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第二章 死竜の砦

第二十八話「死竜クラスの包囲網」

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「おまえたち! 一刻も早くあのバリスタを止めるぞ! オレに続け!」
「言われなくたってそのつもりだぜ! ってか、おまえが仕切るな!」

 エドガーが意気揚々と号令を上げ駆け出した。
 反論しながらロイドが続く。
 セシリアは俺を気にしていたようだが、他のみんなと同じようにバリスタへと向かっていった。
 俺はその背中を視界の端に捉えながらリチャードの挙動に集中する。

 直後、リチャードの視界がセシリアの背中を追ったのを察知して、俺はその視線を遮るように動いた。

「おまえの相手は俺だ」
「悪いが馬鹿正直におまえの相手をするつもりはない。俺は自分の仕事に専念させてもらうぞ」
「そうはさせない」
「……それなら今度は最初っから全力でいかせてもら――」

 瞬時にリチャードの懐に入った俺は、素早く左右の木剣を上に突き上げた。
 アレクサンドリート流剣術、突き技〈エルモ〉。
 二本の剣先は的確にリチャードの顎を強打した。
 小さな呻き声とともに、リチャードの巨体が俺の肩を掠めて地面に倒れた。

「おいおい、何だとっ!?」

 驚きの声を上げたトラヴィスだったが、直後に俺はその背後を取っていた。
 俺は木剣でトラヴィスの足を払い転ばせた。
 トラヴィスが立ち上がろうとしたところを狙って肩に一撃を加える。
 そこへジェラルドが襲いかかってきた。
 トラヴィスはもう動けない。
 残るはジェラルドだけだ。

「くっ、ここまで来て邪魔が入るとはな!」
「先輩、もう諦めてください。バリスタは止めさせてもらいます!」

 一合交えて互いに距離を取る。
 さすがに一息で三人は無理だったか。
 俺との戦いで負ったジェラルドの傷は完治しているとみて間違いないだろう。

「止めさせるわけにはいかないな。あれはオレたちにとっての最後の切り札だ。ただのバリスタとは違うぞ。あの巨大さもさることながら、カーティスの魔法で強化も施してある。王城の固い扉でさえ貫通するだろうぜ。たとえドラゴンでもひとたまりもないだろう。言い伝えにあるような十二神竜でも出てこない限り、防ぐのは無理だ」

 俺はバリスタをちらりと見る。
 バリスタが設置されている足下は高台になっている。
 高さは大人二人分ぐらいはあるだろう。
 正面には階段があった。
 エドガーとロイドを先頭にセシリアたちが向かっているところだ。
 あと数秒もあれば階段まで辿り着くことができる。

 向こうはバリスタの射手である六年生のカーティス一人だ。
 エドガーたちが後れを取るはずがない。
 バリスタの破壊は任せて良さそうだ。

 だが、安堵した俺の表情をあざ笑うかのように、ジェラルドの目が笑った。
 そして、バリスタのほうへ顔を向けて口を開いた。

「待たせたな! そろそろ出番だ! バリスタを守れ!」
「何っ……!?」

 ジェラルドの叫びに呼応するように、高台の後ろからぞろぞろと生徒が現れた。

「隠れていたのか!」
「言っただろ。あれを止めさせるわけにはいかないんだ。守りを用意していないはずがないだろう」

 数が多い。
 死竜の砦前に五十人の死竜クラスの生徒が配置されていたが、ざっと確認しただけで同じくらいの数はいた。
 エドガーたちも足を止め、戸惑っていた。

「……死竜クラス全員参加ですか」
「あそこにいるやつらを下のやつらと一緒にするなよ。下にいたやつらはスカーレットを除けば剣術で初級を取れていない者ばかりだ。だが、あいつらは違う。全員初級まで取得している。中級まで取得しているのも三人ほど混ざっているぞ」
「中級まで……!」

 それは分が悪い。
 エドガーたちだけであの数を突破してバリスタに辿り着くのは厳しい。

「おまえたち、そいつらをバリスタに触れさせるな!」
「「「はいっ!」」」

 バリスタを守るように死竜クラスの生徒たちが隊列を組む。
 エドガーたちは木剣を構えている。
 ロイドとハロルドが持っていた剣はいま俺が手にしているので、二人とも丸腰だ。
 相手が初級以上の腕なので、武器がなければ戦力としては意味をなさない。
 このままだとみんなが危ない。
 俺は一刻も早くジェラルドを倒してあそこへ駆けつけなければならない。

