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珍しいお客さま
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閉店後のブランシェ。
賄いを食べたシャルノアを送り出し、フロアの片付けを終えたヴァンも帰宅したあと。フィアーノは明日の仕込みを終え、自分もそろそろ帰るかなあ…とキッチン内を整頓していた。
カランッ
ん?
ヴァンが帰った後は表の扉は閉められているので、従業員用の裏口からしか入れない。ドアに付けられたベルが鳴るというのは、誰かしらお客さんが扉を開けようとした音。
(こんな時間に誰だ?風って程、外は荒れてないし…気のせいか?)
裏口から出たフィアーノは、表に回り様子を見る。少し遠い位置に暗闇に紛れたフード姿の人影が見えた。
「誰だ?うちに用かい??」
カツッカツッ
近づく足音に目を凝らしていたフィアーノは、相手の顔が見えた瞬間、目を見張った。
「…まさか、会いに来てもらえるとは…光栄です。今開けるので少しお待ちを。」
いったん店の中に戻り、鍵を開け直す。お客を中に案内し、カウンター席の椅子を引いて自分はキッチン内に入る。
「足を運んで頂いてありがとうございます。お久しぶりですね。」
フィアーノの言葉に、フードをとって、にっこり笑いかける男性。シャルノアの父、モンティ・アルト伯爵だった。
「久しぶり。変わらないねぇ、君は。」
ハハハッとにこやかに笑う彼も、記憶に残っている姿となんら変わりはないが…とても2児の親には思えない。
「十分、歳はとりましたよ。あれからだいぶ経ちましたから。」
2人の出会いはかれこれ10年程遡る。
当時、側近になって欲しいと言い続ける友人に聞く耳を持たずにいたアルト。彼の優秀さは友人である皇太子のモルトを通じて当時の国王の耳にも届いていた。
学院卒業後、国王からの呼び出しを受け王宮に来たアルトは、そこで自らの口で伝えている。
兄弟も信用できる身内も適した年齢のものがおらず、ゆくゆくは伯爵家を継ぐ身であること。それを見越して、騎士道と並行して経済も学び、自分も商売に対して興味があること。友人としてモルトを支えることはあれど、政権を握るような立場に就く気は全くないこと。
素直な言葉で正直に話すアルトの話に、国王は理解を示してくれた。息子には自分が言い聞かせよう、とも言ってもらえた。その代わり…と話された内容に驚きはしたが、国王の話と、自分がその役に適しているだろうという立場なのは理解できた。
エクスホード国は近年、王位争いが起こることはなく安定した王政を築いている。だが、過去には妻子が多い王の代もあり、王位継承で揉めた時代は存在していた。そう話す国王の表情は歪んでおり、争いを好まない国王には好印象だった。
「前国王には隠し子がおってな。わしの義理の弟に当たるんだが、そやつにも子どもがおるんじゃよ。ま、早い話息子の政敵になるんだがな。モルトが王位につくまでの間、近くで、見張っててもらえんか?」
突然伝えられた重たい話に、つい逃げ出したい衝動に駆られたが、現当主の父には伝えてあり、息子に任せると言われたらしい。
逃げられない、側近も受ける訳にはいかない、そんな立場のアルトは王の依頼を断ることは出来なかった。
義理の弟というのがどうやら貴族たちの傀儡にされているようで、王はモルトの代に禍根を残さないため粛清の準備を進めていた。しかし、子どもに罪はなく、まだ幼いと聞く。粛清の影響を受けないように、守り、見張る、というもの。
実際に会った少年は、とても幼く、王宮や貴族の闇などは知らないようだった。乳母に連れられ、親と離れて小さな街で暮らす様子を見て、切なく思ったものである。
「メアリー様のお葬式依頼ですね…奥様にもアルト様にもお世話になりっぱなしで。」
アルトはこの街、カリニャンで過ごすフィアーノの側で2年を過ごした。乳母が亡くなり泣いているフィアーノを支えたのは近所のお兄さん的位置にいたアルトだと言える。それくらい、近くにいた。
モルトが立太子し、国王の許可が下りたあと、アルトはモンティ家に戻ったのだが、度々フィアーノの様子を見に遊びに来ていた。メアリーと結婚してからは2人で行くようになり、料理の腕を磨きたいと話すフィアーノに辺境のノワール亭を勧めたのも彼らである。
メアリーのお腹が大きくなり、フィアーノは料理の道で忙しくなり始めたので直接会う機会は徐々に減っていたが、未だに縁のある2人だった。
「こっちもお世話になってるよ。シャルの様子も知らせて貰って、仕事が捗る。世話してくれて、ありがとうな。」
「いえいえ、大事なお嬢様預けて下さって嬉しいです。結構すぐに街に溶け込んで、今じゃほんと違和感ないですよ。」
「本人からの手紙も楽しそうな文面だよ。悔しいくらいだが、シャルには我慢させてきたからね…料理も覚えさせてよ。いつか家で作って貰うから。」
「良いですね、それ。」
賄いを食べたシャルノアを送り出し、フロアの片付けを終えたヴァンも帰宅したあと。フィアーノは明日の仕込みを終え、自分もそろそろ帰るかなあ…とキッチン内を整頓していた。
カランッ
ん?
