魔甲闘士レジリエンス

紀之

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第56話 暗黒の新秩序(前編)  

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『審判の日』《ドゥ―ムズデイ》の被害は地球各地に深刻な被害をもたらした。その混乱に乗じて異世界から『帰還』した翌日にアトランティス大陸、というより魔甲闘神メサイヤは世界各地に向けて次の声明を発表した。

『我々は1万2千の時を超えて地球に帰還した。我々アトランティス帝国は当時の世界の覇者であった。改めて我々は再び世界全てをアトランティスによる新世界樹立の為に行動を開始する。
新世界において生存可能な人類は以下の条件の内一つ以上を満たした者のみに限る。
・魔法を使えるもの。もしくは魔法の鎧に選ばれたもの
・身体障害者及び精神障害を持つ者
・帝国管理下のUMAへの変身改造を受けた者
上記以外のいわゆる『普通』の人間は弱者を迫害し、強者を嫉妬する存在であり、これが人間同士の不毛な争いの原因であると我々は断定し、全て抹殺する。これに例外は無く、この方針に逆らう者はアトランティス人であっても処刑する。世界平和の為この声明を速やかに受け入れてくれる事を期待する』



この世界に対する宣戦布告に当然各国は反発した。

各国の首脳はTV演説で一様にこんな事は受け入れられない、と。

だがその瞬間彼らは突如苦しみだし、そのまま亡くなった。メサイヤの神の如き力はこのような超常の力さえ発揮できる程強力な物だった。そして敵対を明確にした全ての国家上空を再び高濃度エレメンタル・エナジー降り注ぐあの赤黒い空へと変えていった。

その様子とこの事態を待っていたかのように世界各地へアトランティスから派遣されたハスカール達が侵攻を開始した。既にドゥ―ムズデイの世界規模の災害で海洋に浮かぶ島国や島嶼国家は海面上昇のあおりを受けて一部もしくは国土全部が沈んでしまった。更に海流と偏西風の流れの変化の影響でヨーロッパ全土は暖かい空気が入ってこなくなった為寒冷化しこの地域は人が住むのに適さない土地と化していた。

これら上記の地域の人々は難民となり比較的「安全」な地域へと向かっていった。

とは言えこれ以外の国や地域でも似たような状況で、特に気候変動による食糧問題は深刻だった。

人々の一部は暴徒と化し略奪に走るか餓死するかを選ぶしかなかった。その一方でこれらの道を選ばなかった人々も高濃度エレメンタル・エナジーによって消滅するかUMA化するのかを待つばかりだった。

最もUMA化した場合それまでの人間のコミュニティにいられなくなることを意味していたが。

各国政府は事態収拾にあたろうとも圧倒的な人手不足と技術力不足で対応は後手に回ってばかりだった。よって世界各地は瞬く間にアトランティスの占領下に置かれていった。生き残った人々は移民という形でアトランティス大陸へと「連行」もしくは志願して向かっていった。日本はそれらの国々の中でも最も早くアトランティスへ降伏し、彼らの推し進める政策を容認した国だった。



侵攻開始から10日後


「進行状況はどうだ?アゲシラオス博士」

「順調だよ。間もなく対レジリエンス、マルス用のUMAも誕生する。捕縛したジャージーデビルは良い研究材料だよ。UMAの素材も生き伸びる為に志願してくる現生人類共の難民は掃いて捨てる程いるしな」

アトランティス帝国首都ポセイドニア。その城塞の一角でティブロンとアゲシラオスは今後の対応を話し合っていた。

「しかしメサイヤにあのような機能があるとは思わなかった」

「天に唾する者は自身へ害が及ぶのさ。死という形でね。メサイヤが認識している人間に限るが」

「なるほど。TV中継などするからかえって目に留まる訳だ」

「君の排除したい人間というのはそういう連中だろう?」

「その通り。自分に何もないから弱者と強者を叩く、個性とやらを持たぬ普通の人間を文字通り排除して初めて世界平和は完遂される。持たぬなら我々が与えてやろうというのだ」

