とある王家の悲劇

真愛つむり

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第3章

ノーマンという男

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 トルスにはひとりだけ、気の置けない友人がいた。名をノーマンという。彼は何とも明るい性格で、どちらかというと塞ぎがちなトルスをいつも励ます存在であった。
 とはいえ、最愛の妹を失ったショックはなかなか癒せるものではない。普段はお気楽なノーマンにも、それくらいの分別はある。
「すべて私のせいなのだ。私が不甲斐ないばかりに、彼女は二度と戻れない」
 酒に酔っていつも以上の自己嫌悪ぶりを発揮するトルス。その肩に手を置き、黙って見守ることしかできないノーマン。
「今頃何を思っているだろうか。無念だったろう、悔しかろう、イノセス。本当に悪いことをした。そもそも私が顔を傷つけなければ――」
 また始まった! ノーマンは半分諦めの気持ちでいた。トルスはイノセスの顔に傷をつけた過去を引き摺りまくっていて、大体の後悔がその話に落ち着く。傷が原因でイノセスのとある縁談が破談になってからというもの、もはや執着に近かった。
「結婚して遠い国にでもいれば、死なずに済んだものを。ああイノセス、すべて兄が悪いんだ……」
 人目も憚らず号泣するトルスを見て、今日はこれ以上飲ませてはいけないなと悟る。城内に設けられたプライベートなバーとはいえ、店員もとい使用人たちはすぐそこにいる。不躾な人間なら、使用人同士の会話のネタにでもしようと聞き耳を立てているだろう。
「さあ、トルス。もう寝室に戻ったほうがいいぞ、最近ろくに寝てないんだろう」
「呑気に眠れるものか、イノセスは二度と起きられないというのに!」
「そんなに思い詰めるなって! イノちゃんは優しい子だろ? 兄貴が役立たずだからって、苦しむ顔が見たいわ~なんて言う、嫌な女じゃなかったろ」
 トルスはしばらく「う~」とか「んん~」とか唸っていたけれど、深夜0時を回る頃にはスヤスヤと寝息を立てていた。親友が寝入ったのを見計らって、そっと部屋を出るノーマン。まったく、何が悲しくて野郎の寝かしつけなんか。そうは言っても付き合ってしまう、それがこの男の長所であり短所なのであった。

