SAVE_YOU

星逢もみじ

文字の大きさ
97 / 180
五廻目 視座

第97話 水族館のムソリ

しおりを挟む
 チンッという小気味いい音と共に赤色のランプが点き、エレベーターの扉が開く。

「……ここか……」

 六〇階の水族館に足を踏み入れる。
 他の階と比べて少しだけ息苦しく温度が下がったように感じるのは、この青に染まった空間によって、まるで海の中にいると錯覚したからか。それとも、を縦横無尽に泳ぎ回る魚がそういった感覚に拍車をかけているからだろうか。

「当然、これもホログラムか」

 目の前を泳ぐ生きた化石――シーラカンスに触れようと手を伸ばすも、そのまますり抜けてしまう。

 大小さまざまな種類の魚が仕切り無く自由気ままに泳ぐ様は、水族館というより海中――いや、都市が丸ごと海の底に沈んでしまったかのような、そんな印象を受けた。尤も、水の無い酸素の充満したこの空間を海の中と言っていいのかは疑問に感じるところではあったが。

 マリンスノーやルメの操舵する木船に乗っている人の姿も見える、おそらく館内を移動する為の手段だろう。
 そうして感嘆の息を漏らしてから改めて思う。驚くほどリアリティのある幻想――ホログラムの凄さを。

 エラ呼吸、目や口の動き、鱗の一枚一枚に至るまで本物と何ら変わらない出来栄え。もし、PLOWに来て初めて訪れた階がここだったなら、きっと腰を抜かしていたかもしれない。――と、頭上を優雅に泳ぐ鯨を見ながらそんなことを思っていた。

「……っと、こんな事考えてる場合じゃないな」

 そう、決して観光などという気楽な事をしにここへ来たのではない。一瞬目的を忘れて楽しんでしまったが、すぐにここへ来た理由を――霧山さんとの会話を思い出す。

『君には、イモリになってもらおう』
『…………は?』
『なに簡単なことだよ。君にホログラムを被せ、無﨑さんの目を誤魔化す。それだけだ』
『な、なるほど……?』

 突然何を言い出すのかと思ったが、おそらくまとも……な提案だった。確かにそれなら気付かれることは無い。
 だが、俺の身長は一八〇センチを超えている。どんな種類のイモリであっても怪しすぎる。流石にその事は霧山さんも気付いているはずだが……。

 ……いや、そういえば霧山さんも春佳の親族なのだ。まさか彼女のようにどこか抜けて――馬鹿な。霧山さんに限ってそんな天然は発揮しないはずだ。きっと違和感が無いよう上手く調整してくれるのだろう。

『でもイモリの姿になるってことは、爆弾がある場所ってもしかして……』
『ああ、六〇階の水族館だ。そこの、ホログラムの中に仕掛けられている』
『あるホログラム?』
『そう、それは――』

「……でかいな……」

 館内に流れる穏やかなメロディを耳にしながら、一〇〇メートルほど遠くで優雅に泳ぐ巨大なイカを見上げる。
 遠近感覚が狂ってしまったかのような巨大なイカ――大きさからして、おそらくダイオウイカだろう――が、海面から降り注ぐ光で以て影を作りながら泳いでいた。

 霧山さんの話では、あのイカの胴体に爆弾が仕掛けられているらしい。動きが止まる時間があるとのことなので、爆弾を止める際にはその隙を狙うしかないだろう。

 どの程度の間隔で止まるのか調べる為、ダイオウイカをじっと観察する。
 あれだけのボリュームがあれば当分つまみに困ることはないだろうなと、呑気にもそんなことを考えていた。

「……やっぱり、炙りが一番か?」
「へえ~? イモリってイカ食べるんだ」
「ん……?」

 声のした方へ顔を向けると、そこには巫女服を身に纏った高校生ぐらいの――春佳よりは年上だと思える――少女が立っていた。
 髪型は派手で、インナーカラーを薄い赤と金にした紫のツーサイドアップ。服装に似合わず、雰囲気からはそこはかとなくギャルと相対した時のような空気を感じる。

「でもマスコットキャラ? にしてはデカいわね」

 少女の呟きに胸中で賛同する。結局、霧山さんの案に深い意味は無かったらしく、実物に近い〝アカハライモリ〟のホログラムを被せたところ、恐ろしいほどの威圧感と違和感の塊を持つ生物が出来上がってしまった。
 その為、急遽アニメ調にデフォルメされたアカハライモリのホログラムを被ったのだ。

