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「ウルスラ!」
息を切らせて走ってくるのは、愛しい愛しい元婚約者だったヘインズ様。
いつでも自信満々な彼が今は不安そうな顔をしている。
「…聞いたのだろうか。その、私はあの女に…」
「魅了のことですね?」
ウルスラはニコニコと笑っている。
婚約破棄の前と変わらぬ笑顔で。
「もうお身体は大丈夫ですか?」
「あぁ…あの女から離されてようやく元の自分に戻った気分だ」
魅了を受けた状態でも意識はあった。
記憶がある故、ウルスラに放った暴言もしっかり覚えていた。
「ウルスラ…どうか私を許してほしい」
このような謝罪をする人間ではなかった。
傲慢で自信家だったヘインズだが、それほどに魅了されていた間のことは酷かった。
ウルスラの前で男爵令嬢とエスコートやダンスをしたり、あまつさえキスまでしていた。
「ヘインズ様、私に許しを乞う必要はありません。頭を上げてください」
ウルスラは変わっていない。
変わらずヘインズを愛しそうに見つめ、謝罪を断った。
「君がそういってくれて、…嬉しいよ」
打算は、少しあった。
彼女はヘインズを責めたりしないと。
だから、きっとこの提案も受け入れてくれると。
疑いはなかった。
「ウルスラ、もう一度私の婚約者になってくれないか?」
ヘインズの婚約破棄騒動から、彼の実家の公爵家はダメージを受けた。
簡単に魅了に掛かった警戒心のない男に新たな婚約者は現れなかった。
魅了されていた時のヘインズを皆知っていた。
それに加え、もともと傲慢な性格は好まれておらず、ウルスラ以外からは嫌厭されていた。
地位を笠に令嬢を差し出させようとしても、今回の事は重大な事件として、王家からの監視があり強制的な、脅迫じみた縁談は認められなかった。
もうヘインズにはウルスラしかいなかった。
ウルスラは困ったようにヘインズを見つめていた。
「ヘインズ様。申し訳ありません。それはお受けいたしかねます」
「…なんだって?」
婚約破棄すら「ヘインズ様のお望みなら」と笑顔で受け入れた。
婚約を受けてくれた時と同じ笑顔で。
それなのに、また縁を結べるというのにウルスラは拒否した。
「やはり…不甲斐ない私を許していないのか…」
「いえ!いえ!そんなことはございません。私は変わらずヘインズ様を愛しておりますよ」
「なら!何故!!」
「何故と言われても。ここには既に子がおりますし」
そういってウルスラは薄い腹を撫でた。
「…は?」
「ヘインズ様と婚約破棄後に、子の父親と婚約しておりますので再婚約はできないのです」
ヘインズは混乱した。
婚約を破棄し、魅了のことが発覚したのはつい最近だ。
婚約破棄後に新たな縁組をしたのだろうが、仕込んだ時期を考えれば腹の子は、…
「私を裏切ったのか…?」
ヘインズはわなわなと怒りに震える。
自分のことなど棚上げした。
「いいえ?私がヘインズ様を裏切るわけがありません」
「ならばなぜ子を成す!私との婚約関係があった時に仕込んだとしか考えられないだろう!?」
ヘインズの怒りをきょとんと見つめる。
まるで悪びれない子供のように。
「ヘインズ様のおっしゃった通りにしただけですが」
ヘインズが、男爵令嬢の魅了にかかったのは一年前。
男爵令嬢の言葉を鵜呑みにして、煩わしかったウルスラに言い放ったのだ。
「他の男にもそうやって媚を売っているのだろう?この淫乱淫婦が。私に構わず他の男でも咥えこんでいろ」
通っていた学園の中庭の観衆が多かったその場所でそう言い放った。
ウルスラは、笑顔で
「わかりました」
と言って去った。
ヘインズはその場面を思い出した。
「…ーーーー、あの時はまだ純潔でしたので、淫乱淫婦とは程遠く、これはいけない!と思い至りまして。
とはいっても、婚約者のいる方しか学園にはおりませんでした。お相手がいる方を裏切らせるわけには参りませんでしたので、あの男爵令嬢様の婚約者であった伯爵家のベルトルド様に協力頂きました。」
「協、力…?」
「はい!今では立派な淫乱にはなれたと自負しております!」
拳を握って熱く語るウルスラに、ヘインズは言葉がない。
「最初は難しかったですが、今ではちゃんとベルトルド様の男性のモノを咥えこむことができますよ!
