【完結】カエルレア探偵事務所《中》 〜アクビスの里〜

千鶴

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涼子ぶし

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 遥は左右の足の甲と裏を擦り合わせてモジモジする。が、ついに耐えきれずに正座で血の止まった両足を前へと放り出した。それを見て、涼子は言う。
 
「ちょっと、無作法ね。大人なんだからこれくらい我慢なさいよ」
「無理です。だいたい、なんで私を連れてきたんですか。調査で色々忙しいんですけど」
「お待たせしてごめんなさいね。もう少しで完成しますから」
 
 筆を走らせる着物姿の女性が最後の一はらいを終えると、流れるようにすずりに筆を置いた。
 
「はい、完成。いつも律儀によく来るわね」
「一回始めちゃったら、やらないとどうも落ち着かなくて」
 
 春野彩美の依頼を受けた二日後。遥と涼子は書道家、早川松燈はやかわしょうとうの元を訪れていた。
 
「松燈先生とあたしはね、幼馴染なの。昔同じ教室で書道を習っていてね。あたしは割と早くに辞めちゃったんだけど、彼女はここ浦和に教室を構えて、今じゃ有名な売れっ子書道家なのよ。試験や大きな商談だったり、何か成す前には必ず一筆もらうことにしてるの。例の雲島に行く前にも書いてもらっていたんだから」
「あまり頼られすぎても困るけれどね。はい、今回はこれよ」
 
 そこには達筆な文字で『一日一生』と書いてあった。
 
「いいわね」
「どういう意味なんですか?」
「一生は一日の積み重ねでしかないのだから、一日を大切に生きることが一生を大切に生きることにつながるって意味よ」
 
 涼子の説明を聞きながら遥が頷いていると、教室の襖が開いた。
 
「あ、九条です。娘の迎えに……あ?」
 
 涼子と遥の顔を見て声を上げた九条は、不思議そうに訊いた。
 
「こんなところで何やってるんだ」
「刑事さんこそ何してるの、こんなところで」
 
 九条は一瞬頭を掻くと、美桜の席に向かって歩いて行く。下を向いて書道に夢中な美桜の肩を、トントンと軽く叩いた。
 
【帰るぞ。今日はお婆ちゃん、居ないから】
【わかった。今片付ける】
 
 美桜は机の上を片付け始める。
 
「あら、娘さんなの」
「今のって」
 
 九条と美桜の手話のやりとりを見て遥が言いかけると、松燈しょうとうが口を開く。
 
「美桜ちゃんね、耳が聞こえないのよ。私も少しだけど手話を覚えたりしてね。涼子ちゃんたちは九条さんとお知り合いなの?」
「ええ、まあね」
「そう。美桜ちゃん、ここから一人で帰るときは心配になるのだけれど、今日はお父様がいらして安心ね」
 
 美桜の片付けが終わると、九条は足早に教室を後にしようとする。そんな九条に涼子は声をかけた。
 
「あ、ねえ。あの後何か事件に進展って」
「悪いがこれから署に戻る。話している時間はないんだ」
「え、署に戻るって。じゃあ美桜ちゃんはどこに?」
「どこにって、自宅だが」
「シッターさんがいらっしゃるの? さっき手話でお婆さまは自宅に居ないって話していたでしょう」
 
 九条は驚く。
 
「あんた、手話がわかるのか」
「まあね。それで、家にはどなたが?」
「……」
「嘘でしょ、まさか一人きりにするもりなの? 信じらんない、馬鹿じゃないの!?」
 
 涼子の大声に、書道教室の生徒含め皆の注目が集まる。
 
「仕方がないだろう。お袋は月に一回弟んとこの子供を泊まりで見る約束なんだよ」
「美桜ちゃんも、お婆さまと一緒に弟さんのところに行けばいいじゃない」
「一度行ったがそりが合わないんだ。美桜が行きたがらない。それに美桜は七歳でもしっかりしてる方だし、俺も日付が変わる前には帰るようにするし……って、何であんたにこんな説明しなきゃならないんだ」
 
 九条がため息をつけば、涼子は何かを思いついて目を見開く。
 九条の隣に立つ美桜の視線に合わせるように腰を落とすと、にこりと笑った。
 
【初めまして。私の名前は涼子です】
【美桜です】
【お父さんがお仕事の間、私と一緒に過ごしませんか?】
「……はあ!?」
 
 涼子と美桜のやりとりを見て、今度は九条が大声をあげる。
 
「なに勝手なことを言ってるんだ」
「なにって、一人で過ごすより断然安全でしょう」
「ウエディングなんたらなんてよく分からない職業のやつに大事な娘を任せられるか」
「……言うわね」

 涼子がひきつった顔で笑えば、松燈がくすくす笑いながら口を開いた。
 
「こんなに喋る九条さん初めて見たわ。それから九条さん、彼女の身元なら私が保証します。なんといってもあの、松永エステートの御令嬢ですから」
「松永エステートって……」
 
 言葉を失う九条のシャツを、美桜が引っ張る。
 
【お父さん。私、この人のところで待ってる】
「え?」
 
 美桜が指をさした先には、黙々と半紙を折りたたむ遥がいた。机の上には既に半紙で折られた立体的な鳥や馬が並ぶ。
 
「出来た。はい、これもあげます」
 
 そう言って、遥は美桜に今折り上げた桜の花を手渡した。
 
【これ。折り紙、教えてもらう】
「おまえなあ……」
「遥、美桜ちゃんが折り紙教えて欲しいって。遥も付き合うわよね?」
 
 遥は折る手を止めずに答える。
 
「まあ、確かに一人は心配ですから。それにうちには料理番も居るんで、その辺りもご安心ください」
 
 九条は美桜の顔を見てから、諦めたように咳払いをした。
 
「分かった。申し訳ないが、しばらく娘を頼む。できるだけ早く迎えに行くから」
「ええ。喜んでお引き受けするわ」
【美桜、いい子にしているんだぞ】
 
 頷く美桜の頭を撫でると、九条は涼子の連絡先をスマートフォンに登録してから急いで警察署へ向かった。
 
「さて、私たちも行きましょうか。今が十七時前だから、帰って夕ご飯ね」
「翔太に連絡して作らせときましょう。あ、私運転しますよ。涼子さんは美桜ちゃんと後部座席に。会話できる方が美桜ちゃんも安心だと思うんで」
「あら、遥にしては気が利くわね」
「一言余計です。ほら、行きますよ」
 
 三人は車に乗り込み、事務所まで車を走らせた。
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