魔甲闘士レジリエンス

紀之

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第36話 イミテイション・ソルジャー(後編)幻魔闘士レジリエンス・シャドーシャドー・マルス登場

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 八重島紗良は走っていた。走らなければ生き残れないと本能のそう告げるままに走り続けていた。

だから家の門が見えた時は安堵で目に涙がにじんだ。

そして家の前の地面から突然藍色の鎧が飛び出してきたことで涙がどんどん溢れてきた。

そのままその鎧に抱き着いた。

「お前はいつも襲われているな」

「あんたは・・・あんたはいつも突然いなくなったり出てきたり・・・なんなのよ、もう」

泣きじゃくる紗良をレジリエンスは右手でポンポンと叩く。

表の様子に何事かと外へ出てきた八重島梓はその光景を見て目を細める。

「おかえりなさい、紗良。達人君も。2人とも無事でよかったわ」

「ただいま戻りました。梓さん」

左腰の装着解除スイッチを押そうとした達人は妙な駆動音を聞きつけてそれを取りやめ、音のした方を見やる。

そこには専用バイク・ガンウルフに跨ったマルスがいた。

「この2人は影人間とやらじゃないぞ」

2人の前に出たレジリエンスはマルスへ杖を向ける。

「分かっていますよ。達人さん」

プシューという空気の抜ける音を共にマルスのフルフェイスヘルメットを脱いだ黒川ケイが右手でヘルメットを持ったまま両手を上げる。

「やっぱり」

「まあ、隠すつもりは無かったんだけど。僕が魔甲闘士マルスの正体だよ。紗良さん」

「なんだ知り合いか?」

「藤栄高校に入学したんですよ。それより」

「そうだな。梓さん、早速で申し訳ありませんがリビング空いていますか」

「ええ。今日はあんなことがあったから塾の子供達は皆帰したから」

達人もレジリエンスの鎧を外す。空気の抜ける音と同時に全身から濃い灰色の煙が上がる。

「ありがとうございます。ケイ、情報交換といこう」


「まずはあいつらを倒してもらってありがとうございます、達人さん。あいつらは分析上人間だったのでこっちとしてはどうする事も出来なかったんです」

リビングの椅子に腰かけたケイは頭を下げる。

「そうか。だからそちらの動きが変だったのか。それで紗良、お前はあいつらに狙われる理由に心当たりはあるか」

「わからない。初めて見る顔だったし」

「そうなるとますます意味が分かりませんね。この家は影人間を作る薬は」

「誰も買っていないわ。無くても困らないから」

梓が人数分の紅茶のカップを乗せたトレーを持ってきながら言った。

「仲間を増やすという線も違うな。むしろ吸収して人間を減らしていた」

自然と3人の視線が紗良に注がれる。

「あの、あたし普通に学校に行って部活の助っ人して帰ってくるただの女子高生よ?まあ今日は友達と寄り道してきたけど」

「だが連中はそこに普通で無い物を見た。もしくは知った」

「怪現象に頻繁に遭遇しているのを知っている?でもそれが一体なんだって言うんだ?」

達人とケイは考え込むが答えは出ない。

「ソーサリィメイルだっけ?それが狙いじゃない?ドラマとかでよくあるでしょ、この子を人質にとったからそれを寄こせって」

梓の言葉に2人とも顔を上げる

「・・・・連中の戦闘力は大したことが無い。あり得ますね」

「そうでしょうか?それならあの時僕にそう言わなかったのは・・・連中の狙いはレジリエンスの鎧か?」

「だがそうなると別の疑問が出てくる。あいつらの後ろにいる奴はレジリエンスとマルスの明確な違いを知っているという事になる。そんな知識のあるのは・・・」

「まさか、文明存続委員会に裏切者がいると?」

その時ケイのスマホが鳴る。失礼、といってケイが出ると笠井恵美から驚くべき情報がもたらされた。

回収した風の四元将テベリスの右腕と左足が何者かに持ち去られた、と



「まさかレジリエンスが生きていたとは。しかも形が変わっている」

廃ビルのモニターでニュース速報を見ていた喜納とDr田出井は自分達の計画が失敗した事を悟った。

