46 / 80
第二章
変貌
しおりを挟む
軽やかな足取りが廊下を擦る。部屋の前で胸の高鳴りを多少落ち着けてから、ジェロスは勢いよく戸を引いた。
「アキ、ばばが来たぞ!」
「ばば様!」
アキと呼ばれた幼子は、ジェロスに飛びつく。それを見たダアドは眉をひそめた。
「ジェロス様。こちらに来られる際は、前もって一報入れるお約束でしょう。いきなり来られては困りまする」
「そう申すが、近頃はそなたの体調がすぐれぬやのアキの都合があるやの、さっぱり会わせてくれないではないか。同じ神殿におるのだ、来るのが一番早い」
ダアドは呆れたように深いため息をつく。
「私の腹には稚児がおるのですよ? 体調がすぐれぬのは必然。それに、月に一度はそちらに伺っているではありませぬか」
「月に一度など、淋しゅうて敵わぬ。そうだ、ニザールはどうした」
「さあ……ここのところお姿を見ておりませぬ」
アキは嬉しそうにジェロスを見上げている。
「ばば様、一緒に遊びましょう」
「そうかそうか。何をして遊ぼうか」
ジェロスの喜ぶ顔を見て、ダアドは小さく舌打ちをした。
「……あいたたたっ、お腹がいたい!」
座り込むダアドに、アキが気づいて近寄る。
「母上、大丈夫ですか?」
「母は少し休みます。アキ、着いて来てはくれまいか?」
申し訳なさそうに振り返るアキに、ジェロスは微笑みを向けた。
「よいよい、母についてなされ。またな、アキ」
ジェロスは部屋を出ると、移動の陣で自室に帰る。その後ろ姿を横目に、ダアドは腹を抑えながら意地の悪い顔を見せていた。
ここ数年で、国はすっかり変わった。毎日行われていた懐胎の儀は、訪問者の減少により月に数回に。霊魂崇拝の儀に立ち会う者はゲブ、オシリス、イシスのみ。ゲブに至っては、儀式の初めに天空の扉を開けるや否や、すぐにいなくなる始末だった。
アンクたちが去った当時、ダアドのお腹にいたアキは今五つ。アキが生まれて、しばらくは上手くいっていたジェロスとダアドの関係も、ジェロスの干渉に嫌気がさしたダアドが部屋を移るなどして、ここ最近は完全に冷え切ってしまっていた。
コンコンっ——部屋の扉が開く。豆が十粒と少しばかりの重湯が乗った膳を、キキがテーブルに置いた。
「ジェロス様。昼食にございます」
「ああ、そんな時間か。こう毎日空が暗いと、感覚も狂うのう」
ヌトがいなくなった影響か、この国に晴れ間が広がることは滅多にない。
「アキ、ばばが来たぞ!」
「ばば様!」
アキと呼ばれた幼子は、ジェロスに飛びつく。それを見たダアドは眉をひそめた。
「ジェロス様。こちらに来られる際は、前もって一報入れるお約束でしょう。いきなり来られては困りまする」
「そう申すが、近頃はそなたの体調がすぐれぬやのアキの都合があるやの、さっぱり会わせてくれないではないか。同じ神殿におるのだ、来るのが一番早い」
ダアドは呆れたように深いため息をつく。
「私の腹には稚児がおるのですよ? 体調がすぐれぬのは必然。それに、月に一度はそちらに伺っているではありませぬか」
「月に一度など、淋しゅうて敵わぬ。そうだ、ニザールはどうした」
「さあ……ここのところお姿を見ておりませぬ」
アキは嬉しそうにジェロスを見上げている。
「ばば様、一緒に遊びましょう」
「そうかそうか。何をして遊ぼうか」
ジェロスの喜ぶ顔を見て、ダアドは小さく舌打ちをした。
「……あいたたたっ、お腹がいたい!」
座り込むダアドに、アキが気づいて近寄る。
「母上、大丈夫ですか?」
「母は少し休みます。アキ、着いて来てはくれまいか?」
申し訳なさそうに振り返るアキに、ジェロスは微笑みを向けた。
「よいよい、母についてなされ。またな、アキ」
ジェロスは部屋を出ると、移動の陣で自室に帰る。その後ろ姿を横目に、ダアドは腹を抑えながら意地の悪い顔を見せていた。
ここ数年で、国はすっかり変わった。毎日行われていた懐胎の儀は、訪問者の減少により月に数回に。霊魂崇拝の儀に立ち会う者はゲブ、オシリス、イシスのみ。ゲブに至っては、儀式の初めに天空の扉を開けるや否や、すぐにいなくなる始末だった。
アンクたちが去った当時、ダアドのお腹にいたアキは今五つ。アキが生まれて、しばらくは上手くいっていたジェロスとダアドの関係も、ジェロスの干渉に嫌気がさしたダアドが部屋を移るなどして、ここ最近は完全に冷え切ってしまっていた。
コンコンっ——部屋の扉が開く。豆が十粒と少しばかりの重湯が乗った膳を、キキがテーブルに置いた。
「ジェロス様。昼食にございます」
「ああ、そんな時間か。こう毎日空が暗いと、感覚も狂うのう」
ヌトがいなくなった影響か、この国に晴れ間が広がることは滅多にない。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
2
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる