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七 蛇足 近況ボードのもの(使いまわし)
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エルセンシアの記憶
慕っていた侍女がまた一人辞めていく。
「…引き止めたんだけどね。彼女たちは君の事が苦手だったみたいだ」
悲しそうに目を伏せる王太子を、エルセンシアは目を合わせることなく「そうですか」と答えた。
「僕が力になるから、なんでも頼って欲しい」という王太子に絆されることはなかった。
エルセンシアが大事に思う人間を排除しているのが王太子だと知っていた。
まだ幼く一人で城に放り込まれたエルセンシアについた年配の女官。
孫のように扱われ、直ぐに懐いた。
隠れて女官を驚かせるなんて子供じみた悪戯をしていた頃、エルセンシアは見てしまったのだ。
女官に手を上げる王太子の姿を。
「僕の、婚約者を、甘やかせるな!」
エルセンシアの前では穏やかな少年だったのに、物語に出てきた魔物のような気性で女官を責め立てる。
怯えて動けなかったエルセンシアは、暴行を受け、伏せて倒れた女官を助ける為に飛び出すことができなかった。
女官はすぐに辞めたと侍女から聞いた。
彼女からの手紙には、彼女の字で『自身の都合で暇させてもらうことになった。エルセンシアと過ごした日々は大切な宝物だ』といった内容が書かれていたが、女官との言葉遊びを思い出し、隠れされた文章を読み取った。
デンカ、ニ、キヲユルスナ
手紙を握る手が震える。
それからエルセンシアはできる限り親しい使用人を作らなかった。
それでも、気にいった侍女はできる。
過度に親しくしたつもりなくとも、王太子が何かを嗅ぎ取って辞めさせていく。
ただ、自分を頼ってほしかった王太子の思いは最後までエルセンシアに伝わることはなかった。
幼い頃に目撃してしまった、老女に笑顔で鞭打つ男に好意を抱けるはずもない。
ーーーー
グラカントの記憶
昔、隣国に嫁いだ母の友人の子供とよく遊んでいた。
同い年位の少年と、その妹。
隣国といっても国境を跨げば、互いの屋敷は他の貴族の屋敷よりも近い。
所謂ご近所付き合いがあった。
当時難しい話はわからなかったが、親戚の跡を継がされ、彼らは王都に移り住まなくてはならなくなったという。
兄妹との別れは辛かった。
何より妹は、泣いて縋った。
…グラカントの父親に。
常々、彼女はグラカントの父に告白をしていたませた少女だった。
「はくしゃくさま、どうかけっこんをしてくださいませ。そしてここにおいてください」
「エルちゃん。僕はもう既婚者だから無理かな」
母は、あらあらと微笑み、「じゃあ第二夫人なんて」なんて言い出して、周囲に止められていた。
「…」
「…妹はあの顔が好きなようだから、グラにも希望はあるよ…?」
兄の方に慰められ、彼らとはそれきりになった。
ふと、そんな昔の記憶が蘇ったのは、うちに招いた客人と抱き合った夜の夢のせいだ。
初恋だった幼い妹の顔と、グラカントの腕で眠るエルセンシアの顔が重なっていく。
「あー…そうか」
領主の子息であるが故、女性に対して警戒が強いグラカントが、隣国の王太子の婚約者だったという、厄介な令嬢エルセンシアの拙い誘いにあっさり乗ったのは、…。
「早速、アイツに連絡しておくか」
昔、慰めてくれたエルセンシアの兄に。
ーーーー
王太子の今
結婚式を終え、マグノリエと夫婦の部屋にいた。
これ程疲れるものか、とソファに深く沈む。
自身の結婚式。ほぼ準備はしていない。
王太子が行ったのは招待客の対応。
あとは、着せ替え人形のように何度か衣装を変えた。
手間で無駄だと思うが、作法であり、高価な衣裳を何度も着替えることで国の財力を他国に示す。
面倒だと退けることが愚策であるとはわかっている。
わかっていても面倒なものは面倒だった。
着替える度に、妃となったマグノリエに心にもない賛辞を与えなければならない。
そんな式を終え、後は夜会を催し、来賓や招待客の対応は国王と王妃、その他の重職に任せ、主役らは一足先に退場を認められた。
新婚の夜に課せられた義務のために。
「盛大だったな。平民となったエルセンシアもパレードには参列していたのだろうな」
国民に披露するために、城から教会まで大通りを馬車で移動した。
王太子夫妻を一目見ようと歩道を埋め尽くしていた民の中に元婚約者もいたはずだ。
エルセンシアの父は爵位を王に返上した。
それを聞いたときは驚いたが、仕方がない事だと思う。
婚約を解消したエルセンシアはやはり不幸になるしかないのだ。
平民となり、穢された身体ならば娼婦にでもなっているのだろう。
店が見つかれば顔を見に行ってやってもいい。
泣き縋られるかもしれないな。
一つ、楽しみが増えた。
にやにやとを天井を眺めて嘲笑う王太子を、ただ黙ってマグノリエは見つめていた。
慕っていた侍女がまた一人辞めていく。
「…引き止めたんだけどね。彼女たちは君の事が苦手だったみたいだ」
悲しそうに目を伏せる王太子を、エルセンシアは目を合わせることなく「そうですか」と答えた。
「僕が力になるから、なんでも頼って欲しい」という王太子に絆されることはなかった。
エルセンシアが大事に思う人間を排除しているのが王太子だと知っていた。
まだ幼く一人で城に放り込まれたエルセンシアについた年配の女官。
孫のように扱われ、直ぐに懐いた。
隠れて女官を驚かせるなんて子供じみた悪戯をしていた頃、エルセンシアは見てしまったのだ。
女官に手を上げる王太子の姿を。
「僕の、婚約者を、甘やかせるな!」
エルセンシアの前では穏やかな少年だったのに、物語に出てきた魔物のような気性で女官を責め立てる。
怯えて動けなかったエルセンシアは、暴行を受け、伏せて倒れた女官を助ける為に飛び出すことができなかった。
女官はすぐに辞めたと侍女から聞いた。
彼女からの手紙には、彼女の字で『自身の都合で暇させてもらうことになった。エルセンシアと過ごした日々は大切な宝物だ』といった内容が書かれていたが、女官との言葉遊びを思い出し、隠れされた文章を読み取った。
デンカ、ニ、キヲユルスナ
手紙を握る手が震える。
それからエルセンシアはできる限り親しい使用人を作らなかった。
それでも、気にいった侍女はできる。
過度に親しくしたつもりなくとも、王太子が何かを嗅ぎ取って辞めさせていく。
ただ、自分を頼ってほしかった王太子の思いは最後までエルセンシアに伝わることはなかった。
幼い頃に目撃してしまった、老女に笑顔で鞭打つ男に好意を抱けるはずもない。
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グラカントの記憶
昔、隣国に嫁いだ母の友人の子供とよく遊んでいた。
同い年位の少年と、その妹。
隣国といっても国境を跨げば、互いの屋敷は他の貴族の屋敷よりも近い。
所謂ご近所付き合いがあった。
当時難しい話はわからなかったが、親戚の跡を継がされ、彼らは王都に移り住まなくてはならなくなったという。
兄妹との別れは辛かった。
何より妹は、泣いて縋った。
…グラカントの父親に。
常々、彼女はグラカントの父に告白をしていたませた少女だった。
「はくしゃくさま、どうかけっこんをしてくださいませ。そしてここにおいてください」
「エルちゃん。僕はもう既婚者だから無理かな」
母は、あらあらと微笑み、「じゃあ第二夫人なんて」なんて言い出して、周囲に止められていた。
「…」
「…妹はあの顔が好きなようだから、グラにも希望はあるよ…?」
兄の方に慰められ、彼らとはそれきりになった。
ふと、そんな昔の記憶が蘇ったのは、うちに招いた客人と抱き合った夜の夢のせいだ。
初恋だった幼い妹の顔と、グラカントの腕で眠るエルセンシアの顔が重なっていく。
「あー…そうか」
領主の子息であるが故、女性に対して警戒が強いグラカントが、隣国の王太子の婚約者だったという、厄介な令嬢エルセンシアの拙い誘いにあっさり乗ったのは、…。
「早速、アイツに連絡しておくか」
昔、慰めてくれたエルセンシアの兄に。
ーーーー
王太子の今
結婚式を終え、マグノリエと夫婦の部屋にいた。
これ程疲れるものか、とソファに深く沈む。
自身の結婚式。ほぼ準備はしていない。
王太子が行ったのは招待客の対応。
あとは、着せ替え人形のように何度か衣装を変えた。
手間で無駄だと思うが、作法であり、高価な衣裳を何度も着替えることで国の財力を他国に示す。
面倒だと退けることが愚策であるとはわかっている。
わかっていても面倒なものは面倒だった。
着替える度に、妃となったマグノリエに心にもない賛辞を与えなければならない。
そんな式を終え、後は夜会を催し、来賓や招待客の対応は国王と王妃、その他の重職に任せ、主役らは一足先に退場を認められた。
新婚の夜に課せられた義務のために。
「盛大だったな。平民となったエルセンシアもパレードには参列していたのだろうな」
国民に披露するために、城から教会まで大通りを馬車で移動した。
王太子夫妻を一目見ようと歩道を埋め尽くしていた民の中に元婚約者もいたはずだ。
エルセンシアの父は爵位を王に返上した。
それを聞いたときは驚いたが、仕方がない事だと思う。
婚約を解消したエルセンシアはやはり不幸になるしかないのだ。
平民となり、穢された身体ならば娼婦にでもなっているのだろう。
店が見つかれば顔を見に行ってやってもいい。
泣き縋られるかもしれないな。
一つ、楽しみが増えた。
にやにやとを天井を眺めて嘲笑う王太子を、ただ黙ってマグノリエは見つめていた。
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