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33『運命』は、領地へと旅立つ
「それじゃ、行ってくるね」
「あぁ、気を付けて」
ライラクスと屋敷の皆、それからナーサ伯母様とメルナさん、メルナさんに抱かれているリヒルくんに見送られ、私とリーゼは馬車に乗り込んだ。
サミレット家に御者は一人しかいないので、スーホの代わりにジーシが御者をしており、その隣には新たに護衛となった従兄のデーリッヒ兄が座っている。
ジーシが手綱を操れば、馬車はゆっくりと走り出す。
見送ってくれた皆が遠くなったところで、私はデーリッヒ兄へと話しかけた。
「ねぇ、デーリッヒ兄」
「んー?」
「本当に良かったの?」
「何がだー?」
馬車の中と外なので、互いに大きな声で会話をする。
「護衛を引き受けてくれたこと。しばらく、メルナさんにもリヒルくんにも会えなくなるよ。赤ちゃんの成長は早いんだから」
そう、本当に早かったのだ。
エリオットがはじめて一人で寝返り、座り、立ち、歩き、話し……。その時々、どれほど感動したことか……。
それすべてが生まれてからたった一年でのこと。
王都を離れるのは、およそ三か月。その間のリヒルくんの貴重な成長過程を見逃してしまうことになる。
「分かってる! だけど、家族に楽させてやりてーじゃん」
「気持ちは分かるけど……」
ライラクスが王都に残ると決まり、ヘンルートゥ家は急遽護衛を募集することになった。
その話を聞いたデーリッヒ兄が、騎士団を辞めて応募してくれたのである。
直に小隊を任されるのではないか……というところまで実力が認められてきていたのにだ。
「気にすんな。元々遠征も多かったからな。何ヶ月も家を空けることもよくあったし、むしろヘンルートゥ家に雇ってもらえたことで、家族と居られる時間が増えそうなんだ。給金も家族との時間も増えて、万々歳だよ」
「それなら、いいけど……」
転職のこと、メルナさんに相談したのだろうか。
騎士団は危険もあるけれど手堅い職業だし、デーリッヒ兄は出世も見込めていた。それを手放すのに、躊躇いはなかったのかな……。
採用が決まる前に騎士団を辞めてしまっては、不採用だった時に困ったはずだ。
「何より、サミレット領を助けてくれたライラクス様が護衛を探してるんだ。応募しないわけないだろ。サミレット領は、俺にとって第二の故郷だからさ」
「毎年、夏になると遊びに来てたもんね」
「あぁ。楽しかったよな。リヒルにも、そういう経験をさせてやりたいんだ。だから、サミレット領を救ってくれたライラクス様に、感謝してる」
そっかぁ。
そんなふうに考えてくれてたんだ……。
ありがとう、第二の故郷って言ってくれて。
サミレット領のことを大切に思っていてくれて。
すごく、すごく嬉しい。
「私どもも、デーリッヒが来てくれて感謝してますよ。奥様のご親族なら、旦那様も安心でしょうし」
「ベタ惚れだよなぁ」
「ですね」
なんて、私が感動している間に、ジーシとデーリッヒ兄が話していたのだが、大きな声ではなくなっていたので、私に聞こえることはなかった。
***
それから、着々と馬車はサミレット領へと向かい、王都を出てから一月ほどが経った。
あと半日もすれば、サミレット領へと入るだろう。
予定通りに旅路は進んでいたのだが、ここに来て、ある問題が発生していた。
「リーゼ、大丈夫?」
「うっぷ……。はぃ…………」
大丈夫じゃなさそうだなぁ……。
サミレット領が近づくにつれて、道は整備されてなくなり、王都と比べて馬車の揺れは大きい。
その揺れにリーゼが酔ってしまったのだ。
「もうすぐ着くから、がんばって」
リーゼの背中を擦りつつ言った瞬間、石に乗り上げたのだろう。馬車がガタンと揺れた。
そのあともガタガタと揺れ続け、リーゼの顔色は真っ白だ。
これは本格的にまずいそうだな……。
「ジーシ! ちょっと休憩しよう」
「申し訳ございません。そうは言ってられないようです。スピードをあげます。身を低くしていてください」
「え? 何か──」
あったの? と聞く前に、馬車は加速した。
今までにない速さで走る馬車に、慌てて口を閉じる。リーゼの頭を押さえて下げると、自身も伏せた。
激しく揺れる馬車、外からは罵声と馬の嘶きが聞こえる。
──ガタリ。
ひときわ大きく揺れると、馬車は失速して止まってしまった。
「もうダメ……。外に出して……」
リーゼはのろのろと扉へと手を伸ばす。
私はその手を慌てて掴むと、まだ外に出ようとするリーゼを後ろから羽交い締めにした。
「賊に囲まれた。絶対に出てくんなよ」
そう言ったデーリッヒ兄の声は硬い。
なのに、リーゼはまだ諦めていない。
「ただでさえ気持ち悪いってのに……。ブッ殺す……」
完璧に目がすわっている。
「リーゼ、相手は武器を持ってるんだよ。危ないって」
「ふふふ……、大丈夫ですよ。私も武器を持っていますから」
「いやいや、持ってないでしょ。とにかく、外に出ても足手まといになるだけだし、私たちは大人しく中にいよう?」
「いえ、馬の数だけで二十はいます。多少ジーシさんが戦えるとしても、デーリッヒさんの負担が大きすぎるので加勢します」
窓から見ただけでは、馬の数なんて分からない。
それなのに、リーゼは迷いなく言い切った。
え? どういうこと?
驚いて力が弱まった私の腕の中を、リーゼは簡単に抜け出した。
「ヴォレッカ様はお待ちください。私が出たら必ず鍵をして、なるべく扉から離れていてくださいね」
ひどい馬車酔いなのか、今の状況によるものなのか。
真っ白な顔のまま、リーゼは外へと出てしまった。
慌てて追いかけようとすれば、その扉は閉まる。
「早く鍵を!」
「ダメだよ。早く中に戻って!」
扉を開けながら、叫ぶような大声が出た。
けれど、間に合わなかった。
賊がリーゼへと迫り、剣を振り下ろす。
「────っ!!」
錆びついた刃がリーゼへと真っ直ぐに向かい、手を伸ばしても、私の手はリーゼへと届かない。
間に合わないっ!!
目の前が絶望に染まった瞬間、リーゼは強烈な蹴りを繰り出した。
「……へ?」
呆気に取られる私に、扉は再び閉められる。
「多少、武術の心得があるのでご安心を。絶対に出てきてはなりませんよ」
微笑んだリーゼのスカートに血飛沫がついていたのが、頭から離れなかった。
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※誤字脱字等々、標準てんこ盛り搭載となっている作者です。気づけば適宜修正等していきます…御迷惑おかけしますが、お許しください。