「どうする?あの八重島という女学生の確保は格段に難しくなったが」

「チッ、マルスを見た人間がこんなにまで少ないとは。委員会の連中徹底しているな」

「君自身の記憶には無いのか?」

「設計図はな。実際に動いているのを見た事は無い」

「なるほど。それだけじゃ確かに定着は難しいね。どうするこれを使ってみるか?」

Dr田出井は机に体温計の様な物を置く。

「これは?」

「対象の記憶だけを読み取り、記憶する装置だ。E₃にいた時は何の役にも立たぬと馬鹿にされたが、僕の自信作である事は間違いないよ。それとシャドー・ピープルの素を組み合わせれば」

「私もマルスになれるという事だな」

「問題はその娘がどれだけ見ているかという事にかかっているがね。実際どうするつもりだい?」

「何、方法はいくらでもあるさ。それよりその性能だが」

「そこは保証する」

「では明日だ。明日お互いの復讐を果たし、その上で」

「我らの理想郷を作る。我々が君臨する影の王国を」



翌日

「それじゃ2人ともいってらっしゃい。達人君、紗良をお願いね」

「はい」

秋晴れの空の下を紗良の護衛として達人は学校までの道のりを彼女と共に歩いていた。

達人は相変わらずのボサボサ髪であるが服装だけは以前買った黒いシャツとスラックスを着ていた。

「ねえ」

「何だ?」

「戸籍が手に入ったら改めて学校に通わない?学年は違うけど一緒に登校するの楽しくない?」

「悪いが今はそういう事をしている暇は無い。だが落ち着いたら考えてもいいかもな」

「それいつよ?」

「分からん」

「やっぱり」

「それより緊張感を持て。狙われているんだぞ」

「そこはホラ、優秀なボディーガードがいるから」

「ケイに迷惑をかけるなよ。校舎内はあいつの管轄だからな」

「信頼してるんだね。酷い目にあわされたっていう人の息子なのに」

「父親と息子は別の人間だ」

紗良にはその言葉を達人が自分に言い聞かせているように聞こえた。

「よく言ってる理不尽って奴?」

「そうだ」

そんな会話をしている間に藤栄高校の校門が見える。

そこに立っている亜麻色の髪の少年が右手を上げる。

「おはようございます。紗良さん、達人さん」

「後は頼むぞ、ケイ」

「お任せを」

そう言ってケイはまるで執事が主人を案内するような仕草で紗良を敷地へ誘う。

その動きに苦笑しつつも紗良は咥内に入ろうとした、その時だった。

1台のバイクとそれを追う人間型UMAシャドー・ピープルの群れが現れた。

「何ッ」

達人とケイは紗良を庇うように学校の敷地内に押しこもうとするがそこに恐怖と焦りからか、バイクの運転を誤った

全身白づくめのライダーがバイクから投げ出され、紗良の目の前に転がった。


(アイツ、受け身を取ったな。まさか)

「紗良、そいつから離れろ。出来るだけ遠くに」

「もう遅いね」

ライダーは紗良を左腕で抱えると細長い器具をその首筋に当てる。

その器具に紫色の電光が走るとライダーはそのフルフェイスヘルメットを乱暴に投げ捨てた。

「あなたは確か父さんと対立して辞めた喜納朔太郎さん!?まさかテベリスのパーツを盗んだのも」

「そうだ。ようやくたどり着いたか。そして復讐の時が来た!俺を認めなかった委員会の連中にな!!」

喜納朔太郎は右腕ライダースーツの袖を捲るとそこにはテベリス右腕の篭手が付いていた。そこには試験管の様な物が2つ巻き付いている。

「何をするつもりだ?」

「フフフフフフ、装着!」

喜納は先程紗良の首筋に当てた器具を試験管の1つにセットすると同時に周囲にいたシャドー・ピープルが黒い煙となってもう一つの試験管へと集まっていく。

そして篭手が黒く染まると同時に変形し、そこから喜納の全身を影が覆っていく。

そして影は黒いマルスの姿となった。

「これは・・・」

「驚いたか?これが人間の記憶を抽出し、ソーサリィメイルのパーツを媒介に影をその通りに変化させて生まれた幻魔闘士シャドー・マルスだ。マルスの記憶をきちんと持っているのはこの娘以外いなかったのでな。苦労した甲斐があったというものだ。さらに」

