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第二章

変貌

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 軽やかな足取りが廊下を擦る。部屋の前で胸の高鳴りを多少落ち着けてから、ジェロスは勢いよく戸を引いた。

「アキ、ばばが来たぞ!」
「ばば様!」

 アキと呼ばれた幼子は、ジェロスに飛びつく。それを見たダアドは眉をひそめた。

「ジェロス様。こちらに来られる際は、前もって一報入れるお約束でしょう。いきなり来られては困りまする」
「そう申すが、近頃はそなたの体調がすぐれぬやのアキの都合があるやの、さっぱり会わせてくれないではないか。同じ神殿におるのだ、来るのが一番早い」

 ダアドは呆れたように深いため息をつく。

「私の腹には稚児ややがおるのですよ? 体調がすぐれぬのは必然。それに、月に一度はそちらに伺っているではありませぬか」
「月に一度など、淋しゅうて敵わぬ。そうだ、ニザールはどうした」
「さあ……ここのところお姿を見ておりませぬ」

 アキは嬉しそうにジェロスを見上げている。

「ばば様、一緒に遊びましょう」
「そうかそうか。何をして遊ぼうか」

 ジェロスの喜ぶ顔を見て、ダアドは小さく舌打ちをした。
 
「……あいたたたっ、お腹がいたい!」
 
 座り込むダアドに、アキが気づいて近寄る。

「母上、大丈夫ですか?」
「母は少し休みます。アキ、着いて来てはくれまいか?」

 申し訳なさそうに振り返るアキに、ジェロスは微笑みを向けた。

「よいよい、母についてなされ。またな、アキ」

 ジェロスは部屋を出ると、移動の陣で自室に帰る。その後ろ姿を横目に、ダアドは腹を抑えながら意地の悪い顔を見せていた。

 ここ数年で、国はすっかり変わった。毎日行われていた懐胎かいたいの儀は、訪問者の減少により月に数回に。霊魂崇拝れいこんすうはいの儀に立ち会う者はゲブ、オシリス、イシスのみ。ゲブに至っては、儀式の初めに天空の扉を開けるや否や、すぐにいなくなる始末だった。

 アンクたちが去った当時、ダアドのお腹にいたアキは今五つ。アキが生まれて、しばらくは上手くいっていたジェロスとダアドの関係も、ジェロスの干渉に嫌気がさしたダアドが部屋を移るなどして、ここ最近は完全に冷え切ってしまっていた。

 コンコンっ——部屋の扉が開く。豆が十粒と少しばかりの重湯が乗った膳を、キキがテーブルに置いた。

「ジェロス様。昼食にございます」
「ああ、そんな時間か。こう毎日空が暗いと、感覚も狂うのう」

 ヌトがいなくなった影響か、この国に晴れ間が広がることは滅多にない。
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