【完結】カエルレア探偵事務所《中》 〜アクビスの里〜

千鶴

文字の大きさ
9 / 41

情報と純情

しおりを挟む
 翌日。美桜を迎えに来た九条は、徹夜明けで疲れ切っていた。
 
「大丈夫? 顔色悪いわよ」
「問題ない」
 
 九条はクマの張り付いた目元を擦る。
 
「美桜はいい子にしていたか?」
「もちろんよ。とっても楽しかったわ」
 
 九条の隣で微笑む美桜は、沢山の折り紙が入った箱を大事そうに抱えている。
 
「君が手話のできる人で助かったよ。ありがとう。青年と探偵は?」
「白井くんは仕事で出掛けてる。遥は居るわよ、さっきから真剣にニュース観てるけど」
 
 涼子が遥を呼ぶ。遥が顔を出すと、九条は遥にもお礼を言った。
 
「連日ニュースになっていますね。連続強盗殺人事件」
「ああ。昨日も一一〇番通報があってな。逃走した犯人を追うのに一晩もかけた挙句、捕まらなかった。まあ、連続殺人犯と同一案件かはわからんがな。県警もピリピリしてるんだ」
「涼子さんの事務所に来た強盗犯は、何か供述したんですか?」
「捜査情報は——」
 
 九条は、言いかけた言葉を飲み込む。
 
「君たちは当事者だからな。橘達也は、強盗をするようにメールで依頼されたんだ。依頼元は特定できていない。それに、警察に文書を送ってきたタレコミ元も分かっていない。ただタレコミ元の方は、連続殺人事件と何からの繋がりがある可能性があるんだ。なぜ橘の行動を把握していたのか。わざわざ警察に知らせてきた理由は、何なのか」
「分からないことだらけね」
 
 涼子が言えば、九条は一つ咳払いをした。
 
「とにかく。君も命を狙われているかもしれない。なるべく外出は控えたほうが」
「命を狙われている? 橘達也にメールで依頼した人物の目的は、強盗では? もしかして、涼子さんが突きつけられた拳銃は本物だったんですか?」
 
 沈黙が広がり、部屋の奥から流れるテレビの音が妙に耳に残る。 
 
「……探偵ってのは感がいいな、全く」
 
 気まずそうに頭を掻く九条を見て、涼子が口を開く。
 
「九条さん、食事はされたの? 今朝白井くんが作ってくれた味噌汁、絶品よ。話がてら食べていったら? あたしはもう少し、美桜ちゃんと遊んでいるから」
「いや、でも」
「いいから。あたし、命狙われてるのよね? 知る権利はあると思うのだけど」
 
 観念したようにため息をつくと同時に、九条の腹はきゅるきゅると情けない音を出したのだった。



 

「蓮の花。その造花が、犯行現場に残されていたんだ」
 
 焼き魚に卵焼き、ご飯を口いっぱいに頬張ると、味噌汁で胃に流し込む。
 九条は一息つくと、話を続けた。
 
「一件目と二件目、ふたつの事件の犯人が同一だと断定できたのは、蓮の花と凶器の紐が共通していたからなんだ。だが目撃者はおろか、被害者同士の繋がりも全くなく、捜査は停滞していた。そんなとき、警察にタレコミ文書が届いた。現場は東京で、管轄外の案件だと思ったんだが、中身を見るとそこには例の深い赤紫色あかむらさきいろの蓮の花が」
 
「……紫檀色したんいろ
「え?」 
 
「その深い赤紫色は、紫檀色したんいろといいます」
 
 遥が真顔で言うと、九条は一瞬たじろぐ。
 
「ああ。その……なんたらって蓮の花が描かれていた。だから警察は過敏になって、この事務所に犯人が来るならと結構な人員を割いたんだ。でも、現れた橘達也は高額報酬に釣られただけの半端者。メールで依頼した人物は拳銃を用意し、それを使って強盗に入るよう、二十万もの金を橘に渡していた」
「その拳銃が、本物だったんですね」
「そうだ。依頼主は、松永涼子が抵抗した場合は引き金を引くようにとも指示していた。まあ、橘は拳銃がモデルガンだと信じていたみたいだがな。引き金を引かなかったことだけは、褒めてやったよ」
 