「UMAの変身能力をな。そして彼らを我々が支配する」

アゲシラオスは喉を鳴らして笑う。

彼らの耳に悲鳴が聞こえてくる。

「ジャージーデビルのあの悲鳴もそろそろ耳障りだな」

「まだ全ての実験が終わっていない。最もあの不摂生者が耐えられるかは疑問だが」

「例の戦略級UMAか?実現すればこれ程頼もしい物もないが?」

「可能だとも。間違いなく我々の切り札になる」

「そうか。だがアトランティス大陸は全てが元に戻った訳ではない。異世界に取り残された土地や別の場所に出てしまった土地もある。それらを取り戻すのが先決だ。その為にはレジリエンスの持つ創世の宝珠の片割れがどうしても必要だ。その為の刺客が間もなく完成するのだな」

ティブロンは首都郊外に建造中のタワーを見ながらそう言った。彼らは再びドゥ―ムズデイの災厄を起こすつもりだった。



「駄目だ。何もかも売り切れだ。どこに行っても物がない」

電気の消えたスーパーから出てきた八重島夫妻は自家用車のシートへ座って火山灰対策用のマスクを外す。

八重島家の面々と芹沢達人は車でゴーストタウン同然となったK県f市内をあてもなくさ迷っていた。

富士山の噴火による火山灰と土石流によって東西の交通網が寸断された日本は、インターネットを含めた水道・電気といった社会インフラが甚大なダメージを受けた今、人々はこうして自力で今日生きる糧を探すしかなかった。そこに高濃度エレメンタル・エナジーによる人々の消滅という圧倒的な人手不足によって災害復興の目途は全く立っていない。加えて世界各国からの輸入も滞っており、日々の生活そのものが不可能になりつつあるのが現在の状況だった。こんな状況下では無人となったと思しき家やスーパー等に侵入してこういった物を略奪する人々も出てきて、そう言ったものが闇市で売られることに多々あった。無論それらとの交換は紙幣や硬貨ではなく衣類といった物々交換が基本である。

「もうちょっと先にいったら?海岸沿いにドラッグストアが・・・」

そう言って八重島梓は思い出したように言葉に詰まる。

このf市も海面上昇で街の一部が水没していた。不幸中の幸いで八重島家のある地区は海抜の高い場所にある関係で無事だったがドラッグストアのあった一角は完全に海の下に沈んでいた。

「そういえばさ、達人はいいの?エリイさんの所にいないでさ」

「今俺の力が必要なのはここだ。レフテリアの町に俺が出来ることは限られているからな。何かあれば鎧を通して連絡が来る。それ以外はあまり役に立てないからな」

「そんな事ないと思うけど・・・でも修理してもらったんでしょ?」

「ああ。だから定期的に周辺を巡回して調停しているんだが、中々な」

ドゥ―ムズデイの影響でf市近くの海岸に出現したレフテリアの町とその周辺に存在していたアトランティスの土地の存在は街の最大の火種になっていた。異文化と今回の事態はお前達のせいだと両方の生き残りの人間達の間で諍いは絶えなかった。
ただ決定的に違うのはレフテリアの住民達は今まで通りの自給自足を何とか続けられるのに対してf市の元からいた住民達は物資不足に喘いでいる。その事もアトランティス人達がヘイトを買う要因となっていた。といってもレフテリア側も新しい住人を受け容れるだけの余裕は無く、土地から可能な限り外へ出ないという一種の隔離を行っていた。いくらバリケードを張ろうが好奇心や悪意には勝てない。ののしり合いや暴力沙汰は境界付近で幾度となく起こっていた。

「遠出するにしてもガソリンが足りるか・・・達人、ラジオは何か言っていなかったか?」

少しでも明るい話題がないかという望みから修一郎が話題を変える。

「いや。相変わらずだ」

「東京があれじゃあね」

八重島梓が嘆息する。

東京は既に『都』ではなくなっていた。

海面上昇にて東京の中心地が水没し、東京湾が1.5倍ほどに拡大した事により都市機能と行政機関がマヒすると政府はその機能を内陸のG県へとさっさと移転してしまった。それに伴い都内の治安は最悪だという。

これに比べればf市はまだましな状況と言ってよかった。

「!?今なんか動いた!」

八重島紗良が小さな悲鳴を上げて窓の外を指さす。そこは小さな個人商店で、店の周りには物色されたと思しき棚や鉢植えの残骸が散らばっていた。

「見てくる。八重島さん、5分経って戻らなかったら構わず出て下さい。巡回部隊に見つかるとまずい」

「分かった。家の方へ行くからな。そっちに来てくれ」

了解、というと達人は杖を手に周囲を警戒しながら商店の中に入る。

(生存者か、はたまたここに住み着いたUMAか?)

