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九 宰相家
「…アレは何処にいる」
「アレ?なんの事でしょう」
苦虫を噛み潰したような顔をして、宰相は自分の妻に問う。
対峙する夫婦の間で、子息は小さくなっていた。
「…お前が産んだ子だ」
「あぁ、認知しない。捨ててこいと言った私の子のことですか」
「そうだっ!」
「旦那様のご要望にお答えしましたが?」
子息は夫婦の会話で、自分には生き別れた兄弟がいることを知った。
「っ黙れ、お前が捨てたふりをして誰かに託していることは知っているんたぞっ!」
怒鳴りつける夫に、夫人は笑って優雅に扇子を仰ぐ。
「あの子なら立派に成長しておりますよ?貴方の愛人が産んだ子と違って」
一瞬、母と目が合った気がした子息は、首を傾げた。
「だからっ今はどこでなにを…」
「王弟殿下の近衛に所属していますわ」
「なにっ」
思いもよらぬほど、近くに居たことを知って宰相は目を剥いた。
王弟殿下は有能な者しか近くに置かない。
つまり、妻の産んだ子がいれば宰相家は安泰だった。
「何故安堵しておられるのですか?あの子は他人なのですよ?貴方が言っていたように。『我が家の子供は愛人が産んだ息子だけ』なのですから」
「はっ、コレは私の子ではなかった。魅了にかかるような愚図が王家の血を引く我が家の跡継ぎに非ず。私もあの女に騙されたのだ。昔のことなど水に流せ」
父親にコレと指を刺され、子息は青い顔で理解した。
会話に出ていた愛人の子とは自分の事だったのだと。
母だと思って居た女は、実母ではなく義母だった。
血の繋がっていない、全くの他人…。
魅了を解術され、国王陛下から説明を受けたはずなのだが、心の何処かでは信じていなかった。
不仲の両親であったが、貴族の夫婦はどこも似たようなものだと思っていた。
尊敬する父親に、愛人がいた事にも子息は気づいなかった。
自分が、正妻の子ではないなんて。
子息が打ちひしがれていても、夫婦の会話は続いた。
「水に流せ?どの口がおっしゃっているのかしら」
「チッ、お前の許可などいらぬ。元々私の子供なのだから籍を戻すだけだ」
「本当に哀れな方」
「なにっ!」
夫人がパタリと扇子を閉じる。
「私は一度も反論していませんよ」
「ならば、先程からの問答はなんだ!」
はぁと夫人は息を吐いた。
「あの子が貴方にとって『他人』であったことに、当時も反論していませんでした」
宰相は、眉を寄せた。
「私の息子であって貴方の子ではありません」
「だから、」
「本当にあの子は、貴方の子ではないのです」
夫人の言葉を聞いて宰相は黙った。
険しい顔をしたまま反論の声はない。
「愛人が居たのがどうして自分だけだとお思いになっているのか、不思議でたまりませんわ」
「お前、まさか…」
「愛人を侍らせる貴方は有名でしたから。哀れんで声をかけてくださる殿方だってそれなりに居たのですよ?
ご存じないでしょうけれど」
「だからといってっ、夫人が愛人を持つなど…っ」
驚愕する宰相は、一度も妻の不貞を疑った事はないのだろう。
夫人はそれが腑に落ちなかった。
まさか、夫に惚れ込んでいるなどど気持ち悪い妄想をしているのならば、やめてほしいと夫人は思う。
「結婚当時の貴方は宰相なんて肩書もないただの文官でしたでしょう?それでも政敵は居ましたし、貴方に恨みを抱いた方々がいらしたこともあって」
宰相の顔色が変わっていくのを眺めながら夫人は続けた。
「はじまりはそれでしたね。貴方への恨みを身体で払わされた」
「っ!?」
鼻持ちならない夫に矜持を傷つけられた男の腹いせに襲われ、その現場を発見した高貴な方が夫人を助けてくれた。
彼が建前だけの愛人になってくれたお陰で、逆恨みによる夫人への暴行は収まった。
建前だけのつもりだったのに、心を通わせて、そして二人の間にできた子。
当然、夫の子ではない。
「…それ、は」
宰相は自分のせいで、妻に害が及んでいたとは知りもしなかったのだ。
若かった頃なら「ざまぁみろ」と笑ってやったのだが、夫人はひたすら夫を哀れに思っていた。
先程からの置物のようになっている、宰相の子息に夫人は目を向けた。
「魅了を受けたこの子は、間違いなく貴方の子だと思いますわよ」
宰相は項垂れ頭を振る。
「貴方にそっくりですもの」
宰相を若くしたような容貌の子息。
親子でないなんて、誰も思わない。
「そんなはずはない、私の子ならば、」
「貴方にも王家の血が流れていないと思いますわ」
項垂れていた顔を上げ、宰相は夫人を睨みつけた。
「侮辱するつもりか?」
「いえ。経験から」
夫人は頬を緩めて笑む。
妻の笑顔に魅入られた宰相は、次の瞬間地獄に落ちた。
「初夜、閨の夜、私の部屋に来た貴方に触れられるつもりはなかったので魔法を仕掛けていました。
『記憶改ざん魔法』も、魅了魔法も精神魔法の一種で、王家の血には耐性があるそうです。
どうやら貴方には、私と夜を共にした記憶があるようですから、貴方にはその高貴な血は流れていないと、私は確信しております」
