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真央
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『主人の浮気相手を探し出して、私の前に今すぐ連れてきてください!』
『奥様。少し落ち着いて』
一年前の二月。真央は肩で息をしながら、びしょびしょの状態で遥の事務所にやって来た。
『そのままでは風邪をひきます。今タオルと簡単な着替えを持ってきますから、少しそこでお待ちくださ——』
『いいんです、それより話を。今まさに主人はどこかで女に会っている。メールのやりとりから、主人が今どこにいるかを特定して欲しいんです』
「……いきなりすごいこと言うわね、その奥様」
「はい。真央さんは今にも泣き出しそうなくらい取り乱していて。正直、初めは面倒くさい女性が来たなあって思いました」
涼子は笑う。
「とりあえず、なんとか着替えてもらって。温かい紅茶で落ち着いてもらいました。よくよく話を聞くと、ザンさんは数ヶ月前からこそこそ何処かに出かけることが増え、ひどい時は一晩帰らずに朝になることもあったそうです」
「それは確かに、疑われても仕方がないわね」
「メールの内容はこうでした」
“これで最後です”
“分かりました。明日から主人は出張です。必ず会いに行きます”
“明日の十三時、例のラブホテルで”
「……完全にクロじゃない」
「はい。私もそう思いました。だから真央さんは、ザンさんが出かける直前に鞄からスマホを抜き取った。メールの日付は、前日のもの。明日とはその日のことで、時刻も間もなく十三時になるところでした。朝、家を出るところから尾行して突き止めるのが一番早かったのでしょうが、真央さんは右足が不自由で長く歩くことが難しく、事務所まではタクシーで来ていました。もう時間もないし、ザンさんのスマホが手元にある以上、GPSは使えない。そのメールだけでは、場所の特定はできませんでした」
「詰んでるわね」
涼子はお手上げのポーズをとる。
「でしょう? 憔悴しきった真央さんを前に心苦しかったのですが、今日のところは諦めてもらうしかないと言おうとしました。でも、その時ザンさんのスマホに一通のメールが入ったんです。『どこですか? 主人は今、ラブホテルに入りました』って」
「え、それって」
「そうです。ザンさんは調査中だったんです。依頼者の女性と待ち合わせをし、そのご主人が愛人とラブホテルに入るところを押さえようとしていた。私は真央さんにご主人のご職業はなんですか、そう尋ねました。そしたら真央さんは、商社に勤めるサラリーマンだと答えたんです」
「奥様はご主人が探偵だって、知らなかったの?」
「数ヶ月前に会社を辞めて探偵をしていること、ザンさんは真央さんに内緒にしていたんですよ」
「またややこしいことを……」
『ご主人、本当に会社員なのでしょうか』
『どういう意味です?』
『おそらくご主人は私と同業者。先程のメールは依頼者の女性とのやり取りで、浮気調査をなさっているのだと思います」』
『浮気、調査?』
素っ頓狂な顔で涙も引っ込んだ様子の真央に、遥は続けた。
『ご主人の帰りを待ってみてはいかがですか。冷静に事情を聞けば、そんなにこじれる話ではないかもしれません」 』
『……一人では、無理です』
『え?』
『あなたも付き添ってはいただけませんか』
「私は真央さんに頼まれ、自宅で一緒にザンさんの帰りを待ちました。ザンさんが帰ってきたのは十八時。本当はもっと早くに調査を終えていたのでしょうが、会社員だと嘘をついていた手前どこかで時間を潰していたのでしょう」
「それで? 冷静に話し合って、解決?」
「それが……」
『てめえ! なに勝手に仕事辞めてんねん、探偵だなんて聞いてへんぞ! このやろう!!』
「真央さん、鬼ギレです」
「うっそ」
「ザンさんは前歯が折れるほど真央さんに殴られ続け、そのあと私は真央さんに豪勢なしゃぶしゃぶをご馳走になりました。床でザンさんがめざしをつまむのを横目に」
「カオスね」
歩きながら涼子は頬を引き攣らせる。
「最終的に、ザンさんは探偵をすることを真央さんに認めてもらって、私にいろいろ頼みますってお金を渡してきました。私がそれを断ると、けじめだからって。なんだか怖くてそれ以上は深く聞きませんでした」
「賢明な判断ね……あ、そうだ。あたし今日はここで」
突然立ち止まる涼子。
先を歩いていた遥は振り返った。
「何かあるんですか?」
「ちょっと調べ物。えっと、アクビスの里に潜入するのは明日の午後だったわよね。それまでにザンさんの調査、間に合うかしら」
「あれでも仕事は早いんですよ」
「そう。必要な書類や入会金なんかは調べておくから任せて。また明日連絡を入れるわね」
