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死へと誘う夢の場所(5)
しおりを挟む少女にとって、魔法とはただの力ではない。それは彼女の信念そのものを映し出し、これまで幾度も自分自身を守り抜き、また周囲に優位を与えてきた象徴でもあった。魔法が支配する世界では、優れた魔法の行使者だけが成り上がることを許される。頂点には、全ての魔法使いの憧れであり畏敬の対象となる魔法使いが君臨し、その下には大賢者や賢者《ハイメイジ》、さらにその下には魔導士《メイジ》や魔導戦士《バトルメイジ》が位置する。実力に応じて厳格に分けられた階層社会の中で、術者たちは自らの魔法の技量を武器に、地位を競い、奪い合う。
だが、たとえ魔法が使えたとしても、落ちこぼれと見なされた者にはこの世界は冷酷だった。才能や血統、そして世界に愛された魔法の子と呼ばれる特別な存在を持たぬ者は、容赦なく切り捨てられていく。高みに登ることができるのは、天賦の才を持った者か、魔法の本質に愛されし者たちのみ。凡人がそこにたどり着くためには、誰もが怯み、諦めてしまうような途方もない努力の積み重ねが必要だ。
少女は、その冷たい現実を知っていた。だからこそ、彼女は命を簡単に奪うダンジョンという恐怖の場所に自ら足を踏み入れた。
養成学校でただ漠然と生きている子供たちとは違う。 自分が一番努力していると、そう信じて疑わなかった。
世界は持つ者と持たざる者に分かれている。それは力や才能、そして魔法においても同様だ。持つ者たちは、その特権を享受し、栄光を手にする権利がある一方で、持たざる者たちはその影に隠れ、取り残される運命となる。
これは仕組まれた仕方のない運命なのだと、少女は考えた。
だからこそ、魔法を行使できない者が辿る決められた運命。それがどれだけ同情を誘うものであったとしても、世界がそれを許したのだから仕方のないことだと割り切ることができた。
しかし、それは単なる押し付けられた感情論だったのだ。 目の前に映るその光景が、それを証明している。世界から否定された魔法の子であるブランが、それを証明した。
自分という存在がどれだけみじめであったか、そう感じるほかない。
これまでずっと否定され、拒絶されていた少年が、憎むべき存在の懇願に応じ、危険を顧みず、その存在たちを助けてくれている。その身体と一本の刀剣だけで。
その姿を見て、少女は自分がこれまで抱いてきた感情の薄さを痛感した。自分の中で、目の前の少年がどれだけ非凡な存在であったか、どれだけの勇気と強さを持っているのかを直視することができないほどに。
ブランの行動は、持たざる者としての屈辱を乗り越え、他者のために全てを捧げる覚悟を持った証だ。少女は、その光景に胸が締め付けられる思いを抱えながら、自分の無力さと向き合う決意を新たにする。彼が示す真の力と意志が、彼女の心に深い影響を与えてくれた。
「……私もやらないと」
その言葉が自然と口をついて出た。
「……え?」
「シャーロンさん、ノーゼンさん、ユリーラさんを頼みます」
ライラのその言葉に、仲間たちは困惑の色を隠せない。
「……何を言ってるんだ?ライラ」
「彼に全てを押し付けて、しっぽ巻いて逃げるなんて、そんな情けないことはできません」
ライラの声には、決意と覚悟が込められていた。彼女自身がこの状況で、少年が示した勇気に応えるべきだと、そう感じてしまったからだ。少女は杖を握り、走り出す。
少年と共に、あの絶望の戦況を乗り越えるために。
ブランは、身体に巡る魔力を脚と腕、そして刀剣に込め、ただひたすらに目の前にいる魔物を全力で斬り続ける。彼の動きは一切の無駄がなく、刃が魔物の肉体に食い込むたびに、魔物たちが次々と倒れていく。
殿を受けると覚悟を決めた以上、ブランは仲間たちが気を失った女性を連れてこの場から逃げられる距離になるまでは、魔物の相手をし続けなければならない。相手はフロアⅢで生まれた星《レベル》Ⅴに指定された魔物と、それ以下の多数の魔物。それらを相手取るには、思考を止めず、瞬きを惜しみ、身体を酷使しなければならなかった。
彼の目は冷静に周囲を捉え、次に襲い来る魔物に迅速に反応する。息をつく暇もなく、ブランの刀剣は連続で魔物の肉体を斬り裂き、閃光のような刃で敵を斬り殺していく。
――あと、何分だ?
星《レベル》Ⅴの魔物に対して、自分の刃が通るかどうか、その賭けには勝つことができた。だが、気を抜けば一瞬で自身の肉体が肉片にされてしまうほどの破壊力を持つ敵相手に、持ちこたえられる時間は極めて限られている。
一瞬でも足が止まれば、死が待っているこの状況で、身体が四方に裂けてしまうのではないかと錯覚するほどの痛みがブランの肉体を支配した。
だからこそ、この状況下で、自身の限界があとどれだけかを考える暇なんてなかった。
「……まっず」
必死に目の前の魔物と戦う中、足に魔力を込めるのが一瞬遅れたことで、ブランは思わぬ隙を作ってしまう。
その瞬間、ブランの周囲にいる一体の魔物の打撃が彼の身体を襲う。視界が一瞬にして暗くなり、背中に強烈な衝撃が走った。息が詰まり、視界が揺らぐ中で、彼は必死に意識を保とうとする。
――……これは……
痛みと疲労が全身を貫く中で、ブランの意識は徐々にぼやけていく。だが、その瞬間でも彼は考えた。逃げる者たちが無事に脱出できるまで、自分はこの場を守らなければならない。魔物の猛攻が続く中、彼はかろうじて刀剣を振り続け、最後の力を振り絞るために、身体を起こそうとした。
だが、身体が言うことを聞かない。肉体がもう動くことをやめろと警告を出してくる。
「……まだ……」
意識が朦朧とし、ふらつく足元で彼は必死に身体を起こす。片方の視界が赤く染まり、全身が震え、肩が、腕が、脚がとてつもなく重く感じる。だが、彼は心の中で何度も少女《クレア》と交わした約束を繰り返した。
『いつまでも、待ってる』
その約束を守るために。ブランは痛みと恐怖を超えて立ち上がる。約束を果たすためには、この場を生き抜かなければならない。自分の肉体が悲鳴を上げ、限界を示したとしても、彼の心はその約束のために魔力を巡らせる。
そして、剣を握り、再び走り出そうとしたとき、彼の耳に響いたのは、力強い声だった。
「切り裂く風よ、刃となりて敵を貫け。天より降り注ぐ風の力、今ここに示せ!」
全てを斬りさく風の刃
少女の声が、その戦場で鳴り響く。
「…風の魔法?」
目の前に構築された魔法は、風魔法の上位に位置する魔法。その強烈な風の刃が、魔物たちを次々と切り裂いていくのをブランは目にした。
風の刃が魔物たちに深い傷を刻み、その破壊力で彼らを粉々に吹き飛ばしていく。少女の力によって、戦場の景色が一変し、敵の数が減少していくのは明らかだった。
「どうして、君がここに…?」
新緑の髪色を持つ少女が、少年の目の前に立つ。彼女の淡黄色の瞳が少年の灰色の瞳を見つめた。少女は少年の問いに答えるために、深い息をついてから口を開く。
「……この状況で言うのはおかしいと思うけど、どうしても伝えたかったことがあります。私は今まで、貴方を助けずにただ傍観するだけの人間でした。」
ライラは再び魔物へと魔法を放つために、その緑の魔力色素で魔法を構築する。風が渦巻き、力強い風刃が魔物たちを切り裂いていく。
「こんな酷い状況になって、ようやく気づいたんです。貴方の努力とその姿勢を見て、私がどれだけみじめだったのかを。あなたが自分の全てをかけて他者を助けているその姿を見て、私も変わらなければならないと思ってしまった」
ライラの瞳には決意が宿り、風の魔法の力が一層強まる。彼女は続けて言葉を発した。
「私はこれから、ただ傍観するだけでなく、自分の力を尽くして貴方を支えたい。そのために、今は私に力を貸させてください。一緒にこの状況を乗り越えるために。」
その言葉を発した少女は、絶望に堕ちた少女とは別人であるかのように、ブランには見えた。彼女の姿勢と意志は、かつての弱さや無力感を振り払い、強い決意と勇気を示していた。
ブランはその変わりように驚きながらも、心からの感謝を抱き、力を振り絞って応じる。
「ありがとう、ライラ。君の力を借りることで、何とかこの戦局を乗り越えられるかもしれない」
こうして二人は共に、互いの力を信じて戦場に立ち向かう。
ライラの風魔法がさらに強力な刃となり、ブランの刀剣は一層鋭く白く輝いた。
====================
まず初めに、私の拙い文章を読んでくださり、ありがとうございます。
ゆっくりと書いていく予定です。
時々修正加えていくと思います。
誤字脱字があれば教えてください。
白が一番好きな色。
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