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四
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「どうにかしてくださいまし」
「うるさいっ」
国王夫婦は声を荒げていた。
王妃は珍重な生地で誂えたドレスや、希少な石の宝石が届かないと王に訴える。
しかし、そんな瑣末なことよりも、王は深刻だった。
進めていたはずの他国との交渉の一切が不明なのだ。
それだけでない。
定期的に上げられていた、わかりやすく纏められた国内やどこで仕入れたのか不明な貴族間の不穏な動きの情報もなくなっていた。
息子に譲位の為にと渡していた仕事も、返答なしのまま。
国王が、城内の各所にわざわざ顔を出して回って、ようやく合点がいった。
ーその件に関してはカサラバ様にお願いしてー…
ーカサラバ様にお問い合わせください。我が部署では対応しておらず、カサラバ様が勝手になさっていた事でー…
ー殿下にお渡しいたしましたが、カサラバ様より回答頂いたものでー…
カサラバカサラバカサラバ
何処へ行っても誰に問うても皆同じ名を上げる。
食事の質まで下がったことさえも、彼女が関わっていた。
鮮度の良い食材を態々早朝から市場に仕入れに行っていたと、厩の馬丁から聞いた。
日の出ぬ内から自ら馬に乗り、港町まで買い付け。
戻ってきてからは、城内各所で手腕を振るい、日が落ちれば書面の仕事は持ち帰りでこなしていたらしい。
その彼女がいなくなった事で、あらゆる問題が発生した。
その一つが他国との交渉だ。
息子に任せていたはずのそれは、本人に問えば「…わかりません」としか答えがなかった。
これまでの交渉の記録を見せろと言っても首を振る。
「私は、ただカサラバの隣に座っていただけで…」
嘘だろう…?
まさか、王太子であるのに、他国の言語も理解できずお飾りでしかなかったと言う。
息子は挨拶や日常会話程度なら理解できても、専門的な言葉を多用する交渉内容は理解できていなかった。
カサラバはあくまで息子を立て、通訳のように振る舞っていたが、実際他国と交渉していたのは彼女だった。
「カサラバは物覚えがすごく良かったんです。一度見聞きした事を忘れたことがなくて」
だから、目録や議事録もない。
必要になれば書き出すことはあるが、毎回はない。
一人で何人分もの働きをしていた多忙な彼女が、誰にも読まれることのない記録を残してはいなかった。
そんなことは有り得ないと思った。
思っていたが、過去の書類を読み返す。
息子の筆跡の物は署名のみ。
それ以外の書類は全て同じ筆跡。
なんの疑問も持たなかった。
国議会用の資料から、厠の灯り用の蝋燭の備品申請書まで。
目を通す書類の筆跡がほぼ、一人が書き上げているものだった。
国を下支えしていた者が誰だったのか。
王はこのとき初めて知ったのだった。
「うるさいっ」
国王夫婦は声を荒げていた。
王妃は珍重な生地で誂えたドレスや、希少な石の宝石が届かないと王に訴える。
しかし、そんな瑣末なことよりも、王は深刻だった。
進めていたはずの他国との交渉の一切が不明なのだ。
それだけでない。
定期的に上げられていた、わかりやすく纏められた国内やどこで仕入れたのか不明な貴族間の不穏な動きの情報もなくなっていた。
息子に譲位の為にと渡していた仕事も、返答なしのまま。
国王が、城内の各所にわざわざ顔を出して回って、ようやく合点がいった。
ーその件に関してはカサラバ様にお願いしてー…
ーカサラバ様にお問い合わせください。我が部署では対応しておらず、カサラバ様が勝手になさっていた事でー…
ー殿下にお渡しいたしましたが、カサラバ様より回答頂いたものでー…
カサラバカサラバカサラバ
何処へ行っても誰に問うても皆同じ名を上げる。
食事の質まで下がったことさえも、彼女が関わっていた。
鮮度の良い食材を態々早朝から市場に仕入れに行っていたと、厩の馬丁から聞いた。
日の出ぬ内から自ら馬に乗り、港町まで買い付け。
戻ってきてからは、城内各所で手腕を振るい、日が落ちれば書面の仕事は持ち帰りでこなしていたらしい。
その彼女がいなくなった事で、あらゆる問題が発生した。
その一つが他国との交渉だ。
息子に任せていたはずのそれは、本人に問えば「…わかりません」としか答えがなかった。
これまでの交渉の記録を見せろと言っても首を振る。
「私は、ただカサラバの隣に座っていただけで…」
嘘だろう…?
まさか、王太子であるのに、他国の言語も理解できずお飾りでしかなかったと言う。
息子は挨拶や日常会話程度なら理解できても、専門的な言葉を多用する交渉内容は理解できていなかった。
カサラバはあくまで息子を立て、通訳のように振る舞っていたが、実際他国と交渉していたのは彼女だった。
「カサラバは物覚えがすごく良かったんです。一度見聞きした事を忘れたことがなくて」
だから、目録や議事録もない。
必要になれば書き出すことはあるが、毎回はない。
一人で何人分もの働きをしていた多忙な彼女が、誰にも読まれることのない記録を残してはいなかった。
そんなことは有り得ないと思った。
思っていたが、過去の書類を読み返す。
息子の筆跡の物は署名のみ。
それ以外の書類は全て同じ筆跡。
なんの疑問も持たなかった。
国議会用の資料から、厠の灯り用の蝋燭の備品申請書まで。
目を通す書類の筆跡がほぼ、一人が書き上げているものだった。
国を下支えしていた者が誰だったのか。
王はこのとき初めて知ったのだった。
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