「わかりました」
遥は去っていく涼子の背中を見つめる。なんだか、少し様子がおかしいような気がしたのだ。
「……気の、せいか」
『奥様。少し落ち着いて』
一年前の二月。真央は肩で息をしながら、びしょびしょの状態で遥の事務所にやって来た。
『そのままでは風邪をひきます。今タオルと簡単な着替えを持ってきますから、少しそこでお待ちくださ——』
『いいんです、それより話を。今まさに主人はどこかで女に会っている。メールのやりとりから、主人が今どこにいるかを特定して欲しいんです』
「……いきなりすごいこと言うわね、その奥様」
「はい。真央さんは今にも泣き出しそうなくらい取り乱していて。正直、初めは面倒くさい女性が来たなあって思いました」
涼子は笑う。
「とりあえず、なんとか着替えてもらって。温かい紅茶で落ち着いてもらいました。よくよく話を聞くと、ザンさんは数ヶ月前からこそこそ何処かに出かけることが増え、ひどい時は一晩帰らずに朝になることもあったそうです」
「それは確かに、疑われても仕方がないわね」
「メールの内容はこうでした」
“これで最後です”
“分かりました。明日から主人は出張です。必ず会いに行きます”
“明日の十三時、例のラブホテルで”
「……完全にクロじゃない」
「はい。私もそう思いました。だから真央さんは、ザンさんが出かける直前に鞄からスマホを抜き取った。メールの日付は、前日のもの。明日とはその日のことで、時刻も間もなく十三時になるところでした。朝、家を出るところから尾行して突き止めるのが一番早かったのでしょうが、真央さんは右足が不自由で長く歩くことが難しく、事務所まではタクシーで来ていました。もう時間もないし、ザンさんのスマホが手元にある以上、GPSは使えない。そのメールだけでは、場所の特定はできませんでした」
「詰んでるわね」
涼子はお手上げのポーズをとる。
「でしょう? 憔悴しきった真央さんを前に心苦しかったのですが、今日のところは諦めてもらうしかないと言おうとしました。でも、その時ザンさんのスマホに一通のメールが入ったんです。『どこですか? 主人は今、ラブホテルに入りました』って」
「え、それって」
「そうです。ザンさんは調査中だったんです。依頼者の女性と待ち合わせをし、そのご主人が愛人とラブホテルに入るところを押さえようとしていた。私は真央さんにご主人のご職業はなんですか、そう尋ねました。そしたら真央さんは、商社に勤めるサラリーマンだと答えたんです」
「奥様はご主人が探偵だって、知らなかったの?」
「数ヶ月前に会社を辞めて探偵をしていること、ザンさんは真央さんに内緒にしていたんですよ」
「またややこしいことを……」
『ご主人、本当に会社員なのでしょうか』
『どういう意味です?』
『おそらくご主人は私と同業者。先程のメールは依頼者の女性とのやり取りで、浮気調査をなさっているのだと思います」』
『浮気、調査?』
素っ頓狂な顔で涙も引っ込んだ様子の真央に、遥は続けた。
『ご主人の帰りを待ってみてはいかがですか。冷静に事情を聞けば、そんなにこじれる話ではないかもしれません」 』
『……一人では、無理です』
『え?』
『あなたも付き添ってはいただけませんか』
「私は真央さんに頼まれ、自宅で一緒にザンさんの帰りを待ちました。ザンさんが帰ってきたのは十八時。本当はもっと早くに調査を終えていたのでしょうが、会社員だと嘘をついていた手前どこかで時間を潰していたのでしょう」
「それで? 冷静に話し合って、解決?」
「それが……」
『てめえ! なに勝手に仕事辞めてんねん、探偵だなんて聞いてへんぞ! このやろう!!』
「真央さん、鬼ギレです」
「うっそ」
「ザンさんは前歯が折れるほど真央さんに殴られ続け、そのあと私は真央さんに豪勢なしゃぶしゃぶをご馳走になりました。床でザンさんがめざしをつまむのを横目に」
「カオスね」
歩きながら涼子は頬を引き攣らせる。
「最終的に、ザンさんは探偵をすることを真央さんに認めてもらって、私にいろいろ頼みますってお金を渡してきました。私がそれを断ると、けじめだからって。なんだか怖くてそれ以上は深く聞きませんでした」
「賢明な判断ね……あ、そうだ。あたし今日はここで」
突然立ち止まる涼子。
先を歩いていた遥は振り返った。
「何かあるんですか?」
「ちょっと調べ物。えっと、アクビスの里に潜入するのは明日の午後だったわよね。それまでにザンさんの調査、間に合うかしら」
「あれでも仕事は早いんですよ」
「そう。必要な書類や入会金なんかは調べておくから任せて。また明日連絡を入れるわね」
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