SAVE_YOU

星逢もみじ

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三廻目 雀の千声、鶴の一声

第66話 いつかの光景

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 決着がつこうとした刹那、突如聞こえたその声に二人同時に息を飲み、自然と動きは止まっていた。
 雷雨の音さえ耳に届かぬほど集中していた両者の耳にハッキリ聞こえた女の声。その声に二人は身体を硬直させ、動けなくなっていた。

 肉を斬る感触も斬られた感覚もない。両者に寸前まで迫っていた刃は、まさに紙一重――影愁の横腹、奏心の頭上一センチあるかないかのところで止まっている。

 ――だが、そんなことが些事さじに思えるほど重要なことがあった。一体誰が声を上げたのか。この場所には木流奏心と黒石影愁の二人しかいないはず。影愁が外部の介入を許すわけがない。

 いや、そもそも冷静に考えれば答えは一つしかなかった。誰がこの勝負を止めたのかではなく、誰がこの勝負を止め得ることが出来るのか。
 そんなことが出来るのは、後にも先にもこの世に一人だけしかいない。

「……あー、いや、バカは死んでも治らないか」

 自分自身の言葉にツッコミを入れるその声に懐かしさを感じ、二人は声のする方へゆっくりと顔を向ける。

 奏心の背後、入り口の障子に身体を預けて立つ気怠げな少女の姿。月下美人の文様、明るいピンクと紫の着物、特徴的な黒のサイドポニーテール。見紛うはずもなく、そこにいたのは間違いなく水月沙雪その人だった。

「さ、沙雪……⁉」

 影愁は驚愕の声を上げ、茫然とその姿を見つめる。その声を聞いて、奏心はこれが影愁にとっても予想外の出来事なのだろうと知った。

 二人ともにしばらく呆気に取られていると、沙雪はわざとらしく溜息をついて無遠慮に近付いてくる。そして、二人の前で右手を振り上げ――。

「こんの――大バカッ‼」

 バシンという小気味良い音と共に、沙雪は二人の頭を綺麗に叩く。懐かしい衝撃と率直な物言いに、二人はようやくこれが沙雪であると気付き、同時になぜここにいるのかと混乱に拍車が掛かる。

「ど、どうして沙雪が……」
「……本当に沙雪……なのか?」

 奏心に続いて影愁も疑問を口にする。

「なぁーに言ってんだか。こんなに綺麗で可憐な美少女が他にいるわけないでしょ?」

 その言葉に納得より先に理解が訪れた。今、目の前にいるのは、間違いなく水月沙雪本人なのだと。

「――そうか……! 霧山め、最初からそのつもりだったな」

 その時、何か合点がいったように影愁が口を開く。

「どういうことだ?」
「今俺たちの目の前にいる沙雪は、DNAを基にしたプログラム。つまりAIということだ。霧山が沙雪のDNAでも取っておいたんだろう。それか、沙雪自身が託しでもしたか」
「そんな馬鹿な……」
「影愁の言う通りだよ。こんなことになるんじゃないかって、死ぬ前紬に頼んでおいたんだ。まあ当時はまだMimosaも構想段階だったから、どうなるかは分からなかったけど。手を打っておいて正解だったわ。紬に感謝しなくちゃね」

 二人が話す内容を奏心が完璧に理解することは出来ない。だが、それでも一つ分かることは、目の前に沙雪がいるという事実。未だに現実の出来事だとは認識できずにいたが、それでも自然と心は安らいでいた。

「――で、今何してたの?」

 しかし、そんな奏心の心に反して、沙雪は明らかに不機嫌と取れる表情で二人を睨み付ける。
 その、答えが明確な問いにどちらも答えることができず、代わりに目を逸らして口を噤む。同時に、いつだったかこんなこともあったな、と奏心は一人遠い過去を見ていた。

「……もう一発いっとく?」
「ま、待て待て! その、だな……」

 その言葉に奏心は焦って口を開くも、どう返したらいいか分からず口がまごつく。

「どうしたの奏心。早く言ってみなさいよ」
「あ、ああ。影愁と、その……決闘を……」
「へえ、そう? で決闘ねえ?」

 手に持つ真剣を見ながら沙雪は責めるように続ける。
 先ほどまでの熱はどこへやら、氷よりも冷たい視線を向けられ、二人ともすっかり委縮してしまっていた。今となっては、どうして決闘などという馬鹿げた真似をしていたのか、恥じ入るばかりで目も合わせられない。

「影愁、あんたは何も言うことないの?」

 沙雪は視線を逸らす奏心の背後に向けて言葉を投げかける。

「……沙雪、一体いつから――」
「今はあたしが聞いてるんだけど?」
「ぬぐっ……」

 少しは落ち着きを取り戻した様子の影愁だったが、沙雪の圧を帯びた口調に再び口を閉ざす。いや、閉ざさざるを得なかった。

「……はぁ、こんなバカなことで出張りたくなかったんだけど」
「ば、馬鹿なことだと……⁉」

 その言葉に影愁が吠える。

「それ以外になんだって? こんなとこに来てまでやることが殺し合いだなんて聞いて呆れるわ。あたしは〝バカ〟でもだいぶ控えめな表現だと思ってるけどね」

 だが、意も介さずといった様子で沙雪はそれを切り捨てた。

「ぐ、ぐ……!」
「……沙雪よ。確かにその通りだとは思うが、それでもその道を往くしかなかった心情も少しはんでくれないか……?」

 苦い顔をする影愁に、同じ選択をしてしまった身として同情の念が浮かんだのか、奏心は知らず助け舟を出していた。

「嫌だね。なーにがその道を往くしかなかっただ、よくそんな恥ずかしいこと言えるね。心情を酌め? はっ、誰がそんなもん理解するか。一片たりとも理解したくないねっ! ああそれと、しょうがないとは思うけど二人ともその喋り方やめてくれない? 年寄り臭いから」
「うぐっ……」

 沙雪は一切の遠慮も無いまま言葉の弾丸を放つ。
 助け舟は瞬く間に沈没した。
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