番たくない!

基本二度寝

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「お願い。私の初めてをもらってほしい」 

目の前の男はぐっと眉間に皺を寄せていた。
此方は偽り無く真意を伝えた。次は男が選択する番だ。

ビビはそれまで面識のなかった出会ったばかりの男に、己の純潔を託すと決めた。


***
この日、しがない男爵家の子女ビビは、ひどく焦っていた。

このままでは、この世で一番嫌いな男と結婚しなければならないかもしれなかった。

どうにか回避は出来ないものか、と。

ビビ自身の能力と性格が貴族令嬢向きではない事は随分昔から自覚していた。
父親譲りの魔法の才能を持って生まれ、物心ついてからは貴族令嬢のマナーよりも先に基礎魔法を習得してしまうような娘だ。

貴族の作法で飯は食えない、と幼心にビビは見切りをつけていた。
元々の平民思考がどうにも貴族思考とは相容れられなかった。


ビビか生まれたときは、男爵なんて肩書もない城下の小さな家に住んでいた。

父はどこぞの貴族の三男坊だったようだけれど、成人後は屋敷を出て平民となっていた。
平民同士として出会った両親が結ばれ、ビビが生まれた後に、父親が魔法師団の役職持ちとなった事で爵位を賜り(本人曰く押し付けられたとか)、一代限りの貴族として生きることを余儀なくされた。

そんな経緯だからこそ父も母もビビを自由にしてくれた。
貴族令嬢として生きるも平民に戻るのも自分で選んで良いと言ってくれた。
(もちろん、貴族令嬢として生きるのならば、どこぞの貴族へ嫁入りするか、父のように実力で爵位を得るしかないのだが)

だから油断していた。

まさか自分に…。


ーーー

ビビは日参している冒険者ギルドで任務を受け、定員枠が埋まるのを待つ間もずっと一人考え込んでいた。


「…あんたが同じ依頼クエスト受けた相手か?」

頭から声が降ってきて、顔を上げると目の前に今回の任務の同行者がいた。



ペアとしてパーティを組む相手は、初めて見る剣士かおだ。
王都の冒険者はほぼ顔見知りなので、他所から来た冒険者なのだろう。
小柄なビビよりも頭二つ分は背の高い男は、見上げなければ目線が合わない。

「…よろしく」

初対面ではからかわれる事も侮られることも多いビビだったが、今回の相手からはそのような振る舞いも態度もなく、差し出した手で握手を交わし、すぐに任務に向かう。

愛想はなかったが、不思議と不快な気持ちにはならない男、それが男の印象だった。

ーーー

依頼は王都近くの町からの害獣駆除要請だった。
王都からは馬で一時間程度の距離。
通えなくもない距離だが、ここに数日滞在して任務に当たることにした。


剣士の男と魔法師の自分。
思いの外、私達の相性は良かった。

彼との共闘は初めてにもかかわらず、ビビにも剣士の動きは予想の範疇でわかり易く立ち回るので回復も援護も苦無く行えた。
支援バフを与えながら、男の剣から逃れたモノを攻撃魔法で仕留める。
亡骸もしっかり焼いて、痕跡を消すのも忘れない。
そうしないと害獣だけでなく魔物が寄ってくるのだ。


目的の害獣駆除を粗方終え、剣士に礼を言われた。
ビビの苦手な、己の力を過信するタイプでも、他者に小言を言うタイプでもないようだ。


うん。この人なら…

ーーー

「で、社会における番システムをどう思う?」

二人は遠征地の街の食堂で夕食を取っていた。
初め、断られるかもしれないと思いながらも、食事の誘いをあっさり受けてもらえたことに感謝し、存外孤高と言うわけでもないようだと男を分析した。

