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同業者

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 遥と涼子は、とある探偵事務所に来ていた。
  
「多分、他にもいくつか回ってるね。あの子」
 
 男性の言葉に、涼子は首を傾げる。
 
「どういうこと? 話がよく見えないんだけど」 
「彩美さん、ここの事務所にも依頼に来ていたんですよ。うちへの依頼と同じ内容で」
「へえ。念の為かしら……それより、こちらはどなた?」
 
 涼子に促されるようにして、男は挨拶をした。
 
「小森探偵事務所、通称ザンさんこと小森瑛山こもりえいざんです。最近では遥ちゃんとこにお客取られちゃって、商売上がったりですよ」
 
 へへっ、と後頭部をさすりながら笑う瑛山は、小太りの中年男性だ。
 
「遥ちゃんとは同業だけど、情報交換もしていてね。この前電話をもらったとき、アクビスの里の件で誰か訪ねてこなかったかって聞かれたんだ。驚いたよ。電話をもらった前日、まさにその春野彩美さんがうちに来ていたんだ」
 
 彩美は瑛山にも前田洸太のことを話し、アクビスの里から連れ出して欲しい、そう言ってきたという。
 
「その依頼は受けられたんですか?」
「まさか。断わったよ。宗教の類はデリケートだし、下手に動けばこっちが訴えられちゃうからね。それに、あの子が書いた住所はデタラメ。名前も多分、偽名なんじゃないかな」
 
 驚く涼子に、遥が続ける。
 
「やっぱり。うちで名前や住所を書いてもらった時、私記入させながら質問したんです。そのとき彩美さんは会話をいったん遮って、記入してから話し始めた。名前や住所など普段書き慣れている簡単なものなら、ある程度受け答えしながらでも書ける人が多い。それを同時にしなかったということは、会話か記入している情報のどちらか、あるいはその両方に嘘の可能性があると思いました」
「さすが遥ちゃん、抜け目ないね」
 
 瑛山は不器用にウインクして、遥を指差した。
 
「その時って、どんな会話していたかしら」
「洸太さんとはどうやって知り合ったか……その質問の答えは、マッチングアプリでした。でも考えてみてください。洸太さんは昔の事故を悲観し、引きこもり状態だったんですよね? 人付き合いも最小限。そんな人が、マッチングアプリなんかに登録するでしょうか。私は、彼女から出る全てがチグハグな気がしてなりませんでした。そしてあの大金。彼女は最初から、幾つか探偵事務所を回るつもりであのお金を用意していた。でも当然、普通の探偵ならザンさんみたいに断ります。だから財布には、まだあんなにお金が残っていた」
「え? 遥ちゃん、この依頼受けたの?!」
 
 瑛山が驚きの声をあげる。
 
「だって五十万もふっかけたら普通、引くと思うじゃないですか。前金の三十万もポンとだすし」
「五十万って……」
「ってなわけで、ザンさん。ちょっと力貸してください」
 
 そう言うと、遥は十万円を瑛山に差し出した。
 
「春野彩美の身辺調査。それから、十三年前の事故についても調べて欲しいんです。割と急ぎ目で。ちなみに前田洸太の父、前田恭介は警察官。それも現埼玉県警本部長、警視監だそうです」
 
 瑛山は困ったように顎を掻く。
 
「あのねえ、遥ちゃん」
「十万じゃ少ない?」
「そうじゃなくて。俺がこの依頼を断った一番の理由は、アクビスの里だよ。アクビスはここ数年で、急激に信者を増やしてる。中には家族ごと入信して、仕事もその他の関わりも全て絶った者もいて、巷でも問題になっているんだ。信者を養える莫大な資金。その前田恭介って警視監が噛んでるなら尚更……危険すぎるよ」
「それでも。やらなきゃいけない理由が、こちらにもあるので」
 
 遥の真剣な目を見て、瑛山は小さくため息をついた。
 
「ったく。遥ちゃんは一度言い出しから聞かないからなあ。どうせ俺が断っても、他の探偵に依頼するんだろう? だったら、俺がやる」
「さすがザンさん」
 
 その代わり、と瑛山は間髪入れずに話を続けた。
 
「絶対に無茶はしないって約束してくれ。危ないと思ったら、金を返してでも手を引く。いいな?」
「もちろんです。約束します」

 瑛山は事務所の外まで二人を見送る。
 
「たまにはうちにも顔出してくれよ。女房が会いたがってる」
「はい。真央さんに、宜しくお伝え下さい」
 
 帰り道。歩きながら、涼子が口を開いた。
 
「遥、あんな人脈持ってたのね」
「三年前に探偵業を始めるにあたって、近辺の同業者や役に立ちそうな職種の人がいないかは、ある程度調べました。まあ、ザンさんとはちょっと、変わった出会い方でしたけど」
「変わった出会い?」
「はい。ザンさんの奥さん、真央さんがうちに依頼に来たんですよ。『主人の浮気相手を探してくれ』ってね」
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