【本編完結】お互いを恋に落とす事をがんばる事になった

シャクガン

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10月14日(3)

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2人で電車を降りて私の家までの道のりを歩く。最寄り駅から私の家まではそれほど遠くはないけどあまり人通りはない。少し暗い街灯の下をゆっくり歩いていく。

ずっと他愛もない話をして帰りの道を歩くのはすごく楽しくて初めてだった。家に近づいてくると少し話に間ができるようになってきて、私は昨日の帰り道の出来事を思い出していた。

―頑張るだけ無駄―

涼ちゃんは言っていた。それは私にはずっと引っかかっている言葉だった。

「ねぇ、涼ちゃん」
「何?」

私より背の高い涼ちゃんを見上げるようにして慎重に言葉を選ぶ。

「私って今まで頑張って勉強も自分磨きもやってきたつもりなんだよね」
「………そう、なんだ」

私の方を見て少し返答が遅れた涼ちゃんは昨日の事だということに気づいてしまったんだろう。ちょっと失敗したかもしれないけど後には引けなかった。

「今の高校に入れたのも勉強を頑張ったからだし、初めての喫茶店のバイトもできるだけ早く仕事を覚えようって思って頑張ってきたから美月さんにも常連さんにも褒められたんだよね」
「……うん」

足を止めた場所を街灯が辺りを照らしている。周りには人気はなく2人だけの世界みたいだった。

「だから……」

遠くで車の走る音が響いてくる。私は一呼吸おいてゆっくりと続ける。

「頑張るだけ無駄だなんて私は思ってほしくない。努力してダメでもそれはきっと意味がある事だと私は思うから…」
「………」

私は声に気持ちを乗せるようにして瞳の奥まで覗けるくらい、しっかりと見つめて涼ちゃんに伝わるように言葉にした。

少し猫目でキリッとした瞳が私を見つめてくる。

涼ちゃんは今何を感じているのか私にはわからない。あの言葉を発した時の涼ちゃんは眉を顰めてちょっと辛そうだったけど今はそんな風には見えない。

ふぅ……と息を吐いた涼ちゃんは口の端を上げて笑顔になった。

「うん。わかった」

その一言で私も笑顔になる。

また今日も変な空気になってしまったら申し訳ないと思ってたから少し重たくなった空気が軽くなった気がした。

「何か一つでも頑張ってみてほしいなっていう話だったんだ。きっと、成功したらまたやる気になるだろうし!あ!今度の球技大会とかどうかな?頑張ったら優勝までしちゃうんじゃない!?」

B組強いもんね~と明るい雰囲気に持っていこうとちょっと早口になってしまったかもしれない。

「んー…そうだなぁ…」

涼ちゃんは顎に手を当てて視線を上にして考える仕草をした。何かを思いついたのか口の端がさっきより怪しく上がって口を開いた。

「じゃあ、凪沙を落とす事を頑張ってみようかな」
「………え?」

私を落とす?どこに?崖から突き落とされるとかそういう話かな?え?嫌だな…サスペンスかな…

頭の隅の方で断崖絶壁に涼ちゃんと私が2人で立っている所にサスペンス劇場の音楽が流れたのを必死に追い払った。

「凪沙を私に恋に落とす事を頑張ってみるね!」

満面の笑顔で彼女は高らかに宣言した。

は!?どういう事!?いまだに話が見えてこないけど…なんで涼ちゃんは私を恋に落とす事を頑張ろうとしてるの!?

私は混乱してワタワタとしていると涼ちゃんが説明するように話し出す。

「凪沙は自分磨きを頑張ったけど、恋は上手くいかなかったわけでしょ?」

急に心の傷を抉ってきた。ほんとの事なので何も言えない…

「それでも凪沙は私に何か頑張るように言ってくるなら、私は凪沙を頑張って恋に落として凪沙が私の事を好きになって付き合っちゃえばいいんじゃない!?私も頑張るし、凪沙の恋も上手くいって一石二鳥!」

何を言ってるんだかわからずポカンと涼ちゃんを見つめてしまう…

「え!?涼ちゃんって私の事好きなの!?」

急な宣言に我に返って質問してみれば、涼ちゃんは首を傾げて

「凪沙のことは可愛いなって思うけど、私は外見だけで好きになったりはしないかな。内面も重要だから凪沙も私の事好きにさせてよ。私の事落としてみて?」
「私も巻き込まれてる!?」
「だって、凪沙が頑張れっていうから…凪沙も頑張ってよ」

目を細めて意地悪そうな表情をする涼ちゃんはかっこいいけど突拍子もないことを言っている。

私は別に女の子を好きになった事はないし、今まで付き合ってきたのは男の子ばかりだったから…私が女の子をおとす?そんなのわからない…

「私、恋愛的な意味で女の子好きになった事ないよ?」
「だからそこを頑張って私が落とします!」
「女の子を落とした事もないよ?」
「だからそこを頑張って凪沙が落とします!」

クスクスと涼ちゃんは笑っていて、私はいまだに混乱していた。だってこれってお互いがお互いに好きになってもらって付き合いましょうって事だよね?

今はお互い恋愛的に好きってわけじゃないのに……

「えっと…」
「だからこれからよろしくね?じゃあ、まずはLINEの交換から始めようか」

そう言って涼ちゃんはポケットからスマホを取り出して画面を見せてニコっと笑った。その顔は美人なお母さん美月さんにそっくりだった。



あの後LINEを交換してその場で別れた。
家はすぐ近くだったし頭が混乱していてとてもじゃないけど、それ以上会話なんて出来ないと思った。

家に帰ってすぐにベッドにダイブして考え込んでしまう。

スマホ画面を見る。

そこにはバスケットボールとコーヒーが一緒に映ったアイコンで悠木涼と書かれた新しいアドレスが追加されていた。





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