ビビは当たり障りのない会話を始め、一言二言で返事する男の酒が進み始めたところで、こちらの要望を直接的な表現より回りくどく提示してみることにした。


「…つがい?」
「そう。一種のステータスとなっているあの番。唯一無二の相手を得るという困難さから、貴族だろうが平民だろうが一目置かれるあのシステム」
「…どうと聞かれても」
「私は、自分の感情をコントロールできなくなる番なんて呪いとしか思えないんだけれど」
「感情をコントロールできない?」
「だって…番って元々惹かれ合っていた者同士じゃなくて、初対面ですら相手を伴侶だと思い込む事でしょう?
愛故か執着か、番を家から出さなくなる程深い情だって話も聞く…
番が皆すべて、最初から好き合っているなんて信じられないし、私には呪いなんじゃないかとすら思うわけよ」
「一目惚れのようなものだろう?
…まぁ、番持ちじゃなければ関係ない話だろうが」

そういって話を切り上げられかけた。
まわりくどすぎたか。
どうにか話を続けさせたくて、思考を巡らせる。


「…まさか、番がいるのか?」

此方が言葉を探している間にも、男は何かを察したようだ。
剣士の男がこちらをじっと見ている。

「…うん。最近発現した。それまでは、なんとも思わなかった相手に」

相手はよりにもよって生粋の貴族様。

うちは貴族の中でも下層に位置する男爵家。
母は平民であるし、半分貴族という中途半端な貴族家庭なのだと思っている。
男爵なんて肩書も一代限りと知らされているし、貴族令嬢の意識は殆ど無い。
どちらかといえば平民である意識のほうが強い為、他の貴族からは恰好の的にされていた。



ー「この場に平民がいるぞ」
強制的に参加させられた貴族子女の茶会の席で散々見下され嗤われた。
熱いお茶を出され飲まずにいれば、頭から掛けられ、汚されたドレスを笑われ、突かれて倒れたら踏まれる。

ー「父親が死ねば貴族じゃなくなるから婚約者探しに必死だな」
そういって嗤っていた貴族達。
貴族と婚約などありえない。
こんな貴族になどなりたくもない。

そうやって先頭に立って嫌がらせをしていた伯爵家子息が、まさかの番だった、なんて最悪でしかない。


それは唐突に開眼して、自分に番がいると本能的にわかった。
そして、目の前の貴族がその番だと理解した時、ビビは逃げ出した。
どんなに嫌がらせを受けてもしぶとく居座り続けたビビが初めて敵前逃亡を図った。

恐らく相手の伯爵子息も同じように番の自覚が発現したのだろう。
嘲りの目が丸くなり、驚いた顔をしていた。

それからは誘われた茶会に一切出ずにいた。
この世で一番嫌いなあの男に情が湧くかもしれないという恐れから顔を合わせるのが怖かった。

今までされた暴行まがいの嫌がらせを思えばあんな男と番うなど絶対にありえない。
事あるごとにビビを嗤い続けた向こうもそう思っているに違いないと思っていた。


ーーー

「それで?」
剣士は続きを促した。

「…実家に婚姻の申し入れが来た」
平民だなんだと馬鹿にしていた相手に、面の皮厚く求婚して来たのだ。

件の伯爵家から茶会のみならず夜会の招待状まで届くようになった。

今までのことなどなかったように。

しかも、寄越された手紙には【愛しの】なんて枕詞まで付くようになった。
【虫】だの【ゴミ】だのと形容していたビビに対して、愛しの君をエスコートしたい、などと書かれていて気持ち悪さで総毛立つ。

「そんなに…自覚しても尚、自分の番が嫌いなのか」
「滅んでほしいと思っている」

ビビの歯に衣着せぬ物言いに剣士はふっと笑った。

「で、どうしたいんだ?俺に番を斬ってほしいのか?」
「!そ、それも魅力的なんだけど!番の縁を切る方法があるの。だから協力してほしいの」
「どんな?」
「私と性交してほしい!文献を読んだの!他の男と交わって純潔を失えばいいんだって!」

剣士の動きが止まる。
ゆっくり瞼を閉じて再び開くと、「なんて?」と聞き返された。

「お願い。私の初めてをもらってほしい」

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