「アレ?なんの事でしょう」
苦虫を噛み潰したような顔をして、宰相は自分の妻に問う。
対峙する夫婦の間で、子息は小さくなっていた。
「…お前が産んだ子だ」
「あぁ、認知しない。捨ててこいと言った私の子のことですか」
「そうだっ!」
「旦那様のご要望にお答えしましたが?」
子息は夫婦の会話で、自分には生き別れた兄弟がいることを知った。
「っ黙れ、お前が捨てたふりをして誰かに託していることは知っているんたぞっ!」
怒鳴りつける夫に、夫人は笑って優雅に扇子を仰ぐ。
「あの子なら立派に成長しておりますよ?貴方の愛人が産んだ子と違って」
一瞬、母と目が合った気がした子息は、首を傾げた。
「だからっ今はどこでなにを…」
「王弟殿下の近衛に所属していますわ」
「なにっ」
思いもよらぬほど、近くに居たことを知って宰相は目を剥いた。
王弟殿下は有能な者しか近くに置かない。
つまり、妻の産んだ子がいれば宰相家は安泰だった。
「何故安堵しておられるのですか?あの子は他人なのですよ?貴方が言っていたように。『我が家の子供は愛人が産んだ息子だけ』なのですから」
「はっ、コレは私の子ではなかった。魅了にかかるような愚図が王家の血を引く我が家の跡継ぎに非ず。私もあの女に騙されたのだ。昔のことなど水に流せ」
父親にコレと指を刺され、子息は青い顔で理解した。
会話に出ていた愛人の子とは自分の事だったのだと。
母だと思って居た女は、実母ではなく義母だった。
血の繋がっていない、全くの他人…。
魅了を解術され、国王陛下から説明を受けたはずなのだが、心の何処かでは信じていなかった。
不仲の両親であったが、貴族の夫婦はどこも似たようなものだと思っていた。
尊敬する父親に、愛人がいた事にも子息は気づいなかった。
自分が、正妻の子ではないなんて。
子息が打ちひしがれていても、夫婦の会話は続いた。
「水に流せ?どの口がおっしゃっているのかしら」
「チッ、お前の許可などいらぬ。元々私の子供なのだから籍を戻すだけだ」
「本当に哀れな方」
「なにっ!」
夫人がパタリと扇子を閉じる。
「私は一度も反論していませんよ」
「ならば、先程からの問答はなんだ!」
はぁと夫人は息を吐いた。
「あの子が貴方にとって『他人』であったことに、当時も反論していませんでした」
宰相は、眉を寄せた。
「私の息子であって貴方の子ではありません」
「だから、」
「本当にあの子は、貴方の子ではないのです」
夫人の言葉を聞いて宰相は黙った。
険しい顔をしたまま反論の声はない。
「愛人が居たのがどうして自分だけだとお思いになっているのか、不思議でたまりませんわ」
「お前、まさか…」
「愛人を侍らせる貴方は有名でしたから。哀れんで声をかけてくださる殿方だってそれなりに居たのですよ?
ご存じないでしょうけれど」
「だからといってっ、夫人が愛人を持つなど…っ」
驚愕する宰相は、一度も妻の不貞を疑った事はないのだろう。
夫人はそれが腑に落ちなかった。
まさか、夫に惚れ込んでいるなどど気持ち悪い妄想をしているのならば、やめてほしいと夫人は思う。
「結婚当時の貴方は宰相なんて肩書もないただの文官でしたでしょう?それでも政敵は居ましたし、貴方に恨みを抱いた方々がいらしたこともあって」
宰相の顔色が変わっていくのを眺めながら夫人は続けた。
「はじまりはそれでしたね。貴方への恨みを身体で払わされた」
「っ!?」
鼻持ちならない夫に矜持を傷つけられた男の腹いせに襲われ、その現場を発見した高貴な方が夫人を助けてくれた。
彼が建前だけの愛人になってくれたお陰で、逆恨みによる夫人への暴行は収まった。
建前だけのつもりだったのに、心を通わせて、そして二人の間にできた子。
当然、夫の子ではない。
「…それ、は」
宰相は自分のせいで、妻に害が及んでいたとは知りもしなかったのだ。
若かった頃なら「ざまぁみろ」と笑ってやったのだが、夫人はひたすら夫を哀れに思っていた。
先程からの置物のようになっている、宰相の子息に夫人は目を向けた。
「魅了を受けたこの子は、間違いなく貴方の子だと思いますわよ」
宰相は項垂れ頭を振る。
「貴方にそっくりですもの」
宰相を若くしたような容貌の子息。
親子でないなんて、誰も思わない。
「そんなはずはない、私の子ならば、」
「貴方にも王家の血が流れていないと思いますわ」
項垂れていた顔を上げ、宰相は夫人を睨みつけた。
「侮辱するつもりか?」
「いえ。経験から」
夫人は頬を緩めて笑む。
妻の笑顔に魅入られた宰相は、次の瞬間地獄に落ちた。
「初夜、閨の夜、私の部屋に来た貴方に触れられるつもりはなかったので魔法を仕掛けていました。
『記憶改ざん魔法』も、魅了魔法も精神魔法の一種で、王家の血には耐性があるそうです。
どうやら貴方には、私と夜を共にした記憶があるようですから、貴方にはその高貴な血は流れていないと、私は確信しております」
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