ベルトルド様には『スキモノ』と評価頂きました!」
きらきらと瞳を輝かせて語るウルスラは以前のままだ。
ヘインズのどこが素晴らしいかを語っていた表情で、いかに自分が淫乱であるかを熱弁する。
「ヘインズ様の希望する私になれました。それが嬉しくてたまりません」
ヘインズはそんな事は望んでいなかった。
ただの売り言葉だったのだが、ウルスラはまともに受け取ってしまった。
ウルスラの実家から慰謝料請求はなかったと聞いていた。
ウルスラがそうさせるほどまだヘインズを愛しているのだと思っていたが、実際は彼女の裏切り行為があったからなのだろう。
裏切らせたきっかけがベインズの言葉だとて。
傍から見れば互いに浮気していたように見える。
実際は浮気などと単純なものではない。
おかしなもので、ウルスラは他人の妻となるのに、今でも平気でヘインズを愛していると言い切っていた。
息を切らせて走ってくるのは、愛しい愛しい元婚約者だったヘインズ様。
いつでも自信満々な彼が今は不安そうな顔をしている。
「…聞いたのだろうか。その、私はあの女に…」
「魅了のことですね?」
ウルスラはニコニコと笑っている。
婚約破棄の前と変わらぬ笑顔で。
「もうお身体は大丈夫ですか?」
「あぁ…あの女から離されてようやく元の自分に戻った気分だ」
魅了を受けた状態でも意識はあった。
記憶がある故、ウルスラに放った暴言もしっかり覚えていた。
「ウルスラ…どうか私を許してほしい」
このような謝罪をする人間ではなかった。
傲慢で自信家だったヘインズだが、それほどに魅了されていた間のことは酷かった。
ウルスラの前で男爵令嬢とエスコートやダンスをしたり、あまつさえキスまでしていた。
「ヘインズ様、私に許しを乞う必要はありません。頭を上げてください」
ウルスラは変わっていない。
変わらずヘインズを愛しそうに見つめ、謝罪を断った。
「君がそういってくれて、…嬉しいよ」
打算は、少しあった。
彼女はヘインズを責めたりしないと。
だから、きっとこの提案も受け入れてくれると。
疑いはなかった。
「ウルスラ、もう一度私の婚約者になってくれないか?」
ヘインズの婚約破棄騒動から、彼の実家の公爵家はダメージを受けた。
簡単に魅了に掛かった警戒心のない男に新たな婚約者は現れなかった。
魅了されていた時のヘインズを皆知っていた。
それに加え、もともと傲慢な性格は好まれておらず、ウルスラ以外からは嫌厭されていた。
地位を笠に令嬢を差し出させようとしても、今回の事は重大な事件として、王家からの監視があり強制的な、脅迫じみた縁談は認められなかった。
もうヘインズにはウルスラしかいなかった。
ウルスラは困ったようにヘインズを見つめていた。
「ヘインズ様。申し訳ありません。それはお受けいたしかねます」
「…なんだって?」
婚約破棄すら「ヘインズ様のお望みなら」と笑顔で受け入れた。
婚約を受けてくれた時と同じ笑顔で。
それなのに、また縁を結べるというのにウルスラは拒否した。
「やはり…不甲斐ない私を許していないのか…」
「いえ!いえ!そんなことはございません。私は変わらずヘインズ様を愛しておりますよ」
「なら!何故!!」
「何故と言われても。ここには既に子がおりますし」
そういってウルスラは薄い腹を撫でた。
「…は?」
「ヘインズ様と婚約破棄後に、子の父親と婚約しておりますので再婚約はできないのです」
ヘインズは混乱した。
婚約を破棄し、魅了のことが発覚したのはつい最近だ。
婚約破棄後に新たな縁組をしたのだろうが、仕込んだ時期を考えれば腹の子は、…
「私を裏切ったのか…?」
ヘインズはわなわなと怒りに震える。
自分のことなど棚上げした。
「いいえ?私がヘインズ様を裏切るわけがありません」
「ならばなぜ子を成す!私との婚約関係があった時に仕込んだとしか考えられないだろう!?」
ヘインズの怒りをきょとんと見つめる。
まるで悪びれない子供のように。
「ヘインズ様のおっしゃった通りにしただけですが」
ヘインズが、男爵令嬢の魅了にかかったのは一年前。
男爵令嬢の言葉を鵜呑みにして、煩わしかったウルスラに言い放ったのだ。
「他の男にもそうやって媚を売っているのだろう?この淫乱淫婦が。私に構わず他の男でも咥えこんでいろ」
通っていた学園の中庭の観衆が多かったその場所でそう言い放った。
ウルスラは、笑顔で
「わかりました」
と言って去った。
ヘインズはその場面を思い出した。
「…ーーーー、あの時はまだ純潔でしたので、淫乱淫婦とは程遠く、これはいけない!と思い至りまして。
とはいっても、婚約者のいる方しか学園にはおりませんでした。お相手がいる方を裏切らせるわけには参りませんでしたので、あの男爵令嬢様の婚約者であった伯爵家のベルトルド様に協力頂きました。」
「協、力…?」
「はい!今では立派な淫乱にはなれたと自負しております!」
拳を握って熱く語るウルスラに、ヘインズは言葉がない。
「最初は難しかったですが、今ではちゃんとベルトルド様の男性のモノを咥えこむことができますよ!
ベルトルド様には『スキモノ』と評価頂きました!」
きらきらと瞳を輝かせて語るウルスラは以前のままだ。
ヘインズのどこが素晴らしいかを語っていた表情で、いかに自分が淫乱であるかを熱弁する。
「ヘインズ様の希望する私になれました。それが嬉しくてたまりません」
ヘインズはそんな事は望んでいなかった。
ただの売り言葉だったのだが、ウルスラはまともに受け取ってしまった。
ウルスラの実家から慰謝料請求はなかったと聞いていた。
ウルスラがそうさせるほどまだヘインズを愛しているのだと思っていたが、実際は彼女の裏切り行為があったからなのだろう。
裏切らせたきっかけがベインズの言葉だとて。
傍から見れば互いに浮気していたように見える。
実際は浮気などと単純なものではない。
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