 霧山さんが言うには無﨑はPLOWの経営にほとんど興味を示さなかったとのことで、突然そんなイモリ――のようなものが出てきても、何も問題無いと言っていた。

 ……だが、これでは流石に目立つのではないだろうか。周りにあるホログラムで多少緩和されているものの、明らかに浮いている。大きさといい、これではイモリというより宇宙人だ。まぁそれでも今のところ何も起きていないのだから、本当に問題が無かったということになるわけなのだが。

「ねえ、あなた多分イモリよね?」

 少女は疑問符を付けたまま中の人に平然と話しかけてくる。返事が無くとも、このとしなら暗黙の了解で察してほしいものだが。

「……返事がない。これホログラムじゃないよね?」

 ――まずい。この調子だと触ってきかねない。……仕方ない、騒がれる前に立ち去ってもらおう。

「すみませんが、仕事中なので」
「あ、喋った。別にいいじゃん。その仕事中にイカの調理法を考えちゃうくらい暇だったんでしょ?」

 ……なかなか痛いところを突かれる。

「それは……」
「ねえねえ、スタッフなら何か面白い話してよ! 雑学とかさ」
「……じゃあさっきの言葉に一応ツッコミを入れておくと、アカハライモリはイカを食べない。更に補足するなら、淡水環境に適応してるから海水のある海にも生息はしていない」
「ふーん、そうなんだ」

 あははと笑う少女にそれ以上何も言う事は無い。これで立ち去ってくれればいいのだが――。

「ねえ、あなた名前は何て言うの?」

 だが、そんな思いとは裏腹に好奇心を刺激されたのか少女は興味津々に尋ねてきた。

「名前?」

 ……そういえば考えてなかった。アカハライモリのマスコットキャラだからそれにちなんだものが良いのだろうが、一生残るであろうネーミングを俺が勝手に決めていいものか。いや、ここで決めなくては怪しまれる。

 アカハライモリ……アカイモ、アカモリ、ハライモ……ハラリ……? 駄目だ、どれもしっくりこない。
 そうだ、六〇階にいるイモリなのだし、六〇に因んで〝むそ〟。……よし、ムソリにしよう。

「む、ムソリだ!」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

下宿屋 東風荘 7

浅井 ことは
キャラ文芸
☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆*:..☆ 四つの巻物と本の解読で段々と力を身につけだした雪翔。 狐の国で保護されながら、五つ目の巻物を持つ九堂の居所をつかみ、自身を鍵とする場所に辿り着けるのか! 四社の狐に天狐が大集結。 第七弾始動! ☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆*:..☆ 表紙の無断使用は固くお断りさせて頂いております。

女神の白刃

玉椿 沢
ファンタジー
 どこかの世界の、いつかの時代。  その世界の戦争は、ある遺跡群から出現した剣により、大きく姿を変えた。  女の身体を鞘とする剣は、魔力を収束、発振する兵器。  剣は瞬く間に戦を大戦へ進歩させた。数々の大戦を経た世界は、権威を西の皇帝が、権力を東の大帝が握る世になり、終息した。  大戦より数年後、まだ治まったとはいえない世界で、未だ剣士は剣を求め、奪い合っていた。  魔物が出ようと、町も村も知った事かと剣を求める愚かな世界で、赤茶けた大地を畑や町に、煤けた顔を笑顔に変えたいという脳天気な一団が現れる。  *表紙絵は五月七日ヤマネコさん(@yamanekolynx_2)の作品です*

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

鷹鷲高校執事科

三石成
青春
経済社会が崩壊した後に、貴族制度が生まれた近未来。 東京都内に広大な敷地を持つ全寮制の鷹鷲高校には、貴族の子息が所属する帝王科と、そんな貴族に仕える、優秀な執事を育成するための執事科が設立されている。 物語の中心となるのは、鷹鷲高校男子部の三年生。 各々に悩みや望みを抱えた彼らは、高校三年生という貴重な一年間で、学校の行事や事件を通して、生涯の主人と執事を見つけていく。 表紙イラスト:燈実 黙(@off_the_lamp)