 九条は綺麗に完食すると、手を合わせて軽く頭を下げた。
 
「美味かった。ごちそうさま。そういえば、アクビスに関する探偵の依頼はどうするつもりなんだ。菊田晃氏と……なんて言ったかな、あの女性の」
「春野彩美さんです。受けましたよ、依頼料も頂いたので」
「そうか。忠告だが、アクビスにはあまり深入りはしないほうがいい。危険だと思ったら、すぐに手を引くことを勧めるよ」
 
 その時、涼子が彩美の話を思い出して口を開こうとしたのを、遥はこっそり止めた。
 
「ところで。君は付き合ってるのか、あの青年と」
 
 九条の視線は、しっかりと涼子を捉えていた。
 
「え、あたし? 付き合ってないわよ! 遥じゃないんだから」
「なんか日本語おかしいですよ」
 
 遥がつっこむも、涼子はあたふたしている。
 
「何でそんなこと訊くのよ、あなた変なんじゃない? 女性に尋ねる時はまず自分から……あ、いや、あなたのことが気になるって意味じゃなくて、その、変なこと言うから」
「変なのは涼子さんです。ちょっと落ち着いて。っていうか、私も別に翔太と付き合ってないし」 
 
 急に騒ぎ出した涼子を、遥がいなす。
 
「まあ、仲がいいのはいいこったな。そろそろ行くよ。もうお袋も家に帰っているし、仮眠を取ったらまた行かなきゃならないんだ」
 
 九条は美桜に片付けるように指示する。
 
「美桜ちゃん。またいつでも遊びにいらしてね」 
 
 涼子が手話を交えて言えば、美桜は笑顔で頷いた。九条と美桜を見送った後、涼子は不機嫌に遥に訊く。
 
「何で止めたのよ。洸太さんの父親の前田警視監が、アクビスに関わりがあるかもってこと、九条さんに言おうと思ったのに」
「九条警部が、前田警視監側ではない保証がありません」 
「疑ってるの? あの人は悪い人じゃないと思うけど」
「涼子さんはもう、色眼鏡かけちゃってますからね」
「はあ? それどういう意味よ」
 
 涼子が不機嫌に遥に詰め寄る。すると、遥のスマートフォンが鳴った。
 二、三やりとりをしてから、遥は電話を切る。
 
「出掛けますよ。春野彩美さんが何者か調べます」
「え? そっちも疑ってるの?」
「ほら。行くの行かないの、どっち」 
「そりゃ、行くわよ」
 
 涼子は遥に促されるまま。
 二人は、事務所を後にした。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

王女様は聖女様?おてんば姫の大冒険~ペットのドラゴンが迷子なので冒険者になって探しに行きます!~

しましまにゃんこ
ファンタジー
アリシア王国の第3王女ティアラ姫には誰にも言えない秘密があった。 それは自分が全属性の魔力を持ち、最強のチート能力を持っていた「建国の賢者アリシア」の生まれ変わりであること! 8才の誕生日を境に前世の記憶を取り戻したものの、500年後に転生したことを知って慌てる。なぜなら死の直前、パートナーのドラゴンに必ず生まれ変わって会いにいくと約束したから。 どこにいてもきっとわかる!と豪語したものの、肝心のドラゴンの気配を感じることができない。全属性の魔力は受け継いだものの、かつての力に比べて圧倒的に弱くなっていたのだ! 「500年……長い。いや、でも、ドラゴンだし。きっと生きてる、よね?待ってて。約束通りきっと会いにいくから!」  かつての力を取り戻しつつ、チートな魔法で大活躍!愛する家族と優しい婚約者候補、可愛い獣人たちに囲まれた穏やかで平和な日々。 しかし、かつての母国が各国に向けて宣戦布告したことにより、少しずつ世界の平和が脅かされていく。 「今度こそ、私が世界を救って見せる!」 失われたドラゴンと世界の破滅を防ぐため、ティアラ姫の冒険の旅が今、始まる!   剣と魔法が織りなすファンタジーの世界で、アリシア王国第3王女として生まれ変わったかつての賢者が巻き起こす、愛と成長と冒険の物語です。 イケメン王子たちとの甘い恋の行方もお見逃しなく。 小説家になろう、カクヨムさま他サイトでも投稿しています。