ヴァンが帰った後は表の扉は閉められているので、従業員用の裏口からしか入れない。ドアに付けられたベルが鳴るというのは、誰かしらお客さんが扉を開けようとした音。
(こんな時間に誰だ?風って程、外は荒れてないし…気のせいか?)
裏口から出たフィアーノは、表に回り様子を見る。少し遠い位置に暗闇に紛れたフード姿の人影が見えた。
「誰だ?うちに用かい??」
カツッカツッ
近づく足音に目を凝らしていたフィアーノは、相手の顔が見えた瞬間、目を見張った。
「…まさか、会いに来てもらえるとは…光栄です。今開けるので少しお待ちを。」
いったん店の中に戻り、鍵を開け直す。お客を中に案内し、カウンター席の椅子を引いて自分はキッチン内に入る。
「足を運んで頂いてありがとうございます。お久しぶりですね。」
フィアーノの言葉に、フードをとって、にっこり笑いかける男性。シャルノアの父、モンティ・アルト伯爵だった。
「久しぶり。変わらないねぇ、君は。」
ハハハッとにこやかに笑う彼も、記憶に残っている姿となんら変わりはないが…とても2児の親には思えない。
「十分、歳はとりましたよ。あれからだいぶ経ちましたから。」
2人の出会いはかれこれ10年程遡る。
当時、側近になって欲しいと言い続ける友人に聞く耳を持たずにいたアルト。彼の優秀さは友人である皇太子のモルトを通じて当時の国王の耳にも届いていた。
学院卒業後、国王からの呼び出しを受け王宮に来たアルトは、そこで自らの口で伝えている。
兄弟も信用できる身内も適した年齢のものがおらず、ゆくゆくは伯爵家を継ぐ身であること。それを見越して、騎士道と並行して経済も学び、自分も商売に対して興味があること。友人としてモルトを支えることはあれど、政権を握るような立場に就く気は全くないこと。
素直な言葉で正直に話すアルトの話に、国王は理解を示してくれた。息子には自分が言い聞かせよう、とも言ってもらえた。その代わり…と話された内容に驚きはしたが、国王の話と、自分がその役に適しているだろうという立場なのは理解できた。
エクスホード国は近年、王位争いが起こることはなく安定した王政を築いている。だが、過去には妻子が多い王の代もあり、王位継承で揉めた時代は存在していた。そう話す国王の表情は歪んでおり、争いを好まない国王には好印象だった。
「前国王には隠し子がおってな。わしの義理の弟に当たるんだが、そやつにも子どもがおるんじゃよ。ま、早い話息子の政敵になるんだがな。モルトが王位につくまでの間、近くで、見張っててもらえんか?」
突然伝えられた重たい話に、つい逃げ出したい衝動に駆られたが、現当主の父には伝えてあり、息子に任せると言われたらしい。
逃げられない、側近も受ける訳にはいかない、そんな立場のアルトは王の依頼を断ることは出来なかった。
義理の弟というのがどうやら貴族たちの傀儡にされているようで、王はモルトの代に禍根を残さないため粛清の準備を進めていた。しかし、子どもに罪はなく、まだ幼いと聞く。粛清の影響を受けないように、守り、見張る、というもの。
実際に会った少年は、とても幼く、王宮や貴族の闇などは知らないようだった。乳母に連れられ、親と離れて小さな街で暮らす様子を見て、切なく思ったものである。
「メアリー様のお葬式依頼ですね…奥様にもアルト様にもお世話になりっぱなしで。」
アルトはこの街、カリニャンで過ごすフィアーノの側で2年を過ごした。乳母が亡くなり泣いているフィアーノを支えたのは近所のお兄さん的位置にいたアルトだと言える。それくらい、近くにいた。
モルトが立太子し、国王の許可が下りたあと、アルトはモンティ家に戻ったのだが、度々フィアーノの様子を見に遊びに来ていた。メアリーと結婚してからは2人で行くようになり、料理の腕を磨きたいと話すフィアーノに辺境のノワール亭を勧めたのも彼らである。
メアリーのお腹が大きくなり、フィアーノは料理の道で忙しくなり始めたので直接会う機会は徐々に減っていたが、未だに縁のある2人だった。
「こっちもお世話になってるよ。シャルの様子も知らせて貰って、仕事が捗る。世話してくれて、ありがとうな。」
「いえいえ、大事なお嬢様預けて下さって嬉しいです。結構すぐに街に溶け込んで、今じゃほんと違和感ないですよ。」
「本人からの手紙も楽しそうな文面だよ。悔しいくらいだが、シャルには我慢させてきたからね…料理も覚えさせてよ。いつか家で作って貰うから。」
「良いですね、それ。」
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