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フォーリャノッテ

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 血霧は口元まで隠れる襟の大きな黒いジャケットを着ると、髪が短く見えるように編み込んで印象を変える
 人気の少ない裏路地、なぜそこにあるのかわからない、壁に設置されたハシゴを登る
 てっぺんはただの壁に見えるが、一つのレンガを押すと回転扉で中に入れる
「不死原さんいらっしゃい」
 ここは裏社会の中でも評判のいい闇医者、カルテを作るために名前を登録するが、別に偽名でも構わない、そのため血霧は不死原・七音と登録している
「いつもの止血剤ですか?」
「ああ」
 受付をしている女性は琴葉と呼ばれる、闇医者というよりは薬剤師に近い存在だ
 ギフトは「植薬治療」詳しいことはわからないが植物から薬を作れるのだという、そのためここは闇医者の名には似合わず、そこら中に植物が生えている
 この闇医者「フォーリャノッテ」は基本的に二人の女性で営業している
 薬剤師の琴葉と医者の若葉、姉妹だそうだが全くと言っていいほど似ていない
 琴葉は黒い真っ直ぐな髪に赤い瞳だが、今ここにいない若葉は黄緑のウェーブのかかった髪に黄色い瞳、ギフトも全く違う
 若葉のギフトは詳しくわからないが治療系で、希少とされる部類である
 ギフトは親からは遺伝子しない、しかし兄弟姉妹は似たようなギフトを持って生まれることが多いのだ、例外もあるが少ない
 若葉はかなりの凄腕で、神の治療を意味し大天使の名前でもある「ラファエル」の二つ名を持つ
「最近妙な宗教団体の活動が目に付きますね」
「確か、カーインを信仰宗教だったか?」
 カーインとは、ギフトを持たずに生まれた人間のこのを言う、意味はアラビア語で反逆者
 とある神話が呼び名の元になっており、大昔とある神が人々に特別な力を与えた、それがギフト、しかし神々に反逆した愚か者たちはその力を授かることができなかった、そのためギフトを持たない者は、反逆者の意を込めたカーインと呼ばれる
「あのね、不死原さん私は別にいいと思うんです、カーインを信仰する集団があっても」
 琴葉は紙袋に薬品を入れながらそう呟いた
「カーインだって人間、本人にはなんの罪もない、人らしく生きる権利くらいはあるのでは無いでしょうか」
 袋を手渡した琴葉はどこか思い詰めていた
「この世に平等は存在しない、生まれた瞬間から不平等、理不尽を強いられている…失礼するよ」
「またのお越しを」
 フォーリャノッテの二人は、他の闇医者とは少し違う、金銭目的ではなくただ純粋に、適切な医療を受けられないような、戸籍を持たなかったりする人間を助けたくて闇医者をしている
 外の冷たい空気を吸い込むと、路地裏のドロドロとしたものが嫌でもわかる
 ギフトによって、大きく格差がうまれたこの世では、路地裏で誰にも気づかれず息絶えていくのも珍しくない
「うぅ…」
 歩いていると、裏の更に細い通路からうめき声が聞こえた、素知らぬふりをして通り過ぎても良かったが、気づいていながら放って置くのは気が引ける
「誰かいるのか?」
 細道を覗き込んだそこには
「植花?」
 生花店の植花・香が血を流し倒れていた、思い返せば彼は裏賞金サイトに顔が載っている、刺されるのも不自然ではない
「しっかり!」
 別に助けようとしたのは、知っている人間が死ぬのが嫌だったからでも、彼を気に入っているからでもない、あの香水が便利で、買えなくなるのが困るからだと言い聞かせながら、闇医者へ引き返した
「若葉はいるか?!」
「あら不死原さ…ってけが人ですか、若葉患者さんよー」
 けが人が運び込まれるのになれている琴葉は、冷静に医者である若葉を呼ぶ
「あらあら」
 奥から出てきた若葉は、香の前で何かを祈るように顔の前で手を組、目を閉じた
 するとうめき声を上げていた香は、一瞬で寝息をたてて表情も柔らかくなった
「あとはこちらで承りますね」
 タンカーに香を乗せると、奥の治療室へ戻っていった
「あの方、先日裏賞金サイトで顔を見ました、確かこく…」
「この医院は、患者の事情に深入りしないのも売りだろ?」
「それもそうですね、彼が目を覚ましたらご連絡します」
「ああ…」

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