Hand in Hand - 二人で進むフィギュアスケート青春小説

宮 都
青春
幼なじみへの気持ちの変化を自覚できずにいた中2の夏。ライバルとの出会いが、少年を未知のスポーツへと向わせた。 美少女と手に手をとって進むその競技の名は、アイスダンス!! 【2022/6/11完結】  その日僕たちの教室は、朝から転校生が来るという噂に落ち着きをなくしていた。帰国子女らしいという情報も入り、誰もがますます転校生への期待を募らせていた。  そんな中でただ一人、果歩(かほ)だけは違っていた。 「制覇、今日は五時からだから。来てね」  隣の席に座る彼女は大きな瞳を輝かせて、にっこりこちらを覗きこんだ。  担任が一人の生徒とともに教室に入ってきた。みんなの目が一斉にそちらに向かった。それでも果歩だけはずっと僕の方を見ていた。 ◇ こんな二人の居場所に現れたアメリカ帰りの転校生。少年はアイスダンスをするという彼に強い焦りを感じ、彼と同じ道に飛び込んでいく…… ――小説家になろう、カクヨム(別タイトル)にも掲載――

マンションのオーナーは十六歳の不思議な青年 〜マンションの特別室は何故か女性で埋まってしまう〜

美鈴
ファンタジー
ホットランキング上位ありがとうございます😊  ストーカーの被害に遭うアイドル歌羽根天音。彼女は警察に真っ先に相談する事にしたのだが…結果を言えば解決には至っていない。途方にくれる天音。久しぶりに会った親友の美樹子に「──なんかあった?」と、聞かれてその件を伝える事に…。すると彼女から「なんでもっと早く言ってくれなかったの!?」と、そんな言葉とともに彼女は誰かに電話を掛け始め… ※カクヨム様にも投稿しています ※イラストはAIイラストを使用しています

ユニークアイテムな女子(絶対的替えの効かない、唯一無二の彼女)「ゆにかの」

masuta
キャラ文芸
恋と友情、そして命を懸けた決断。青春は止まらない。 世界を股にかける財閥の御曹司・嘉位は、U-15日本代表として世界一を経験した天才投手。 しかし、ある理由で野球を捨て、超エリート進学校・和井田学園へ進学する。 入学式の日、偶然ぶつかった少女・香織。 彼女は、嘉位にとって“絶対的替えの効かない、唯一無二の存在”だった。 香織は、八重の親友。 そして八重は、時に未来を暗示する不思議な夢を見る少女。 その夢が、やがて物語を大きく動かしていく。 ゴールデンウィーク、八重の見た夢は、未曾有の大災害を告げていた。 偶然か、必然か……命を守るために立ち上がる。 「誰も欠けさせない」という信念を胸に走り続ける。 やがて災害を未然に防ぎ、再びグラウンドへと導く。 その中で、恋もまた静かに進んでいく。 「ずっと、君が好きだった」告白の言葉が、災害と勝負を越えた心を震わせる。 それぞれの想いが交錯し、群像劇は加速する。 一人ひとりが主人公。人生に脇役はいない。 現代ファンタジーとリアルが交錯する青春群像劇。 本作は小説家になろう、オリジナル作品のフルリメイク版です。

罰ゲームから始まった、五人のヒロインと僕の隣の物語

ノン・タロー
恋愛
高校2年の夏……友達同士で行った小テストの点を競う勝負に負けた僕、御堂 彼方(みどう かなた)は、罰ゲームとしてクラスで人気のある女子・風原 亜希(かざはら あき)に告白する。 だが亜希は、彼方が特に好みでもなく、それをあっさりと振る。 それで終わるはずだった――なのに。 ひょんな事情で、彼方は亜希と共に"同居”することに。 さらに新しく出来た、甘えん坊な義妹・由奈(ゆな)。 そして教室では静かに恋を仕掛けてくる寡黙なクラス委員長の柊 澪(ひいらぎ みお)、特に接点の無かった早乙女 瀬玲奈(さおとめ せれな)、おまけに生徒会長の如月(きさらぎ)先輩まで現れて、彼方の周囲は急速に騒がしくなっていく。 由奈は「お兄ちゃん!」と懐き、澪は「一緒に帰らない……?」と静かに距離を詰める。 一方の瀬玲奈は友達感覚で、如月先輩は不器用ながらも接してくる。 そんな中、亜希は「別に好きじゃないし」と言いながら、彼方が誰かと仲良くするたびに心がざわついていく。 罰ゲームから始まった関係は、日常の中で少しずつ形を変えていく。 ツンデレな同居人、甘えたがりな義妹、寡黙な同クラ女子、恋愛に不器用な生徒会長、ギャル気質な同クラ女子……。 そして、無自覚に優しい彼方が、彼女たちの心を少しずつほどいていく。 これは、恋と居場所と感情の距離をめぐる、ちょっと不器用で、でも確かな青春の物語。

処理中です...