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「伯爵令嬢ラリス!貴様との婚約を破棄させてもらう!!」

陛下に集められた会場には多くの貴族が呼び出されていた。
当主のみならず、ラリスような子女まで。

そんな場で、いきなり壇上から品のない事をしているのはこの国の王太子だった。
そして、ラリスの元婚約者でもある。

ラリスの記憶では彼はそこまで愚かではなかった筈なのに、これも所謂強制力なのだろうか。

「殿下、そんな事をわざわざこの場で言わずとも、私達の婚約は破棄されております」

とうの昔に破棄されているのに何を今更蒸し返すのだ。

「ははっそう妬くな。このシシリィの方が可愛げがあるのだから仕方ないだろう?」
「殿下ったら」

相変わらず会話ができない男だった。
二人、仲睦まじいのは結構なことだ。

伯爵令嬢であるシシリィは昔から事あるごとにラリスに突っかかってきた。
此方が近づかずとも向こうからやってきてネチネチと嫌味を放たれたものだった。
嫌いならわざわざ関わらなければ良いのに。

同じ伯爵位で王太子殿下の婚約者になっていたラリスが気に入らなかったようだ。

しかし、彼女は努力を惜しまず王太子殿下に気に入られようと奮起して、念願叶ってラリスを婚約者から退け、己が収まった。

そんなシシリィには感謝しかない。
王妃教育などラリスにとって苦痛以外の何物でもなかった。

「彼女も良縁に恵まれたようですし。男爵家の子息でしたっけ。私ので申し訳ありませんわ」

殿下に擦り寄ってシシリィはラリスを嘲笑する。
婚約破棄後に、ラリスはシシリィの婚約者だった男爵家のラウンズと婚約した。

彼は無口で無骨だったが、優しく強い男だった。
シシリィはそんな彼とほとんど顔を合わせていない。
お古…といえるほど、彼との接触はないはずだ。
シシリィは上昇志向が強い。
爵位の低い男に売る媚など持ち合わせていなかった。

(残念ね…)


「お前たち、何をしている」

陛下の登場に王太子達は慌てて場所を譲った。


「今日は帝国の皇太子殿下がお見えになっている。皆のもの頭を下げよ」

陛下の言葉に皆、膝を着いて頭を垂れた。
帝国は我が王国の宗主国となる。
王国うちは属国の一つに過ぎない。
陛下より一段上から皇太子殿下の声を頂く。

「頭をあげよ。このように歓迎頂き、感謝する」

銀髪から覗く青い瞳。
冷たく見えるその容姿からは一見わかりづらいが為政者に似合わず優しい心根を持っている。

ラリスは皇太子と面識はない。
でも彼の人となりを知っているのは、彼はゲームの登場人物であり、隠しキャラだった。

ラリスには古い記憶がある。
それはこの世界に関わる物語だった。

隠しキャラの皇太子を出現させるには、王太子と側近三名との好感度を上げなければならない。
シシリィがうっとりと皇太子を見つめている事を確認して彼女も同じくだと確信した。

でも残念なお知らせがある。
皇太子を攻略できるのは二周目からだ。
つまり、この生で彼と結ばれるのは不可能だ。

四人同時の好感度上げなど、本当に無駄なことを頑張ったのだなぁと感心する。
しかも、シシリィは王太子殿下との婚約まで成立させた。
完全に王太子ルート確定だった。

今までラリスが血反吐を吐きながらこなしていた王妃教育を、彼女は更に短期間でこなさねばならない。
…うん。頑張れ…!