シャドー・マルスは試験管を先程乗っていたバイクのタンク部分に押し当てる。

するとバイクはマルスの専用バイク・ガンウルフと同じ見た目に変化した。違いは主同様夜の闇より暗い漆黒であるという点だった。

「コイツの性能はよく知っているだろう?街中でディバイン・ジャッジメントを使うとどうなるかも」

そう言うとシャドー・マルスはシャドー・ウルフと言うべき専用マシンに跨り、市内中心部へ向けて走り出す。

「させるか!達人さん、あいつは僕が」

「止めは任せる。俺もフォローする」

「わかりました。バイクを取ってくるので待っていてください」

ケイも学校付近に停めてある文明存続委員会のトレーラーへと駆け込む。

マルスの装甲服を装着するとガンウルフへ跨ると後ろにレジリエンスの鎧を装着した達人を乗せ後を追う。

それを妨害するように横から1台のバンが飛び出してきた。

「危ない!」

急ブレーキをかけて止まるガンウルフ。その前にバンから一人の白衣を着た男が下りてくる。

「おい、あいつの左足」

「ええ。テベリスの奴です」

「やっと会えたな、芹沢達人!死んだと聞かされていたが生きていたとはね。おかげで計画が狂ってしまったが、まあいい。それは君の命で償ってもらおうか」

「ケイ、シャドー・マルスを追え。こいつは俺をご指名の様だ」

「もう予想はついているだろうがね、装着」

バンの後部から大量のシャドー・ピープルが這い出てくると同時にそれらは煙に変換され左足に集まっていく。そして黒く染まった脚甲が変化すると同時にそこから男の全身を黒い影が覆う。影は異世界で改修される前のレジリエンスの鎧へと変化する。

「やはりな」

「幻魔闘士レジリエンス・シャドーと名乗っておこうか。尤もすぐに本物となるだろうがね」

正邪4人の戦いが始まった。



魔甲闘士レジリエンスと魔甲闘士マルスを模した幻魔闘士レジリエンス・シャドーと幻魔闘士シャドー・マルス

レジリエンスとレジリエンス・シャドーの戦いの序盤はほぼ一方的な物だった。

「はッ!」

「グウオッ」

改修された達人のレジリエンスと改修前の鎧を着るDr田出井は鎧の性能も装着者の技量も雲泥の差があった。

運動のうの字も知らない様な貧相なDr田出井の体では長年鍛え上げてきた達人の動きについてこられず、今も後方に跳び下がった所を追い付かれ、痛烈な右ストレートを食らって地面に転がった。

「おのれッ、だがこれは出来まい!」

立ち上がったレジリエンス・シャドーは両手と杖にそれぞれ火球を形成し発射する。

「チッ、一丁前にフロギストンを撃てるのか」
着地した直後を狙われたレジリエンスは咄嗟に左腕で逆三角形を描き下の頂点付近を横に薙ぎ払い、四元素における土の記号を描くと「トイコス」(ギリシア語で壁の意)と叫ぶ。

左腕に灰色の防御壁が形成され3つの火球を防ぐ。

「まだ終わりでは無いぞ!」

そこに両脚に炎を纏ったレジリエンス・シャドーの飛び蹴りが加わる。防御壁が崩壊するがレジリエンスは左腕を払い強引に相手を吹き飛ばした。

シャドーは転がった勢いを利用して器用に立ち上がる。

「テベリスの鎧の一部を媒介にした副産物だ。一々詠唱やポーズを取らなくとも思考をダイレクトに再現できる。これはオリジナルにはあるまい?そして」

レジリエンス・シャドーの影が急速に増大する。

「まさか・・・」

「その通り。こういう芸当も出来るのだよ!君は藤栄高校の連中に少し姿と力を見せすぎたようだな!」

影はレジリエンスの最強形態の1つケイモーン・ノテロスの姿へと変わる。

「死ねっ芹沢達人!」

翼を広げた黒いケイモーン・ノテロスは上空から膨大な数の火球を発射する。

凄まじい爆発が巻き起こり、更に爆発で起こった黒煙ごと周囲の地面をプノエー(ギリシア語で突風の意)で薙ぎ払う。

「ン?」
プノエーによってアスファルトの抉られた大地にはライオン型上級UMAガッシングラムと合身したレジリエンスの強化形態『グランドウォリア―』が立っていた。

「1つ前の形態で敵うと思うのか!」

シャドー・ノテロス(便宜上そう呼ぶことにする)は翼から火球を両手足から突風を放つべくエナジーを凝縮させる。

「そろそろか?」

ガッシングラムの声と同時にシャドー・ノテロスはその姿を維持できなくなりレジリエンス・シャドーの姿に戻り墜落した。

「何ッ、どういう事だ!?」

「造った本人が合身時間を把握していないとはな!」

地面に激突する直前のレジリエンス・シャドーへグランドウォリア―は横薙ぎに高周波アックスを振るう。
上半身と下半身で文字通り真っ二つになったシャドーは地面に転がる。その切断面からは血の様な物は一切流れていない、黒い闇そのものだった。

「どうなっているのだ?」

その言葉は切断された痛みより形態変化が解除された事に驚いているらしかった。

「確かに藤栄高校の生徒達の一部は俺達が初めてケイモーン・ノテロスになった時の記憶がある。だがその時は全員消耗していたからな。その時の合身可能時間は1分程度のはずだ。記憶を完全再現させすぎたな」

「そうだな。だが2つに分離させたことは悪手だったな!」

上半身と下半身それぞれに分かれたレジリエンス・シャドーのその言葉と共に避難していたはずの住民が踵を返しふらふらと周囲に集まりだした。彼らはシャドー・ピープルの姿に変貌するとレジリエンス・シャドーは彼らを吸収し、2体に増えた。

「見たか。これが生命の究極の形たるシャドー・ピープルの力だ。飲食も休息も必要としない、つまり食料問題等を考える必要の無いエコ兵士という訳だ。そして上位種たる存在である私に絶対服従する理想の奴隷でもある」

愉悦の笑いを上げながら2体のレジリエンス・シャドーはその影を増大させると、ケイモーン・ノテロスとスィスモスへとそれぞれ姿を変える。

「それなら悪夢の間違いだろう」

「君にとってはそうだな。こちらはインターバルなど必要としない。そして2対1でどうするつもりかね?」

「決まっている。融合大合身!」

レジリエンスは一旦ガッシングラムと分離するとサンダーバードを呼ぶ。鳥とライオン2体のUMAが融合したグリフォンとレジリエンスは合身し、ケイモーン・ノテロスへと変わる。

「今さらそんなものが!」

「私に通用する物か!」

シャドー・ノテロスは先程中断させられた、翼から火球を両手足から突風を放つべくエナジーを凝縮させ、今度はそれらをケイモーン・ノテロス目掛けて撃つ。

その攻撃と同時に突進したスィスモス・シャドーは魔法攻撃を全身を覆うバリヤーを張って防ぐケイモーン・ノテロス目掛けて大斧を大上段から振り上げる。

「この攻撃はバリヤーを打ち消す!貴様も自身の能力を把握していなかったな!」

だが大斧が振り下ろされた瞬間ノテロスの姿がかき消えた。

「何処に行った?ゥぐう!?」

背中に衝撃を受けたスィスモス・シャドーは振り返るとシャドー・ノテロスが自身の背中に叩きつけられていた。そして2体の周りを稲妻の走る竜巻が渦巻いていた。

「いつの間に後ろに回ったのだ?高速移動能力でもあるというのか?」

シャドー・ノテロスはケイモーン・ノテロスが振り回すそれぞれ赤と緑に輝く双刃のトライデントのその速度に合わせて周りの竜巻の速度は上がり、稲妻の数も増えていくのを見つめながら譫言の様に呻く。

