38 / 180
二廻目 初恋の香り
第38話 スタッフルームの秘密
しおりを挟む
「――古森っ‼」
腹部から血を流して倒れる古森に駆け寄り、咄嗟に傷口を押さえる。頭が真っ白になるほど嫌悪感を感じる、ヌメリとした生暖かい血が両手に伝わってきて顔をしかめる。
「何があったの⁉」
その瞬間を見ていなかったのだろう。少し遅れて蛍が声を上げる。
「無﨑が古森を撃った……!」
簡潔に見たことだけを話す。
「そんな……!」
「くそっ、血が止まらない」
「っ、どいて!」
俺の言葉に蛍が押しのけるように俺と古森の間に身を入れ、手際良く止血作業に取り掛かる。慣れているのか、迅速且つ適切な判断というのは傍目からでも分かったが、それでも血の量は夥しく、最悪の事態を容易に想像させた。
「……蛍、ここを任せていいか?」
「ええ! ……えっ?」
口にしてから何かを察したのか、蛍は俺の顔を見る。だが俺の視界にもう蛍は映っていない。映っているのは、古森を撃った男――無﨑の後ろ姿だけだった。
視界の隅で真木さんを見る。喧噪でかき消されていたが、彼女の悲痛な声は確かに俺の耳に届いていた。今は茫然とした様子で古森を見つめる彼女に突き動かされ、弾かれるように躰が動く。
「二人を頼んだ」
「まさか……。――ま、待って! 志樹っ‼」
蛍の制止を振り切り無﨑を追いかける。騒ぎを聞きつけて集まってきた野次馬が邪魔なのか、距離は遠いが幸い姿は見失っていない。相手は拳銃を所持している。危険なのは重々承知だが、あのまま黙って見ていることも出来なかった。
蛍が追ってこないかが気がかりだったが、二人の事を任せた以上、放って追いかけてくるということはないだろう。
「あっ、くそっ……!」
そうこうしている間に、無﨑は目の前でエレベーターに乗り込んでいってしまった。このまま見ていれば何階で止まるかは分かるが、降りる階が分かっても、それから追うのでは簡単に逃げ切られてしまうだろう。
「どうする……! っ、そうだ! ルメ‼」
大声で叫ぶ。すると、すぐにルメが姿を現した。
「どうしました?」
「今動いてるこのエレベーターが何階で止まるかだけ教えてくれ」
「こちらのエレベーターは一階で止まる予定ですが」
「ありがとう!」
ルメの言葉を聞くや否や、すぐに空いているエレベーターに乗り込み一階のボタンを押す。
「はぁっ……はぁっ……!」
無機質な稼働音を聞きながら息を整える。ホログラムによって映し出された景色を見ても心はまるで落ち着かない。現実と向き合っている時に幻想を映し出されても、ただ目を逸らしているだけだと解ってしまうからだろう。
「……すぅ~……ふぅ……」
操作パネルを押し、ホログラム機能を切って現実の風景を見ながら、深呼吸をして冷静に考える。――どうやって無﨑を捕まえるか。
過去に武道を齧ったことはあるが、相手は拳銃を持った人間だ。達人の域にあるような人でも勝算は限りなく低いだろう。リリィを頼ろうかとも思ったが、それが無駄だということはすでに理解している。
どうして拳銃が持ち込まれているのか。どうしてそれを使用したにも関わらず、無﨑は無事に逃げおおせているのか。それは無﨑が〝秘匿〟されているから。リリィに限らず、ルメも無﨑のような秘匿された存在が相手では完全に無力なのだ。
「秘匿か……」
VIPにのみ与えられる、AIから感知されなくなる機能。無﨑がそれに値するかどうかは改めて考えるまでもない。――つまり、今の無﨑にPLOWや客を守るはずのAIは完全に意味が無い。
状況を整理していると、時間切れとばかりにチンッという軽快な音と共にエレベーターの扉が開く。
「くっ……!」
考えている場合ではないと急いで外に飛び出ると、無﨑はちょうどエレベーターに隣接する〝関係者以外立ち入り禁止〟と書かれたスタッフルームに入っていくところだった。以前、リリィに気にしなくていいと言われた部屋。どうしてそんな場所に逃げ込んだのか分からないが、絶対に逃すまいと後を追う。
――だが、追っていった部屋の中には誰もいなかった。
「まさか、そんな事……!」
部屋の中は広いが、薄暗く見通しが良いとは言えない。掃除用具が入れてある物置部屋と聞いていたが、そこには隠れられる場所どころか、不自然なほど何も無かった。
「幻覚……なわけないよな」
自分の目を疑いながら壁伝いに歩いていると、ガコンという音と共に身を任せていた壁が抜けたような感覚を覚え、危うく倒れそうになる躰を寸でのところで踏みとどまると、そこには階下へ続く螺旋状の階段が伸びていた。
「な、なんだこれ……?」
ここは物置部屋ではなかったのか? いや、そもそもPLOWに地下なんて無かったはずだ。……おそらく無﨑はこの先にいるのだろうが、流石にこうまで怪しいと進むべきか迷ってしまう。
――この島に警察はいない。だとすれば無﨑が捕まるのはいつになる? それまでに同じ事を繰り返さないという保証はないし、PLOWの創設者ならこうした秘密の部屋の一つや二つはあるのだろう。そこから島の外に逃げてしまう、という可能性も考えられる。だが……。
だからこそ退くべきだという理性が働きかけたところで、脳裏に血に濡れた古森の姿と真木さんの悲痛な声を思い出す。
「……いや、行こう」
肌寒い冷気が階段の下から上ってくる。嫌な予感が肌をヒリつかせるが、もうその足が止まることはなかった。
腹部から血を流して倒れる古森に駆け寄り、咄嗟に傷口を押さえる。頭が真っ白になるほど嫌悪感を感じる、ヌメリとした生暖かい血が両手に伝わってきて顔をしかめる。
「何があったの⁉」
その瞬間を見ていなかったのだろう。少し遅れて蛍が声を上げる。
「無﨑が古森を撃った……!」
簡潔に見たことだけを話す。
「そんな……!」
「くそっ、血が止まらない」
「っ、どいて!」
俺の言葉に蛍が押しのけるように俺と古森の間に身を入れ、手際良く止血作業に取り掛かる。慣れているのか、迅速且つ適切な判断というのは傍目からでも分かったが、それでも血の量は夥しく、最悪の事態を容易に想像させた。
「……蛍、ここを任せていいか?」
「ええ! ……えっ?」
口にしてから何かを察したのか、蛍は俺の顔を見る。だが俺の視界にもう蛍は映っていない。映っているのは、古森を撃った男――無﨑の後ろ姿だけだった。
視界の隅で真木さんを見る。喧噪でかき消されていたが、彼女の悲痛な声は確かに俺の耳に届いていた。今は茫然とした様子で古森を見つめる彼女に突き動かされ、弾かれるように躰が動く。
「二人を頼んだ」
「まさか……。――ま、待って! 志樹っ‼」
蛍の制止を振り切り無﨑を追いかける。騒ぎを聞きつけて集まってきた野次馬が邪魔なのか、距離は遠いが幸い姿は見失っていない。相手は拳銃を所持している。危険なのは重々承知だが、あのまま黙って見ていることも出来なかった。
蛍が追ってこないかが気がかりだったが、二人の事を任せた以上、放って追いかけてくるということはないだろう。
「あっ、くそっ……!」
そうこうしている間に、無﨑は目の前でエレベーターに乗り込んでいってしまった。このまま見ていれば何階で止まるかは分かるが、降りる階が分かっても、それから追うのでは簡単に逃げ切られてしまうだろう。
「どうする……! っ、そうだ! ルメ‼」
大声で叫ぶ。すると、すぐにルメが姿を現した。
「どうしました?」
「今動いてるこのエレベーターが何階で止まるかだけ教えてくれ」
「こちらのエレベーターは一階で止まる予定ですが」
「ありがとう!」
ルメの言葉を聞くや否や、すぐに空いているエレベーターに乗り込み一階のボタンを押す。
「はぁっ……はぁっ……!」
無機質な稼働音を聞きながら息を整える。ホログラムによって映し出された景色を見ても心はまるで落ち着かない。現実と向き合っている時に幻想を映し出されても、ただ目を逸らしているだけだと解ってしまうからだろう。
「……すぅ~……ふぅ……」
操作パネルを押し、ホログラム機能を切って現実の風景を見ながら、深呼吸をして冷静に考える。――どうやって無﨑を捕まえるか。
過去に武道を齧ったことはあるが、相手は拳銃を持った人間だ。達人の域にあるような人でも勝算は限りなく低いだろう。リリィを頼ろうかとも思ったが、それが無駄だということはすでに理解している。
どうして拳銃が持ち込まれているのか。どうしてそれを使用したにも関わらず、無﨑は無事に逃げおおせているのか。それは無﨑が〝秘匿〟されているから。リリィに限らず、ルメも無﨑のような秘匿された存在が相手では完全に無力なのだ。
「秘匿か……」
VIPにのみ与えられる、AIから感知されなくなる機能。無﨑がそれに値するかどうかは改めて考えるまでもない。――つまり、今の無﨑にPLOWや客を守るはずのAIは完全に意味が無い。
状況を整理していると、時間切れとばかりにチンッという軽快な音と共にエレベーターの扉が開く。
「くっ……!」
考えている場合ではないと急いで外に飛び出ると、無﨑はちょうどエレベーターに隣接する〝関係者以外立ち入り禁止〟と書かれたスタッフルームに入っていくところだった。以前、リリィに気にしなくていいと言われた部屋。どうしてそんな場所に逃げ込んだのか分からないが、絶対に逃すまいと後を追う。
――だが、追っていった部屋の中には誰もいなかった。
「まさか、そんな事……!」
部屋の中は広いが、薄暗く見通しが良いとは言えない。掃除用具が入れてある物置部屋と聞いていたが、そこには隠れられる場所どころか、不自然なほど何も無かった。
「幻覚……なわけないよな」
自分の目を疑いながら壁伝いに歩いていると、ガコンという音と共に身を任せていた壁が抜けたような感覚を覚え、危うく倒れそうになる躰を寸でのところで踏みとどまると、そこには階下へ続く螺旋状の階段が伸びていた。
「な、なんだこれ……?」
ここは物置部屋ではなかったのか? いや、そもそもPLOWに地下なんて無かったはずだ。……おそらく無﨑はこの先にいるのだろうが、流石にこうまで怪しいと進むべきか迷ってしまう。
――この島に警察はいない。だとすれば無﨑が捕まるのはいつになる? それまでに同じ事を繰り返さないという保証はないし、PLOWの創設者ならこうした秘密の部屋の一つや二つはあるのだろう。そこから島の外に逃げてしまう、という可能性も考えられる。だが……。
だからこそ退くべきだという理性が働きかけたところで、脳裏に血に濡れた古森の姿と真木さんの悲痛な声を思い出す。
「……いや、行こう」
肌寒い冷気が階段の下から上ってくる。嫌な予感が肌をヒリつかせるが、もうその足が止まることはなかった。
0
あなたにおすすめの小説
下宿屋 東風荘 7
浅井 ことは
キャラ文芸
☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆*:..☆
四つの巻物と本の解読で段々と力を身につけだした雪翔。
狐の国で保護されながら、五つ目の巻物を持つ九堂の居所をつかみ、自身を鍵とする場所に辿り着けるのか!
四社の狐に天狐が大集結。
第七弾始動!
☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆*:..☆
表紙の無断使用は固くお断りさせて頂いております。
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
女神の白刃
玉椿 沢
ファンタジー
どこかの世界の、いつかの時代。
その世界の戦争は、ある遺跡群から出現した剣により、大きく姿を変えた。
女の身体を鞘とする剣は、魔力を収束、発振する兵器。
剣は瞬く間に戦を大戦へ進歩させた。数々の大戦を経た世界は、権威を西の皇帝が、権力を東の大帝が握る世になり、終息した。
大戦より数年後、まだ治まったとはいえない世界で、未だ剣士は剣を求め、奪い合っていた。
魔物が出ようと、町も村も知った事かと剣を求める愚かな世界で、赤茶けた大地を畑や町に、煤けた顔を笑顔に変えたいという脳天気な一団が現れる。
*表紙絵は五月七日ヤマネコさん(@yamanekolynx_2)の作品です*
マンションのオーナーは十六歳の不思議な青年 〜マンションの特別室は何故か女性で埋まってしまう〜
美鈴
ファンタジー
ホットランキング上位ありがとうございます😊
ストーカーの被害に遭うアイドル歌羽根天音。彼女は警察に真っ先に相談する事にしたのだが…結果を言えば解決には至っていない。途方にくれる天音。久しぶりに会った親友の美樹子に「──なんかあった?」と、聞かれてその件を伝える事に…。すると彼女から「なんでもっと早く言ってくれなかったの!?」と、そんな言葉とともに彼女は誰かに電話を掛け始め…
※カクヨム様にも投稿しています
※イラストはAIイラストを使用しています
Hand in Hand - 二人で進むフィギュアスケート青春小説
宮 都
青春
幼なじみへの気持ちの変化を自覚できずにいた中2の夏。ライバルとの出会いが、少年を未知のスポーツへと向わせた。
美少女と手に手をとって進むその競技の名は、アイスダンス!!
【2022/6/11完結】
その日僕たちの教室は、朝から転校生が来るという噂に落ち着きをなくしていた。帰国子女らしいという情報も入り、誰もがますます転校生への期待を募らせていた。
そんな中でただ一人、果歩(かほ)だけは違っていた。
「制覇、今日は五時からだから。来てね」
隣の席に座る彼女は大きな瞳を輝かせて、にっこりこちらを覗きこんだ。
担任が一人の生徒とともに教室に入ってきた。みんなの目が一斉にそちらに向かった。それでも果歩だけはずっと僕の方を見ていた。
◇
こんな二人の居場所に現れたアメリカ帰りの転校生。少年はアイスダンスをするという彼に強い焦りを感じ、彼と同じ道に飛び込んでいく……
――小説家になろう、カクヨム(別タイトル)にも掲載――
ユニークアイテムな女子(絶対的替えの効かない、唯一無二の彼女)「ゆにかの」
masuta
キャラ文芸
恋と友情、そして命を懸けた決断。青春は止まらない。
世界を股にかける財閥の御曹司・嘉位は、U-15日本代表として世界一を経験した天才投手。
しかし、ある理由で野球を捨て、超エリート進学校・和井田学園へ進学する。
入学式の日、偶然ぶつかった少女・香織。
彼女は、嘉位にとって“絶対的替えの効かない、唯一無二の存在”だった。
香織は、八重の親友。
そして八重は、時に未来を暗示する不思議な夢を見る少女。
その夢が、やがて物語を大きく動かしていく。
ゴールデンウィーク、八重の見た夢は、未曾有の大災害を告げていた。
偶然か、必然か……命を守るために立ち上がる。
「誰も欠けさせない」という信念を胸に走り続ける。
やがて災害を未然に防ぎ、再びグラウンドへと導く。
その中で、恋もまた静かに進んでいく。
「ずっと、君が好きだった」告白の言葉が、災害と勝負を越えた心を震わせる。
それぞれの想いが交錯し、群像劇は加速する。
一人ひとりが主人公。人生に脇役はいない。
現代ファンタジーとリアルが交錯する青春群像劇。
本作は小説家になろう、オリジナル作品のフルリメイク版です。
罰ゲームから始まった、五人のヒロインと僕の隣の物語
ノン・タロー
恋愛
高校2年の夏……友達同士で行った小テストの点を競う勝負に負けた僕、御堂 彼方(みどう かなた)は、罰ゲームとしてクラスで人気のある女子・風原 亜希(かざはら あき)に告白する。
だが亜希は、彼方が特に好みでもなく、それをあっさりと振る。
それで終わるはずだった――なのに。
ひょんな事情で、彼方は亜希と共に"同居”することに。
さらに新しく出来た、甘えん坊な義妹・由奈(ゆな)。
そして教室では静かに恋を仕掛けてくる寡黙なクラス委員長の柊 澪(ひいらぎ みお)、特に接点の無かった早乙女 瀬玲奈(さおとめ せれな)、おまけに生徒会長の如月(きさらぎ)先輩まで現れて、彼方の周囲は急速に騒がしくなっていく。
由奈は「お兄ちゃん!」と懐き、澪は「一緒に帰らない……?」と静かに距離を詰める。
一方の瀬玲奈は友達感覚で、如月先輩は不器用ながらも接してくる。
そんな中、亜希は「別に好きじゃないし」と言いながら、彼方が誰かと仲良くするたびに心がざわついていく。
罰ゲームから始まった関係は、日常の中で少しずつ形を変えていく。
ツンデレな同居人、甘えたがりな義妹、寡黙な同クラ女子、恋愛に不器用な生徒会長、ギャル気質な同クラ女子……。
そして、無自覚に優しい彼方が、彼女たちの心を少しずつほどいていく。
これは、恋と居場所と感情の距離をめぐる、ちょっと不器用で、でも確かな青春の物語。
私の守護霊さん
Masa&G
キャラ文芸
大学生活を送る彩音には、誰にも言えない秘密がある。
彼女のそばには、他人には姿の見えない“守護霊さん”がずっと寄り添っていた。
これは——二人で過ごした最後の一年を描く、かけがえのない物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる