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八 メリアンテ
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「ギルは、どこ」
苦しい苦しい。
自室の寝台で、繋いでくれていたギルの手が離された。
朝昼晩に決まった時間に予定されている魔力の補給。
今朝はまだ終えていなかった。
眠っている間も消耗する魔力を補給してもらわなければ、食事をすることもままならない。
メリアンテの言葉は無視されて、公爵家の者ではない誰かに運び出された。
父の焦ったような声が聞こえた気がした。
「ギル、ギル」
苦痛の余り、体面を保つだけの理性も残っていない。
いつも側にいる侍女が代わりにメリアンテの手を握る。
強く握りしめてくれるが、欲しい手はこれではない。
もう、駄目かもしれない。
身体が魔力を渇望する。
連れて行かれる先もわからない。
馬車に揺られ、何処かに寝かされたメリアンテは、自身の終わりが其処まで迫っているのを感じていた。
「殿下がすぐにお見えになります」
その声はもう、メリアンテには届いていない。
「ギル…どこ」
声の主が訝しんでいる事など見えていない。
最期にひと目会いたいと望んだのは、ただ命じられるまま動く駒だったメリアンテを、命がけで助けてくれた男だった。
苦痛の先には解放があった。
それまでの痛みは嘘だったように消えた。
メリアンテは身体を起こして、寝台を降りた。
部屋を見回す余裕が生まれて、自分がつれて来られた場所が王城の一室だと知った。
寝台を振り返れば、自分が眠っているかのように横たわっている。
それを見つめる心配そうな顔の侍女は、壁際に立たされている。
宰相を含め、城の者が寝台のメリアンテを囲い、何かを言い合う。
それらに興味は向かず、この場に彼が居ないことを確認した。
『ギルバート?』
メリアンテは部屋の扉をするりと抜けていく。
公爵家では、彼を探すなんてことをしたことはない。
呼びつけるまでもなく、望めば彼はメリアンテに侍っていた。
そのギルバートを求め、メリアンテは城を彷徨う。
魂が肉体から離れた今はもう、彼を必要とすることはないはずなのだけれど。
心残りなのか、彼を求めて進む。
メリアンテに残る僅かな彼の魔力が、本体の居場所を教えてくれた。
長く城に通うメリアンテが足を踏み入れたことのない場所に導かれた。
石で囲われた地下への階段を降りきると、探し人の声が聞こえた。
床に伏せる姿に、メリアンテはショックを受けた。
メリアンテの命を繋いできたギルバートが、メリアンテの婚約者から暴行を受けている。
なんで。どうして。
平民だからといって、このような仕打ちが許されるはずもない。
民を守るべき王族が、痛めつけている。
止めてと叫んでも、王太子の振り上げる拳は収まらない。
合間に王太子の口から飛び出すメリアンテの名を聞いて、これは自分への仕打ちなのだと知った。
ああ、これは。
嫌だ。嫌いだ。
王太子が嫌いだと。
メリアンテは初めて感情を自覚した。
『ギル…』
その場から動けなかったメリアンテに、ギルバートの目が向けられ、見開かれた。
『メリアンテ様…』
ギルバートの声が聞こえた。
それだけなのに歓喜してしまう。
メリアンテの姿に彼は悟ったのだろう、絶望の色を見せた。
メリアンテのせいで、今こうなっているのに。
彼に近づいて頬を撫でる。
メリアンテにはその傷を癒やす力もない。
彼には何も返せなかった。
なのに、恨みつらみもなくギルバートは王太子殿下を挑発するような発言をする。
その意味を理解して、笑みが零れた。
自死なら同じ場所には逝けない。
ギルバートはまだ、メリアンテの側にいてくれるのだ。
だから、メリアンテは大嫌いだった婚約者の気配に向かって、感謝を残した。
苦しい苦しい。
自室の寝台で、繋いでくれていたギルの手が離された。
朝昼晩に決まった時間に予定されている魔力の補給。
今朝はまだ終えていなかった。
眠っている間も消耗する魔力を補給してもらわなければ、食事をすることもままならない。
メリアンテの言葉は無視されて、公爵家の者ではない誰かに運び出された。
父の焦ったような声が聞こえた気がした。
「ギル、ギル」
苦痛の余り、体面を保つだけの理性も残っていない。
いつも側にいる侍女が代わりにメリアンテの手を握る。
強く握りしめてくれるが、欲しい手はこれではない。
もう、駄目かもしれない。
身体が魔力を渇望する。
連れて行かれる先もわからない。
馬車に揺られ、何処かに寝かされたメリアンテは、自身の終わりが其処まで迫っているのを感じていた。
「殿下がすぐにお見えになります」
その声はもう、メリアンテには届いていない。
「ギル…どこ」
声の主が訝しんでいる事など見えていない。
最期にひと目会いたいと望んだのは、ただ命じられるまま動く駒だったメリアンテを、命がけで助けてくれた男だった。
苦痛の先には解放があった。
それまでの痛みは嘘だったように消えた。
メリアンテは身体を起こして、寝台を降りた。
部屋を見回す余裕が生まれて、自分がつれて来られた場所が王城の一室だと知った。
寝台を振り返れば、自分が眠っているかのように横たわっている。
それを見つめる心配そうな顔の侍女は、壁際に立たされている。
宰相を含め、城の者が寝台のメリアンテを囲い、何かを言い合う。
それらに興味は向かず、この場に彼が居ないことを確認した。
『ギルバート?』
メリアンテは部屋の扉をするりと抜けていく。
公爵家では、彼を探すなんてことをしたことはない。
呼びつけるまでもなく、望めば彼はメリアンテに侍っていた。
そのギルバートを求め、メリアンテは城を彷徨う。
魂が肉体から離れた今はもう、彼を必要とすることはないはずなのだけれど。
心残りなのか、彼を求めて進む。
メリアンテに残る僅かな彼の魔力が、本体の居場所を教えてくれた。
長く城に通うメリアンテが足を踏み入れたことのない場所に導かれた。
石で囲われた地下への階段を降りきると、探し人の声が聞こえた。
床に伏せる姿に、メリアンテはショックを受けた。
メリアンテの命を繋いできたギルバートが、メリアンテの婚約者から暴行を受けている。
なんで。どうして。
平民だからといって、このような仕打ちが許されるはずもない。
民を守るべき王族が、痛めつけている。
止めてと叫んでも、王太子の振り上げる拳は収まらない。
合間に王太子の口から飛び出すメリアンテの名を聞いて、これは自分への仕打ちなのだと知った。
ああ、これは。
嫌だ。嫌いだ。
王太子が嫌いだと。
メリアンテは初めて感情を自覚した。
『ギル…』
その場から動けなかったメリアンテに、ギルバートの目が向けられ、見開かれた。
『メリアンテ様…』
ギルバートの声が聞こえた。
それだけなのに歓喜してしまう。
メリアンテの姿に彼は悟ったのだろう、絶望の色を見せた。
メリアンテのせいで、今こうなっているのに。
彼に近づいて頬を撫でる。
メリアンテにはその傷を癒やす力もない。
彼には何も返せなかった。
なのに、恨みつらみもなくギルバートは王太子殿下を挑発するような発言をする。
その意味を理解して、笑みが零れた。
自死なら同じ場所には逝けない。
ギルバートはまだ、メリアンテの側にいてくれるのだ。
だから、メリアンテは大嫌いだった婚約者の気配に向かって、感謝を残した。
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