「エピタキンシ(ギリシア語で加速の意)。あの時見せなかった、いや使えなかった能力だ。俺達はあの時のままじゃない」

そして赤く光る刃の部分を上にした状態でトライデントを垂直に掲げると

「過去という影を踏み越えて俺達は進む!アネモヴロホ!!(ギリシア語で暴風雨の意)」

ケイモーン・ノテロスがトライデントを振り下ろすのに連動して上空から巨大な稲妻が竜巻の結界を貫く。その凄まじい光と熱は2つの影の巨人を消滅させ、その体を赤と緑の粒子に変えて天へと誘う。

「助けられなかった人達の魂の様だ」

『そうだ。囚われた人々の魂を解放することが出来た』

達人の呟きにサンダーバードが慰めるように返した。



一方レジリエンス=芹沢達人と別れてシャドー・マルスを追う黒川ケイ=マルスは文明存続委員会本部からの再三の呼びかけを無視しつつ、専用バイク・ガンウルフの速度を上げる。

「少し冷静になりなさい、ケイ君!!」

「至って冷静ですよ、僕は!」

ヘッドホンからの怒声に顔をしかめながら笠井は深呼吸すると

「そう。じゃあ先日渡したマルスの新装備の名前とその効果を言ってごらんなさい」

「・・・・ADプレート。目標に投げる投擲武器でその刃は特殊コーティングがされてる」

「正解。それ使う事もマルスに装備されているのも気が付いてた?」

「いいえ」

「素直でよろしい。仮想敵として想定されていた対ソーサリィメイル戦がマルスの模造品なのはショックでしょうけど、あなたの敵は私達の敵でもあるのよ。それを忘れないで」

「はい、笠井さん。そっちでは奴は追えませんか?こっちはまだ確認が」

「そろそろ見えてくるはずよ」

その言葉通り、闇より黒いバイクとそれに跨るシャドー・マルスが見えた。

追手を認めたシャドー・マルスはマルスブラスターを振り向きざま撃ちかける。

「早速出番だぜ」

マルスは左腰に下げていた撓んだフリスビー状の武器、ADプレートを投げる。

ADプレートは回転しながらシャドー・マルスへ向かっていき、ブラスターの熱線が中央部に当たると同時に円の一部が外れた。

「フン、何かと思えばコケオドシか」

だがあり得ない事に正面の道にブラスターの熱線が突き刺さり、シャドー・マルスは専用マシンシャドー・ウルフを思わず減速させた。

バックミラー越しにマルスがブラスターを撃つのが見え回避しようとハンドルを右に切る。

「ウッ、これは・・・」

そこへ破片の様な物が飛来し右腕を切り裂き前方へと飛んでいく。さらにその破片目掛けてブラスターが飛び、破片は熱線を反射してシャドー・マルスの首筋を掠めた。間髪入れず左前方の破片に当たった熱線がシャドー・ウルフの左グリップを貫通する。

「黒川め、厄介な物を作ったな!」


破片の正体はADプレートである。これは中央部のミラーシールドとマルスからの指令電波を伝える親機とその外周に装着される破片、つまり4つの子機に分離することが出来る。

更に子機の外周部はマルスと同じプロメシューム合金製の刃の上にマルスのブラスターを始めとした低威力のビームを反射する機能も持っている。

当然こんな武器を喜納は知らない。それは古川技術主任がサイ型UMAエメラ・ントゥカの反射装甲から思いつき突貫工事で作り上げた代物だったからである。もっと言えばシャドー・マルスは八重島紗良の記憶を元に再現されている為、その時彼女の見たマルスはガトリングランスも携帯していなかった。つまり接近されての撃ち合いは不利に働く。よってシャドー・マルスの取る手段は2つしかない。ここで何としてもマルスを振り切るか

(ディバイン・ジャッジメントで奴を葬るより他は無い)

だがこの反物質砲のチャージに時間がかかる事はこの武器の実装の進言と基礎プログラミングを行った自分が1番知っている。

尤もそれは相手も分かっていて、攻撃をシャドー・ウルフに集中してきていた。


(どうやらあの小うるさい端末だがドローンだかは高火力ビームは反射できんらしい。ガトリングランスを使用してこないのがその証拠だ。もっとも周りの被害を恐れているだけかもしれんがな。だがそこにつけ込む隙がある)

