【完結】カエルレア探偵事務所《中》 〜アクビスの里〜

千鶴

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お泊まり会

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「出来ましたよ~! 特製、卵ふわふわオムライス!」 
 
 テーブルに並んだ料理を見て、美桜は目をキラキラさせた。
 
【お店みたい。美味しそう】
「白井くん、美桜ちゃんがお店みたいで凄いって」
「嬉しいな。あ、嬉しいって手話でどうするんだろう」
 
 翔太が美桜に向かって『う・れ・し・い』と口をゆっくり動かすと、それを読んだ美桜が手話をする。
 
「こう、かな?」
 
 翔太は美桜を真似して両手を開き、胸の正面で交互に上下させた。美桜はうんうんと笑顔でうなづく。
 
「白井くん、すっかり馴染んだわね」
「美桜ちゃん可愛いんすもん。それに先輩も、折り紙なんて特技あったんっすね」
「母親に教えてもらったんだ。色んな国で写真撮るのに言葉の壁があるけど、どの国の子供も折り紙あげると、それだけで笑顔になってくれることが多かったって」
 
 遥の母は全国を飛び回る写真家だ。
 
「なるほど。でも鳥も馬もすごいリアル。もうちょっと可愛い感じに折った方がよくないすか?」
「うるさいな。ほら、温かいうちに食べよう」
 
 四人はテーブルに着くと手を合わせた。
 
「いただきます!」
 
 美桜はスプーンにこんもり乗せたオムライスを、大きな口を開けて頬張る。口の端にケチャップをつけながらにっこり笑うその姿に、大人三人はもうメロメロだ。
 
「こんな可愛い子を家に一人にしようとするなんて、本当にあり得ないわ。こういうこと何度もあるのかしら」
「月に一回って言ってた気がします。刑事だと、定時退勤ってわけにはなかなかいかないんじゃないですか」
 
 遥の答えに頷きながらも、涼子は美桜へと向き直す。それから声に出しながら手話をした。
 
【お父さん、いつも帰りは遅いの?】
【うん】
【寂しくない?】
【大丈夫。お婆ちゃんがいるから。お父さんはヒーローだから、忙しいの】
【そっか。美桜ちゃんのお父さんは、ヒーローだもんね】
 
 美桜は遥が折った桜の花を手に取る。
 
【これは、警察のマーク。美桜の名前にも入ってる。だから美桜も大人になったら、パパみたいな警察官になるんだ】
「美桜ちゃん、すごいなあ。その歳でちゃんとなりたいものがあるなんて。俺なんて、クリーニングのバイトすら適当にやってたもんなあ」
「翔太は本当、何やらせてもイマイチだったよね」
「それは……」
 
 翔太は言いかけて口をつぐむ。

 基本的には指を鳴らせば大抵のことができてしまう翔太だが、人間になってからはその呪力を極力使わないようにして生活していた。
 
(すぐに結果が出せる俺からすると、アイロン掛けとか汚れや穴を見つけて印つけたりする過程って、結構難しいことなんだよなあ)
 
「で。それは、の続きは?」
 
 遥に詰め寄られて翔太は苦笑する。
 
「愛嬌でカバーしてたんですぅ」
「答えになってないから」
 
 遥はまた一口オムライスを頬張った。
 
「でも料理はうまい。本当に」
 
 翔太にとって料理は特別だった。
 元々食べる必要のない翔太の身体では、使うことのなかった味覚は退化していたが、料理を口に運ぶようになって養われていくうちにそのさまざまな味に翔太は感動を重ねたのだ。
 
「あ、そうだ。美桜ちゃんは他になんか好きな料理あるの?」
 
 翔太の質問に、美桜はハンバーグだと答えた。
 
「ハンバーグかあ」
「つい最近もお父さんに作ったんですって、ハンバーグ」
 
 すると美桜は次々に手を動かす。
 
「それは?」
「あ、ソース。デ・ミ・グ・ラ・スって指文字してるのよ」
「指文字か。デミグラスソースのハンバーグを作ったんだね。美桜ちゃん、俺にも指文字教えてくれる? 先輩もやりましょうよ」
「あ、うん」
 
 しばらく美桜の指文字講座が続いていると、涼子のスマートフォンが鳴った。
 
「もしもし?」
「ああ、俺だ。九条だ。すまないが、急な事件で現場に行かなければならなくなって、その……美桜をそのまま一晩お願いできないか」
 
 涼子はニヒルな口元で腰に手を当てる。
 
「うちに寄越して良かったでしょう?」
「あ、ああ」
 
 九条は電話越しにも涼子の表情がわかる気がした。
 
「引き受けるわ。明日は土曜日で学校もないだろうし、こちらは心配ないから。あなたもあまり無理しないでよ」
「なんだ心配してくれてるのか」
「へ? ……いやほら、美桜ちゃんに心配かけないでって意味よ」
「ああ。また連絡する」
「ええ」
 
 電話を切って黙る涼子に、遥が訊く。
 
「何焦ってたんですか?」
「別に焦ってないわよ!」
 
 涼子は美桜に視線を合わせ、声に出して手話をする。
 
【お父さん、今日帰って来れないみたいなの】
【そっか。美桜、おうちに帰る?】
 
 不安そうな美桜に涼子は微笑んだ。
 
【ううん、今日はこの家にお泊まり。いい?】
【うん!】
【これからお風呂に入って、上がったらゲームをしましょう?】
【うん!!】
 
 笑顔の美桜を見て、涼子は胸を撫で下ろす。
 
「そういう訳だから、今日はここで泊まりになったわ」
「あ。なら俺のベッド使ってください。下に予備の布団敷けば三人くらいは寝られるんで」
「じゃあ翔太は探偵事務所の仮眠室使って。これ鍵、渡しとく」

 遥が投げた鍵を翔太がキャッチする。

「あざっす。じゃあ俺、風呂沸かしてきます……あ! それともなんか銭湯とかいっちゃいます?」
「それいいわね! 美桜ちゃん、大っきいお風呂行こっか!」
 
 美桜は興奮気味に頷いた。

 

◇◇◇

 

 銭湯を出た、帰り道。
 夜道を歩きながら遥が訊いた。
 
「そういえば涼子さん、手話どこで覚えたんですか?」
「大学のとき手話サークル入ってたのよ。昔、オレンジデイズってドラマやってたでしょう? あれの主演俳優が格好良くって」
「……ミーハー」
「なんか言った?」 
 
 言い合う遥と涼子。その間で二人と手を繋ぎ、上機嫌に手をブンブン振って歩いている美桜を見て。

 翔太はそっと、微笑んでいた。
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