
「なっ――!?」
いや、立ち上がった瞬間には俺に向かって体当たりを敢行していた。
ジェラルドの左肩が俺の胸に叩きつけられる。
俺は咄嗟に衝撃を逸らすが、壁に背中を打ちつけられた。
「オレを倒してバリスタを止めてみせろよ、後輩!」
間髪入れずに放たれたジェラルドの右拳が、俺の左頬を掠めた。
続けて膝蹴りが俺の腹に命中する。
「くっ……はっ……!」
「おまえの望みどおり戦闘開始だ」
まさかこんな狭い部屋でいきなり始まるとは、予想できるはずがない。
壁際に追い詰められた俺は、このままだとジェラルドのいいように殴られるだけだ。
いまの攻撃からしても単純な殴り合いでは、ジェラルドに分があるようだ。
ジェラルドが左拳を強く握ったのが見えた。
(魔眼、――開眼ッ!)
俺はたまらず魔眼を発動し、ジェラルドの脇をすり抜けて背後を取った。
しかし、ジェラルドもすぐに反応している。
壁を背にして拳を構えた。
さっきとは俺とジェラルドの位置が入れ替わった形だ。
「何だ、その右目は? 本当ならオレのパンチでおまえはいまごろ失神していたはずだ。だが、急に動きが速くなって躱した。最初のおまえの反応なら躱せるはずがない。手を抜いていたのか……あるいはその目が何か関係しているのか?」
俺の右目はいま魔眼の発動によって深紅に染まっている。
無闇に晒したくはなかったが、ジェラルドの動きを上回るにはこれしかなかった。
ここまで十分魔力を温存できている。
ずっと魔眼を発動させたままでも、魔力切れにはならないはずだ。
「知りたいですか? それならこうしましょう。先輩の目的を教えてくれたら、俺の秘密を話すことを考えてもいいですよ」
「ふん、なら交渉決裂だ。オレの考えを知りたかったら、無理やり口を割らせてみろ」
ジェラルドが蹴りを放つが、俺はわずかに身を引いて躱す。
「こんな場所じゃ、ろくに剣も振るうことすらできないだろう」
確かにジェラルドの言うとおりだ。
本来ならジェラルドの攻撃を躱すと同時に、蹴り足を木剣で叩きつけることは可能だった。
しかし、ここでは木剣を振るうだけのスペースはない。
ジェラルドもそれを計算した上での攻撃に違いなかった。
(場所を変えるしかないか……)
見たところ、この部屋には階段らしきものは見当たらない。
この上の階には特大バリスタがあるはずだが、もしかしたら別の部屋に階段があるのかもしれない。
となると怪しいのはこの部屋の前にあった階段だ。
俺が上ってきた階段の正面に下りの階段があった。
そこから上へと繋がっているのかもしれない。
どちらにせよ、一旦この部屋から出ないといけないな。
「何を考えてる。余計なことを考えずにオレの攻撃に集中するんだな」
ジェラルドは再び蹴りを放った。
俺は容易く躱す。
続けて三度同じような攻撃が繰り返されるが、俺は問題なく躱した。
(何が狙いだ? こんな蹴りじゃ俺を倒すことはできないと、ジェラルドもわかりきっているはずだ。いや……待てよ?)
ジェラルドが蹴りを放つ度にわずかに前進している。
そして、同じ距離を俺は後退していた。
もしかして、俺をあちら側の壁に近づけたくないのか?
やはり、あの下りの階段の先にバリスタが設置されている屋上へと続く階段があるのか?
(そうと、わかれば――)
俺は床を蹴ってジェラルドに迫った。
またもや蹴りが飛んでくる。
ジェラルドの蹴りを左の木剣で受ける。
木剣は根元から折れた。
しかし気にせず、俺はジェラルドに俺自身の体をぶつけた。
「うおおおおおおおおおっ!」
ジェラルドの体を壁際に押しやり、開きっぱなしだった扉の向こうへとなだれ込む。
その頃には俺は右手の木剣も捨てて両手で組み付いていた。
左右には下りの階段がある。
左は俺が上ってきた階段だ。
下の階にはトラヴィスが倒れている。
そして右の階段は、俺が怪しいと睨んだ場所だ。
「剣術だけかと思ったが、思った以上に腕力もあるんだな」
俺の狙いを知ってか知らずか、ジェラルドは体を捻るようにして俺から見て左の階段に体を傾けた。
二人して揉みくちゃになりながら、階段を転がっていく。
俺は近くにあったテーブルの脚に背中を打ちつけた。
ジェラルドも別のテーブルに派手にぶつかる。
そして同時にすばやく立ち上がった。
ジェラルドは気絶しているトラヴィスに一瞥をみまい、俺に向き直った。
木剣を失った俺は両腰の双剣に手をかける。
「ここなら思う存分剣を振える。肉弾戦はもう終わりです。時間が迫っているので、本気でいきますよ」
「……本気か。いままで本気を出してなかったような言い草だな」
「いや、十分本気でしたよ。でも剣を使ってでの本気とは差があるんですよ」
「なるほどな、じゃあ見せてもらおうか。おまえの本気ってやつを!」
しかし、叫んだジェラルドは剣を抜かない。
直後、床を蹴って俺に迫ってきた。
目の前のテーブルを跳び越えて、右拳を振りかぶった。
剣を抜いて構えてから来ると思っていた俺は油断した。
「なっ……!?」
直前で着地し方向転換したジェラルドは、素早く俺の左側面に回り込む。
そして、俺の左手を取り背中の方へ捻り上げた。
瞬間、俺の背中に衝撃が走る。
恐らく背中を蹴られたのだろう。
俺は前方につんのめる。
「油断しすぎだろう。まさか正々堂々剣で戦いましょうなんて言うんじゃないだろうな。これは戦闘なんだぜ?」
俺は即座に振り返ると、後ろへ跳んで距離を取る。
ジェラルドはまだ剣を抜かずに、準備運動のように右腕をぐるぐる回していた。
「……まさか、格闘術でくるとは予想しませんでしたよ」
「そうかい。俺は剣でも拳でもどちらでもいける。後輩、おまえは剣だけのようだな」
「ええ、そうです。俺にはこの剣しかない」
俺は腰の双剣を抜いて回転させてから強く握った
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