10 / 14
十
しおりを挟む
「ローラちゃん、無理しないでいいのよ?」
「していませんよ。リザさん」
ローレンシアは枯れ草を抱えて、馬小屋に運んでいる。
愛馬の兄弟たちの寝床を清潔に保つために。
「ローラ、ヴァイスと水を汲みに行ってくれ」
「はーい!」
若き馬場主ザラードの指示が飛ぶ。
ここでは公爵令嬢ローレンシアではない。
一厩務員のローラなのだ。
ローレンシアはヴァイスの鞍に瓶を引っ掛け、桶を手にして近くの水辺へ向かう。
精霊の集う山の中の湖から流れる水を、黒馬は喜んで飲むらしい。
ローレンシアは、今、帝国にいた。
自国から国境を超えた所で、緊張が解けて気を失った。
そこに、彼、帝国で黒馬を繁殖させているエクウス家の長男ザラードが助けてくれた。
ローレンシアが目を覚した時には、越境したはずの国を横断して、すでに帝国に入っていた。
どれほど気を失っていたのかと思えば、たった二時間だと聞いて目を剥いた。
「黒馬は天を駆ける。それが伝説じゃなかったら…?」
ザラードに意味深に笑われ、まさかと疑った。
すべての黒馬がそうではない。
ローレンシアの十三の誕生日にザラードから贈られた黒馬は先祖返りだという。
エクウス家の先祖、皇族から抜けて黒馬の飼育と繁殖に人生を注いだ皇子の愛馬の名前をとったヴァイスは、先祖と同等の力を持っていた。
先祖返りは己の視覚と聴覚を黒馬仲間に伝え、それを主たちに伝達できた。
ローレンシアの逃走理由とその経路は、ザラードの愛馬ルシェに視聴覚情報が伝わり、ルシェが主にそれを伝えた。
ヴァイスの母馬ルシェも先祖返りだ。
ザラードがローレンシアの居場所を把握でき、自国から逃げ切れたのはヴァイスとルシェのお陰なのだと聞いた。
「ヴァイス。貴方って本当にすごかったのね」
瓶に水を注ぎながら、ローレンシアはヴァイスを褒めた。
彼はローレンシアの言葉がわかっているようで、鼻を鳴らして得意顔をする。
「今度は、私が起きている時に空を飛んでほしいな」
天駆には技術がいるらしいので、ローレンシアの単独飛行は認められない。
ザラードの母、リザさんからは息子に乗せてもらえば?と言われた。
「ヴァイス…あのね。私、ザラードに求婚されたの。…受けようと思うのだけど」
昔、黒馬の貸与の申請の為に帝国にやってきた父、公爵と共にいた幼いローレンシアにザラードは恋をしたと。
ザラードは恋した女の子の為に黒馬を育てると決めた。
彼女が自国の王太子の婚約者候補に選ばれ、一時は諦めようとしたらしいのだけど。
「…ねぇ、ヴァイス?貴方、私の殿下への愚痴を伝えてたの?」
笑顔で鼻の頭を撫でると、愛馬は怯えて後ずさる。
「そんなに怯えないでよ。…そのお陰でザラードはエクウス家の身分証を贈ってくれたから出国できたわけだし。偽造ではない物をね」
『ローラ』と『エクウス』の家名の入った帝国の証明書は、偽名だけれど、きちんと正式に国から発行されたもの。
エクウス家がどうやったのかはわからないけど。
「…ローラを俺の嫁として、申請してた」
「え」
「…この国ではもう夫婦の扱いになってる。…無断で悪い」
ヴァイスの影からザラードが現れた。
「ザ、ザラード?なんでここへ」
「それは、ヴァイスが、視聴感覚伝達…いや、それより求婚受けてくれるって」
「っヴァイス!!ちょ!早っ、逃げ足早っ!!」
ザラードに気を取られている間に走り出した愛馬は、水瓶を背負っているのにそれを感じさせない脚力を魅せた。
書類上では若夫婦の二人を残して。
「していませんよ。リザさん」
ローレンシアは枯れ草を抱えて、馬小屋に運んでいる。
愛馬の兄弟たちの寝床を清潔に保つために。
「ローラ、ヴァイスと水を汲みに行ってくれ」
「はーい!」
若き馬場主ザラードの指示が飛ぶ。
ここでは公爵令嬢ローレンシアではない。
一厩務員のローラなのだ。
ローレンシアはヴァイスの鞍に瓶を引っ掛け、桶を手にして近くの水辺へ向かう。
精霊の集う山の中の湖から流れる水を、黒馬は喜んで飲むらしい。
ローレンシアは、今、帝国にいた。
自国から国境を超えた所で、緊張が解けて気を失った。
そこに、彼、帝国で黒馬を繁殖させているエクウス家の長男ザラードが助けてくれた。
ローレンシアが目を覚した時には、越境したはずの国を横断して、すでに帝国に入っていた。
どれほど気を失っていたのかと思えば、たった二時間だと聞いて目を剥いた。
「黒馬は天を駆ける。それが伝説じゃなかったら…?」
ザラードに意味深に笑われ、まさかと疑った。
すべての黒馬がそうではない。
ローレンシアの十三の誕生日にザラードから贈られた黒馬は先祖返りだという。
エクウス家の先祖、皇族から抜けて黒馬の飼育と繁殖に人生を注いだ皇子の愛馬の名前をとったヴァイスは、先祖と同等の力を持っていた。
先祖返りは己の視覚と聴覚を黒馬仲間に伝え、それを主たちに伝達できた。
ローレンシアの逃走理由とその経路は、ザラードの愛馬ルシェに視聴覚情報が伝わり、ルシェが主にそれを伝えた。
ヴァイスの母馬ルシェも先祖返りだ。