「伯爵家のラリス嬢はいるか?」

急に名前を呼ばれ、少しためらった。
…私の名前…だったよね…?
ここでこんなイベントあったかな…。

皇太子はゆっくり視線を右から左に移す。

「ここに」

すっと立ち上がり、皇太子を見上げた。
王太子とシシリィは意味がわからず、私達に視線を行き来させていた。

「君がラウの婚約者か」
「殿下、後ほど紹介すると…」

皇太子殿下の側に居た近衛騎士が耳打ちする。
二人の会話が聞き取れたのかシシリィは目を見開いて驚愕していた。

「あの、よろしいでしょうか…ラリスの婚約者は男爵家の子息だったかと、」
「おいっ…急に何を言い出すんだ」

シシリィが無礼にも皇太子に話しかけ、王太子に止められた。
属国の一貴族から気軽に話しかけてよい相手ではない。

「なんだ貴様は」

皇太子は冷たくシシリィを睨んだ。
しかし、シシリィは怯まない。
その目で見下されるのも良い。と頬を染めていた。

「彼女は私の元婚約者だった女です」

答えたのは婚約者のラウンズ。

「あぁ、お前のこの国に住む資産持ちの親族に無理やり婚約を押し付けてきた伯爵家の者か。
歳の頃が合う息子が居なくてお前が男爵家に養子に入った」

「そうです。ですが、婚約したものの先方から『王太子との婚約が決まりそうなので、この婚約をなしにしたい』と婚約破棄されたので、養子縁組を解消して帰国した次第で」

「そんな理不尽な婚約など、私に言えば潰してやったのに」

皇太子は笑う。
しかしその目は冷たいままだった。

「いえ、この国に来たおかげで好いたひとを得たので結果的には良かったです」
「…なんだ惚気か。無骨なお前が一人前に…」

ラウンズはどうやら皇太子殿下と随分親しい様子だった。

後で二人で挨拶しに来い、と言い残して皇太子殿下は下がった。
皇太子殿下に従うラウンズは一瞬此方に目を向け、後で、と唇で伝えた。
ラリスは笑顔で頷いてそれに答えた。


「どういうことよ…」

皇太子が会場から出ていくと、ようやく周りは動き始める。
そんな中、シシリィが此方を睨みながら叫んだ。

「なんでっ!アンタがヒー様の側近と婚約してるのよ!しかもヒー様に名前なんか呼ばれて!!なんでよ!!あの男が帝国の人間だったなんて!」

ヒー様…皇太子殿下のことだろうか。
ヒースヴェルデンだからヒー様?
なんと命知らずな呼び方を…。

「やり直しよ!こんなの!ラウンズから攻めたほうがヒー様に近づけたじゃない!もう一回やり直すの!!」

シシリィはヒステリックに叫んで、王太子も側近たちも手のつけようがなかった。

そうなのだ。
このゲームは実は難易度が一番低いキャラが高スペックだったりする。
主人公の婚約者ラウンズが一周目の最高位のキャラなのだ。
二周目だと皇太子なのだけれど。

つまり、下手に他の攻略対象にうつつを抜かさずに適当に過ごしていれば自動的に、帝国の側近と結ばれるのだ。

もちろんラリスは知っていた。
知っていたけれど、その地位に興味を持ったわけではない。

婚約者だった王太子に邪険に扱われ、突き飛ばされて怪我をした所をラウンズはラリスを抱え上げて医務室まで運んでくれた。
高い所から突き落とされた時も、身を呈して守ってくれた。
そんな彼に惚れずにいられようか。

王太子から婚約破棄されてすぐ、彼もシシリィから婚約破棄をされた後にラリスの家に来た。

縁談の申込みの為に。

男爵家としてではなく、帝国の侯爵家の次男としてやって来た彼に対し、権力に弱い父は二つ返事で申し入れを受けた。

ラウンズは断らせるつもりはなかったと後に申し訳なさそうに謝ってくれた。
断るつもりもなかったので、此方としてはスムーズに話が進んでよかったと思う。


シシリィはずっとヒステリックに叫び続けている。

でももう関係ない。

直に帝国の彼のもとへ旅立つつもりなのでこれ以上シシリィに絡まれることもない。

王太子殿下とお幸せに。
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