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第二章 死竜の砦

第二十七話「貴族と平民」

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 ジェラルドは何のことを言っているんだ。
 ブランドン先生はウルズ剣術学院の教師で、俺たち風竜クラスの担任だ。
 しかしそれは仮の姿で、夜は俺が扮する闇夜の死竜と組んで別の仕事もしている。
 ジェラルドはそれすら知っているのか?
 いや、それとも俺が知らない別の話か。
 確かに俺はブランドン先生の本当の所属先を知らない。
 いったいジェラルドはどこまで知っているんだ。

「どういうことだ? ブランドン先生について何か知っているのか?」
「ウルズ剣術学院には貴族平民の身分の差は存在しない。在籍するすべての生徒は平等に学ぶことができる。アステリア王国内の大半の剣術学院が定めている規則だ。教師もしかり。だが、あくまで表向きであることはおまえも知っているだろう」

 確かにジェラルドの言うとおり、その規則のおかげで表だって権力をひけらかすような生徒や教師はごくわずかだ。
 だけど、それとブランドン先生がどう関係している?
 教室から出る際に受け取ったアレのことを考えると、ブランドン先生も何か思惑があるのは事実だろうが、ジェラルドの話には関係ないと思える。

「実際は進級時のクラス分けにおいて、貴族は有利になるように配慮されている。さっきのカーティスの話がいい例だ。そして、ブランドンは明確な意思ををもっておまえを自分のクラスに引き入れた」
「俺が成績に関わらずブランドン先生のクラスになったとでも言うんですか?」
「はっきり言えばそうだ。少なくとも剣術の実力では、おまえは樹竜クラスでもおかしくないからな。それに学科の成績も悪くないと聞いている。おまえが現時点で風竜クラスにいるのは、成績以外の何かが絡んでいるとオレは考えている。そもそも、ここ数年間でこの学院において死竜クラスから他のクラスに上がった平民は後輩――おまえと、ロイド・サイマス、ミリアム・マーキアの三名だけだと知っていたか?」

 ……本当なのか?
 そんなこと気にしたこともなかったが、死竜クラスから他のクラスに上がったのが本当に俺たち三人だけなら確かに不自然だ。
 セシリアたちと手を取り合って喜んだあの日の記憶が、誰か……ブランドン先生に仕組まれていたとでも言うのか?

「いえ……それは初耳です。本当ですか?」
「ああ」

 ジェラルドはバリスタの傍に控えるカーティスのほうへ、意味ありげな視線を送った。
 それから俺に視線を戻すと今度は口元を綻ばせた。

「何がおかしいんです? ひょっとして、先輩がこんなことを企てたのは貴族平民の身分の差をなくさせるために……ですか?」
「それも理由の一つだ」

 他にも理由があるのか。
 それはさておき、こんなことをしでかして学院側を納得させるのは無理な話だ。

「もっと真っ当な交渉はできなかったんですか? 校舎をバリスタで破壊するなんて物騒な手段を取らなくても、先輩なら可能だったんじゃないですか?」
「おまえの言うことは至極まともだ。オレが平民じゃなければそうしてただろう。つまり、オレは交渉のスタートにも立てなかったわけだ」
「だからこの手段ですか? 闇ギルドにまで加勢を頼むなんて考えがぶっ飛びすぎですよ」

 トラヴィスとリチャードは横から割り込むこともなく黙って話を聞いている。

「そうか? このぐらいしないと学院長も事の重大さに気付かんだろう」
「そうですか……。他の理由も訊いておきましょうか」
「ふっ、少しは自分で考えたらどうだ? それにそろそろ時間だ」

 辺りはすっかり夕日に染まっている。
 日が落ちるまでもう時間はない。
 ジェラルドの決意は固そうで理由を訊きだして説得する時間はない。
 だったら――俺にできるのはバリスタを壊すことだ。
 バリスタを破壊してジェラルドから真相を話させる。
 これ以外はない。

「まだあがくつもりか? 剣もないのにどうやってオレを退かせる?」
「できることはしますよ。何も剣術だけが俺の取り柄じゃないんでね」
「ハッタリダだな。おまえは剣が二本なければ満足に実力を発揮できない」

 確かにいまの状況じゃ俺に為す術はない。
 考えろ。
 どうすればいい。
 ジェラルドやトラヴィスを振り切ってバリスタに近づく方法を……。


「――アル!」


 俺が思考しかけた時だった。
 背後から俺の名を呼ぶ声が聞こえた。
 一瞬聞き間違いかと思ったが、

「アル!」

 再びセシリアの声が耳に届いた。
 振り返ると、そこには仲間たちの姿が見える。
 セシリア、ロイド、ミリアム、ブレンダ、驚いたことにエドガーやローラ先輩までもが勢揃いしていた。

「ふっ、やはりオレがいないと締まらないか。アルバート、あとはオレにに任せておけ」

 エドガーが胸を張って声を張り上げた。
 セシリアやブレンダは苦笑いし、ローラ先輩は手を組んで目をキラキラさせていた。
 ジェラルドがリチャードのほうを見る。
 リチャードはバツの悪そうな表情で肩をすくめた。

「詰めが甘かったようだな。その分は報酬から差し引かせてもらうぞ」
「ふう……俺の感覚も鈍ったか。少なくともこれが終わるまでは目は覚まさないようにしたつもりなんだがな。わかった。こいつらの始末は俺が引き受けよう」

 リチャードの口ぶりからすると、すでにセシリアたちと一戦交えていたようだ。
 恐らく俺と戦った後、追いかけてきたセシリアたちと交戦になったのだろう。
 よく見ると、セシリアたちは怪我を負っているように見えた。
 だとしたら話は別だ。

「待て。俺の仲間を傷つけたのか?」

 俺はリチャードの行く手を阻むように移動する。
 リチャードは立ち止まって目を細めた。

「……なんて気迫だ。俺と喧嘩した時とは別人のようだ。どういうことだ?」
「俺は仲間を傷つけられるのがたまらなく嫌なんだよ。俺を怒らせるには十分過ぎる理由だ」
「なるほど。ってことは怒ったのか? ふん、面白い。だが、剣もなしにどうやって戦う」

 俺とはもう戦わないと宣言していたリチャードの顔つきが変わった。
 これは個人的な喧嘩を楽しんでいた時とは違う、闇ギルドのミリカ団副団長としての顔だろう。
 リチャードは拳を固く握ってわずかに腰を落とす。
 俺も身構えた。
 剣は持っていないがアレクサンドリート流剣術の構えを取る。
 そして大きく息を吸い込み――叫んだ。

「ロイド! ハロルド!」

 直後、ロイドとハロルドが手にしていた木剣を俺に向かって投げた。
 俺はそれを左右の手で掴み取った。

「やっちまえアル!」
「残念ながら僕たちでは力不足です。ここはアルに頼ります。その代わりと言っては何ですが、あのバリスタは任せてください!」
「ああ、頼んだ!」

 俺はリチャードに向かって二本の木剣を構えた。
 同時に魔眼も発動させる。

(魔眼、――開眼ッ!)

 リチャードの後ろにはトラヴィス、そしてジェラルドがいる。
 ここで三人まとめて無力化する!

「うおおおおおおおおおっ!」

 俺は地面を蹴って左右の剣を振るった。
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