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第一章
追放
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「一体どういうつもりだ、セト。そんなことがまかり通ると思うのか」
全身を煌びやかに着飾ったヌト。ルビー、サファイア、エメラルド。数多の宝石で装飾された椅子に腰掛ける、その能面のような表情に、セトは思わずくすくすと笑う。
「なぜ笑う」
「失礼。随分滑稽に見えたもので」
ヌトは表情を変えぬまま、セトの頭上に雷を落とす。だが、それを受けても平気な態度のセトに唖然とした。
「その程度の呪力とは。地位におごり、慢心なさいましたなあ、ヌト様」
セトが民衆に演説をしたあの刻、ゲブとヌト、イシスとオシリスは冥界に居た。創造主ラー神、大気の神シューと湿気の神テフヌトの元へ訪問する、月に一度の日だったからだ。本来はゲブとヌトだけでするもの。だが、オシリスの状態が少しでも良くなればと、イシスはオシリスと共に以前からこの訪問に同行していた。
ことの次第を知ったゲブ、ヌト、イシスも含め、ジェロス以外の皆が天空の扉の間へと集まる。
「我らが冥界に赴く刻を見計らったな。ジェロスの指示か」
ゲブが言えば、セトは笑った。
「あのお方はご自分にしか興味がない。我々のことに興味もへったくれもお持ちではございますまい」
「ここに居るもので、お前の意見に賛同するものなど誰もいない。アンクたちを排除するなど、お前に世のルールをひっくり返す権限はないのだぞ」
「ルール? 権限? はあ……思考が古臭くて叶わぬな」
「なんだと?!」
ゲブの怒りが地面を揺らす。
「父上の怒りなどその程度。せいぜい地を割り、建物を倒壊させるだけ。実に下品」
「なんてことを!」
イシスは立ち上がり、セトの胸ぐらを掴む。
「我らが生まれてこられたのは、父上と母上がおったから、この世をつくった創造主様が居たからだ! そんなことは言わずもがなの常識だ!」
「その埃を被った常識とやらが、一体なんの役に立つのだ!!」
セトはイシスを振り払い、部屋の中心に踊り出た。
「たかが世界を生んだぐらいで踏ん反り返りおって! その煌びやかな装飾! 刻を潰す為だけの儀式やしきたり、自分たちの地位を誇示するだけのルール! そもそも、父上が人間の母上なんかと子を成すからこんな事になった。神は神で、お前らだけで一生やってりゃよかったんだよ!」
セトは自身の呪力で、大量の蛇を宙に浮かせた。
「忘れるな。アンク様とオシリスを除くこの世の生物を、我は消し去ることが出来る。それは創造主とて例外ではない。この世はとっくの昔に完成している! 創造主など、世を作ったその瞬間に消えればよかったのだ、この役立たずが!」
セトの蛇が、ヌトの喉元に噛み付く。断末魔の叫びと共に、一気に青白く変色したヌトは、身体から蒸気を立ち上らせて一瞬で消えてなくなった。
「母上!!」
アンクとシエルの声が重なる。
「いくらアンク様とて、創造主を転生させることは叶わぬ。次はお前の番だ、ゲブよ」
「な、なぜそのような考えを……リミッターはどうした」
目の前でヌトが消えた現実に、ゲブは腰を抜かして地面に尻をついた。
「ああ、リミッター……死を司る我とマウト神には、生み出される際の条件に『創造主に死をもたらすことは禁忌』とリミッターと呼ばれる目には見えない足枷がつく。だが残念、人間を母に持った不具合かな、そんなリミッターとっくに外れておる。お陰でお前らの卑怯な考えに気づけて、我は幸運だった」
セトは左手の人差し指と中指を揃えて立てる。それを見たアンクは、素早くゲブを庇うようにセトの前に出た。
「やめろ、セト。創造主様のいない世など、すぐに滅びるぞ」
「滅びるならばそれも良い。この世にはもう、うんざりなのだ」
「うんざり……」
アンクは指を鳴らす。するとゲブが消えた。
「どこへやった」
「そなたの手の届かぬところだ」
「……ちっ、冥界か」
悲しみに暮れるシエルに寄り添うように、肩を抱くニフティ。ネフティスは唖然とし、その隣には、ただ前を見て動かないオシリス。そのオシリスの腕に、イシスはしがみついていた。
最後にマウトの表情を見て、アンクは覚悟を決める。
「我ら兄弟はこの土地を去る。その代わり、父上や他の神、民にも危害は加えぬこと。カエルレアの花園はそのままにする。心優しきオシリスなら、うまく育てることもできよう。それ故、ロトゥスの花を人間に差し向ける事は今後一切やめてもらいたい」
セトはアンクの提案をのんだ。互いに親指の腹を噛みちぎり合わせることで、破れぬ誓いを立てる。
「明後日の霊魂崇拝の儀にて、ニフティの中にある魂が冥界に帰り次第、ここを立つ」
全身を煌びやかに着飾ったヌト。ルビー、サファイア、エメラルド。数多の宝石で装飾された椅子に腰掛ける、その能面のような表情に、セトは思わずくすくすと笑う。
「なぜ笑う」
「失礼。随分滑稽に見えたもので」
ヌトは表情を変えぬまま、セトの頭上に雷を落とす。だが、それを受けても平気な態度のセトに唖然とした。
「その程度の呪力とは。地位におごり、慢心なさいましたなあ、ヌト様」
セトが民衆に演説をしたあの刻、ゲブとヌト、イシスとオシリスは冥界に居た。創造主ラー神、大気の神シューと湿気の神テフヌトの元へ訪問する、月に一度の日だったからだ。本来はゲブとヌトだけでするもの。だが、オシリスの状態が少しでも良くなればと、イシスはオシリスと共に以前からこの訪問に同行していた。
ことの次第を知ったゲブ、ヌト、イシスも含め、ジェロス以外の皆が天空の扉の間へと集まる。
「我らが冥界に赴く刻を見計らったな。ジェロスの指示か」
ゲブが言えば、セトは笑った。
「あのお方はご自分にしか興味がない。我々のことに興味もへったくれもお持ちではございますまい」
「ここに居るもので、お前の意見に賛同するものなど誰もいない。アンクたちを排除するなど、お前に世のルールをひっくり返す権限はないのだぞ」
「ルール? 権限? はあ……思考が古臭くて叶わぬな」
「なんだと?!」
ゲブの怒りが地面を揺らす。
「父上の怒りなどその程度。せいぜい地を割り、建物を倒壊させるだけ。実に下品」
「なんてことを!」
イシスは立ち上がり、セトの胸ぐらを掴む。
「我らが生まれてこられたのは、父上と母上がおったから、この世をつくった創造主様が居たからだ! そんなことは言わずもがなの常識だ!」
「その埃を被った常識とやらが、一体なんの役に立つのだ!!」
セトはイシスを振り払い、部屋の中心に踊り出た。
「たかが世界を生んだぐらいで踏ん反り返りおって! その煌びやかな装飾! 刻を潰す為だけの儀式やしきたり、自分たちの地位を誇示するだけのルール! そもそも、父上が人間の母上なんかと子を成すからこんな事になった。神は神で、お前らだけで一生やってりゃよかったんだよ!」
セトは自身の呪力で、大量の蛇を宙に浮かせた。
「忘れるな。アンク様とオシリスを除くこの世の生物を、我は消し去ることが出来る。それは創造主とて例外ではない。この世はとっくの昔に完成している! 創造主など、世を作ったその瞬間に消えればよかったのだ、この役立たずが!」
セトの蛇が、ヌトの喉元に噛み付く。断末魔の叫びと共に、一気に青白く変色したヌトは、身体から蒸気を立ち上らせて一瞬で消えてなくなった。
「母上!!」
アンクとシエルの声が重なる。
「いくらアンク様とて、創造主を転生させることは叶わぬ。次はお前の番だ、ゲブよ」
「な、なぜそのような考えを……リミッターはどうした」
目の前でヌトが消えた現実に、ゲブは腰を抜かして地面に尻をついた。
「ああ、リミッター……死を司る我とマウト神には、生み出される際の条件に『創造主に死をもたらすことは禁忌』とリミッターと呼ばれる目には見えない足枷がつく。だが残念、人間を母に持った不具合かな、そんなリミッターとっくに外れておる。お陰でお前らの卑怯な考えに気づけて、我は幸運だった」
セトは左手の人差し指と中指を揃えて立てる。それを見たアンクは、素早くゲブを庇うようにセトの前に出た。
「やめろ、セト。創造主様のいない世など、すぐに滅びるぞ」
「滅びるならばそれも良い。この世にはもう、うんざりなのだ」
「うんざり……」
アンクは指を鳴らす。するとゲブが消えた。
「どこへやった」
「そなたの手の届かぬところだ」
「……ちっ、冥界か」
悲しみに暮れるシエルに寄り添うように、肩を抱くニフティ。ネフティスは唖然とし、その隣には、ただ前を見て動かないオシリス。そのオシリスの腕に、イシスはしがみついていた。
最後にマウトの表情を見て、アンクは覚悟を決める。
「我ら兄弟はこの土地を去る。その代わり、父上や他の神、民にも危害は加えぬこと。カエルレアの花園はそのままにする。心優しきオシリスなら、うまく育てることもできよう。それ故、ロトゥスの花を人間に差し向ける事は今後一切やめてもらいたい」
セトはアンクの提案をのんだ。互いに親指の腹を噛みちぎり合わせることで、破れぬ誓いを立てる。
「明後日の霊魂崇拝の儀にて、ニフティの中にある魂が冥界に帰り次第、ここを立つ」
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