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美桜
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ブブッ
会議室を後にして数分、九条のスマートフォンが震えた。
【お父さん、今日も遅くなる? お婆ちゃんがご飯どうするって聞いてるよ】
メッセージは九条の娘、美桜からだった。
【今日は遅くならない。一緒に食事をとろう。美桜の好きなケーキを買って帰る】
時刻は十五時四十分。
九条はメッセージを送信すると、急ぎ帰り支度を始める。ここ二、三日捜査が立て込んでいたこともあり、近頃帰宅は美桜が寝静まった深夜になることが続いていた。
「佐藤。俺はもうあがるから、捜査に進展があれば連絡をくれ」
「わかりました」
九条は署を出るとケーキ屋に向かう。ディスプレイしてある中からいくつか選択し、箱に詰めてもらった。
家に近づくにつれて、歩みが少しずつ早くなる。
門を潜り玄関の扉を開けると、オレンジ色のフラッシュがチカチカと点灯した。家の奥から、バタバタと可愛い足音が向かってくる。
【ただいま】
【おかえり。ケーキは?】
【あるよ。なんだ、父さんの帰宅よりケーキが目当てか?】
美桜は笑いながら、眉間あたりを親指と人差し指でつまみ、開いた手を揃えて上から下に軽く下ろした。
【ごめん】
美桜には聴覚障害があった。
生まれたばかりの時は微かに聞こえる音もあったが、小学二年生になった今では両耳が全く聞こえない。
美桜の母親の真理子は、美桜が二歳の時に病死した。
元々身体の弱かった真理子は出産に伴うダメージが酷く、床に伏せる日々が続いた末に、亡くなった。
それ以来、九条は実家に身を置く。今は九条と美桜、九条の母である信子との三人で暮らしていた。
「今日のハンバーグ、美桜ちゃんにも手伝ってもらったんだよ」
デミグラスソースの掛かった大ぶりのハンバーグを、一口頬張る。九条が笑顔で頬に片手を当て、ポンポンと二回叩くと、美桜も笑顔になった。
【美味しい? 良かった】
それからケーキを食べ、美桜と学校や友達の話をする。風呂上がりの美桜の髪を乾かし、テーブルゲームをしてから美桜は布団に入った。
美桜の寝顔を見つめる九条の背中に、洗い物をしながら信子が声をかける。
「今日は美桜ちゃん、相当嬉しかったんじゃないかな。あんなにはしゃぐ美桜ちゃん久しぶりに見たよ」
寝室に繋がる襖を閉めると、九条は散らばるおもちゃのお札や駒を箱にしまっていく。
「なかなかこんな時間に帰れることもないからな。お袋には面倒をかける」
「そんなのはいいさ。美桜ちゃんは言うこともよく聞くし、手伝いもしてくれて手も掛からないんだから。逆に我慢することの方が多くて心配なくらいだよ」
「そうだな。せっかく携帯を買ったのに、必要な時以外はあまりメッセージをよこさない」
少し前、九条は美桜にキッズ携帯を買い与えた。小学二年生には早いかとも思ったのだが、耳の聞こえない美桜にとって文字でやりとりのできるツールは必要だと思った。
美桜は聾学校ではなく普通学校に進学している。先生や周りの友達には恵まれていて、美桜と特に仲の良い友達の家庭では、美桜とのやりとりのために同じキッズ携帯を買ってくれたところもあった。
「あんたが忙しいの分かって、気を遣っているんだよ。美桜ちゃん、お父さんは頑張ってるんだっていつも誇らしげに話している」
九条はバツが悪そうに、だけど少し照れたように鼻をすする。
「風呂、入ってくるわ」
会議室を後にして数分、九条のスマートフォンが震えた。
【お父さん、今日も遅くなる? お婆ちゃんがご飯どうするって聞いてるよ】
メッセージは九条の娘、美桜からだった。
【今日は遅くならない。一緒に食事をとろう。美桜の好きなケーキを買って帰る】
時刻は十五時四十分。
九条はメッセージを送信すると、急ぎ帰り支度を始める。ここ二、三日捜査が立て込んでいたこともあり、近頃帰宅は美桜が寝静まった深夜になることが続いていた。
「佐藤。俺はもうあがるから、捜査に進展があれば連絡をくれ」
「わかりました」
九条は署を出るとケーキ屋に向かう。ディスプレイしてある中からいくつか選択し、箱に詰めてもらった。
家に近づくにつれて、歩みが少しずつ早くなる。
門を潜り玄関の扉を開けると、オレンジ色のフラッシュがチカチカと点灯した。家の奥から、バタバタと可愛い足音が向かってくる。
【ただいま】
【おかえり。ケーキは?】
【あるよ。なんだ、父さんの帰宅よりケーキが目当てか?】
美桜は笑いながら、眉間あたりを親指と人差し指でつまみ、開いた手を揃えて上から下に軽く下ろした。
【ごめん】
美桜には聴覚障害があった。
生まれたばかりの時は微かに聞こえる音もあったが、小学二年生になった今では両耳が全く聞こえない。
美桜の母親の真理子は、美桜が二歳の時に病死した。
元々身体の弱かった真理子は出産に伴うダメージが酷く、床に伏せる日々が続いた末に、亡くなった。
それ以来、九条は実家に身を置く。今は九条と美桜、九条の母である信子との三人で暮らしていた。
「今日のハンバーグ、美桜ちゃんにも手伝ってもらったんだよ」
デミグラスソースの掛かった大ぶりのハンバーグを、一口頬張る。九条が笑顔で頬に片手を当て、ポンポンと二回叩くと、美桜も笑顔になった。
【美味しい? 良かった】
それからケーキを食べ、美桜と学校や友達の話をする。風呂上がりの美桜の髪を乾かし、テーブルゲームをしてから美桜は布団に入った。
美桜の寝顔を見つめる九条の背中に、洗い物をしながら信子が声をかける。
「今日は美桜ちゃん、相当嬉しかったんじゃないかな。あんなにはしゃぐ美桜ちゃん久しぶりに見たよ」
寝室に繋がる襖を閉めると、九条は散らばるおもちゃのお札や駒を箱にしまっていく。
「なかなかこんな時間に帰れることもないからな。お袋には面倒をかける」
「そんなのはいいさ。美桜ちゃんは言うこともよく聞くし、手伝いもしてくれて手も掛からないんだから。逆に我慢することの方が多くて心配なくらいだよ」
「そうだな。せっかく携帯を買ったのに、必要な時以外はあまりメッセージをよこさない」
少し前、九条は美桜にキッズ携帯を買い与えた。小学二年生には早いかとも思ったのだが、耳の聞こえない美桜にとって文字でやりとりのできるツールは必要だと思った。
美桜は聾学校ではなく普通学校に進学している。先生や周りの友達には恵まれていて、美桜と特に仲の良い友達の家庭では、美桜とのやりとりのために同じキッズ携帯を買ってくれたところもあった。
「あんたが忙しいの分かって、気を遣っているんだよ。美桜ちゃん、お父さんは頑張ってるんだっていつも誇らしげに話している」
九条はバツが悪そうに、だけど少し照れたように鼻をすする。
「風呂、入ってくるわ」
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