「よそ見は禁物だぜっ……! おれが打たれ強いってことを忘れてたみたいだなぁッ!」

 地面を這うようにして背後から近づいていたトラヴィスが俺の左足を掴んでいた。

「やれ! ジェラルドォォッ!」

 苦痛に顔を歪めながらも叫んだトラヴィスに視線を向けながら、ジェラルドはわずかに目を細めた。

「我ながら情けない状況だが、せっかく兄貴が作ってくれたチャンスだ。いまおまえをバリスタに近づけさせるわけにはいかない。悪く思うなよ」

 そう言ってジェラルドはゆっくりと剣を振り上げた。
 次の瞬間、その剣を振り下ろす。
 俺が動かなければ胸に斬撃を浴びるだろう。


 だが――俺は跳んだ。


「なっ……おわっ!?」
「――!?」

 俺はジェラルドの頭の高さをゆうに超える大ジャンプを敢行した。
 もちろん、左足にはトラヴィスがぶら下がったままだ。
 トラヴィスは大慌てだ。
 さすがに度肝を抜かれたに違いない。
 そして、ジェラルドもだ。
 剣を空振った姿勢で目を大きく見開いていた。


 俺がこの状況で跳ぶなんて予測できなかったはずだ。
 だてに爺さんとの無茶苦茶な修行をこなしていない。
 足に重りを付けて跳躍するなんて、数え切れないほど繰り返している。


 アレクサンドリート流剣術、跳躍技〈エヴェリーナ〉!!


 〈エヴェリーナ〉をジェラルドの右肩に直撃させ着地する。
 ジェラルドは前のめりに倒れ、俺の足を掴んでいたトラヴィスは地面に叩きつけられた。
 これで二人は戦闘不能だ。

 俺はすぐさまバリスタに向けて駆け出した。

「うおおおおおおおおっ!」

 腹の底からありったけの空気を吐き出しながら全力疾走する。
 まずはバリスタを守るように立ち塞がる死竜クラスの生徒たちを何とかする。
 そう考えていると、背後から怒鳴り声が響いた。

「カーティス! 矢を放てぇぇぇぇッ!」

 ジェラルドが叫んだのだ。
 まだ意識があったようだ。
 〈エヴェリーナ〉を脳天に叩き込むことはできたが、それをすると間違いなくジェラルドの命はなかった。
 そう思い右肩を狙ったのだが、ジェラルドを完全に沈黙させるには至らなかったみたいだ。

 すでに死竜クラスとエドガーたちは交戦状態に入っている。
 しかし、バリスタが予定より早く発射されるとなると、優先順位をやむなく変更するしかない。
 俺は飛翔の呪文を唱え始めた。

 バリスタが魔法で強化もされているなら、ジェラルドの見立ては間違ってはいないだろう。
 ワイバーンなら即死、ドラゴンでも致命傷を負いかねない威力が予測できる。
 何としてでも最優先で止めないといけない。

 あちらも完全に予定外の展開なのだろう。
 カーティスはおろおろして、すぐには行動に移ろうとしなかった。

「カーティス! いますぐ矢を放て!」

 再度、ジェラルドが叫んだ。

「ちっ……!」
「は、はいっ!」

 目まぐるしく変化する状況からの焦りで俺が舌打ちするのとほぼ同時に、カーティスが裏返った声で返事をした。
 俺はバリスタに向かって駆け出す。
 しかし、カーティスはバリスタに手をかけた。
 通常なら何人がかりかで発射するものだが、カーティスの魔法でそれを実行するようだ。

 ここでようやく呪文が完成する。
 俺は背中から翡翠の翼を出現させた。
 ここから飛べば俺のほうが早い!
 俺は地面を蹴って翼をはためかせた。

「もう間に合わんぞ! アルバート!」

 後ろからジェラルドの勝利を確信したような叫びが聞こえた。

「まだっ……間に合う!」

 奮闘しているセシリアの真上を通過し、俺はバリスタのすぐ横まで来ていた。
 同じタイミングで呪文を完成させたカーティスの両手が、バリスタに触れた。
 それまで静止していた矢が動いた。
 俺はバリスタの破壊に失敗した。
 ――ならば、次の行動だ。

 俺はバリスタの前に飛び出した。
 目の前には矢の先端が見える。
 そして空中で静止しながら、二本の木剣を構えた。

 直後、特大バリスタから巨大な矢が射出された。
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