再度シャドー・マルスは振り向くと追手目掛けてブラスターを連射すると同時にコンソールをもう片方の手でディバイン・ジャッジメントの起動ボタンを押す。

ビームを躱したマルスはガンウルフを敵の真後ろにつけるとスリップストリームの要領で相手を抜き去ろうと加速を掛ける。それを阻止しようと至近距離でブラスターを撃つシャドー・マルス。

「ゲッ」

シャドー・マルスは声にならない叫びを上げてバイクから投げ出された。マルスがバイクのハンドルを握ったまま倒立しその勢いのまま延髄斬りを放ったのである。マルスの躱したビームが待ち構えていたADプレートの破片に反射、主が居なくなったシャドー・ウルフは反射ビームに焼かれながら横転した。

「これで終わりだ。フルファイア!!」

マルスはバイク後部の架台から取り出したガトリングランスを右手に、左手にブラスターを構えて同時に発射する。

破壊ビームの奔流は大型マシンを1秒と経たずに蒸発させる。

「これでディバイン・ジャッジメントは撃てなくなった。潔く降参して変身を解いて下さい」

「馬鹿な奴だ。さっさとオレを撃っておけばよかったものを」

バイクを降り、2丁の銃を向けながら仰向けに倒れているシャドー・マルスへ近づくマルス。

(いつの間に周りに人が集まっている?)

「ケイ君、シャドー・マルスから何かの電波が出ているわ。そしてここに集まっている人達の反応は皆シャドー・ピープル!?奴らに肉体を乗っ取られた人達よ!」

「今さら遅い!!」

シャドー・マルスは周りのシャドー・ピープルを黒い煙へと変えると右腕の試験管へと集め拳をマルスへ向ける。試験管から再び煙が吐き出され再びシャドー・ウルフが姿を現した。その狼を模したカウルから白い光を発しながら。

「これが人間のあるべき姿だ。黒川、見ているか?聞いているか?あの時オレが然るべき人間に強権と力を与え、それ以外の人間はそれに隷属するのが対UMA戦争とその後の世界の在り方だといった時お前はそれを危険思想だと言って即刻クビにしやがった。だが見ろ、俺の理想とする民衆たるシャドー・ピープルは支配者たるこの俺の指示に絶対服従だ。その身を文字通り捧げてな。どこかで見ているんだろう、黒川博士。俺がお前達を打ち砕き、お前達の代わりの希望になってやる様をその眼に焼き付けておくんだな!!」

長広舌が終わるや否やシャドー・ウルフから白色光が放射される。

その光が跨ったマルスの跨ったガンウルフの鼻先へ迫った時ガンウルフの口からも反物質砲の白色光が放たれた。

「そんな馬鹿な事が!?チャージ時間は足りないはずだ!」

自身の放った白色光が押し戻されているという2つの現実を受け入れられず、シャドー・マルスいや喜納朔太郎の脳は狂乱に支配されていく。

『聞こえているかね。喜納朔太郎君?』

ガンウルフに備えられた通信機から黒川博士の声が聞こえる。

『技術とは日進月歩の存在だ。君のプログラムと発想は素晴らしいが、改良の余地のまだまだある試作品にすぎん。最強兵器の発射可能までのインターバルを短くすること、新装備の開発、これ全てUMA、いや地球が仕掛けたこの種族戦争を生き残る為当たり前にやる事にすぎん。私がかつて否定した君の言う、思考する人間がただ一人しかいない傲慢の王国の夢は今崩れ去る。君自身の死によって』

黒川博士の言葉を最後まで喜納朔太郎が聞いたかは永遠に分からない。その言葉が終わるのと彼の肉体とバイクが白の奔流に飲み込まれたのは同時だったからである。



ここに後世『影事件』と呼ばれる事件は終息した。この事件は世界へ与える影響の大きさを鑑みて、文明存続委員会の手によって隠蔽される事になる。

事件は後に公表される事になるのだがその時は日本はおろか世界全体に新たな危機の訪れでもあった為真相を覚えている者は極僅かという事態となった。


芹沢達人と黒川ケイ

今回共闘したこの2人の人間と世界に対する考え方の違いによる微妙な関係がこの先の世界の命運を握っているとは誰も知らない。
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