商品の無い棚の奥の通路からガサガサという音が聞こえる。床に火山灰以外のゴミの無い事から人間ではなくUMAの可能性の方が高そうだった。

(そちらの方が今は対処しやすいんだが)

自分達もいや誰も彼もが欠乏状態だった。この状況で誰かを助けるという事がいかに絶望的かという事をこの10日で達人達は思い知らされていた。

と、外から特徴的な駆動音が響いて来た。巡回部隊の車両が近づいて来たのである。現在の情勢下で最も避けねばならない相手、アトランティス巡回隊である。彼らは抵抗する現生人類を片っ端から射殺するか、移民志願者を『難民船』と呼ばれる武装船に載せて本国へと送り出す2つの事を主な任務としていた。

(向こうも気になるが、今は見えない脅威より見えている脅威の方を片付ける方が先だ)

そう考えた達人は踵を返して入口へ戻ると同時にレジリエンスの箱を召喚し、その中に入って鎧を装着する。1秒後八重島家の車を狙う熱線銃を弾き返しながら巡回部隊の車両の前に躍り出た彼は2つの驚きと1つの疑念を覚えた。
驚きの1つは連行される人々の中にレフテリアの住民である少女ソフィアが車両後部のむき出しの荷台にいた事、そして先程出てきた商店の入口から人間だった頃の服やアクセサリーを身に着けたままの類人猿型UMA XYZ1がこちらを眺めている事だった。

(微弱だがもう2つエナジー反応がある。もう2体はどこにいる?)

最悪5つ巴の中から住民達を逃がさなければならない。そう考えるとさっさと店のUMAを片付けなかったのはまずかったと思っていると車両からハスカール隊がレジリエンスとXYZ1へ熱線銃を発射し、その発砲音に交じって「逃げろ、オヤジ!」という叫び声が道路上に木霊した。

レジリエンスはXYZ1の前に立ち塞がると体を大の字に広げて庇う。そして両手で逆三角形を描き、その下の頂点付近の2辺に横一線を描いて土のシンボルを形成、土魔法トイコスを発動する。灰色の壁は車両の進行方向とXYZ1の周囲に展開される。

(後は短時間ならサンダーナイトで・・・・!)

サンダーバードを呼び出し、合身。超高速移動の剣技と稲妻でハスカール隊を斬り伏せていく。

「余計な事をしやがって!!」

先程UMAを父親と呼んだ少年が荷台から降りて合身を解いたレジリエンスに殴り掛からんばかりに詰め寄った。

「戦えるアンタはいいさ。何もない俺達はな、アトランティス人に尻尾振って、それこそUMAにでもハスカール隊にでも入らなきゃ、もう生きていけないんだよ。それなのにお前は余計な事しやがって・・・・!オヤジは怪物になっちまうし、明日からどう生きろってんだ・・・・・」

俯く少年の目の前にチャリンと血のついた指輪が投げ落とされた。XYZ1が瓦礫のから突き出ている死体の指からもぎ取ったのだ。

いかに警察機能がマヒしているとはいえ人々から良心がいきなり消え去って暴徒化する訳ではない。

だが今日を生きる事に必死になれば自然、人という物は倫理のタガが外れていくものなのだ。

その身が怪物に変わってもXYZ1の心には子を案ずる気持ちと悪い事をしているという人としての良心が残っているからこその行動だった。

だが今の状況ではこんな指輪はパンや米に交換する価値もない。

それでもこんな事をしてしまうのは崩壊以前の価値観が根付いているからなのだ。

「もうこれ以外に出来る事が無い。せめて家庭菜園でもしときゃ良かったかな」

少年はそう呟き指輪をポケットにしまうと大きくため息をつく。それは周りの大人達も同様だった。

「だがアトランティスに行ってどうなる?ハスカール隊として人を殺せるのか?連中の言った事を思い出してみろ。適当な所で切り捨てられるだけだ。ならばやるべき事、やりたい事を探すなりした方が良い。少なくとも俺はそうする」
「アンタは力があるからそんな事が言えるんだ。俺にはもう・・・このまま死ぬしかないんだ」

