光を失った魔女の追憶

DANDY

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第69話 災厄の悪魔 5

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「それってどういう事?」



 私は剣を受け取り、彼女に質問で返す。



「命よ、樹海の番人よ、かの者に襲い掛かれ!」



 レシファーは手早く詠唱を終わらせ、再び周囲に森を発生させ、エムレオス防衛戦でも使用した木人達を作り出し、アザゼルに向かわせる。



「そんな木偶が我に通用すると思うのか!!」



 アザゼルは木人達をその剣で切り払い、さらに風の魔法を展開し、迫りくる木人たちを切り刻む。



「さあ、今のうちに! あいつには追憶魔法が効かない。だったらもう一度私と契約してください。今度は代償付きの正式な契約で! 今度こそ私の魔法の全てを貴女に!」



 そうだ。効かない魔法など捨てるしかない。



 レシファーの言う通り。ここで彼女と契約すれば、私は再び彼女の魔法を使用できるようになる。



 そして今回の契約は代償付きの正式な契約。レシファーの同情で契約した、以前の契約とはまったく違う。



 私はレシファーの剣をゆっくりと首筋に近づける。



 切りすぎないように刃の先を首筋に当て、うっすらと血を滲ませる。



 これが代償。魔女が悪魔に支払う代償は血液と死後の魂だ。



「レシファーが相手ならなんでも差し出すわ」



 私はレシファーに体を寄せる。



 レシファーも口を私の首筋に当て、血を啜る。



 そして私は契約を始める。



「契約、血の条文。偉大にして高潔なる魔の化身よ、我の血と魂を代償に、その力を分け与えよ。今後いかなる時も側に仕えよ。我は追憶の魔女アレシア、汝の名は?」



 私とレシファーを中心に、青と赤の六芒星が地面を這い、周囲を紫色に染めていく。



「契約、魂の条文。偉大にして高潔なる魔の使い手よ。汝の血と魂を代償に、この力を分け与えん。今後いかなる時も汝の側にありし者なり。我の名は冠位の悪魔レシファー。血と魂の条文に従い契約を受諾する!」



 レシファーの返しの契約分の詠唱によって、周囲に広がった紫の光は徐々に収縮し、私達を包囲する。



 これが本当の魔女と悪魔の契約。カルシファーの言葉を借りるなら正式な契約。



 私(魔女)が対価を支払い、レシファー(悪魔)がそれを受け取ることで力を、魔法を、契約者に与える正式な契約。



 契約が終わった瞬間から、体の中を懐かしい魔力が通っていくのが分かる。レシファーの魔力、木の魔法、命の魔法の力が流れ込んでくる。



 そして懐かしさと共に、新しい発見もある。昔にレシファーと結んだ契約の時とは、この身に流れる魔力の濃度がまるで違う。



 これが本当のレシファーの魔力。



「何をコソコソやっている!!」



 アザゼルが巨大な剣を私達に向かって一閃すると、その衝撃波で木のドームが崩れ去り、周囲の樹海も切り飛ばす。



「そこか!」



 アザゼルは一瞬で私とレシファーが身を潜めていた地点に現れ、私に向かって剣を振り被る。



「命よ、反撃の盾よ、敵を弾き貫け!」



 私の詠唱と同時に高速で地面から盾が生え、アザゼルの一撃を受ける。その剣圧は凄まじく、体で受けてたら間違いなく木端微塵になっていただろう。



 インパクトの瞬間、突風が吹き荒れ、盾に守られている私とレシファー以外の全てが吹き飛んでいく!



「なに!?」



 アザゼルは驚愕の表情を浮かべる。



 まさか私がレシファーの魔法を使えるとは思っていなかったのだ。



「吹き飛べ!」



 私の盾がアザゼルの剣を受けているあいだに、レシファーの魔法が炸裂する。



 彼女が生み出した巨木のハンマーが真横に振られ、アザゼルを吹き飛ばす。



「大丈夫ですか?」



 レシファーは私の背中をさする。



「ええ」



 普通、契約してすぐに魔法を行使すると体に負荷がかかるのだが、私の場合は存外に平気らしい。今まで散々使っていた魔法だったからだろうか?



「そうかそうか。そう来たか。追憶魔法が効かないと見て、レシファーと再び契約したか。そうでなくては面白くない!」



 レシファーのハンマーで結構な距離を吹き飛ばされたはずだが、やはりそこは最強の悪魔と言われるだけあって頑丈だ。



「こちらも少々本気を出そう」



 アザゼルは再び剣を構える。



 今までの強さで本気では無かったということ?



