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4章 渡界人の慧眼
4-1 我はウォルター・ランドステイ⑧ 明かされた名前
しおりを挟む私達は駅のホームを駆け抜け、駅前に停まっていたタクシーに飛び込むと大伴家へ向けて出発した。
屋敷に近づくにつれ、私は胸の内にある疑念が高まるのを抑えられず、渡に問うた。
「しかし、どうやって説明するんだ?さっきの説明では母親はともかくあの家庭教師や父親が納得するとは思えんぜ?」
「そこは納得してもらうしかないよ。どうしてもというのなら実物を見てもらう事でね。今回の件はどう説明しても常識の範疇を超えているのだから」
渡もこの点はいささか困っている様子だった。
「何だか頼りないなあ」
「勇君の両親の真の愛情が試されているといっても過言ではない。情愛は理屈や理性では説明がつけられないからな。『いい子』というのが結局のところ親に都合の『いい子』であるか、そうではなく本人そのものを愛しての『いい子』なのかという問いを僕らはあの両親に突きつけることになるんだよ」
「君は教育評論家にすぐにでもなれるな」
「なに、僕自身がそういう教育を受けてきたからね。でなければ異世界総合コンサルタントなんて職業を選ぶことは無かっただろうさ」
そんな会話を続けている内に大伴家に着いた。夕闇に照らされたインターホンを鳴らすと母親のひかり氏が出迎えてくれた。
「急にお邪魔して申し訳ございません。勇君は?」
「ああ!良かった!渡さん、私はもうどうしていいか・・・・今連絡をしようとしていたんです。あの子はとんでもない子です!!いえあれは断じて勇ではありません!」
渡は取り乱す母親を宥めながら言った。
「落ち着いて下さい。一体何があったのですか?」
「つい30分前の事でした。家庭教師の授業中にあの子は先生を何かの実験台にしようとしたんだそうです!先生はこの世のものとは思えない声を上げて部屋を飛び出しまして、その事を私に伝えると気絶してしまいました。そして」
私達はここで会話を中断せざるを得なかった。屋敷から不気味な詠唱が聞こえてきたからだ。
「いけない!!早く彼を止めなければ!!」
私達は全速力で勇君の部屋の前に向かう。鍵が掛かっていて明かない。
「君、扉を破るのを手伝ってくれ」
「よしきた!」
2人で扉に体当たりして何度目かで遂に蝶番が外れ、私達は部屋の中へ倒れ込んだ。
部屋の中はおおよそ3歳児のものとは、いや常識的な人間の部屋とは思えぬものだった。
部屋一杯に散乱した学術書やフラスコや試験管が並べられており、中心には六芒星が見たこともない色のチョークで描かれていてその中心に子供が目を閉じて立っていた。
「私は渡界人。異世界総合コンサルタントをしている。君は誰だ?」
渡に相手は答えない。詠唱を続けながらただ不遜な眼を上げるだけだ。
「話を変えよう。君は異世界カーウデクストから呪文を使い魂だけをこの子と入れ替えた。女神マハが不審な幼子の魂がカーウデクストへ来るのを見ているのだ。これが君の意図した結果かは分からないが、とにかく君はこの世界に転生した」
渡は続ける。
「君の母親から話を聞いて今回の件が転生に関連すると疑ったのは君が料理と偽って色々な調味料を鍋の中に入れた事だ。あれらを君が化学薬品と間違うのは無理はない。カーウデクストでは砂糖とは黒砂糖だし、塩も岩塩。コショウに類する物はないからね。そこで君はこの世界の常識を学ぶ為にひとまず子供の振りをする事にしたが、人嫌いの隠者ゆえかその振る舞いは子供のそれではなく、さらには自身の探求心を止める事も出来なかった。君はこの部屋に父親の書斎から君の生前の専攻していた学問に類する本を見つけて読みふけった。もちろん本に偽装を施してね。そしてこの家の家庭教師に付いてこの世界の常識を教わり、用済みとなったので魔術の実験台か生贄にしようと今行動を開始した。ここまでで何か違うかね?無名魔術師さん?」
渡の最期の言葉は彼の中の別人のプライドをいたく傷つけたらしい。
「黙れ!!何も知らぬ凡人が!!我はウォルター・ランドステイ!!この世の真理の全てを解き明かす者だ!!」
子供の顔には年相応のものではなく、皺だらけの老人の怒りの形相が浮かんでいた。
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