ザラードがローレンシアの居場所を把握でき、自国から逃げ切れたのはヴァイスとルシェのお陰なのだと聞いた。
「ヴァイス。貴方って本当にすごかったのね」
瓶に水を注ぎながら、ローレンシアはヴァイスを褒めた。
彼はローレンシアの言葉がわかっているようで、鼻を鳴らして得意顔をする。
「今度は、私が起きている時に空を飛んでほしいな」
天駆には技術がいるらしいので、ローレンシアの単独飛行は認められない。
ザラードの母、リザさんからは息子に乗せてもらえば?と言われた。
「ヴァイス…あのね。私、ザラードに求婚されたの。…受けようと思うのだけど」
昔、黒馬の貸与の申請の為に帝国にやってきた父、公爵と共にいた幼いローレンシアにザラードは恋をしたと。
ザラードは恋した女の子の為に黒馬を育てると決めた。
彼女が自国の王太子の婚約者候補に選ばれ、一時は諦めようとしたらしいのだけど。
「…ねぇ、ヴァイス?貴方、私の殿下への愚痴を伝えてたの?」
笑顔で鼻の頭を撫でると、愛馬は怯えて後ずさる。
「そんなに怯えないでよ。…そのお陰でザラードはエクウス家の身分証を贈ってくれたから出国できたわけだし。偽造ではない物をね」
『ローラ』と『エクウス』の家名の入った帝国の証明書は、偽名だけれど、きちんと正式に国から発行されたもの。
エクウス家がどうやったのかはわからないけど。
「…ローラを俺の嫁として、申請してた」
「え」
「…この国ではもう夫婦の扱いになってる。…無断で悪い」
ヴァイスの影からザラードが現れた。
「ザ、ザラード?なんでここへ」
「それは、ヴァイスが、視聴感覚伝達…いや、それより求婚受けてくれるって」
「っヴァイス!!ちょ!早っ、逃げ足早っ!!」
ザラードに気を取られている間に走り出した愛馬は、水瓶を背負っているのにそれを感じさせない脚力を魅せた。
書類上では若夫婦の二人を残して。
791
あなたにおすすめの小説
【完結】嗤われた王女は婚約破棄を言い渡す
干野ワニ
恋愛
「ニクラス・アールベック侯爵令息。貴方との婚約は、本日をもって破棄します」
応接室で婚約者と向かい合いながら、わたくしは、そう静かに告げました。
もう無理をしてまで、愛を囁いてくれる必要などないのです。
わたくしは、貴方の本音を知ってしまったのですから――。
欲に負けた婚約者は代償を払う
京月
恋愛
偶然通りかかった空き教室。
そこにいたのは親友のシレラと私の婚約者のベルグだった。
「シレラ、ず、ずっと前から…好きでした」
気が付くと私はゼン先生の前にいた。
起きたことが理解できず、涙を流す私を優しく包み込んだゼン先生は膝をつく。
「私と結婚を前提に付き合ってはもらえないだろうか?」
【完】ある日、俺様公爵令息からの婚約破棄を受け入れたら、私にだけ冷たかった皇太子殿下が激甘に!? 今更復縁要請&好きだと言ってももう遅い!
黒塔真実
恋愛
【2月18日(夕方から)〜なろうに転載する間(「なろう版」一部違い有り)5話以降をいったん公開中止にします。転載完了後、また再公開いたします】伯爵令嬢エリスは憂鬱な日々を過ごしていた。いつも「婚約破棄」を盾に自分の言うことを聞かせようとする婚約者の俺様公爵令息。その親友のなぜか彼女にだけ異様に冷たい態度の皇太子殿下。二人の男性の存在に悩まされていたのだ。
そうして帝立学院で最終学年を迎え、卒業&結婚を意識してきた秋のある日。エリスはとうとう我慢の限界を迎え、婚約者に反抗。勢いで婚約破棄を受け入れてしまう。すると、皇太子殿下が言葉だけでは駄目だと正式な手続きを進めだす。そして無事に婚約破棄が成立したあと、急に手の平返ししてエリスに接近してきて……。※完結後に感想欄を解放しました。※
好きにしろ、とおっしゃられたので好きにしました。
豆狸
恋愛
「この恥晒しめ! 俺はお前との婚約を破棄する! 理由はわかるな?」
「第一王子殿下、私と殿下の婚約は破棄出来ませんわ」
「確かに俺達の婚約は政略的なものだ。しかし俺は国王になる男だ。ほかの男と睦み合っているような女を妃には出来ぬ! そちらの有責なのだから侯爵家にも責任を取ってもらうぞ!」
わたしを捨てた騎士様の末路
夜桜
恋愛
令嬢エレナは、騎士フレンと婚約を交わしていた。
ある日、フレンはエレナに婚約破棄を言い渡す。その意外な理由にエレナは冷静に対処した。フレンの行動は全て筒抜けだったのだ。
※連載
誰にも信じてもらえなかった公爵令嬢は、もう誰も信じません。
salt
恋愛
王都で罪を犯した悪役令嬢との婚姻を結んだ、東の辺境伯地ディオグーン領を治める、フェイドリンド辺境伯子息、アルバスの懺悔と後悔の記録。
6000文字くらいで摂取するお手軽絶望バッドエンドです。
*なろう・pixivにも掲載しています。
腹に彼の子が宿っている? そうですか、ではお幸せに。
四季
恋愛
「わたくしの腹には彼の子が宿っていますの! 貴女はさっさと消えてくださる?」
突然やって来た金髪ロングヘアの女性は私にそんなことを告げた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる