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三廻目 雀の千声、鶴の一声
第65話 刹那
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互いに決別を口にし、二人は共に異なる構えを取る。
奏心は鯉口を切り、居合いの構えを。対する影愁は上段の構えのまま、じっと様子を見ている。互いに最も得意とする戦法。抜刀術と剣術――。
肉体は若いままだが、身に着けた技術や経験は当時と比較にならない。僅かでも隙を見せればその時点で敗北――否、死を意味するだろう。故に、勝負は最初の一手で決着が付く。
対峙した瞬間、奏心はこれまでの修行の日々を思い出していた。剣を習う際、師に教えられた戦闘作法。
先の先。先。先の後。後の先。戦いの基本である四つの機。
先の先――相手の思考を読み切り、その裏を突いて攻撃を仕掛ける行動。
先――相手が攻撃を仕掛けようと動き出す瞬間を捉え、その出鼻を挫く行動。
先の後――相手が攻撃を行っている最中、その動きを逆手に取って反撃する行動。
後の先――相手の攻撃を受け流した後、その隙を逃さず反撃を繰り出す行動。
この四つの機を、戦いの中で正確に見極める力があるかどうかで勝敗は決まる。
当然二人ともそれは心得ていたが、なまじ互いの性格や行動パターンを熟知している為どちらも正しい機を窺い続け、必然、膠着状態が続いていた。
奏心は脳内で勝利の方程式を組み立てようとするが、やはり答えは見つからない。どの択も間違いではないのかもしれないが、正解でもなかった。どれを選んでも、迎える末路は同じ。だが、その中で最も勝算が高い道があるのなら、それはやはり――。
そうして先に動いたのは影愁の方だった。奏心と同じ結論に至ったのか、摺り足のまま、じりじりと間合いを詰める。
奏心は動かない。居合の構えのまま右手を柄に添え、左親指で鍔を押し出し鯉口を切り、距離が詰まるのをひたすら待つ。
じっと互いの目を見つめ合い、肌で呼吸を感じる。少しでも気を抜いてしまえば間合いを見誤る可能性すらあった。
傍から見れば時が止まっているかのように見紛う光景だが、立ち会っている当人がそんな雑念を抱いたのなら、その時にはすでに棺桶に足を踏み入れていると言ってもいい状態だろう。
二人がこの大一番で信じたのは、過去の一戦。どちらが先に想いを告げるかを賭けた、真剣勝負の記憶だった。
あの日、勝利を収めた時と同じ線をなぞろうと、影愁は当時と同じ動きを取る。対する奏心も同じ行動を取っていた。
このまま間合いが詰まれば、あの時と同じ結末を迎える。そう考えたのは影愁だけだったろう。なぜなら、奏心の心はあの時とはまるで違うものだったからだ。
あの日あの時、勝負が決まる直前で奏心は迷ったのだ。本当に想いを告げるべきか、と。その結果、紙一重の差で敗北した。だから、今回迷いなく一刀を振るえば勝利する――と、そう理解していた。
当然、今回もまた迷うのなら、その時は無残な屍を晒すだけ。そう考え、奏心は何度目かになる覚悟を静かに決める。
そうして三呼吸後、刀の先端――切先の間合いに入る。だが、今振ったところで勝利は得られない。必殺である〝物打ち〟の間合いまで待つ必要があった。
――残り半歩となった時、二人の極限まで高まった集中力は雨音に混じっていた雷鳴さえも掻き消し、その代わり、聞こえるはずのない対敵の呼吸を耳にするまで至っていた。
そして次の瞬間。どこからか入ってきた一陣の風が二人の頬を撫で――ついに必殺の間合いに触れた。
「はッ‼」
「ふッ‼」
二人の掛け声はまったくの同時。攻撃の始動も、それに伴う剣速もまったくの五分。互いに容赦の欠片も感じさせない、過去を断ち斬る渾身の一刀が繰り出される。
――――見誤った。
抜刀した瞬間、スローモーションに感じる一刹那の中、奏心はそう理解する。
以前の姿だからといって、以前のままの魂ではないということは知っていたはずだったのに、どうして勝ちを拾えると確信していたのか。
このままでは相打ち必至。両者共に骸と化す未来だけが待っている。そう分かっていても、もはやどうすることもできない。すでに賽は投げられたのだ。ここで刃を止めれば間違いなく死ぬ。敗北することになる。
迫る死の刃を肌で感じながら、奏心は思う。はたして最悪の結末はなんであったか。それは、今ここにいる二人ともの死ではなかったか。沙雪の仇を、真実を追えなくなることこそが最も避けるべき事柄ではなかっただろうか。
そこまで分かっているのに、どうしてこの身体は止まってくれないのか。今ならまだ一つの屍だけで済む。なのに、なぜ未だに勝利を望んでしまっているのか。
「――バカは死ななきゃ治らない!」
「「ッ⁉」」
奏心は鯉口を切り、居合いの構えを。対する影愁は上段の構えのまま、じっと様子を見ている。互いに最も得意とする戦法。抜刀術と剣術――。
肉体は若いままだが、身に着けた技術や経験は当時と比較にならない。僅かでも隙を見せればその時点で敗北――否、死を意味するだろう。故に、勝負は最初の一手で決着が付く。
対峙した瞬間、奏心はこれまでの修行の日々を思い出していた。剣を習う際、師に教えられた戦闘作法。
先の先。先。先の後。後の先。戦いの基本である四つの機。
先の先――相手の思考を読み切り、その裏を突いて攻撃を仕掛ける行動。
先――相手が攻撃を仕掛けようと動き出す瞬間を捉え、その出鼻を挫く行動。
先の後――相手が攻撃を行っている最中、その動きを逆手に取って反撃する行動。
後の先――相手の攻撃を受け流した後、その隙を逃さず反撃を繰り出す行動。
この四つの機を、戦いの中で正確に見極める力があるかどうかで勝敗は決まる。
当然二人ともそれは心得ていたが、なまじ互いの性格や行動パターンを熟知している為どちらも正しい機を窺い続け、必然、膠着状態が続いていた。
奏心は脳内で勝利の方程式を組み立てようとするが、やはり答えは見つからない。どの択も間違いではないのかもしれないが、正解でもなかった。どれを選んでも、迎える末路は同じ。だが、その中で最も勝算が高い道があるのなら、それはやはり――。
そうして先に動いたのは影愁の方だった。奏心と同じ結論に至ったのか、摺り足のまま、じりじりと間合いを詰める。
奏心は動かない。居合の構えのまま右手を柄に添え、左親指で鍔を押し出し鯉口を切り、距離が詰まるのをひたすら待つ。
じっと互いの目を見つめ合い、肌で呼吸を感じる。少しでも気を抜いてしまえば間合いを見誤る可能性すらあった。
傍から見れば時が止まっているかのように見紛う光景だが、立ち会っている当人がそんな雑念を抱いたのなら、その時にはすでに棺桶に足を踏み入れていると言ってもいい状態だろう。
二人がこの大一番で信じたのは、過去の一戦。どちらが先に想いを告げるかを賭けた、真剣勝負の記憶だった。
あの日、勝利を収めた時と同じ線をなぞろうと、影愁は当時と同じ動きを取る。対する奏心も同じ行動を取っていた。
このまま間合いが詰まれば、あの時と同じ結末を迎える。そう考えたのは影愁だけだったろう。なぜなら、奏心の心はあの時とはまるで違うものだったからだ。
あの日あの時、勝負が決まる直前で奏心は迷ったのだ。本当に想いを告げるべきか、と。その結果、紙一重の差で敗北した。だから、今回迷いなく一刀を振るえば勝利する――と、そう理解していた。
当然、今回もまた迷うのなら、その時は無残な屍を晒すだけ。そう考え、奏心は何度目かになる覚悟を静かに決める。
そうして三呼吸後、刀の先端――切先の間合いに入る。だが、今振ったところで勝利は得られない。必殺である〝物打ち〟の間合いまで待つ必要があった。
――残り半歩となった時、二人の極限まで高まった集中力は雨音に混じっていた雷鳴さえも掻き消し、その代わり、聞こえるはずのない対敵の呼吸を耳にするまで至っていた。
そして次の瞬間。どこからか入ってきた一陣の風が二人の頬を撫で――ついに必殺の間合いに触れた。
「はッ‼」
「ふッ‼」
二人の掛け声はまったくの同時。攻撃の始動も、それに伴う剣速もまったくの五分。互いに容赦の欠片も感じさせない、過去を断ち斬る渾身の一刀が繰り出される。
――――見誤った。
抜刀した瞬間、スローモーションに感じる一刹那の中、奏心はそう理解する。
以前の姿だからといって、以前のままの魂ではないということは知っていたはずだったのに、どうして勝ちを拾えると確信していたのか。
このままでは相打ち必至。両者共に骸と化す未来だけが待っている。そう分かっていても、もはやどうすることもできない。すでに賽は投げられたのだ。ここで刃を止めれば間違いなく死ぬ。敗北することになる。
迫る死の刃を肌で感じながら、奏心は思う。はたして最悪の結末はなんであったか。それは、今ここにいる二人ともの死ではなかったか。沙雪の仇を、真実を追えなくなることこそが最も避けるべき事柄ではなかっただろうか。
そこまで分かっているのに、どうしてこの身体は止まってくれないのか。今ならまだ一つの屍だけで済む。なのに、なぜ未だに勝利を望んでしまっているのか。
「――バカは死ななきゃ治らない!」
「「ッ⁉」」
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