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第一章 人類は最初の殺人を繰り返そうとする
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壁ではない感触に当たって振り返ると、兄が引き連れてきた護衛騎士だった。
「捕まえておけ」
強くはないが、騎士に腕を掴まれた。
「アレス! 何をするの!」
「何って、母上が破った決まりの通りにするだけですよ」
兄は薄い笑みを口元に張り付けながら、側にいた騎士から剣を受け取った。
自分と同じ顔がそんな表情をしているのは気持ち悪い。それに、何が起きているのか分からず恐怖と不安で足が竦む。
兄が手にしているのは、木でできた訓練用の物でも飾りの剣でもない。本物だ。
それを見た母は騎士に掴まれた私の前に立ちふさがった。母は騎士に私を離すように命令したが、騎士は母の命を聞かなかった。
「フリストが生きているからといって何かもめ事がありましたか! 何もないでしょう! 双子のあとから生まれた子を殺すなどと、腹を痛めて生んだ子にどうしてそのようなことができましょうか!」
「母上は俺よりもその阿呆そうな妹が好ましいのでしょう? 毎月一度嬉しそうにコソコソと出かけていかれましたから。どこぞの慰問だと聞いていましたが……。その妹が城で暮らしていたなら、俺も情が湧いたかもしれません。しかし、こんなに妹を前にして殺したいと思うとは俺も予想外ですよ。これは始祖の気持ちなのかもしれないですね。さぁ、母上。どいてください」
私は双子であることを隠されていて、そしてなぜだか今は殺されかけている。
兄と母の言い合いの最中に身をよじると、騎士の手はあっさり離れた。
逃げなくてはいけない。
あんな悪意を向けられることも、そして腕を掴まれることも、これまでされたことがなかった。
怖い、怖い──。
兄が視界にいるだけで怖い。
「アレス、やめて!」
悲鳴じみた母の声が上がり、騎士に足払いをされて逃げ出した私は床に顔面からこけた。
震えながら手をついて起き上がったその瞬間、背中に衝撃があった。
「フリスト! アレス、やめて! どうか殺さないで!」
背中が焼けるように熱い。その背中を覆うように母が私を抱きしめた。
何が起きたのか分からず、背中に手をやるとべったりと手に赤いものがついた。
悲鳴にならないうめき声のようなものが意識せずに口から洩れる。
呆然と母の体の向こうの兄を見ると、剣を持った兄も呆然として自分の片手を見ていた。
間違いなく、私は兄に背中を斬られた。兄の剣についた血は私のものだ。
「なぜ?」
兄は呆然と手についた血を眺めていたが、私に視線を向ける。
体が震えたが、母に抱きしめられて抑え込まれた。
「お前、何をした」
兄はまっすぐ私を見てくるが、何のことだか分からない。
舌打ちした兄は近づいてきて、母を無理やり騎士に引きはがさせると今度は私の腕を切りつけた。
私よりも先に母の悲痛な悲鳴が上がった。
悲鳴を上げるよりも私は驚いていた。
私の腕が切りつけられた瞬間、兄の腕も誰かに切りつけられたように血が出たのだ。
私が切りつけられたのとまったく同じ箇所だ。
「どういうことだ! なぜ、こんなことが! 何かいるのか!」
兄は自分の腕のあたりに何かいるのかと空中を掴もうとしている。
「この妹を守ろうとする奇特な何かがいるというのか⁉」
兄の背中が見えた。
なぜか兄の背中も切り裂かれていた。まるで、斬られた私の背中のように。
兄はしばらく何も見えない空間を掴んだり睨みつけたりしていたが、やがて狂ったように笑い出した。
そして──。
その先は今でも思い出したくない。
赤は嫌い、特に鮮やかな赤は大嫌いだ。
自分の髪の色だから。血のような色だから。
鏡を見るのも嫌い、自分の顔が映るから。
私と同じ顔をしたもう一人の存在を、離れていても思い出すから。
バサリという何か落ちる音とともに、私はハッと目を覚ました。
「捕まえておけ」
強くはないが、騎士に腕を掴まれた。
「アレス! 何をするの!」
「何って、母上が破った決まりの通りにするだけですよ」
兄は薄い笑みを口元に張り付けながら、側にいた騎士から剣を受け取った。
自分と同じ顔がそんな表情をしているのは気持ち悪い。それに、何が起きているのか分からず恐怖と不安で足が竦む。
兄が手にしているのは、木でできた訓練用の物でも飾りの剣でもない。本物だ。
それを見た母は騎士に掴まれた私の前に立ちふさがった。母は騎士に私を離すように命令したが、騎士は母の命を聞かなかった。
「フリストが生きているからといって何かもめ事がありましたか! 何もないでしょう! 双子のあとから生まれた子を殺すなどと、腹を痛めて生んだ子にどうしてそのようなことができましょうか!」
「母上は俺よりもその阿呆そうな妹が好ましいのでしょう? 毎月一度嬉しそうにコソコソと出かけていかれましたから。どこぞの慰問だと聞いていましたが……。その妹が城で暮らしていたなら、俺も情が湧いたかもしれません。しかし、こんなに妹を前にして殺したいと思うとは俺も予想外ですよ。これは始祖の気持ちなのかもしれないですね。さぁ、母上。どいてください」
私は双子であることを隠されていて、そしてなぜだか今は殺されかけている。
兄と母の言い合いの最中に身をよじると、騎士の手はあっさり離れた。
逃げなくてはいけない。
あんな悪意を向けられることも、そして腕を掴まれることも、これまでされたことがなかった。
怖い、怖い──。
兄が視界にいるだけで怖い。
「アレス、やめて!」
悲鳴じみた母の声が上がり、騎士に足払いをされて逃げ出した私は床に顔面からこけた。
震えながら手をついて起き上がったその瞬間、背中に衝撃があった。
「フリスト! アレス、やめて! どうか殺さないで!」
背中が焼けるように熱い。その背中を覆うように母が私を抱きしめた。
何が起きたのか分からず、背中に手をやるとべったりと手に赤いものがついた。
悲鳴にならないうめき声のようなものが意識せずに口から洩れる。
呆然と母の体の向こうの兄を見ると、剣を持った兄も呆然として自分の片手を見ていた。
間違いなく、私は兄に背中を斬られた。兄の剣についた血は私のものだ。
「なぜ?」
兄は呆然と手についた血を眺めていたが、私に視線を向ける。
体が震えたが、母に抱きしめられて抑え込まれた。
「お前、何をした」
兄はまっすぐ私を見てくるが、何のことだか分からない。
舌打ちした兄は近づいてきて、母を無理やり騎士に引きはがさせると今度は私の腕を切りつけた。
私よりも先に母の悲痛な悲鳴が上がった。
悲鳴を上げるよりも私は驚いていた。
私の腕が切りつけられた瞬間、兄の腕も誰かに切りつけられたように血が出たのだ。
私が切りつけられたのとまったく同じ箇所だ。
「どういうことだ! なぜ、こんなことが! 何かいるのか!」
兄は自分の腕のあたりに何かいるのかと空中を掴もうとしている。
「この妹を守ろうとする奇特な何かがいるというのか⁉」
兄の背中が見えた。
なぜか兄の背中も切り裂かれていた。まるで、斬られた私の背中のように。
兄はしばらく何も見えない空間を掴んだり睨みつけたりしていたが、やがて狂ったように笑い出した。
そして──。
その先は今でも思い出したくない。
赤は嫌い、特に鮮やかな赤は大嫌いだ。
自分の髪の色だから。血のような色だから。
鏡を見るのも嫌い、自分の顔が映るから。
私と同じ顔をしたもう一人の存在を、離れていても思い出すから。
バサリという何か落ちる音とともに、私はハッと目を覚ました。
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