「あるだろ。親父さんを人間に戻す方法を探すってのが。それは出来るんだ。ただ方法が難しい。それを誰でも出来るやり方を作るっていうのは生きる理由にならないか?」

「こんな絶望的な環境で出来るかよ!」

「皆でやるんだよ。俺もその為に戦う。戦い続ける」

そこにタイミング悪く文明存続委員会のバンが現れた。

それを見た街の人々と少年はバンを取り囲み、怒号を浴びせたり、棒や拳で殴りつける者もいた。

今回の原因を作った元凶と言えるこの組織に対する恨みは相当の物で、この車の中の人間達が事態収拾にどれだけ尽力したかなど街の人々は知る由もない。

だが怒号を上げ、車を殴る人々の威勢もバンの後部から飛び出してきたガンウルフに跨るマルス=黒川ケイの姿を見ると急速にしぼむ。

この装甲服を着た者が自分達に何をしたのかを忘れる者はいなかった。

怒号は悲鳴に変わり人間の輪は蜘蛛の子を散らしたようにバラバラになる。

「思い切ったことをするな」

レジリエンスはガンウルフの左側に接続されたカノンボアのシートにソフィアを乗せる。

「こうでもしないと先にいけませんからね。八重島さん達は無事ですよ」

ケイ達残された文明存続委員会のメンバーは事態収拾にはアトランティス人の協力が必要と判断した。

その協力を得る見返りに自分達という戦力で彼らを保護するといういわば恩を売る形で彼らに接触をしたいと考えていたのだ。



「時間はほとんどない。連中が本格的に攻めてきたら一たまりもないだろう」

「その前にアトランティス大陸へ乗り込むと?」

「それ以外に方法は無いと思う。ティブロンのやり方にアトランティス人全員が賛同するとも思えないしな」

「どう言ってるんです、彼女は?」

「時間をくれとのことだ」

「まあそうでしょうね」

だがその仲裁も双方の不信を取り除くには相当な時間がかかりそうだった。魔法が使えるという1点を除けばアトランティス人も現生人類も変わりがない。そして子供の好奇心という物も共通で、親が目を離した隙にソフィアは初めて見る場所へ行ってしまったのだった。危険だから、ここの人達の怒りを買うから、という親の言っている事は彼ら子供には理解するには難しい。それを自分達が具体的な『形』で受けるまでは。その子供の1人ソフィアも先ほどの少年と取っ組み合いになっていた所を巡回部隊に拉致されたのだった。

「そんな時間をやると思うか?」

廃ビルの屋上から突然半裸の2人の男達が飛び降りてきた。

「皆離れろ!こいつらは」

達人の声も虚しく男達は鎧を纏った三つ目の猿の顔と長い尻尾を生やした怪物に、もう一人は巨大な鳥の羽と頭部にワニの体というおぞましい姿に変わる。彼らの変身時に発生したエレメンタル・エナジーに当てられて周りの人々は黒い霧と化して消滅した。
「ケイ、ソフィアを連れて早く・・・?」
カノンボアの座席にはソフィアの姿は消えていた。彼女はいつの間にか廃ビルの屋上に移動していた猿の怪物の小脇に抱えられていた。

何が起こったか考える暇もなくあっという間に少年をもう2体の巨大な鳥モドキが連れ去った。

「あの姿、合成UMAか。俺は猿みたいな奴を追う」

「鳥の方は僕が」

「任せたぞ」

マルスはパワードペッカーを呼び出す。

ペッカーがその頭を180度回転させ、スタビライザーとなるのに焦れながらマルスは背中にメカを合体させると飛び立った。

2人は別れてそれぞれの敵を追った。
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