 冗談じゃない!



「何をするつもり?」



 私は体に魔力を張り巡らせ、瞬発力から耐久力から、何から何まで身体能力を強化する。



 このクラスの化け物と戦う際、通常の人間の肉体では限界がある。



「獄門! 地割り!」



 アザゼルが叫び、剣の柄で地面を叩くと衝撃波が私達に向って飛んでくる。



「それで本気?」



 私は地面から盾を生やそうとした瞬間、左右から巨大な影が自分を覆ったのを察知した。



 レシファーは私より一足先に気がついたのか、盾を発生させた私を掴んで一気に後ろに下がる。



 私達が立っていた場所から離れた瞬間、左右の地面が巨大な板となって挟み込んでいた。



 その規模たるや、流石は冠位の悪魔と言える威力だ。



 あの一音節と地面を叩く動作だけで、正面から強烈な衝撃波と、対象者の左右からの岩壁での挟み込み。



 それもあの速度と岩壁の大きさだ。



 横幅四メートル以上の岩壁による挟み込み、レシファーが咄嗟に私を引っ張ってくれなかったら、今頃サンドイッチになっている。



「嘘みたいに攻撃手段が多いわね」



 私とレシファーは肩で息をする。



「まだまだ!」



 アザゼルの声が響いたかと思うと、真後ろに現れ剣を振るう。



 私達は咄嗟に盾を生成し受けるが、あまりの威力に盾が砕け、そのまま風圧で私達を吹き飛ばす。



「獄門! 磔!」



 そう声が聞こえた瞬間、吹き飛ばされる進行方向に岩の板が発生し、飛んでくる私達を待ち伏せる。



「命よ、屈強に鍛えられた大樹よ、障害物を排除せよ!」



 私の魔法で岩壁を大樹でぶち壊し、ツタで私とレシファーをキャッチさせる。



 それと同時にアザゼルの足元にも大樹が生え、魔力を吸い取るツタを伸ばすが、アザゼルが指を鳴らした瞬間にそのツタがはじけ飛ぶ。



「ちょっとずるくない?」



 私はついつい悪態をつく。



 アザゼルの攻撃パターンは多彩。しかもこちらの反撃がほとんど通らない。



 まともに決まったのは、不意をついたレシファーのハンマーぐらいだ。



 それでもなんとなく敵の傾向は見えてくる。



 アザゼルの戦い方は思った以上に接近戦タイプだ。もしかしたら私達の魔法の系統に合わせて、相性の良い戦い方をしているだけかもしれないが……それでもあの巨体を異常なスピードで動かし、肉弾戦に突風や岩壁を織り交ぜた攻撃方法。



 それに加えてあの耐久力。並の攻撃ではダメージは与えられず、視認できる遠距離の魔法は、ほとんどが風の魔法に吹き飛ばされる。



「アレシア様、ここはこちらも大型の魔法で挑むしかありません」



「でもそんな隙……」



 確かに生半可な攻撃でダメなら強烈な魔法を行使するしかないが、そんな隙が無い。アザゼルは接近戦タイプ。



 長ったらしい詠唱をしている時間はない。



「私が隙を作り出します」



 レシファーは静かに立ち上がり、剣を構える。



「命よ、生命の奔流よ、この身に宿れ、我に続け!」



 唱えた瞬間、レシファーを中心に莫大な魔力が集まってくる。



 周囲の切り刻まれた樹海が姿を消し、それらが魔力の粒子となって、レシファーの元に集まってくる。緑色に発光する魔力たちがレシファーを包み込む。



 やがて光が静まると、彼女の頭の上には花で出来た王冠が浮かび、頬と右の手の甲に葉っぱを模した紋章が浮かび上がる。



「なんだそれは!?」



 流石のアザゼルも固まっている。



 普通、魔法は外部に向けて放つもの。



 それを逆に体に取り込み、自身を魔法化させるなど聞いたことがない。



「レシファー?」



 私は思わず声をかける。



 そうしないと彼女が彼女かどうか分からなかったから。



 それだけ、彼女が纏う空気が変わっていた。



「大丈夫です。私が時間を稼いでいるあいだに決めてください」



 そう言ってレシファーは私を庇うように前に出る。



「行きますよアザゼル」



 そして再びアザゼルに牙を剥く。



「大地の怒りを知れ!」
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