短編【シークレットベビー】契約結婚の初夜の後でいきなり離縁されたのでお腹の子はひとりで立派に育てます 〜銀の仮面の侯爵と秘密の愛し子〜

美咲アリス
恋愛
レティシアは義母と妹からのいじめから逃げるために契約結婚をする。結婚相手は醜い傷跡を銀の仮面で隠した侯爵のクラウスだ。「どんなに恐ろしいお方かしら⋯⋯」震えながら初夜をむかえるがクラウスは想像以上に甘い初体験を与えてくれた。「私たち、うまくやっていけるかもしれないわ」小さな希望を持つレティシア。だけどなぜかいきなり離縁をされてしまって⋯⋯?

精霊姫の追放

あんど もあ
ファンタジー
栄華を極める国の国王が亡くなり、国王が溺愛していた幼い少女の姿の精霊姫を離宮から追放する事に。だが、その精霊姫の正体は……。 「優しい世界」と「ざまあ」の2バージョン。

春の雨はあたたかいー家出JKがオッサンの嫁になって女子大生になるまでのお話

登夢
恋愛
春の雨の夜に出会った訳あり家出JKと真面目な独身サラリーマンの1年間の同居生活を綴ったラブストーリーです。私は家出JKで春の雨の日の夜に駅前にいたところオッサンに拾われて家に連れ帰ってもらった。家出の訳を聞いたオッサンは、自分と同じに境遇に同情して私を同居させてくれた。同居の代わりに私は家事を引き受けることにしたが、真面目なオッサンは私を抱こうとしなかった。18歳になったときオッサンにプロポーズされる。

冤罪で辺境に幽閉された第4王子

satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。 「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。 辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

愛人を選んだ夫を捨てたら、元婚約者の公爵に捕まりました

由香
恋愛
伯爵夫人リュシエンヌは、夫が公然と愛人を囲う結婚生活を送っていた。 尽くしても感謝されず、妻としての役割だけを求められる日々。 けれど彼女は、泣きわめくことも縋ることもなく、静かに離婚を選ぶ。 そうして“捨てられた妻”になったはずの彼女の前に現れたのは、かつて婚約していた元婚約者――冷静沈着で有能な公爵セドリックだった。 再会とともに始まるのは、彼女の価値を正しく理解し、決して手放さない男による溺愛の日々。 一方、彼女を失った元夫は、妻が担っていたすべてを失い、社会的にも転落していく。 “尽くすだけの妻”から、“選ばれ、守られる女性”へ。 静かに離婚しただけなのに、 なぜか元婚約者の公爵に捕まりました。

偽夫婦お家騒動始末記

紫紺
歴史・時代
【第10回歴史時代大賞、奨励賞受賞しました!】 故郷を捨て、江戸で寺子屋の先生を生業として暮らす篠宮隼(しのみやはやて)は、ある夜、茶屋から足抜けしてきた陰間と出会う。 紫音(しおん)という若い男との奇妙な共同生活が始まるのだが。 隼には胸に秘めた決意があり、紫音との生活はそれを遂げるための策の一つだ。だが、紫音の方にも実は裏があって……。 江戸を舞台に様々な陰謀が駆け巡る。敢えて裏街道を走る隼に、念願を叶える日はくるのだろうか。 そして、拾った陰間、紫音の正体は。 活劇と謎解き、そして恋心の長編エンタメ時代小説です。

処理中です...