 トルスは翌朝、酷い頭痛に見舞われた。そんなに飲んだ記憶はないが、久しぶりの酒だったせいかもしれない。トルスはあの日から、ノーマンが連れ出してくれるまでずっと寝室に閉じこもっていた。
 あの日、どうやって部屋に戻ったかよく覚えていない。握りしめていたはずの手紙も、いつの間にかなくなっていた。恐らくデジレイが抜いて処分したのだろうが、イノセス亡き今、すべてがどうでもよく思えた。
 コンコン。
「殿下、ノーマン様がおいでです」
 召使の声が扉の外から聞こえる。トルスは返事をした直後、頭痛のことを思い出した。
「おはようございます、トルス殿下。ご機嫌いかがですかな?」
「よせ、ノーマン。すごく頭が痛いんだ」
「これは失敬」
 ノーマンはすかさず声量を落とした。
「さては飲んで管を巻いたこと、覚えてないな?」
「いや、何となく覚えてるよ。すまなかったな」
 いいってことよ。ノーマンはいつもの軽い調子でそう言って、棚に飾ってあるオルゴールなんかを適当に手に取った。
「それで、昨夜はよく眠れたのか?」
「ああ。おかげさまで」
「そりゃよかった。ライバルの元気がないと張り合いがないからな!」
 二人は幼少より同じ剣の師につき、鎬を削り合ってきた仲なのだ。
 久しぶりに手合わせを、と急かされたトルスが着替えていると、伝令係がやってきた。
「申し上げます。ニチカ様より言伝です」
「ニチカ? 覚えがないが」
「あ、やべ」
 ノーマンが目を泳がせた。
「それが、ノーマン様への言伝でして――『親愛なるノーマン様。昨夜の月は大変美しゅうございました。いかがお過ごしでしょうか』」
「どう言う意味だ?」
 トルスが半目でノーマンを見た。昨夜、ニチカという町娘と逢瀬の約束をしていたのを、すっかり忘れていた。
「それから、もうひと方。『親愛なるノーマン様。星の数だけ過去のある私でも、貴方様には遠く及ばないことでしょう。そうと知りながらお誘いした私は、貴方様の忘れっぽさより己の浅慮を恥じるべきですよね? ベッキー』」
 その場に微妙な空気が流れた。
「いやぁ~、二人とも皮肉が上手いったら」
 汗をかきかき笑って誤魔化すノーマンに軽くため息を吐き、トルスはペンを取った。
『ニチカ殿 昨夜は大変な思いをさせてしまい、申し訳ありません。ノーマンは、城内の騒ぎで茫然自失となった私を励ましてくれていたのです。どうか彼を許してやっていただけないでしょうか? お詫びと言っては何ですが、私のコレクションから一つ、お好きな宝石を差し上げたく思います。ノーマンに目録を持たせますので、ご確認いただけると幸いです。 王子トルス』
 ベッキーの分も書き終わると、トルスは部下に命じて目録を作らせた。
「いいよ、そこまでしなくても。俺ちゃんと二人に謝るからさ」
「気にするな。書いた通り私の責任なのだから、王子として当然の務めを果たすだけだ」
 すっかり元の調子に戻ってきた親友を見て、ノーマンはそっと胸を撫で下ろした。
 ベッキーことレベッカは、意外なほど淡々と宝石を受け取って、ノーマンに別れを告げた。元々遊び人と知っていて誘ったようだし、怒りの原因はすっぽかされたことだけで、待ちぼうけを食らった時間以上に価値のある品物が手に入ったので無問題、ということらしい。
 ニチカは最後まで渋っていたが、何とか宝石を受け取らせることができた。最初はノーマンが自分に甘言を吐いていただけの浅い男だと知り、怒り心頭だった様子だが、破瓜に至る前だったことと、宝石を売れば親兄弟をしばらく養えるとのことで、手打ちにしてくれたのだった。
「今回は私の責任もあるが、今後はこうもいかない。気をつけろよ」
「はい、親友殿下。合点承知の助でございまする!」
 わざとらしく敬礼してみせたノーマンに、ますます心配な表情を向けるトルス。それに気づき、ノーマンはすかさずカウンターを食らわせてきた。
「お前こそどうなんだよ、王子様? お国のためにも、そろそろ身を固めてもいい頃合いだろう」
「私はまだ早いよ。もちろん適齢期ではあるが、今は姉上が先だ」
 イノセスの死から数ヶ月。表向き罪人扱いだから喪中の儀式等は適用されないが、流石に即結婚式だなんだとやられていたら、激昂して手をあげてしまったかもしれない。さしもの姉も、気を回さざるを得なかったようである。
 しかし時間の経った今、城内も街中も、皆何かおめでたい行事を待ち望んでいるのだ。それにはデジレイに来ていた縁談が絶好の機会である。誰もがそう思っていた。

「えっ、あの縁談を断った⁉︎」
 トルスは危うくフォークを落とすところだった。
「なぜです、姉上。お相手の王子のこと、気に入っていらしたのでは」
「確かに良い方でしたが、今の陛下を放って遠い異国へなど行けません」
 姉はナイフを動かしていた手を止めると、声を顰めて
「お前もそう思っているから、父上に例のことを言わないんじゃなくて?」
と囁いた。
 例のこと――言わずもがな、デジレイが窃盗事件の首謀者であるという事実。父王に打ち明けられないのは、最愛の娘を失い弱っておられることもあるが、証拠となる手紙をデジレイに処分されてしまったことも大いにある。しかし、最大の理由はまた別。それはトルスの自信のなさ。自己肯定感の低さにある。
 デジレイは見抜いているのだ。トルスが己より優秀な姉に引け目を感じると同時に、彼女なしで次の王としてやっていく自信がないことを。そしてきっと、一生続くはずだった妹への負い目がなくなったことに対する、抗いようのない解放感にも。
「あくまで貴方は表。裏側の影は私に任せて、清く正しく生きればいい。父上のように哀れな老後を迎えたくなければ、私を上手く使いこなすことよ」
 そう、全ては国家のため。それが王家の血を引く者たちの宿命なのだ。

 ノーマンという男は、思ったことを割とすぐ口に出す性質である。彼が今回疑問に思ったのは、デジレイが気に入っていたはずの縁談を断ったこと。国家のためになら少々冷淡な判断も下せる女性だとは思っていたが、今は国民全員の間で何かを祝いたい、活気を取り戻したい空気が流れている。そのチャンスをみすみす逃すような悪手を、彼女が打つだろうか。
 トルスはノーマンにそう訊かれて、再考してみた。姉は国王を支えるためと言ったが、本当にそれだけが目的だろうか。万が一、イノセスを陥れたような邪悪な計画が他にあるのだとしたら――。
 調べてみる必要がありそうだ。

「あら、ノーマン殿。トルスは出張中だけれど」
 デジレイは意外そうな声をあげた。無理もない。ノーマンが城内に入るのは専らトルスとつるむ時だけで、わざわざ他の住人の部屋を訪ねたりはしたことがないのだから。
「存じております。本日はデジレイ殿下と、お話したく」
「私と?」
 デジレイはノーマンを自室に招き入れ、新しい召使に紅茶を淹れるよう命じた。
「さて、どんなお話がしたいのかしら」
「はい、それが、申し上げにくいのですが……失礼は承知の上でお伺いしたくて」
 デジレイはフッと口角を上げた。
「いいのですよ。縁談をお断りした理由かしら」
「え、ええ」
「大方、トルスから私に探りを入れるよう頼まれたのでしょう。あの子は自分で思っているより優秀なのよね」
 やはり鋭い女だ。ノーマンは襟を正した。
「いいわ、教えてあげましょう。父上を支えたい、というのも本当だけれど、さらに大きな目的もあります。それは、愛人クトレの追放です」
 追放。ずいぶん強い言葉を出してきたな、とノーマンは思った。
「今の父上はクトレに癒しを求め、彼女が献上する以上に高価な見返りを与えてしまっています。これでは国民からの信頼が失墜しかねません。トルスに良き状態で継がせるためにも、クトレをのさばらせておくのはよろしくないのですよ」
 窃盗事件の前は、クトレと最も仲が悪いと噂されていたくらいだ。王の娘としても面白くないであろうことは自明だし、一応筋は通っている。
「なるほど。しかしながら、縁談を断るほどでしょうか。少し先に延ばしていただいて、クトレ殿を追い出した後にでもご結婚なさればよろしいのでは?」
 デジレイの手腕を持ってすれば、平民の女ひとり追い出すのにそう長くはかからないだろう。または、トルスに全面的に委任したっていい。彼女の言うように彼もまた優秀な男だ。楽観しすぎだと叱られるだろうか。
 デジレイは手にしているティーカップに視線を落としたまま、呟いた。
「お優しいですね、ノーマン殿は」
「はい?」
 ティーカップを置く。
「これがかの有名な、女性を虜にするテクニックなのかしら」
「えぇ⁉︎」
 冗談ですわ、とデジレイは軽やかに笑った。
「そうですね、貴方にだけはお教えしましょう。これから申し上げることは、他言無用に願います」
 なんだ? トルスにも言えないことを教えてくれるのだろうか。
「この国に、好きな人がいるから」
 ノーマンは目を見開いた。
「それは、存じ上げませんでした。殿下に恋人が」
「いいえ」
 言葉を遮られた。
「私の片想いですのよ。もう、何年も」
 これは、すごいことを聞いてしまった。ノーマンは胸の高鳴りが周囲に伝わっていないことを祈った。目の前の女傑が、長年想いを寄せる人物がいる。恐らくは、近くに。一体誰だろう?
 ノーマンは足早に廊下を歩きながら、後から後から湧いてくる感情を不思議に思った。嫉妬、と言うのだろうか。デジレイをとられたくない、かもしれない。そんな気持ちが心臓を裂いて出てきそうな感覚に襲われたのだ。これまで一度だって、彼女を恋愛対象として意識したわけでもない。むしろ少し怖いくらいの存在だったのに、なぜかイラついている自分がいる。こんなこと、口止めされずともトルスには言えないな、とノーマンは自嘲した。

 ふと、振り返った。たった今すれ違った女性に、見覚えがある気がした。するとあちらも同様なのか、立ち止まってこちらを見た。ほんの数秒見つめ合う形になったが、女性はそのまま向き直って行ってしまった。
「クラージュ……?」
 昔出会った女の名が、口をついて出た。
 帰宅してからというもの、ノーマンの頭はクラージュのことでいっぱいだった。デジレイの片想いやらクトレ追放やら、考えるべきことはたくさんあるというのに。
 クラージュとは15の時に出会った。何を隠そう、初体験の相手である。夜中に自宅を抜け出し、街の少し寂れた区画をあてもなく歩いていた。声をかけられ振り向くと、見たこともない絶世の美女。彼女に誘われるがまま、なけなしの小遣いを叩いて彼女を買った。彼女は娼婦だった。
 案内された小さな荒屋には、ベッドが一つ置いてあるだけ。をするためだけの殺風景な部屋。なぜかそれにひどく興奮したのを覚えている。
 街の娼婦がなぜ、城内に?
 誰かが一晩の相手として呼びつけたのだろうか。それとも、この8年で玉の輿にでも乗って、偉い貴族の夫人にでもなったか。クラージュ。思い返せば当時から、彼女の瞳には炎のような、強い意志が宿っていた。
「今は、幸せなのかなぁ」
 そんなことをひとりごちて、ノーマンは眠りについた。
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